80、グー様の事情
昨日お父様に指摘されて、考えが足りないことを自覚させられた。
周りの人たちの事情など考えず、食べたいと思うままに作ってしまっていたよ。
ベル兄様は「美味しい食べ方があったら教えてほしい」としか書いていなかったのに、美味しいものはお店で出せばいいといつの間にか自分の都合のいいように考えていたみたい。
・・・反省しないと。
お父様はどこに公開するのか、またどこを優先するのかなどは、アンだけで考えることではないから、大人に任せなさいとおっしゃった。
アンのお仕事は美味しいものを作って、その後の事はお父様とお母様に丸投げ・・・じゃなくて報告をすることだったよ。
明後日は貝と魚の料理を作り、来週の黄の日にグー様へチョコを持って行くことになったの。
グー様には聞いてみたいことがあるから、今度は消えないで、お話が出来たらいいと思う。
でも、グー様が消えてしまった原因のベルリュンヌ様のことなど、聞きたいことがあるのに「アンは留守番だ」とお父様が突然おっしゃったの。
聞きたいことがたくさんあるから、絶対に行くと言って頑張ったの。それにペーシュとミルティーユも植えたい。
精霊樹に光魔法をかけるお仕事もあるから、絶対行きたいと何度もお願いしたら、大きなため息をつかれてしまった。
さすがに野菜も植えたいとは言えなかったけどね。
結局、「話をしている間は決して口を挟まないと、約束するなら連れて行ってもよい」とおっしゃったの。
アンの聞きたいことはお父様が確認するということになり、「わかりました」と答えるしかなかった。
グー様はまた途中で消えたりしないよね・・・ちょっと心配。
今日は貝と魚の料理をするため、厨房に来ているの。
小さい貝はアサリで大きい白い貝はホタテと勝手に呼んでいる。
アサリはパスタに、ホタテはスィトロンソテーにしようかな?
捕ってすぐに魚介類を冷凍して贈ってくれたから、ホタテのカルパッチョも作くろうかな?
お魚はアクアパッツァとムニエルがいいかも。
昨日の夕方、カジミールに作り方を書いた紙を渡したの。
貝とお魚は解凍しているはず、パスタを作る生地も保冷室の手前の涼しい部屋で休ませていると思う。
『保冷室の手前の涼しい部屋』という名前は長いから、呼び方を変えた方がいいかも。
保冷室は冷凍する部屋だから冷凍室?
でも保冷室と言う名前は各領地に広まっているからもう変更するのは面倒だ用ね。
手前の涼しい部屋だけ名前を考えよう。
冷蔵室、冷房室、冷涼室・・・。
冷涼室がいいかも。ひんやり涼しい感じがするよね。
「カジミール、保冷室の手前の涼しい部屋と言う名前は長いから冷涼室と呼ぶことにし・・・」
「カジミール総料理長、冷蔵室からパスタ生地を持ってきま・・・」
「ニ、ニコラ!・・・そ、そこの台の上に置いて・・・」
「えっ?・・・はい?」
アンが言いかけた話を二コラが遮り、二コラの言葉をいつも冷静なカジミールが慌てて遮っていた。
妙に思ったのかニコラが首を傾げている。
その首を傾げたニコラが冷蔵室といったよね?・・・保冷室の手前の涼しい部屋からでてきたよね?
