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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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81、アレクサンドルは奮励する 

アレクサンドル視点です

 疲れた身体を奮い立たせ、漸く屋敷に帰ってきた。

 エントランスで、ステファニーとシャルルが私の帰りを待っていたようだ。


「おかえりなさいませ、ご無事でなによりでしたわ」


「おかえりなさい・・・」


 ステファニーは目を潤ませ、シャルルは挨拶の後、口を真一文字に結び、その後は何も言葉を発しなかった。


「ああ、今戻った・・・アンはまだ眠っているのか?」


 先に戻ったアンジェルを見て、さぞ驚いたと思う。


「ええ、まだ眠っていますわ。モロー女医のお話では、魔力がかなり減っていて2、3日は目が覚めないとおっしゃっていましたわ」


「2、3日・・・そうか・・・」


「先ずはお食事を、その後は少しお休みなったほうがよろしいですわ」


「そうだな・・・先に着替えくる。シャルルも食事がまだなら一緒にどうだ」


「・・・はい」


「シャルルは先に食堂に行ってくれ・・・ステファニー、手伝ってくれるか?」


「ええ、もちろんですわ」


 着替えなど手伝ってもらうつもりはないが、アンジェルの話を先にしておこうと思った。

 ステファニーはわかっていたのか驚く様子もなく、差し出した私の腕に手をかけ、いつものように微笑んで歩き始めたが、私室に入るまで互いに無言だった。


「ソファに座って待っていてくれるか?急いで着替えてくる」


「お手伝いいたしますわ」


「いや・・・そんなつもりで呼んだわけではないのだが・・・」


「ええ、でもたまにはよろしいかと」


 侍従が持ってきた光沢のある白いシャツに着替えると、ステファニーはボタンを留めようと手を伸ばしてくる。

 されるがままにしていたら、目線をボタンに向けたままステファニーが呟いた。


「顔色の悪いユーゴと意識のないアンだけが先に戻ってきた時は、駄目だったのだと・・・思いました」


「・・・心配をかけた」


「アレクサンドル様がいらっしゃらなかったので・・・覚悟をしなければいけないと・・・。すぐにモロー女医を呼ぶよう手配をして、それからマクサンスとジュスタンにアンジェルの事を聞きましたの・・・アレクサンドル様も・・・お辛かったと思います。それでもご無事だと知った時にどれだけ安堵したことか」


「ああ・・・今は悩んだり、落ち込んだりしている暇がなくなってしまった・・・時を進めなければない・・・もう後戻りはできないからな・・・だが、不甲斐ない自分が腹立たしい」


「ご自分を責めないでください・・・どうしようもなかったのですから。私は、アレクサンドル様と子どもたちが・・・そして領民が無事に日々を過ごせるのなら、一緒に進みますわ」


「無事に過ごす者に、ステファニーの名が抜けているぞ」


「・・・私はアレクサンドル様が守ってくださるでしょう?」


「もちろんだ。今度は失敗しないようにステファニーと子どもたちを守らなければ・・・アンジェルを守れるのなら、すべての魔力を渡し精霊の地に渡る覚悟で向かったが、私にはこの地でまだやることがあると言われてしまった。暫くは精霊の地には渡れないらしい」


