9、茉白の願い
今日は少し短めです。
卵を別の場所に置いて過ごしていたら、夜から熱が出始めていた。翌日は更に熱が上がり意識が朦朧としている。
起きているのか眠っているのかわからないけど、どこからか声が聞こえる・・・。
「ア・・・ジェ・・・」
「・・・だあれ?」
「アンジェルちゃん、死んじゃダメだよ。気持ちを強く持って、アンジェルちゃん」
「・・・もしかして茉白、さん?」
「そう、アンジェルちゃんの心の中にいるの・・・突然話しかけてごめんね。苦しそうだから見かねて声を掛けちゃった、驚いた?」
「・・・うん」
「私ね、違う世界にいたんだけど病気で死んじゃったの」
「・・・知ってる、アンの頭の中に茉白さんの記憶が流れてきたから」
「私が目覚めちゃったから、記憶が流れたのかな?この世界に送られて、アンジェルちゃんが生まれる時に入れ替わるはずだったの・・・でも私がそれを拒んだら、入れ替わらずそのままアンジェルちゃんの中で眠らされてしまって・・・目覚めたのはアンジェルちゃんの身体から光が溢れ出した時なの。でも・・・私はいずれ消えるはずだから、もう少しだけ待って」
「茉白さん、消えちゃうの?あの・・・頭の中に色々なことが流れて来て驚いたけど・・・知らなかった事を沢山知る事ができて嬉しかったの・・・シフォンケーキもクッキーも美味しかった・・・もっといろいろな事をやってみたいの・・・お願い・・・消えないで茉白さん。アンはやりたいことがあるの、だから色々教えて欲しい・・・アンはお友達がいないから・・・なんでもお話ができるお友達が欲しいの・・・」
「お友達?・・・一緒にいてもいいの?」
「うん・・・一緒にいて欲しい」
「ありがとう・・・アンジェルちゃん」
「アンでいいよ」
「ありがとうアンちゃん・・・?ちょっと変かもアンって呼び捨てでもいい?」
「もちろん、いいよ・・・茉白さんはアンがすぐ熱を出してしまう理由を知っている?それと卵のことも」
「私も茉白でいいよ。熱が出るのは魔力の影響と身体が弱いからだと思う・・・卵については・・・ごめん、わからない・・・ひょっとして『精霊巫女物語』はアンのことなの?でも卵は出てこないよね」
「物語がアンのことなのかわからないけど、精霊巫女になるつもりはないの・・・って、アンはやっぱり身体の弱い子だったのね・・・」
しょんぼりと肩を落とした。
「でも子どもってちょっとしたことですぐ熱が出るよね。私も小さい頃は良く熱を出していたよ。もう少し大きくなったら落ち着くかも」
「アンが小さいからなの?早く大きくならないかなぁ」
「そう言えばあの卵、アンの魔力を吸収しているんじゃない?だってアンの身体から光が溢れ出して、光ったまま壁の洞穴に引き寄せられて行ったんだよ。そこにあった卵が光を吸収しているように見えたし、卵を傍に置いておくことでうまく調節されているんじゃないかな?」
「調節?」
「うん、アンは魔力が多いそうだけど、魔力を入れておく器が小さいから身体に負担がかかっているんじゃないの?・・・今は卵を抱えてゆっくり眠って、落ち着いたらまたお話をしよう・・・じゃぁおやすみなさい、良い夢を」
「うつわ?・・ん?・・・う、うん、おやすみ・・・な、さい?」
初めてお話をした茉白・・・また記憶が流れてくる。茉白が小さい時に聞いていたお母さんの言葉。
「おやすみなさい、良い夢を」
茉白が微笑んでいた。
◇ ◇ ◇
あの時私は病院で死んだはずなのに、森の中で目覚めた。
「え・・・死んだはずだけど?」
森にいるのが理解できずにいると、声が聞こえてきた。
「これから生まれる女児、すぐに死ぬ、その身体、使え」
いきなり話しかけられ驚いて、声のする方を見ると緑っぽい人型がこちらを見ていた。
「えっ!・・・身体を使う?・・・その子は生きる事ができないのですか?」
フワフワと浮いている姿にも驚いたけど、話の内容にもっと驚き思わず言い返してしまった。