「・・・実はもう冷蔵室と勝手に呼んでいまして・・・」
「う、うん大丈夫・・・・冷蔵室だね・・・つ、使うのは料理人だからそれでいいよ」
「・・・恐れ入ります」
カジミールが恐縮しながら頭を下げていると、コンスタントとニコラもつられたように頭を下げていた。
・・・もう冷蔵室と呼ばれていたよ・・・忙しい料理人が保冷室の手前の涼しい部屋とかいいながら、指示を出すのは面倒だよね。
早く気づけばよかったよ・・・。
決まっていたのは仕方がない・・・先ずは料理の話をしないとね。
「カジミール、作る順番は決まっている?」
「ええ、アクアパッツア、ムニエル、ホタテのスィトロンソテー、アサリのパスタの順で作ります」
「カルパッチョは?もしかしてもう作ってあるの?」
「申し訳ありません。カルパッチョですが・・・貝を生で食べる習慣がないものですから、食べるのに抵抗があるのと、今後王族もお召し上がりになられるのでしたら、火を通した方が安全です」
そこまで考えてなかった・・・また考えが足りなかったよ。
「カジミールの言う通りだね」
「ご理解いただけて何よりです。では始めたいと思います」
「・・・うん」
ホタテのカルパッチョは作らないことになった。ちょっと残念だけど、カジミールの言っていることは正しい。
もし南の領地に行くことがあれば、そこで捕れた魚介類を使ってカルパッチョを作って食べるといいかもしれない・・・行く機会はあればだけど。
カジミールはアクアパッツァの材料を鍋に入れ始めた。
潰したアイユを油で熱して、皮に切れ目の入った白身魚を入れた。
これは小さい方の魚だね。
両面に薄っすら焼き色が付いたらヴァンブランを加える。
アルコールを飛ばしたら、水、トマートを入れる。火が通ったら、アサリを貝のままいれて口が開くまで煮る。
アサリの口が開いたら、塩、コショウをして軽く混ぜる。
器に盛ったら刻んだペルシを散らしていた。
カジミールがアクアパッツァを作っている間、コンスタンが大きい方の魚を切っていた。
これも皮に切れ目が入っている。
切った魚に塩とコショウをすり込み、小麦粉を薄くまぶし終わると、鍋にバターを熱して、皮から焼き始めた。
両面に焼き色が付いたら皿に盛り、鍋の汚れを取って再び火にかけてバターを入れて溶かす。
ヴァンブランとペシルを入れたら、鍋を火から離してスィトロンを絞り、塩、コショウをふって、ペシルとスィトロンのソースが出来る。
そのソースを魚にかけたらムニエルの完成だよ。
ニコラがお湯を沸かし始めると、カジミールがパスタの生地を伸ばし始めた。
パスタ生地は昨日のうちに作ってくれていた。
一晩寝かせると伸びがよくなるらしいの。
生地を3つに分けて伸ばしていき、今回は細長く切っている。
カジミールはコンスタンが作ったムニエルをちらっと見た。
状態を確認したのかな?
問題はなかったのか、すぐにニコラが用意した浅い鍋へ油を入れて細かく刻んだアイユを熱し、アサリとヴァンブランを入れて蓋をした。
貝が開くまで蒸し煮をする。
カジミールが「ニコラ」と声をかけると、ニコラは沸騰した鍋に塩とパスタを入れた。
アサリが開いたら、小さな浅い鍋に少しだけ移していた。
これはアンの分だよ。
アサリのパスタには唐辛子が入るから、アンの分だけ別にしてくれているの。辛いのは大人味だからね。
唐辛子をカジミールはピマンと言っていた。
茉白の世界にもピーマンと言う緑色の野菜があったけど辛くはない。
こちらのピマンは赤くて細長い。そして凄く辛いから、アンはまだ食べない方がいいと教えてもらったの。
パスタが茹で上がるころ、コンスタンはホタテのスィトロンソテーを作り終えるところだった。
ホタテも塩、コショウをして小麦粉をまぶすの。
鍋にバターを入れて、両面に焼き色が付いたら取り出す。
緑の野菜とオニヨンを油にからめ、オニヨンが透き通るまで炒める。
ほたてを鍋に戻してさっと炒めて器に盛り完成だよ。
