82、王族と大領地の領主たちとの協議
これから話し合う内容は、ノルベールに記録をするように伝えた。
協議に参加した陛下たちが、その詳細を書面で希望された場合に渡せるようにしようと思う。
ノルベールが記録したものをコピーすればいいだけだ。時間はかからない。
目の前でコピーをするわけではないから、問題はないだろう。
新しい料理を堪能したあと、女性陣はサロンに移動していった。
暫くはローズを眺めながらお茶を楽しんでもらおう。
ダルシアク侯爵夫人のユゲット様が宰相と同様に采配を振るってくれると思うが、ステファニーが王都に来ていないことをどこで知ったのか・・・。
招待状がないのに、家族で屋敷に押しかけ、食事をしてこれで貸し借りなしだと言い切っていた。
・・・その厚かましさのせいか、ダルシアク宰相の好意とは思えなかった。
しかも協議にまで参加すると言う。
何か思惑があるのか?
宰相の次女がノルベールの婚約者ということもあって、無下にもできない・・・。
「聞けば後戻りできない」と言った時も、顔色一つ変えずに「いいだろう」と即答した。
常に強引な態度でいるのなら、深い付き合は出来るだけ避けたいと思った。陛下は何もおっしゃらなかった・・・私に拒否権はないということか?
王族をはじめ領主たちは応接室でカフェアロンジェを飲みながら、ガーリックシュリンプをつまんでいる。
アイユとコショウが効いているから、男子陣だけで食べようと思っていた。
私も初めて食べたが、これはエールが合うな・・・と感心している場合ではなかった。
協議が無ければ、間違いなくみんなで楽しく酒盛りをしだろう。
「まさか協議はこのエビの話ではあるまい」
陛下が散々食べてからおっしゃった。
「ガーリックシュリンプという料理で、アイユの香りが強いため、女性陣には出せないと思いました。アンジェルが料理人に王都で作るように伝えていたものです」
「アンジェルが・・・そうか、これもなかなかの美味だ。ゆっくりと酒を飲みながら食べたいものだ」
「エールを飲みながら食べたいところですが、協議が終わったら屋敷でもゆっくりと食べることにします」
フールージュ公爵は自領からエビを持って来ている口ぶりだった。恐らく調理の方法を聞けると思っているのだろう。
「では先にガーリックシュリンプを含めた新しい料理についてです。今回は9品すべて王族と大領地の屋敷の料理長にのみ、教授いたします」
「ほう、すべてと・・・その見返りは何かな?」
「ダルシアク宰相、見返りを要求するつもりないです」
「テールヴィオレット辺境伯は、見返りもなくすべてを教授するというなら、我がダルシアク侯爵家の料理長にも教授願いたいのだが」
「ダルシアク宰相・・・ダルシアク侯爵として希望されたとしても、お断りせざるを得ません。侯爵領は他にもあるのです」
「宰相ならいいということか?」
「国や王族の補佐をされているのですから、王城で召し上がる権利くらいは陛下が許可されるかもしれません」
少し黙れと言いたいところだが、さすがに宰相の地位にあるものには言えない・・まして、陛下の御前だ。
「ダルシアク宰相、其方はアレクサンドルとの付き合いが浅いから、何かあるのかと疑う気持ちはわかる。我々は協議と聞いて来ているのだ。互いの利益、利便性を話し合い、国を発展させていかなければならい。ガーリックシュリンプは食べ終わっただろう。令息とともにサロンで女性陣のお相手をしてきなさい」
「陛下!」
「宰相、今日ここに来る時間が作れたのは、其方が便宜を図ってくれたからだ。そのことは感謝している。だがここから先は、精霊に関する話になる。精霊樹シェーヌサクレを預かる王家と初代は兄弟姉妹という血筋、そして各精霊樹を管理している大領地の当主たちの話し合いになるのだ」
「・・・ですが」
「テールヴィオレット辺境伯はその精霊に関して『至急、重要王城案件』と言ったのだ。しかも場所は王城ではなく辺境伯の屋敷だ。我々以外にはまだ伝えられない内容があると思うのだが?」