「素直に喜べない事情ですわね」


「そうだな、詳しくは食事の後で話す。シャルも待っているだろう」


 頷いたステファニーと共にシャルルの待つ食堂に向かった。

 グノーム様がおっしゃった事を二人に話したら、王都に向かう準備をしなければならない。



 アンジェルが眠っている間、陛下と各大領地の領主たちへ送る招待状を作成した。


『 招待状


「夏の2の月3の週の白の日

 テールヴィオレット辺境伯の王都の屋敷にて昼食会とその後の協議を開催」


 条件、精霊が見えている事


 至急、重要王城案件あり。

 別件、新たな料理について。


          アレクサンドル・テールヴィオレット辺境伯」』



 精霊について伝える事も含め、あえて「至急、重要王城案件あり。別件、新たな料理について」と、書き加え各大領地の領主に招待状を送った。

 陛下たちへは、ノルベールからダルシアク宰相経由で招待状を渡すようにとこれも至急の手紙を書いた。

 ロベール第一王子とテオドール第三王子にも話し合いに加わってほしいと思い、条件が満たされている王族全員に参加を乞うと付け加えた。

 ロベール第一王子は魔力が強く、次期国王として今後精霊にかかわることが多くなる

 テオドール第三王子に関しては光属性を持っていることと、新しい料理の事があるため、店の出資者として。

 これでそれぞれ大義は立つだろう。

 陛下とともに第一王子と第三王子を個別で招待すれば、ランメルト王子まで声を掛けなければならなくなる。

 今はランメルト第二王子に知らせない方がいいような気がした。

 精霊がまだ見えていないと聞いている。見えていなければ協議に参加できないだろう。

 王族に関しては極秘で動いてもらうしかない・・・文官など側近にはまだ知らせる時期ではない。

 ダルシアク宰相がうまく采配を振るってくれるだろう。

 南の大領地にいるベルトランには、アンジェルに贈った同じ魚介類を王都の屋敷に至急で送るようにと手紙を書き、日持ちのするプレーン、紅茶、木の実などが入ったスコーンを各15個と、サクッとクッキーを50枚ほど木箱に詰めて龍の宅急便で送った。



 アンジェルが目覚めたら直ぐに王都に出発しようと思う。

 グノーム様が「眠っているだけだ。すぐに目覚める」と言ったが、完全に目覚めるまで5日も要した。

 精霊のすぐは5日間か?

 人の時間と精霊の時間がこんなに違うのかと改めて認識させられた。

 陛下にどう伝えるか、大領地の当主たちをどう巻き込むか・・・。

 急く心を抑え、留守の間にやっておかなければならない仕事をひたすらこなす日々だった。


 アンジェルが4日目に目覚めたが「お父様!お父様が・・・」と泣いていると聞き、慌ててアンジェルの部屋に駆け込んだ。

 私の姿を見て安心したのか「お父様」と言って手を伸ばしてくる。

 幼い子どものような仕草にどこかホッとしてしまった。

 伸ばしてきた手を握ると、ぎゅっと握り返えしてくる。

 アンジェルはその手を握ったまま微笑んで、また眠ってしまった。

 ・・・心に傷を負わせてしまったと思った。

 すまないアンジェル・・・。



 5日目の朝に目覚めたアンジェルはかなり落ちついていて、翌日には食事もとれるようになり、ようやく安堵した。

 グノーム様が溢れたアンジェルの魔力を取ってくれたことや、ベルリュンヌ様がグノーム様のチョコレートを食べてしまわれたから、大神殿の精霊樹シェーヌサクレの祭壇にベルリュンヌ様用のチョコレートを季節ごとに置くことなり、仕事が増えた事などを伝えた。

 ついでにグノーム様はチョコレートの事を罪な味と言う名前で覚えてしまったことも話した。

 アンジェルは笑っていたが、私を探るような目で見ているのは、不安で仕方ないのだろう。

 結界が消えてしまうことも話し、私にもやることがあるから当面は精霊の地に渡ることができなくなったと伝えると、目を潤ませて頷いていた。

 結界の事は私たちがやることだから心配はいらないと伝えたが、精霊王を新たに迎える必要があり、そのためにはアンジェルと光属性を持つ人たちの魔力が、必要になってくるはずだとも伝えておいた。

 アンジェルが頷きながら黙って話を聞いてくれたが、もう大丈夫なのだろうか?

 心の傷が癒えているとは到底思えなかった。


「アンのやるべきことが分かったことと、お父様が無理に精霊の地に渡ることがないと聞いて安心しました」


 そう言ったアンジェルの顔はもう子どもの顔には見えなかった。


「アンを先に屋敷に帰らせたあと、ペーシュとミルティーユの種を植えてきたが、成長魔法をかけていないので成長して実をつけるまで数年はかかるだろうと、グノーム様には伝えておいた」


「秋に罪な味を届ける時に、アンが魔法をかければすぐに食べられますよ」


 アンジェル微笑みながらそう言った。

 暫くは精霊樹に連れていけないと思っていたが、行くことに不安はないのだろうか?