パスタはお湯を切って、アサリの入った鍋にいれる。ゆで汁も少し加えて塩、コショウをして混ぜ合わせて器に盛ってペルシをちらして完成。
アクアパッツア、ムニエル、ホタテのスィトロンソテー、アサリのパスタを全部テーブルに並べて、前回と同じ9人で試食会だよ。
「それでは試食会を始めるよ。オォー」
「オォー」
今回もニコラが拳を挙げてくれた。
カジミールとソフィは顔の横で拳を作っている。
フォセットとユーゴ達は拳を上げない・・・でも眉をひそめたりもしない。
試食会に慣れてきたらしい。
「いただきます」
「いただきます」
いつのまにか茉白みたいに食事の前に『いただきます』を言うようになっていたら、二コラもつられて言うようになったよ。
最初にホタテを食べてみる。
貝柱という白い身がバターとスィトロンによく合っている。これはたくさん食べられそう・・・美味しい。
ムニエルも食べる。
外側はカリッとしているけど、中の白身がふわふわで美味しい。ホタテと同じような味付けだけど、これもバターとスィトロンの味と合って美味しかった。
そしてアクアパッツァ・・・美味しそう。
お魚とトマートって合うね。さっぱりとして食べやすい。このお魚もふわふわで、アサリの味も染みて凄く美味しい。
マシロパンやクルミパンと一緒に食べてもいいかも。
最後はアサリのパスタ。
これはスプーンとフォークを使って食べたよ。アンは子どもだから許されるよね。
あれ?みんなもアンの真似をして、スプーンを使いだしてしまった。
フォークだけでくるくる巻いて食べるらしいけど・・・ここではパスタを食べる習慣がないからスプーンを使っても大丈夫かな?
それにしても、パスタを最後まで巻くのって結構難しい。
ソフィとフォセットも何とか巻いていたけど、最後まで巻ききれなかったみたい。
アンも綺麗に巻くのに時間がかかってしまったよ。
残ったパスタを切って、スプーンで掬って食べてもいいだろうか?
フォークでパスタを巻くのはユーゴが一番上手だった。最後まで綺麗に巻いていたもの。
ユーゴにパスタ巻き職人の肩書をつけてあげたいくらい上手だったよ。
器用な人は何でも器用らしい・・・。
ソフィとフォセットはムニエルが好きだと言っていた。
フォークでパスタが綺麗に巻けなかったからではないよね?
ユーゴ達護衛は「パスタとホタテは是非ともお店でも出してほしいです」と言っていた。
「お父様がどうするか決めてくださると思う」と伝えたけど・・・これも無理なような気がする。
翌日にお父様たちもアクアパッツア、ムニエル、ホタテのスィトロンソテー、アサリのパスタを食べてもらったの。
パスタはフォークだけで食べてもらったよ。
アクアパッツアやムニエル、ホタテのスィトロンソテーはお酒にも合い、材料さえあればいつでも食べたいとおっしゃっていた。
でもパスタは美味しいけど、今後どうするかは検討しなければならないらしい。
グラタンと同じで、パンがいらないからなの。
茉白の世界ではお米と言うものを食べていたけど。パンやパスタ、うどん、おそばなど麵類と言われるものを食べる時に、お米は食べないと言う人が多いから同じだよね。
お米は毎日食べなくてもいいらしい、でもこちらは必ずパンを食べる。
パスタがあることで慣習が変わってしまうから、慎重に扱わなければならないらしい。
同じ小麦を使うけど、お父様がおっしゃった通りパン屋さんがすぐにパスタ屋さんはなれないから・・・。
今回作った8点の料理は、カジミールがニコラを連れて、王都の屋敷で作るらしい。
仕入方法も含めて、今後どう扱うか考えるとおっしゃっていた。
王都の屋敷に陛下たちと東西南の領主を招いて、試食会をするらしい。
王城ではいろいろなものが作れるようになってはいるけど、陛下たちは今回も王城の料理人に新しい料理の作り方を伝えてほしいとおっしゃると思う。
各領地は数種類のパンのみを作る事ができるようになっているけど、食べたら料理方法を知りたがるよね。
今はこれ以上悶々していても仕方ないから、お父様におまかせするしかないよね。