「・・・申し訳ございません。最初に金額の提示もなくこのような料理の方法を全て教授すると聞き・・・まさか無償とは思わず・・・勘ぐってしまいました」
「個人の事でもないのに貴重な料理方法まで無償で教授すると言った理由は、国全体が動かなければならないからだろう。詳細はこれから聞くことになるが・・・それにしてもこの料理を個人で広めればどれだけの利益を生むか、宰相ならわからないはずはないだろう」
「・・・はい」
「まぁ、勘繰りたくもなるのもわかる・・・我々はこう言ったことに少し慣れて来たからな。ダルシアク宰相も一先ずは新しい料理を堪能しただろう?」
「・・・美味しく頂きました」
「そうだろう・・・では、ご夫人たちのお相手を・・・ああ、宰相と現在筆頭文官の補佐をされているサミュエルには王城の料理を食べられる権利を与えよう」
「と、特別な計らいをありがとうございます」
「恐れ入ります」
宰相と長男のサミュエル様が頭を下げていた。
「今後も便宜を図ってもらうことが多くなりそうだ」
「陛下・・・」
「今日の新しい料理はまだ広めないようにしてくれ。協議の内容は後日宰相とある程度までは共有するつもりでいる」
「承知いたしました。ではサロンでお待ちしております」
二人の背中を見送って扉が閉まるのを確認してから、陛下に礼を言った。
「陛下、ありがとうございました。ステファニーが不在のため、ダルシアク宰相の夫人にサロンを任せったものですから・・・」
「それは気にしなくてよい。私が宰相に言ったからだ。だが協議に参加させたが、仕事柄なのか細かいことにこだわって話が進まないから、追い出してやったわ・・・はっはっは」
「はぁ・・・」
確かにうるさいのがいなくなって助かったが・・・それでいいのか?
ノルベールを目の端で見たが、遠い目になっていた。
今まで一言も発していないが・・・セレスティーヌ嬢の事もあり、遠慮していたのだろう。
「では辺境伯、先ずはどういった話か、聞かせください」
「はい、フールージュ公爵。料理の話から始めます。その後に王族案件について話します」
余計なことを考えて返事が遅れてしまった。
「その前に確認をさせてください。王族、それに西と東の領主は条件を満たしているということでよろしいですか?我がフールージュ公爵家と海軍は条件を満たしています」
「当然、王家でここに来ている者は全員問題ない」
陛下が答え、二人の王子も頷いている。
西のヴァンドール公爵も当たり前と言わんばかりに頷いていた。
「もちろんです」
東のオーベール侯爵も即答だ。
「全員条件は満たしていますから、話を進めましょう。どうぞお話しください」
「フールージュ公爵、お気遣いいただきありがとうございます。では先ほど召し上がっていただいた料理8品とここで召し上がって頂いたガーリックシュリンプは王都の屋敷に来た料理人にのみ、作り方を教授するとします」
「問題ない」
陛下が答えると各領主たちも頷いている。
「この料理はシャルダン・デ・ローズでは提供致しません。王城は王族のみ、各大領地は領主の屋敷だけ、という条件をつけさせていただきます」
「これ以上広めないということか?」
「おっしゃる通りです、陛下。今はまだ広めないということです。理由は2つあります。一つ目はパンの代わりにパスタが主流になれば、パンが売れなくなります。パスタはバターや砂糖を使わない分、材料費は低いのです。パスタさえあれば貝の他にも肉や野菜を合わせて食べられると聞いています。庶民にも受け入れ安く一気に広がる可能性が高いと思います。一部のパン屋は商売が成り立たないと懸念されますが、売れなくなったという理由でパン屋が急にパスタ屋になれるとは考えにくいです」
「そういうことか・・・うーん」
陛下が唸った。
「庶民が困るのは問題だ」
農業が主流の西に領地は庶民が多い。ヴァンドール公爵は悩ましいところだろう。
「パンからパスタに切り替えようとするのは、庶民の方が早いでしょう・・・観光地では欲しいですね」