「光の子、愛し子・・・欲しい」
「光の子?欲しい?・・・はぁ?何を言っているの!」
思わず大きな声を出してしまった。
「光の子、欲しい。お前・・・親の愛、欲しい?」
「それは絶対だめ!光の子のお母さんとお父さんが悲しむでしょう!・・・親の愛って言うけど誰でもいいって訳じゃない、本当の親じゃないもの・・・でも100年先なら考えてもいいよ」
「・・・100年」
「いや・・・92年とかでも・・・いいけど」
思わず近所のおじいさんが亡くなった時の歳を言ってしまった。
「ん・・・92年・・・待つか」
「是非ともそうして下さい、寿命が尽きて亡くなってからですよ。絶対ですよ。」
え?待てるんかい!と心で突っ込みを入れてしまったけど、一先ず念を押しておいた。
「わかった」
とんでもないやつだと腹立たしく思いながらも、案外単純仕様なのだとホッとした。
「お前、身体、ない・・・困った」
「私は死んだので、先に亡くなっている両親のもとに送って下さい」
「親?・・・どこだ?」
「へ?・・・あなた・・・神様じゃないの」
「精霊だ」
「・・・」
何の精霊だよといいたいけど口に出すのは我慢した。
「光の子の中、眠れ」
「・・・あ」
そして再び目覚めたのがアンの身体が光ったあの時だった。
私は小学校に入学した年に両親を事故で無くした。父方の祖母がすぐにやって来て、私を引き取ってくれた。お金は両親の保険金や事故の賠償金などがあるので心配はないと言われ、生活面では不自由なく暮らしていた。
「茉白が大学を卒業し就職をして、好きな人と結婚するまでおばあちゃんは頑張るよ」
おばあちゃんがそう言い、茉白が独り立ちしたらお父さんの弟が経営している花屋さんの手伝いをすると言っていた。
両親が残した家の庭には季節ごとに咲く花があり、枯れてしまわないよう二人で楽しみながら手入れをした。春は福寿草に始まり、水仙、桜草、雪柳、次に紫陽花が咲き、夏はトマトやなす、とうもろこしなど家庭菜園もしていた。秋は姫リンゴの実がなり、冬は椿の花も咲いた。
離れの部屋の窓から見える場所には、早咲きと遅咲きの数種類の薔薇が春から秋まで咲き続け、とても綺麗だった。
大学に入ってからは社会勉強のためにバイトを始めた。
バイト先の先輩に教えてもらった宝石箱という意味のおしゃれな喫茶店「コール・ア・ビジュー」に行くのが楽しみだった。金土日の週末だけの営業だったけど、焼き菓子は手作りで紅茶がとても美味しいお店。お給料が出たら、自分へのご褒美としてお気に入りの紅茶と今月のお菓子と言う月替わりの焼き菓子を食べに行っていた。
ちょっぴり贅沢してアフタヌーンセットも何度か食べたりもした。夏のアフタヌーンセットは、アボカドと胡瓜とクリームチーズが入ったサンドウィッチ、それに今月のお菓子とハーブのアイスティー。ハーブティーの青が綺麗で味も香りも格別だった。
アボガドは得意ではなかったけど食べてみるとクリームチーズとの相性が良く、なぜ今まで食べられなかったのか不思議なくらいだった。
セットは飲み物込みで3品なのでサンドウィッチとスコーンと今月のお菓子で、どの組み合わせにするか悩みに悩んで・・・スコーンは次回と言い聞かせた。
寒くなるとサンドウィッチがスープと小さめのトーストに変わる。
紅茶はバニラやローズの香りがするフレーバーティーが飲みやすくお気に入りで、静なお店でゆっくりと食事し、美味しい紅茶を飲みながら好きな本を読んで過ごす、あの時間は至福のひと時だった。
いつも座るのは入口から右側の奥の壁側の一人用の席。右側の入ってすぐの所にも二人用の席があり、そこに座ってアフタヌーンセットを注文する親子をよく見かけていた。月に1度しか来ないお店で何度も見かけると言う事は、このお店に来るサイクルが同じなのかもしれない。
毎回、アフタヌーンセットで何を選択するか悩む親子の様子に「悩ましい3品だよね」と心の中で呟きながらつい口元が緩んでいた。