ベル兄様へのお手紙には、魚介類全部美味しかったよ。作り方はお父様から聞いてねと簡単に書いた。
あとは乾燥したペーシュ入りの茶葉と、水出し紅茶の作り方を添えて、小さい木箱に詰めたのを送ってもらった。これで冷たいお茶がいつでも飲めるよ。
ベル兄様・・・早く帰って来てほしい。
手紙にはそんなアンの気持ちを書くことは出来なかったけど・・・。
遂にグー様のところに行く日になった。
丁度ネージュも昨日で訓練が終わり、無事に魔力制御を覚えてくれたらしい。
午前中の訓練にはユーゴとキリーが毎回付き添ってくれていたけど、通訳のユーゴと見守り役のキリーもお仕事が終了した。
ユーゴの通訳と言っても、指導者の言葉を理解できたかと聞いて、ネージュの頭がわずかに前に動くか「ピッ」や「ピピピッ」と鳴くかを確認するだけのお仕事だけどね。
ユーゴには「ピッ」はうんで「ピピピッ」は大丈夫という言葉だと伝えたら、すごく感心されてしまったよ。
ネージュは魔法を使うところを見せて説明するだけで、すぐに魔法が使えるから、魔法の種類にもよるけど、使う場所さえ間違えなければ問題はないとのことだった。
ノール本店の裏庭でも見て覚えていたよね・・・もともと優秀だったのかも。
何度か龍騎士団のルイゾン・ジハァーウ団長も来て指導してくれていたと、ユーゴか言っていた。
忙しいルイゾン団長がわざわざ来て下さったらしいけど、ネージュにどうやって指導したのか、ちょっと見てみたかったよ。
ネージュとキリーだけでの訓練は、やりすぎないか心配だったの。
ユーゴはなんでもこなす職人・・・ではなく護衛だから今回付添人を引き受けてくれてとても助かった。
ユーゴには何かお礼をしたほうがいいかもしれない・・・。
前にもこんなことを思ったような気がする・・・あの時はどうしたのかさえ思いだせないけど・・・。
そんなことを考えながら、朝早くから出かける支度をしていた・・・いや、してもらっていた。
今日はうす紫色の飛行服で、肘まであるふんわりと膨らんだ半袖。
袖口と服の裾と足首までの丈のズボンの裾に紫のローズの刺繍がある。
髪の両横を三つ編みにして後で止め、赤いローズと下に同じ色の房が付いた髪留めを付けてもらった。
ちょっとおしゃれな感じがする。
ネージュとキリーはうす紫色の円柱のような帽子で、帽子の右側に小さな赤いローズと赤い房が付いている。
この帽子もキリーの眉模様は隠れないと思う。
あっちこっち行っている間に、眉模様はほとんどの人が見慣れてきたような気もする・・・きっと大丈夫だよ・・・。
グー様には前回持って行ったのと同じビターチョコレートとミルクチョコレート。それに今回はラムレーズン入りのビターチョコレートも持ってきたの。
大人のチョコレートだけど、グー様はお酒入りのチョコレートは食べられるのかな?
お父様はチョコレートを見せながら質問するらしい。
うまくいくといいな。
本当はアンが質問したいの。
でも出発前にお父様が「アンは必ず後ろで控えているように」と、ちょっと厳しい口調で言われてしまったの。
今回はおとなしくしていないとね。
庭に行くともうキリーが待っていた。
「ピピー!」
ネージュがキリーと呼んでいる。
キリーがすぐにこちらに走ってやって来た。
不満の声が出る前に帽子を見せる・・・キリーが無言で頭を下げたから、円柱の帽子をかぶせた。
ユーゴがキリーの帽子と眉模様をちらっと見たけど、なぜかすぐに目線をそらして鞍をつけてくれた。キリーの方を見なくても鞍はつけられるらしい。
キリーに乗って待っていたら、お父様とお母様とシャル兄様までやって来た。
「待たせたな、すぐに出発する」
「はい」
「アレクサンドル様、どうか、お気をつけて」
「ああ、後を頼む、ステファニー・・・」
お母様が何も言わず頷いていた。
「父上、同行出来ないのが残念です」
「いずれシャルルも行くことになるのだから、焦る必要はない」
「・・・はい、父上・・・どうかお気をつけて」
お父様はしっかり頷いていた。