観光と漁業と海軍の領地は貴族と庶民が半々だ。だが、観光地を運営している領地は貴族が多く訪れる。
目新しい料理は欲しいと考えたらしい。
「価格が低いとそうなりますね」
香りの都と言われる東の領地は香水や化粧品、そして絹や果物、酒類など様々な商品を扱い商人の出入りが多い。
ここでパスタが商人から広がればあっという間に国中に広まるだろう。パン屋が次々と潰れる可能性がある。
みな言葉を口にしながらも考えているようだ。
「悩ましいところではあります。では二つ目ですが、魚介類が国中に広まれば乱獲とまではいかなくても、今までの数十倍の量が必要になってくるはずです。南の領地でのみ食べられていた魚介類が国中で食べ捕り尽くしてしまうと、海の生態系も崩れてしまうのではないかと考えたからです」
「確かに・・・今回は魚介類を王都だけでも大きな木箱で5箱ほど送っています。漁師は喜んでいるでしょうが、乱獲は困ります」
「魚介類がどの程度まで捕獲してよいのか、把握できるまでは広めたくないと思っています」
「しかし生態系までよく気が付きましたね」
「フールージュ公爵、ベルトランがお世話になっています。公爵のご厚意で、海の生き物について勉強しているのはご存じかと思います。そのベルトランから届いた手紙には水龍と魚の関係が書かれていました。人を傷つける魚が水龍の餌になるため、水龍と魚の均衡を保つ事が重要だと」
「なるほど・・・」
「今回の魚介類は、水龍や他の魚の餌になっているのか、もしなっていたとしてもどのくらいの量が捕獲可能か・・・捕獲量がわかればある程度は店で出しても問題はないと思っています」
「それは南の領地で調べましょう。時間は多少かかるかもしれません・・・恐らく数年単位だと思います」
「理解しています。生き物の生態を調べるのは容易ではありませんから」
すぐに答えは出ないとわかっていた。
答えが出なければ、食事の店を急いで出すこともない。
時間稼ぎにもなるが、その間に各領地の料理人が料理を覚えてくれれば、店を出すときに指導者として使える可能性もある。
「新しい料理に関してはご理解いただけたでしょうか」
「理解した」
陛下は即答だった。
王子たちや各領地の領主も頷いている。
「それでは、王城や各領地の料理人は2日後から3日間、当屋敷の厨房で学んでいただきます」
「王族の料理人の手配はロベールに任せる」
「お任せください、陛下」
「こちらは問題ないです」
「構いません」
「いいですよ」
各領地の領主も了承した。
「では料理の件は終わりました。次に王族案件です」
「我が娘、アンジェルは、学院に行く前から精霊の声を聞こえていました・・・昨年の冬に、グノーム様がアンジェルを呼んでいると、精霊たちが知らせて来たのです。その頃の私たちは精霊の姿さえ見ることができず、かろうじて気配を感じ取れる程度だったのです。そのような状態で、グノーム様に初めてお会いしなければなりました。しかしグノーム様の力で私と護衛2名に姿を見せ、声を聞かせて下さったのです」
それからアンジェルにはやるべき事があると言われた事や、精霊樹に行ってグノーム様に3度も会っているが、なかなかこちらから話をすることが出来ず、アンジェルの負担を減らすために、自分の魔力をすべて差し出してでも、やるべきことを聞き出そうと思っていたと伝えた。
その結果、精霊の地に渡ることになるかもしれないと・・・その覚悟でいたが、あっさりと話が進んでしまった。
これはチョコレート効果ではないかと思ったが、陛下たちには言わないでおいた。
しかし事情を知らないアンジェルは、驚き魔力が暴走しかけ、その溢れた魔力をグノーム様が搾取してしまった。
その時に護衛が私とアンジェルを守ろうとしてとっさに風魔法で壁を作ろうとしたが、それも搾取されてしまった。
やるべき事は精霊巫女様にすでに伝えていたが実行されていないとも言われている。
そのためにも精霊巫女様の日記を読みたいとアンジェルが願っていることも伝えた。