親子はそれぞれ好きな3品を選んで、シェアしながら「これが美味しいとか次回もこれにしようかな」とかとても楽しそうに食べていた。・・・私には望んでも出来ない事だ・・・両親と来てみたかったな。
このお店にはちょっとだけ心残りがある・・・それはコーヒーを飲んでいない事。コーヒーは注文を受けてから豆を挽いて落としているので、香りが高いと先輩が言っていた。飲んでみたかった。
アンと入れ替わらなくて良かったとつくづく思う。アンは身体が弱いけど、両親に愛され兄弟に愛され侍女とか騎士とかいう職業の人にも大切されていた。
そんな様子を見ていたせいか、お祖母ちゃんの事や最も楽しく過ごした大学時代の事を思い出していた。今はアンの心の片隅にいるけど、いつか両親のもとに行きたいと願っている。
アンは間もなくやって来るメテオール祭を楽しみにしているみたい。星を見るよりもおやつの方が楽しみのようだね。
私が小学校に上がる前の年、両親と旅行に行ったことがあった。旅行先は丁度星祭りの時期で、星に願い事をすると叶うらしいと父と母が笑いながら話をしているのを黙って聞いていた。
夜空に雲はなかったと思う。月もなかったような気がするけど、空は只々星が煌めき遮るものはなかった。
空を見上げてじっと星たちを見つめていた。もの言わぬ星たちに父と母は何か願ったのだろうか・・・。私は『来年もお父さんとお母さんと3人で星祭りに来られますように』と願ったはずなのに・・・叶わなかった。
せめてアンと家族がメテオール祭で楽しく過ごせるように祈ろう・・・。
◇ ◇ ◇
目が覚めたら横に卵があった。ソフィがお父さまから許可を貰って持って来てくれたのかもしれない。ふと横を見るとお父さまとお母さまが悲しそうな顔でアンを見ていた。
「アン・・・漸く目が覚めたのね。身体は辛くない?」
「はい・・・大丈夫です・・・夢を見ていました」
「そう・・・どんな夢だったのかしら」
「お友達が出来た夢です」
「それは素敵な夢ね」
お母さまは、ほっとしたように微笑んだ。
「はい」
夢で見たはずだけど、本当は現実なのかもしれない。茉白が本当にいたような気がするもの。
「卵をアンから離すと、高熱で意識が薄れるほどの影響が出るとは・・・正直信じがたいが、アンにはなくてはならい物のようだ・・・王都には卵を抱えたままで行くしかないな」
お父さまは卵を離せなかった事を残念に思っているのかな?
「カナールみたいに孵ってくれた方が良かったですね」
孵ったらうるさくなるかもしれないけど・・・。
お父さまとお母さまはアンが王都に行くことで他の貴族から好奇の目で見られることを心配しているからね。
「お父さま、お母さま、アンは気にしません。卵のお陰で無事に生きていますから」
「「アン・・・!」」
「あの・・・心の中のお友達が言っていました。アンが崖から落ちた時に身体から光が出て卵がその光を吸収したって・・・」
「夢の中の友達だと?」
「夢で出て来て励ましてくれたのです、アンが生まれた時からアンの中で眠っていたと言っていました」
「心の中にいると?・・・卵はアンにとって危険ではなく助けるものと言う事か?」
「助けてくれているみたいです」
「そうか、暫くはこのままでいるしかないと言うことか・・・他には何か言っていたか?何の卵なのか、その卵は孵るのかなど」
「いえ・・・卵のことはわからないそうです」
違う世界で暮らしていた人だけど病気で亡くなり、気がついたらこちらの世界に来ていた事。お熱を出して寝ている時にお話をしただけなので、またお話しできるかどうかはわからないとお父さまとお母さまに伝えた。
お父さまとお母さまが信じてくれたかはわからないけど、この話は他の人には話さないように口止めされた。
次回から毎週金曜日20時の更新予定に変わりますので宜しくお願い致します。
次回の11月8日は「10,カナールたち」です。