「前回と同様、龍騎士団のルイゾン団長と10名の龍騎士は騎士団の訓練場の上空で合流する」
イヴァンとお父様が待機していた龍に乗ると、ユーゴ達と屋敷の護衛3名も龍に乗った。
今回は屋敷の護衛も行くらしい。
お父様は全員が龍に乗ったのを確認すると片手を挙げた。
「出発する」
「「「はっ!」」」
お父様とイヴァンが飛び立ち、後を追うようにキリーに乗ったアンと横で飛ぶネージュ、そして左右でマクサンスとジュスタンが飛び立った。
後ろの方でユーゴと屋敷の護衛たちが乗った龍たちの羽ばたく音が聞こえた。
騎士団の訓練場が近づくと、前方にたくさんの龍が飛びながら待機していた。
近くまでいくとお父様が右手を挙げた。
するとルイゾン団長が先頭を飛び、その後ろにお父様とイヴァン、更にその後ろはキリーに乗ったアンとネージュで、左にマクサンス右にジュスタンが付いた。
前回と全く同じだった。
・・・今日も寄り道はしないのに、まだ信用されていないらしい。
精霊樹に着いたけど、グー様はいなかった。
護衛が祭壇にペーシュとミルティーユを置くと、お父様は片膝をつけて地に魔力を注ぎ、アンは跪いて今年も大きな実がなりますようにと祈りながら精霊樹に魔力を注いだ。
今回始めて精霊樹に光属性の魔力を注いだの。
お父様が「アンは精霊巫女様ではないのだが・・・」と呟いていた。
「きたか」
上から声が降って来た。
見上げるとグー様が祭壇の前にいた。
「グノーム様、お約束通り参りました」
「よく来た。少しだが地に魔力が増えたようだな。この調子でもっと増やすといい」
「・・・グノーム様、今回は教えを請うために参りました」
「・・・何を聞きたいのだ、アレクサンドル」
「先日、ベルリュンヌ様がいらっしゃっていたようですが、こちらには度々いらっしゃっているのでしょうか?」
「暖かくなると来る。夏の時だが、前回は早く来たようだ・・・罪な味を取られてしまった」
「はっ?」
「だから、取られたのだ・・・」
「さようで・・・コホン。屋敷の古い本にベルリュンヌ様の本がありました。魔力が満ちると4大精霊が集まっていたと書かれており、精霊樹シェーヌサクレに集まっていたと」
「精霊王レスプラオンデュール様のもとに皆で集っていた。各地の話を互いにした」
「今は集えないとおっしゃっていましたが、満月・・・リュン・デ・ローズが出た時は魔力が満ちるのですか?そうであれば次回のリュン・デ・ローズはいつになるのでしょうか?」
「さて、いつになるのか・・・近いうちに溜まればよいが・・・今其方らが地に魔力を注ぎ、精霊樹や精霊たち、そして生きているものに力が付けば魔力は溜まるはずだ。だが、どの精霊樹にも等しく魔力がいる。植物も魔力があれば大きく育つ。あそこの姫ポムを見よ。大きいであろう。アンの魔力はよく育つ」
前回植えて、季節に合わせて大きくした姫ポムがたくさんの実をつけていた。
ここは魔力が多いのか、庭や畑で育てる実よりさらに大きく育っているね。
お父様はベルリュンヌ様の話を聞いてくれているから、グー様が最後までお話をしてくれますようにと願い、思わず両手を胸で組んでしまった。
「魔力があればリュン・デ・ローズは近いうち見られるということでしょうか?」
「そうかもしれぬ」
「またシェーヌサクレに集えるということでしょうか?」
「・・・すべてを知りたいのか?後戻りはできぬぞ。知る覚悟はあるのか?そこにいるすべての者にも覚悟はあるのか?」
「私に覚悟はあります。しかし彼らは何も知りません。彼らはこのまま帰していだだくようお願いします」
「・・・ほう・・・其方は精霊の地に渡る覚悟があると?」
「・・・必要とあれば」
「お、お父様?」
「ユーゴ、アンジェルを後ろに下げなさい」
「はっ」
「なぜ、精霊の地に渡るお話をされているのですか?お父様・・・なぜ?」
ユーゴに抱えられて祭壇から離れてしまった。マクサンとジュスタンまでユーゴと並んでアンを囲い込んでいる。
お父様が口を挟まないなら連れて行ってもいいと、おっしゃったのはこのこと?