「アレクサンドルよ・・・アンジェルは大丈夫なのか?」
「今は落ち着ているように見えますが、悩み苦しんだと思います。それでも前を向いて進もうとしています」
「なんと健気な・・・」
「陛下、私も光属性があるのですから、なにか役に立つことがあると思うのですが?」
「テオドール、神殿で精霊巫女の日記を読む事は出来るだろうか?」
「難しいです。今はアンジェル嬢が開くことができると聞いていますから」
「そうだったな・・・一人しか止めないとは難儀なことだ。精霊巫女にならなくても日記が読めるようにしておかなければならないな・・・」
「陛下、そうしていただけると大変助かります。アンジェルが王都の学院に通う来春までには、読めるようにしていただけるようお願いいたします」
「わかった。早急に神殿側と話をしよう」
「ありがとうございます・・・次に精霊王レスプラオンデュール様のことですが・・・永く眠りについておられ、もう目覚めないそうです」
「なんと!精霊王が・・・」
「新たな精霊王を迎えねばならず、それには光属性が多く必要になるのではないかと、これがアンジェルのやるべき事と関連していると思われます」
「それで国はどうなるのだ。結界は問題ないのか?」
「陛下、残念ながら結界は弱まっているそうです。グノーム様は三つ目の雪の時まではもたないと・・・消えると言っていました」
「三つ目の雪の時・・・あと2年半という事か!」
陛下が目を見開き、無言になった。
ロベール第一王子は口に手を当てて「2年半・・・」と呟いていた。
大領地の当主たちは驚きで声すら発しない。
今日の協議の内容を書き留めているノルベールの手も止り、こちらに目を向けたまま動かない。
「魔力不足で結界が消えないように、更に魔力を注ぐ必要があるようです。既に我々が始めていた魔力増加訓練をもっと強化するという名目で、貴族たちに協力を仰ぎ、地に魔力を注いではどうかと考えました。魔力のあるものは貴族、庶民問わず注げばよいかと。魔力が増えれば作物も大きく育ち、食料も潤いますので、一石二鳥だと皆に伝えるのも良いかと思います」
「そうだな・・・そうなるとセリーヌやイザベルが言っていたように、もう精霊巫女は不要ということか・・・」
「地に魔力を注ぐのは、魔力さえあれば誰でもよいということになります。ですが、精霊王の魔力は間もなく尽きるのです。尽きた時に我々の魔力だけ足りのでしょうか?・・・もっと力を付けることにより、精霊が成長し精霊たちの力を借りながら維持出来ると、以前はそうしていたのだとグノーム様が言っていました。地に魔力を注ぐことで、精霊と共に成長し共に生きろと言いたいのではないかと思いました」
陛下や王子たち、そして領主たちもこちらを見て頷いている。
「それからグノーム様はチョコレートがお好きです。季節ごとに精霊樹まで届けるように言われています。先日も届けに行ったのですが、月の精霊ベルリュンヌ様が来て、罪な味を食べられてしまったと言っていました。大神殿にあるシェーヌサクレにベルリュンヌ様用のチョコレートを季節ごとに届けてほしいと言われています・・・テオドール王子、お手数ですが今月からお願いできますか?」
「チョコレートを?・・・私が?」
「まさか精霊が好んで食べるとは思いませんでしたが・・・ミルクとビターとラムレーズン入りの3種類を届けて頂きたく・・・」
「そ、そうか。土産店で買ったものを届けるようにしよう」
「ありがとうございます。恐らく、各領地の精霊樹にもいずれ届けることになるかもしれません。ベルリュンヌ様が北の精霊樹に来たということは、他の大精霊にも伝わっている可能性があります」
「では南の精霊樹にも届けましょう」
「西に領地でもそうしよう」
「ええ、東の領地でも届けます。季節ごとに王都には来ていますから、チョコレートの購入は可能です・・・ですが購入制限があるのでしたら、大精霊用は別枠でお願います」
「もちろんです。大精霊用は別枠にて用意します」