 いろいろと思うことはあるが・・・そろそろ王都へ向かわなければならない。

 アンジェルに王都に行ってくると伝えると「新しい料理がありますから、恩を売れますね」と笑って言った・・・これがいつものアンジェルだったと思うと、少し口角が上がってしまった。



 本日、王都へ向かう。

 アンジェルが完全に目覚めてから4日が経っていた。


「では、行ってくる。遅くともメテオール祭までには戻るつもりだ。アンは無理をせず暫くはゆっくりするといい」


「はい、お父様。お気をつけて」


 頷いてアンジェルの頭を撫でた。


「ステファニー、後は頼んだ」


「ええ、お任せください。いってらっしゃいませ」


 アンジェルは落ち着いては見えたが、シャルルと二人だけで留守番をさせる事に不安があった。

 昨日、アンジェルと話をしたことをふと思い出す。


「アン、久しぶりに一緒に王都に行かないか?キリーに乗ってしばらく飛行が楽しめるぞ。ネージュにも遠乗りをさせる良い機会だと思うが?」


 一瞬嬉しそうにしたが、目を伏せて小さな声で話し始めた。


「・・・今回は止めておきます、来週は学院の試験があります。毎回満点を取り続けて、王都の学院に行きたいと思っています」


「そうか・・・王都の学院に行きたいと言っていたからな。くれぐれも無理をしないように・・・今回はステファニーが屋敷にいる、何かあればすぐ相談するのだぞ」


「お父様は一人で行かれるのですか?」


「心配は不要だ。一人で王都に行くことは何度もあっただろう?一人と言ってもイヴァンたち護衛も一緒だ。カジミールとニコラも連れていくし、王都にはノルがいる。心配はいらないぞ」