「ユーゴ、どいて。お父様は何の話をしているの?」
ユーゴを押しても動いてくれない。どうして・・・。
「アレクサンドル、其方一人の魔力でも地はそれなりに潤うだろう」
「そんな!・・・グー様お願い、これ以上アンから誰も取らないで!茉白もいなくなったのに、お父様まで奪うの?・・・いや!・・・取らないで!これ以上アンたちを苦しめないで。アンは知っているの。精霊王がいないから、だから魔力がいるのでしょう?・・・だからベルリュンヌ様はグー様たちを・・・」
「アンジェル!やめなさい。それ以上言ってはならない」
「アン、聞けば後戻りはできないと言ったはずだ。覚悟があるということか?」
「お父様を取らないで・・・いや・・・もういや!」
「アン様?・・・魔力が・・・アン様、落ち着いて。ゆっくり息を吸って、アン様!」
「ユーゴ、どいて!だって・・・グー様がお父様を連れて行って、しまう・・ううっ・・・いやなの。もうこれ以上は、いやなの」
「アンジェル、大丈夫だ。すぐに行くわけではない。落ち着きなさい」
お父様がアンの所に来て、背中をさすってくれた。
「ピィピ!」
「グワーッ!」
「なぜおまえたちまで怒っているのだ?・・・アレクサンドル、アンはなぜ拒み、泣く?」
「人は・・・家族や友人をとても大切にします。特にアンは家族、友人知人など、命があるものをとても大切にしています。グノーム様がレスプラオンデュール様を大切にされているのと同じです」
「・・・同じ・・・?そうか・・・ならば今はアンの魔力だけもらっておくか」
「グ、グノーム様!アンジェルまだ子どもです!」
お父様が声を張り上げると同時に、グー様が腕を振り上げた瞬間を見た。
あっ・・・魔力が・・・。
「アンジェル!」
「アン様!」
「「アレクサンドル様!」」
「グー!」
「ピー!」
◇ ◇ ◇
慌ててアンジェルを抱きとめたが、もうアンジェルの意識はなかった。
私とアンジェルの前に立ちはだかったイヴァンとユーゴは片膝を地面につけていた。
イヴァンとユーゴの魔力も持っていかれたのか?
ルイゾン団長も駆け寄ってきていたが、魔力は奪われていないようだ。
「ア、アレクサンドル様、アンジェル様もご無事ですか?」
「・・・ご、ご無事ですか?」
先に声をかけてきたのはルイゾン団長だ、イヴァンも何とか口が利けるようだ。
「アンジェルは気を失ってしまった・・・私も魔力は減ったが、問題はない。イヴァン、ユーゴよく守った。ユーゴは少し休んだらアンと先に帰ってくれるか?」
「・・・はい」
「イヴァンも先に帰った方がいいだろう」
「わ、私は、アレクサンドル様の、護衛です・・・アレクサンドル様を置いて、か、帰ることは・・・出来ません」
何とか返事をするユーゴに対して、ユーゴ同様に顔色の悪いイヴァンがまたもや必死に拒否をしている。
「イヴァン、無理をするな」
「・・・か、帰りません」
「アレクサンドルよ。今すぐに精霊の地に渡らせたいわけではない。アンにはまだやることがあるからな。眠っているだけだ。すぐに目覚める」
「なぜ、私の魔力だけではなく、アンジェルや護衛の魔力まで・・・」
「そこの者たちは風魔法を出したからな。もらっておいた。それより其方にもやるべきことがあろう。精霊樹はここだけではない。アンが最初にここに来た時に『のんきに構えている猶予はない』と伝えたはずだ・・・もう・・・結界も、弱まってきている。魔力が尽きれば消えるとわかっているのか?・・・もっと魔力を増やして魔力を注ぎ結界を強固にしなければならない・・・アンは精霊王がいないと言った・・・レスプラオンデュール様は何百年も眠ったままだ・・・もう、目覚めることはない」