「大精霊用のチョコレートは国予算で買うようダルシアク宰相に伝えておく。年に4回、しかも毎年続くのだ」
「ありがとうございます、陛下。それとグノーム様はチョコレートを罪な味と呼んでいます。他の大精霊たちにはチョコレートと言っても通じない可能性があります」
「罪な味・・・確かにその名が相応しいと思いますが・・・」
「私もフールージュ公爵に同感です。妻や、子どもたちもあの高価なチョコレートをいくらでも食べられると言うのです」
西に領地のヴァンドール公爵がそう言うと、皆頷いていた。
確かに罪な味ではあるが、わざわざその名で飛ぶのは抵抗がある・・・グノーム様にあえてチョコレートと言ってみたが、訂正する気配はなかった。
いや、今は呼び方で悩んでいるどころではない・・・まだ話さなければならないことがあった。
「あとベルリュンヌ様の事ですが、当屋敷に昔から『月の精霊ベルリュンヌ』と言う本があったことを思い出しました。王城や各領地にはございますか?」
「ベルリュンヌ様の本?・・・初めて聞いたな」
「王城の図書室の本は、ほぼ読んでいますが、陛下のおっしゃる通り月の精霊に関する本はなかったと記憶しています」
「私もそのような本があったと記憶をしていないです」
陛下とロベール王子、それにテオドール王子も言うのであれば、ないと言うことで間違いはないだろう。
「南の領地でも月の精霊に関する本は、見たこともないです」
「西の領地にもないと思う」
「東もないと思います。そもそも精霊に関する本が少ないですから」
「それでは・・・本をご覧下になりますか?・・・」
「持って来ているのか?・・・あまり見せたくないように見えるが・・・」
「何か危険なことでも書かれているのですか?」
陛下とロベール王子が不審そうに言うから、領主たちまで、私を不審な目で見ているではないか。
「い、いえ。ベルリュンヌ様の事が書かれているだけです・・・リュン・デ・ローズという満月の事も書かれています。これがアンジェルのやるべき事につながるのではないかと思っています」
「満月?・・・それはいったい、いや、読んだ方が早いな・・・」
「・・・はい」
返事をすると、壁に控えていたイヴァンが棚に置いていた本を渡してくれた。
受け取った本を陛下に渡すと表紙を見て、私を見てまた表紙を見て、そっと目をそらされていた。
布の少なめの服を着た月の精霊ベルリュンヌ様は、濃紺の波打つ長い髪にオランジュ色に近い金色の瞳。
横には金色の蝶ネクタイをしたサラマンドル様がいる絵だ。
ただ、きりっとした目でこちらを見ている姿は勇ましくも見えるが、それだけだ・・・そうそれだけだから、変な目で見ないでほしい。
「陛下、どうかされましたか?」
ロベール王子が不審に思ったのか陛下に声をかけた。
「いや、何でもない・・・」
陛下の右に座っているロベール王子と左に座っているテオドール王子が、陛下の持っている本をちらっと見て、そっと視線をそらしていた。
「・・・ゴホン」
空咳を一つして陛下は色あせた表紙をめくった。
眉間に力が入っているのか、少し皺を寄せた二人の王子が遠慮がちに本を覗き込んだ。
一緒に読み始めた王子たちに合わせるようにページはゆっくりとめくられていく。
途中まで読み進めているうちに、なぜかほっとしたような顔になった陛下と王子たち。
表紙を見て、子どもには絶対見せられない本だとでも思ったのか?
そんなものを見せるために「至急、重要王城案件と記載して招待状を送るわけがないだろう。
「陛下、領主たちも気になると思いますので、私が読み上げるのはどうでしょ?・・・特にここで秘匿するような内容ではないのですから」
ロベール王子の提案に、私の顔を見る陛下。
まだ本を信用していないらしい。秘匿しなければならない内容ならここに持ってくるわけがない。
もしかしてまだ変な疑いをかけられているのか?
まったく・・・ベルリュンヌ様は本当にこんな服装なのだろうか?絵描きも少しは気を遣って違う服を描いてもよかったのではないか?