「・・・はい、ノル兄様によろしくお伝えください」


「魚介類の料理を食べさせて脅かそうと思っている」


「フフッ、お父様は人を驚かすのが好きなのですね」


「ああ、そうかもしれないな」


「メテオール祭で食べる美味しいお菓子をコンスタントと作るので楽しみにしてくださいね」


「できるだけ早く帰ってこよう」


「はい、待っています・・・あっ、でもメテオール祭の前に帰ってきてくれたらうれしいけど、お菓子はメテオール祭当日まで食べられませんからね」


「それは残念だ」


「フフッ」


 アンジェルと笑いながら話をしたが、やはりステファニーは王都に連れて行かないと決めた。

 アンジェルがステファニーに、心の内を泣きながら吐き出して甘えたと聞いていた。

 やっと子どもらしい感情を見せてくれたと思っていたが、また大人びた態度に戻ってしまったように感じたからだ。

 暫くはステファニーに甘えて過ごしてほしいと思う。


 今回もカジミールとニコラを王都に連れていくが、もしアンジェルが新しい料理を作るなら、コンスタンがいれば何とかなるだろうと思っていた。

 そのことは、アンジェルもわかっていたようだ。

 店の方も秋のメニュは作っていたから、既にエタンに絵を描かせていると聞いている。

 秋のメニュ作りも心配はないだろう。


 アンジェルが倒れたため、月初めの勉強会は中止になったが、シャルルが魔力増加訓練は続けると連絡をしたと聞いている。

 流石にジルベール君とコレット嬢は、辞退すると言ったらしいが、一人でも多く魔力を増やした人材が必要なのだと言って中止させなかったらしい。

 結界の事はまだ極秘事項だから言えなかった分、説明に苦労したようだ。

 シャルルの言うとおり、二人には魔力を増やすことに専念してほしいと思う。


 各大領地の領主たちもどれほど魔力を増やしたのか、王都の屋敷で会うのが楽しみでもある。

 条件は満たしているはずだ・・・たとえ満たしていなかったとしても、昼食会までには必ず満たしてくるだろう。


 王都に向けて出発した初日はいつもの宿泊先、パトリック義兄上の屋敷だ。

 手紙でアンジェルが倒れたことを知らせていたせいか、ノール本店から早めに戻ってきて待っていてくれたらしい。

 グノーム様の話や魚介類の料理の話、特にパスタの件を伝えると、頭を抱えていた。

 アンジェルの事をとても心配をしてくれたが、料理に関しては魚介類の食事はシャルダン・デ・ローズでは出さない方がいいのではないかと言っていた。

 私も同感だが、新しく食事の店を出している余裕はまだない。

 暫くは屋敷で料理人が作ればいいとさえ思っている。

 今回は魚介類がないのでパトリック義兄上の屋敷で作ることは出来ないが、王都から帰る時までに魚介類が入手できれば、カジミールとニコラに作らせると約束した。


  夕食後にパトリック義兄上は、アンジェルに頼まれていた生ハムの製造について途中経過を話してくれた。

 出来上がるまでに最短でも1年はかかるらしく、長く熟成させるほど旨みが増すとのことだった。

 熟成期間が延びればそれだけ経費がかかり、かなり高額な生ハムになるため、王族と上位貴族しか食べられないものになるだろうと言っていた。

 シャルダン・デ・ローズで提供できたとしても、生ハム一切れがバターケーキ数本分の金額になるらしい。

 そこで塩漬け、塩抜き、乾燥、熟成、燻製のそれぞれの工程を風魔法と水魔法、火魔法を使って期間を短縮する試みを行っていると言う。


「生ハムを作ること自体初めての作業ですし、火を通さずに作業を進めて行きますから、途中で腐らせるのではないかと不安があったのです。ですが、アンジェル様が教えて下さったのです。精霊が教えてくれると」


「精霊が?」


「ええ・・・。アンジェル様から話を聞いた時は驚きましたが、半信半疑で精霊に生ハムの状態を尋ねたら『楽しみ』と答えていました。恐らく問題はないと言う意味かと」


 グノーム様が結界の事を言っていた時に『其方たちにもっと力が付けば、精霊たちの力を借りながら維持出来るはずだ。以前はそうしていたのだからな』と言っていた。

 これもそうか・・・精霊に尋ねると答えてくれると・・・。

 我々の魔力が増え、地の魔力も増えれば植物が育つ、そして精霊も力をつけていく。

 共に成長していくのか・・・。


「精霊は毒もわかるのだろうか?」


「美味しい、不味い、食べられないなど、尋ねれば教えてくれます。毒は食べられないと教えてくれるはずです」


「そうか・・・これで王族も毒から守ることが可能だということだな」


「えっ?・・・たっ、確かにそうですね」


 パトリック義兄上もハッとして答えていた。


「パトリック義兄上、良い情報に感謝する。この件も陛下に報告できる」


「ええ、確かに良い情報ですね。そう言えばネージュも美味しいと不味いはわかると聞いています」


「ネージュも?」


「はい・・・ネージュは聖獣なのでしょうか?」


「グノーム様に尋ねようと思っても、いつも中断されてしまう。アンジェルが気を失ったのが2回・・・グノーム様が消えてしまったこともあったな。中々思うように進まないものだ」