「目覚めない?・・・精霊樹はどうなるのですか?結界は魔力を注ぐことで保たれるのですか?」
「結界はまだ魔力で維持されている。レスプラオンデュール様の魔力も間もなく尽きるだろう。だが其方たちにもっと力が付けば、精霊たちの力を借りながら維持出来るはずだ。以前はそうしていたのだからな」
「今はまだ借りることが出来ないのですか?」
「魔力がなければ精霊は力を出せぬ。周りを見れば未熟な精霊ばかりだとわからぬか?」
「レスプラオンデュール様がいらっしゃらなければ、この国はどうなるのですか?」
「国は人が守るものだろう?だがこの地はレスプラオンデュール様が眠りにつきながらも守っていた。魔力が完全に尽きる前に、新たな精霊王を迎えねばならない」
「お迎えするためにアンジェルが必要だとおっしゃるのですか?」
「アンが目覚めたときにでもそう話せばよい。今日は罪な味を置いてもう帰るといい」
「アンジェルの魔力を?今日のように一気に必要とするのではアンジェルは精霊の地に渡ってしまいます!」
「アンの魔力が溢れ出したから、もらっただけだ」
「そ、そうだったのです・・・か?」
もしかして、グノーム様は気を遣って下さったのだろうか?しかし私や護衛の魔力までもっていったではないか。
今回はグノーム様からやるべきことを何としても聞き出しておきたかった。
聞いてしまえば後戻りはできないと思っていた・・・実際グノーム様もそうおっしゃっていた。
もう後戻りができないところまできた。
私は光属性を持っていない・・・それでもアンジェルの代わりに私の魔力をすべて代償にしてもいいと思っていた・・・。
ステファニーとシャルルには万が一、精霊の地に渡るようなことが起きた場合はノルベールを領主にするようにと話をしてきた・・・だが、あっさりと話しができてしまった。
精霊は気まぐれで人の事情などは考慮しないと、子どものころに聞かされてきたが、そんなことはないのかもしれない。
いつから歪んだ話しに変わってしまったのだろう。
もしかしたら精霊に嫌われるような行いをした者がいたのだろうか?
アデライトとほどではなかったとしても。
「魔物が来た時は精霊が知らせ、大きな魔物が来た時は精霊王が火龍や風龍、地龍を呼んで魔物を倒してくれた。」・・・『エスポワール王国創成期』にそう書かれていたではないか。
人が精霊とともに生きていた時代だ。
もっと早くに気付いていれば・・・。
・・・いや、アンジェルがいなければ、気づくことはなかった。精霊すら見えていなかったのだ。
恐らく結界は消えて、この国は魔物の住処になっていったのだろうな。
・・・精霊のすぐとはいつだ?
『月の精霊ベルリュンヌの物語』に「人と精霊の時の流れは違う。100年を過ぎた時から止まったまま。進められるのはベルリュンヌ様と光だけ。精霊は言う・・・時を進めよ」と・・・これだけではわからない。
「グノーム様、もしこのままでいたら、結界はいつまでもつのですか?」
「二つ目の雪の時・・・三つ目の雪の時に結界は消えているだろう」
二つ目の雪の時?・・・来年の冬までは問題はないということか?
そこから三つ目の雪の時まで一年・・・。
いまから3年弱までギリギリ猶予があるということか?
すぐに陛下や大領地の領主たちに知らせねばならない。
・・・急いで屋敷へ・・・そういえばアンジェルは種をここにまた植えたいと言っていたな・・・はやる気持ちを抑えて伝えるだけ伝えてみた。
「グノーム様、アンジェルがここに来たら種を撒きたいと言っておりました。祭壇にあるペーシュとミルティーユの種です」
「アンに育てさせてから、魔力をもらえばよかったか・・・」
アンの魔力をどこまで使うつもりなのだと思ってしまったのは私だけだろうか?