そんなことを考えているうちに、返事が遅くなってしまった。
「・・・その方がよろしいかもしれません。ロベール王子お願いいたします」
陛下は遅れた返事に目を細められたが、ロベール王子は気にした様子もなく「失礼します」と言って、本を目の前に引き寄せ持ち上げた。
持ち上げられた本の表紙が領主たちの目に映ると、みな不自然に目をそらしたが、西のヴァンドール公爵だけは2度見をしたな。
ロベール王子が朗々とした声で読み上げると、目を泳がせていた領主たちが真剣に聞き始めた。
ベルリュンヌ様が季節ごとに精霊樹に訪れた事や精霊王レスプラオンデュール様に出会ったことなど。
「人と精霊の時の流れは違う。100年を過ぎた時から止まったままの時間を、進められるのはベルリュンヌ様と光だけ。精霊は言う・・・時を進めよ・・・えっ?」
ロベール王子は驚いたのか、疑問の声を発した。
陛下とテオドール王子も目を丸くして、ロベール王子を見ている。
「時を進めよ?」
「光だけとは?」
「これはいったい・・・」
領主たちはそれぞれ疑問を口にして私を見た。
「ロベール王子、最後まで読んでいただけますか?」
ロベール王子に声をかけると、考え込んでいたのか、慌てて返事をされていた。
「あ、ああ・・・失礼した・・・50年ごとの夏の満月に魔力が満ち、フレーズのような色の満月になる。ベルリュンヌ様の魔力・・・それが「リュン・ドゥ・フレーズ」
その翌年の夏のメテオール祭の日に4大精霊を呼び寄せることが出来ていたと言う。
ベルリュンヌ様のお力は移動魔法も操る。
51年目はメテオール祭に満月が出ると言われている。時を進めよとは?・・・ベルリュンヌ様に問えるのは光だけ。』
ロベール王子はそっと本を閉じて、何かを考えるように目を伏せた。
「アレクサンドル叔父上・・・光属性を持つものが精霊王の行方を追えるという解釈でよろしいのですか?」
「テオドール王子、いまはまだ憶測の段階ですが、私もその解釈だと思いました。ですが、現状は新たな精霊王を迎えなければならないと、グノーム様から聞いています。時の流れが事情を変えたと思われます。恐らくベルリュンヌ様にお会いできればはっきりするのではないかと・・・」
「私にも聞く権利はありそうですね」
「光属性をお持ちですから、あるかと思います」
しばらく沈黙が流れ、口を開いたのは陛下だった。
「アレクサンドル、以前話をした精霊巫女の日記だが、そのまま神殿で保管されることになっている」
「そうでしたか」
「神殿側と話し合って決めようと思っていたが、今後は見ることができる者、つまりアンジェルに日記を見る許可を私から出す」
「陛下、よろしいのですか?」
「これは決定事項として神殿に伝える。もう猶予はないと判断した。そのままにしておいても、見ることが出来る者はすぐには表れないだろう。アンジェルが王都に来るのは来年の春以降だが・・・とにかく今急いでやらなければならないのは、結界を守り維持させる事だ。我々に出来ることをやらねばならない。地に魔力を注ぎ、精霊たちを育てればよいのだな?」
「はい、今はそれを続けて頂き、いずれ現れる『リュン・ドゥ・フレーズ』に備えてどのような準備をすればいいのか確認しなければなりません」
「どのようにするのかわかっているのか?」
「いえ、グノーム様からはまだ聞いていませんが、新たな精霊王を迎えなければならないと言っていました。どのようにして迎えるのかはアンジェルがベルリュンヌ様に会って聞くことが出来ればと思っています・・・『ベルリュンヌ様に問えるのは光だけ』と本には書かれていましたから」
「私も問えるだろうか?」
「テオドール王子もベルリュンヌ様にお会い出来れば、尋ねることは可能性だと思います」
「しかし、今まで一度も会ったことがないのだが?」
「月の精霊ですから、もしかしたら夜に現れるのかもしれません 」
「そうか、ではチョコレート・・・いや罪な味は夜に持って行くことしよう」
「よろしくお願いいたします。もし、ベルリュンヌ様にお会いできましたら、光属性がなぜ必要なのか、どのような方法で集めるのかを確認していただけますか?」
「わかった」
「ありがとうございます。それから最後の話になりますが、光魔法は精霊樹に注ぐようにとグノーム様が言っていましたが、均等にと言われております」
「シェーヌサクレはテオドールが魔力を注いでいるが、リシェンヌもたまに手伝っていると聞いている」