「今回も大変でしたからね」


「ああ・・・何度も脅かされるが、慣れないな・・・」


「・・・ご心中お察しいたします」


「義兄上も迷惑をかける・・・それで、生ハムはいつごろ食べられるのだ?」


 ちょっと食べてみたいと思い、つい聞いてしまった。


「えっ?・・・な、生ハムですね・・・うまくいけば最短秋の2の月から3の月の前半あたりと予想しています」


「それも朗報だな。生ハムの件はアンジェルに知らせておこう」


「ええ、これからも思いついたことは何でも試してみます」


「なにかと負担をかけるが、よろしく頼む」


「こちらこそ、やりがいのある仕事に感謝しています」 



 翌日の早朝にパトリック義兄上とカサンドラ義姉上に見送られながら出発し、2泊3日かけて王都の屋敷についた。

 屋敷ではノルベールが出迎えてくれていが、仕事は相変わらず忙しいようだ。

 それでも仕事を任せられる従業員が増え、春から比べると仕事量はかなり減ったと言っていた。

 婚約予定のセレスティーヌ嬢の手伝いもあるのだから、張り切って働いてくれ。


 屋敷についた翌朝に、陛下と各領地の領主たちからの招待状の返事が届いたと、執事のスチュアートが手紙を持って来た。

 親の代からいた執事長が高齢のため引退して、スチュアートは昨年執事長になったばかりだ。

 補佐期間は長かったが、執事長になってたった1年で王族と大領地の領主を迎えての昼食会だ。

 胃が痛くなる可能性もある・・・自分の分も含め、薬の用意しておくように伝えた方がいいかもしれない。


 もう返事が来ていたとは、今回も仕事が早いのは新しい料理があるからだろう。

 開封して読んでみたが、陛下はリシェンヌ王妃を、ロベール第一王子はレオノール妃を伴って来るという。

 各領地の領主も夫人とともに屋敷に来ると書いてあった。

 重要王城案件ありと書いたよな?

 なぜ、妃や夫人同伴なのだ?

 もしかして新しい料理の事しか考えてなかったのか?

 疑問は山ほどあるが、仕方ない・・・食事会だけはみなを受け入れるしかないか・・・ちょっと待て・・・なぜ宰相の手紙まである?


「アレクサンドル・テールヴィオレット辺境伯様


 多忙と聞いた。

 だが、なぜ私のところに招待状がないのだ。

 ひとまず王族への便宜を図ったが、謝礼は不要だ。

 そのかわり食事会に妻のユゲットと長男のサミュエルと長女のマリアンヌ、それに次女のセレスティーヌも連れて行く。

 よろしく。


 そうだ、各領地の夫人達はユゲットと娘たちが相手をする。場所はローズが見える部屋でいい。


 これで貸し借りなしにしようではないか


                       オードリック・ダルシアク 」


 ・・・なんだと。

 なぜ宰相は招待もしていないのに5人も来るのだ。

 確かにノルベールを通して王族に招待状を届けてもらった・・・それで5人が来るとは・・・ちょっと厚かましくないか?

 ノルと私を含めて8名の予定だったのが、18名にもなってしまった・・・ここは店ではないぞ。

 ・・・魚介類は足りるのか?

 すぐに屋敷の料理長のリシュとカジミールに人数の変更を知らせるようにスチュアートに伝えた。


 食事会と話し合いは4日後だ。

 話し合いに夫人たちを入れる予定はないため、その間夫人たちの相手をする者がいない・・・ステファニーは王都にはきていないのだから。

 ・・・手配する時間もない。

 料理の作り方をいくつか料理人に伝えると言って、リシェンヌ王妃に頼んでもよかったのだが・・・。

 宰相にはステファニーがこちらに来ていないことをいつ知ったのだろうか?・・・だが今回の申し出は悔しいが、さすが宰相だと思うしかないだろう。

 伊達に何年も王城を仕切っていないようだ。


 ところで、ダルシアク侯爵家では『精霊が見えている事』という条件は満たしているということか?

 とりあえず悩みが一つ消えたのか?いや、増えたのか?