それなら植えなくてもといいと言えばいいものを・・・植えるしかないな。
「成長させる事は出来ませんが、種だけは蒔いていきます」
「いいだろう」
「チョコレートは3種類お持ちしました」
「そうか」
「祭壇におきま・・・」
「いや・・・こちっだ」
慌てて言葉を遮り、手を伸ばしてきた。
「わ、わかりました」
グノーム様はチョコレートを受け取ると、両腕で抱えた。
「祭壇に置いていたら、ベルリュンヌが食べてしまったのだ。もう祭壇に置いてはならない」
「わ、わかりました」
月の精霊もチョコを食べるのか?
いや、今はもうどうでもいい。早く仕事を終わらせて、屋敷に戻らなければ・・・。
「シェーヌサクレに罪な味を置いておけばよい。ベルリュンヌにはそちらを口にするように言っておく」
チョコレートが罪な味と言う名で覚えたのか?あえてチョコレートと言ってみるか・・・。
「・・・チョコレートを大神殿の祭壇に、ですね?・・・そこも季節ごとでしょうか?」
「・・・季節ごとでいいのではないか?」
「・・・わかりました」
他人事のように言っているが、このことで問答をしている暇はない。
早くアンを休ませなければ。
「ユーゴ、そろそろ動けるか?・・・マクサンスとジュスタンもアンと一緒に先に帰ってくれ。アンジェルを早く休ませたい。ユーゴは屋敷に戻ってから3日間の休暇とする。身体を休めろ」
「・・・お気遣いありがとうございます」
「イヴァンも3日間の休暇だ」
「アレクサンドル様!」
イヴァンがまたも断ろうとしているが無視だ。
「こちらからも2名同行させます」
「ルイゾン団長・・・よろしく頼む」
アンを早く屋敷に戻して、休ませなければ。
屋敷の護衛と龍騎士団たちで種まきをしてもらうか・・・。
急いで護衛や団長に指示を出した。
ユーゴ達はいないが慣れた作業だ、すぐ終わるだろう。
やはりアンを連れてくるべきではなかった。
精霊王はもういないのかもしれないと薄々感じていたが、どうやって話を引き出せるかを考えていた。
もちろんチョコレートの後出しもやるつもりだった。
これからは魔力をいくらでも必要とするはずだと考えていた。だがあまりにも話の展開が早すぎた。
そして何のためらいもなく、アンや護衛の魔力を奪っていく。
精霊と人の感情は違うのだとわかっていたはずなのに・・・結果としてユーゴ達まで巻き込んでしまい、アンジェルの魔力が一番多く持っていかれてしまった。
私は・・・守り切れなかった。
アンジェルに抵抗される事はわかっていた。
屋敷を離れることも多く、寂しい思いをさせていたかもしれない。アンの行動も制限して我慢ばかりさせてきた。
それでも前に進もうとして、何かを楽しむことを忘れない・・・そんなアンジェルのために、私の魔力で救えるのなら・・・そう考えステファニーを説得した。
ユーゴを呼び出し、私に何があってもアンジェルだけを守れとも伝えた。
小さい時から共に育ったイヴァンにも同様に伝えると、断られてしまったが・・・。
納得しないなら護衛を外すと言うと、アレクサンドル様がいなくなるのなら、護衛を外されたのと同じだと拒まれてしまった・・・もし目の前で私が魔力を全て奪われていたら、イヴァンはどうするつもりだったのか・・・。
今回は私の考えが甘かったようだ。
先日アンジェルは、嫌な事や我慢したことを泣きながらステファニーに訴えたと聞いた。
大人の心と子どもの心を持つアンジェルが、漸く子どもらしい感情を出すようになったと思っていた。
だが・・・感情が強く出過ぎて魔力漏れを起こしてしまった。
穏やかに過ごさせてやりたい・・・たったそれだけの願いも叶わないのか。
いや・・・なんとしてもアンジェルを守らなければ。
次回の更新は2月13日「81、アレクサンドルは奮励する」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