「北のプラターヌにはアンジェルが魔力を注ぐ予定です」
「南のオルムは神殿からと私の娘が行っています」
「西のティユールはエディット第二妃の妹の伯爵令嬢と神殿の者です」
「東のマロニエは同じく神殿からと長男が言っています」
「エディットの妹か・・・」
「さようでございます、陛下」
ヴァンドール公爵が答えていたが、西の光持ちは魔力が少ないと聞いていたような気がする。
「元精霊巫女のアデライト様の孫のマリエルが更生されれば、西の神殿に移動させてはどうでしょうか?アデライト様はもともと西の出身ですから」
「アレクサンドル様、それは助かるがいつ頃になりそうかな?」
「少しずつですが作法などを学び始めていると聞いていますが、もう少し時間がかかると思います」
「そうか・・・あまり期待しない方がいいかも知れないな・・・」
「いずれと言うことですから・・・それと陛下、アンジェルが言っていたのですが、精霊は美味しい、不味い、食べられないが、わかるそうです。毒は食べられないと教えてくれるでしょう」
「なんと!そこまでわかるのか?」
「試しますので、ご一緒にご覧ください」
イヴァンに合図を送ると、イヴァンは部屋の外にいた侍従を呼びに行った。
戻ってきたイヴァンと一緒に部屋に入ってきた侍従は、小さく切ったペーシュが乗った皿を3つワゴンで運んできた。
侍従はワゴンのまま窓際に置き、次に窓を開けた。
すると窓に精霊たちが集まってくる。
「僅かですが毒が付着したペーシュが一皿あります」
陛下たちは頷いて精霊と皿を交互に見ている。
「精霊たち、一皿は食べられないペーシュだ。美味しいペーシュだけ持っていって構わない」
「これー」「だめー」「変なやつー」
「こっちー」「美味しいのー」「ペーシュ」
見た目はどれも熟した瑞々しいペーシュだが、3つ並んだ皿の真ん中のペーシュだけは精霊はだめだといった。
「見てのとおりです。真ん中のペーシュは銀食器に反応する毒が付いています」
精霊が持って行かなかった皿から、銀のスプーンでペーシュをすくうと、スプーンは黒くなっていった。
「未熟な果物も不味いと教えてくれます」
「それは朗報だな」
陛下はそう言って窓際まで行き、精霊に声を掛けられていた。
「これからも美味しいものを教えてくれるか?」
「陛下―」「頼まれたー」「お願い」
「いいよー」「美味しい」「教えるー」
「ああ、よろしく頼む」
「陛下だけー」「いいよー」「教えるー」
「あ、いや・・・みんなに教えてくれると助かる」
「みんなー」「だれー」「どこー」
「みなとはこの地で生きている者、全てだ」
「だめー」「悪い人」「おしえなーい」
「そうか・・・それなら悪い人を教えてくれるか?」
「いいよー」「陛下にー」「教える」
「それは頼もしいな」
「頼もしー」「教えるー」「頼もしー」
陛下に続き、王子たちや大領地の領主たちも精霊に頼んでいた。
美味しい、不味いがわかれば農作物を育て、収穫時期や選別も出来る可能性はある。
地に魔力が満ちれば、精霊が増え成長もする。
そして結界も強化できるはずだ。
ネージュも熟していない果物は食べないと聞いたが、今はそこまでは知らせなくてもいいだろう。
「お伝えしたい内容は以上となります。本日はお忙しい中、お越しくださりありがとうござました」
「良く知らせてくれた。結界に関してはすぐに取りかからねばならないからな。領地の当主たちの協力は不可欠だ。頼んだぞ」
「「「はっ」」」
無事に協議は終わり王族と大領地の当主たちはサロンに寄って、お茶飲んでから帰られた。
精霊にチョコレートを毎回持っていくことなど思ってもいなかっただろう。
ましてや王子や大領地の領主たちが罪な味という名になったチョコレートを持っていくなど・・・。
協議でチョコレートの話をするなど、何とも妙な気分だったが、テオドール王子がもしベルリュンヌ様に会えたら、光属性を持つ者はどうすればよいかを聞いてくれると、請け負ってくださった。
陛下は精霊巫女様の日記をアンジェルが王都に来た時に読めるよう許可も出してくださった。
僅かながらも先に進んでいると思う。
これらはアンジェルにとっても朗報となるだろうか?
次回の更新は3月6日「83、秋のメニュの食材集め」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