 ・・・悩む事はまだまだは沢山ある・・・しかしこのことばかりに気を取られている暇もない。

 アンジェルが言っていた・・・忙しいときは分散すればいいと。

 陛下や領主たちにも話を振るから、じっくりとみんなで悩んでくれればいいだろう。


 大勢の人数を迎えることになってしまったため、ノルベールや執事のスチュアート、そして侍女長のエメリーヌに準備を頼み、料理の順番や量は料理長のリシュとカジミールも交えて話をした。

 協議の件もノルベールとどう振り分ければいいか検討している間に、あっという間に4日が過ぎていった。


 ついに王族や各領地の領主を迎える日となり、早朝から侍従や侍女たちが準備に追われている。

 昼よりも少し早い時間に、領主たちが次々に馬車でやってきたようだ。

 王族案件が気になったのか?まさか新しい料理が待ちきれなかったというわけではないよな。

 少し早めにエントランスに来ていてよかった。


 やって来た馬車には領旗がついていない。

 王族案件なのに王城で協議ができない内容だとわかっているのだろう。

 みな目立たないようにやってきたらしい。

 しかし馬車が何台も入ってくれば目立たないわけがないが・・・仕方あるまい。


 最初の馬車から降りてきたのは西の大領地のマクシム・ヴァンドール公爵とヴィクトリア夫人。

 ノルベールとともに挨拶を済ませると、侍女が広間へと案内していた。

 すぐ後ろの馬車から降りてきたのは東の大領地のリオネル・オーベール侯爵とシルヴェンヌ夫人

 先に来ていた2台の馬車が移動すると、3台目の馬車が玄関前までやって来た。

 降りてきたのは南の大領地のジェラール・フールージュ公爵とジャネット夫人。

 ベルトランが世話になっているので挨拶と礼を述べると、料理に何が使われるのか知っている口ぶりだった。


「ベルトラン君がこちらの屋敷にも、魚介類を送ったと聞いていましたから、当方でも手配させていただきました。侍従が後ほど、別の馬車で裏の入口から届けます。今回もいろいろ楽しませてくれるのでしょう?私からの贈り物です、受け取ってください」


 先手を打ってきたか・・・。


「お気遣いに感謝いたします。」


 一先ず礼だけは述べておいた。


 次にやってきたのは大きな馬車だった。

 恐らく腹黒宰相こと、オードリック・ダルシアク侯爵家だろう。

 予想通りダルシアク侯爵とユゲット夫人が降りてきて、その後に長男のサミュエル様、長女マリアンヌ様と次女セレスティーヌ様が続いて降りてきた。


「テールヴィオレット辺境伯、心配には及ばん。全員条件は満たしている。食後はユゲットに任せておけばいい。ああ、サロンを貸してくれ。ローズが見ごろだろう?ユゲットが楽しみにしていたのだ」


「この度はお気遣いいただきありがとうございます。サロンをご利用いただこうと思っておりましたので、準備はできています」


「さすがだな。それと王族案件は私も参加する」


「ご協力いただけるということでしょうか?」


「内容次第だな」


「聞けば後戻りできないと言ったら?」


 思わず敬語も忘れきつい口調になってしまった。


「・・・いいだろう。よほどの重要案件らしいな」


「・・・では後ほど」


 侍従に目配せをして、広間に案内するよう合図した。

 セレスティーヌ嬢がノルベールに会釈をして去っていったが、二人には気まずい会話だったと思う。

 これから顔を合わせる機会が増えるのかと思うと、少々気が重い・・・。

 セレスティーヌ嬢が北の領地に来てしまえば、宰相と顔を合わせる機会が減ると思いたい。


 白い馬車が2台やってきた。

 最初に降りてきたのはロベール第一王子とレオノール妃。

 2台目の馬車からはテオドール第三王子、続いてユルリッシュ・エスポワール陛下とリシェンヌ王妃が降りてきた。


 アンジェルは学院の試験があるため、暫くは王都に来られないと前にも伝えていたが、今回はアンジェルが倒れたため、ステファニーを北の領地に残してきたとすぐに知らせていた。


「この度は急ぎの案件とは聞いたが、ステファニーを伴えないほど、アンジェルの容体は悪いのか?」


「陛下、ご心配おかけして申し訳ありません。身体はすでに回復しています・・・今回は心の負担が大きすぎました。その件も含めて後ほどお話しさせてください」


「そうか・・・アレクサンドルも心労が絶えないな・・・」


「いえ・・・」


「アンジェルに会えなくて残念だわ」


 リシェンヌ王妃ががっかりしているようだが、アンジェルが来ると思ったのだろうか?


「学院もありますから、たとえ元気だったとしても王都には来年までは無理かと・・・」


「そうよね、わかっていても淋しいのよ・・・王都の学園に通うようになったら、頻繫に会えるようになるわね。それまで私も我慢するわ」


 頻繫?・・・それも無理だと思う・・・リシェンヌ王妃も忙しいと聞いているが、抜け出す気でいるのだろうか?

 アンジェルが王都の学院に行くようになったら、面倒ごとが増えると感じたのは、気のせいだと思いたい。


「あ、ありがとうございます・・・では広間にご案内致します」


 王族も揃い、それぞれが席に着いたかを確認してしまった。

 店と違い壁には精霊も描かれてはいない。

 立って見渡すような珍しいものはないのだから、確認の必要はなかったと気が付き、すぐに挨拶を始めることにした。


「この度は急にもかかわらず、お越しいただき感謝を申し上げます。今回の新しい料理はデザートではなく食事のみです。デザートは協議の時にお茶を飲みながら、女性の方々はサロンにてお召し上がりください」


「デザートも楽しみね」


「リシェンヌ王妃、夏のメニュですが、いろいろ選べるように準備しておりますので、そちらもお楽しみいただけるかと思います」


「嬉しいわ」


「早速ですが、今回は新しい料理が8種類ございます。品数が多いため試食会とさせていただきました。小さな器に入れて、順次お出しいたします。材料は南の海で捕れた魚介類を使っております。最初にサラダとパンを用意致しますが、こちらは無理に召し上がらなくても結構です。新しい料理にはパンの代わりになるものが2品ございます」


「パンの代わりということは、小麦が多く使われているということかな?」


「おっしゃる通りです」


 さすが、西の領主。国の主食となる小麦には敏感なようだ。


 侍女がサラダとパンを各テーブルに置いて行くと、最初に運ばれてきたのはビスクスープ。

 スープを飲み終えるとホタテのスィトロンソテーと続く。

 南の領地のフールージュ公爵がじっくりと味わっている。


「こんなに美味しい食べ方があったのですね。特にスープはエビの味がよく出ています。貝も臭みがなく食べやすいです」


 感心しているようだった。

 次にテーブルに置かれたのは刻んだマシューを添えたエビフライのタルタルソース添え。


「皆様、こちらはエビフライといいます。揚げたてですから、少々熱いです。お気をつけてお召し上がりください」


「エビがこのような料理になるとは・・・エビの周りについているこのカリッとしたものはカツサンドと同じようなものでしょうか?」


 フールージュ公爵は自領の特産品が使われていることもあり、細かく観察しているようだ。


「同じです。パン粉を使用しています」


「パンコ?パンをわざわざ粉にしたということですか?」


「はい・・・材料が同じでも姿かたちを変えると、別なものになるようです」


「美味しく化けてしまうのですね・・・」


 フールージュ公爵がその後、「女性と同じですね」と呟くよう言った声には聞こえないふりをした。


「カリカリとプリプリがこのソースに合って、美味い」


「ええ、本当に・・・アンジェルは美味しいものを作る天才ね」


 陛下とリシェンヌ王妃が嬉しそうに話をしている。

 みんなが食べ終えると侍女たちが「お済でしょうか?」と伺いながら器を下げる。


 次は小さい魚と大きい魚の料理だ。


「小さい魚はアクアパッツァです。大きい魚の方はムニエルといいます。ムニエルは先ほどお召し上がりいただいたホタテのスィトロンソテーに味付けが似ています」


「小さい魚と貝が入っていますね」


「トマートも入っているのかしら?」


「これは罪悪感なくたくさん食べられそうですわね」


「魚は太らないと聞いたことがありますわ」


 夫人たちには好評な料理のようだ。


 侍女たちが食べ終えた器を下げながら、飲み物の希望を聞いていた。

 女性陣にはアイスペーシュティーやアイスペーシュミルクティーが人気らしい。

 男性陣は夏摘み紅茶かカフェアロンジェが多かった。


 魚介類は塩味もあるので、水分も取ってもらったほうがいいと思う。

 試食会だから、途中で飲み物があっても問題ないだろう。


 侍女が飲み物を運び終わると、侍従が小さめのココットに入ったグラタンをワゴンで運んできた。


「次にお召し上がりただくのは、エビグラタンです。エビの他にファルファッレという蝶を模したパスタが入っています。蝶というよりはリボンの形に近いです。ファルファッレは小麦で作っています」


「これも小麦か・・・ではこれがパンの代わりというのだな」


 ヴァンドール公爵がグラタンを見ながら言った。


「パンも召し上がっていただいて構いませんが、お腹はかなり膨れると思います」


「騎士や身体を動かす仕事をしている者なら食べられるだろうが、女性に両方は重いだろう・・・うーん・・・しかしこれは・・・」


 ヴァンドール公爵は気づいたか?パン屋が影響する事を・・・。


「グラタンもかなり熱いので、お気をつけて召し上がりください」


「これはお腹の持ちがよさそうです」


「さすがパンの代わりですね」


 オーベール侯爵が言うと、ロベール第一王子もそれに答えるようにおっしゃっていた。

 レオノール妃が小さな一口を味わって目を丸くしている。

 グラタンは濃厚で美味いからな。


「最後はアサリのパスタです。細長くなっているこれもパスタと言います。パスタはフォークに巻いて召し上がってください」


「これがパスタか・・・アサリの味と辛みが丁度いい、これは癖になりそうです」


「私も好きな味だ」


 テオドール第三王子はパスタが気に入ったようだが、ロベール第一王子は辛いものもお好きだったな。

 兄弟だから好みも一緒なのか?


「アレクサンドル、わざわざ王族を呼び出しての試食会だ。もちろん王城で食べられるようになるのだな?」


「王城の料理人が当屋敷に来ていただけるのでしたら、うちの総料理長が教授いたします。材料は南の領地より仕入れが可能になるのではないでしょうか?・・・いかがでしょうか?フールージュ公爵」


「我が屋敷の料理長にも教授を願えるのでしたら、相応のお取り計らいは可能ですよ」


「わが領地の小麦も必要になるはずですから、教授を受ける権利はあると思うが?」


「魚介類に小麦ですか。フールージュ公爵とヴァンドール公爵のところはいいですね。わが領地の特産品はお役に立つ事はないのですか?」


「オーベール侯爵、ビスクスープやアクアパッツァ、ムニエルにはヴァンブランが使われています。料理にはなくてはならない酒だと聞いています」


「なんと、ヴァンブランが使われているとは・・・では我が家の料理長にも権利はありますね」


「詳細については、部屋を移動して協議に入りましょう。女性の方々はサロンでプリンアラモードなど召し上がって頂くのがよろしいかと」


「まぁ、素敵な提案ね。レオノール妃、貴女も好きでしょう。アイスとプリンが一緒になっているデザートよ」


「嬉しいですわ。美味しい食事をたくさんいただきましたが、デザートは別腹ですものね」


「ええ、もちろんですわ。さぁ、ご夫人たち、そして令嬢たちもサロンに参りましょう」


 一斉に立ち上がった夫人たちは自分の夫を見た・・・これからの協議に向けて何かしらの期待をしているのだろうか?

 料理の教授についてか?それとも取引についてか?

 一瞬真顔になった夫人たちだったが、にこやかにサロンに向かって歩いて行った。

 その後姿を陛下や王子は啞然として見ている。もちろん領主たちも・・・。


「女性陣は新しい料理に思い入れがあるようだな・・・なぜか一致団結しているような気がする・・・」


 陛下の言葉に、広間に残さえた王族と領主たちは黙って頷いた後、遠い目になっていた。

 次回の更新は2月27日「82、王族と大領地の領主たちとの協議」で引き続きアレクサンドル視点の予定です。

83話からアンジェル視点に戻りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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