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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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78/83

78、実技試験の採点と精霊の本

 夏の1の月に入ってから、また3人で屋敷に集まり試験前の勉強会をした。

 その翌日には魔力訓練もして、魔力を細くしたり長くしたり、広範囲に広げてみるなどひたすら制御を繰り返した。

 ネージュはキリーと一緒に騎士団で魔法の訓練を受けている。

 付き添い兼通訳は、キリーと仲がいいという理由でユーゴになった。

 ユーゴは凄く嫌がっていたけど、試食会がある日だけは付き添い兼通訳はしなくていいと言う条件でようやく引き受けてもらった。

 ・・・試食会がそんなに好きだとは知らなかったよ。

 でも、ネージュたちの訓練は午前中だけだから、試食会には影響ないけどね。




 今日の学院の試験も早々に終わり、3人で図書室の机を囲んでする反省はほとんどなく、すぐに終わってしまった。

 今回受け取った3回目の試験結果は前回と同じく、1位から3位だった。

 アンの成績は学科、実技ともに満点の400点で前回と同じ。

 ジルベールさんは学科が満点、実技で197点の合計397点、前回より2点上がって2位。

 コレットさんも学科は満点、実技は195点の合計395点で3位。前回より10点も上っていた。


「すごく嬉しい。これもアンジェルさんとジルベールさんのおかげよ。ありがとう」


「コレットさんが頑張ったからだよ」


「僕はこれ以上伸びないのでしょうか?実技で満点が取れません」


「何が足りないのか、先生に聞いてみると言うのはどう?」


「そうね。その方が早いわ。ジルベールさん、行きましょう」


 アンが提案するとコレットさんが立ち上がって先生のところに行こうとしている。

 あまりの早い行動にジルベールさんは戸惑っていたけど、アンも立ち上がるとつられるように立ち上がった。

 すぐに図書室を出て、3人で魔法担当のデュポワ先生の部屋へ向かった。


 コン、コン、コン


「ジルベール、ミッテランです」


 ジルベールさんが声を掛けると扉が開き、そこにはデュポワ先生が立っていた。


「おや?どうしましたか?」


「突然訪問して申し訳ありません。試験の採点の事でお聞きしたいのですが」


「・・・上位者が揃ってやって来たのですね。どうぞ」


「ありがとうございます」


「ちょうど、お茶を飲もうと思っていましたから、付き合ってください」


「す、すみません」

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「ありがとうございます」


 アンとジルベールさんが恐縮して、コレットさんは嬉しそうにお礼を言っていた。それぞれの個性が出たような言葉だったよ。


「お気になさらず・・・フッ」


 デュポワ先生に笑われてしまった・・・。


 それぞれの前に置かれたお茶はフレーズの香りがする。お土産店ではもう販売終了したお茶だよね。先生はお土産店で買ってくれていたらしい?


「フレーズティーですね。美味しいです」


 ジルベールさんが春から好んで飲んでいたお茶だったから、嬉しそうにデュポワ先生に話しかけていた。


「ええ、もう最後の一箱になりました。これを飲み切ったら、次はペーシュティーを飲もうと、楽しみにしているのです」


「もうペーシュティーを購入されたのですか?」


「夏の月の初日にシャルダン・デ・ローズで、フレンチトーストとペーシュの紅茶マリネ、そしてプリンアラモードを食べて来たのです。その帰りにお土産店に寄って買って来ました。どれも美味しく至福のひと時でした。北の領地に赴任してきた事を心から感謝した日でもあります。アンジェルさんはあのような素晴らしい食べ物をよく考えられましたね・・・あっ、でも一応言っておきますが、試験の点数に影響はしていませんからね」


「はい、それはもちろんです・・・でも凄いです、初日の予約が取れたのですね」


「ええ、まぁ・・・春の予約が取れなくて、夏まで待ったのですがね・・・」


「そ、それは・・・大変お待たせして申し訳ありません」


「いいえ、アンジェルさんのせいではありません。こんなに予約が入っていると知らなかった私の認識不足です・・・待ったおかげで夏のメニュが一番に食べられるという特権を頂きました。それとこれは内緒なのかもしれませんが、春のメニュが食べられなかったお詫びにと、木箱に入ったケーキアソリティを頂きました。プレーン、紅茶、フレーズ味のシフォンケーキが入っていました。思いがけないプレゼントは、どれも美味しく嬉しかったです」


「そ、そうですか・・・良かったです」


 そう言えば春に予約が取れなかったお客様へお土産をつけると聞いていたような気がする。喜んでもらえてよかった。


「ところで、こちらにいらした理由は採点についてでしたか?」


 慌ててゴクッと紅茶を飲み込んだジルベールさんが、デュポワ先生の方見た。


「実技の試験で、僕が満点を取れない理由を知りたいのです。どのようにしたら満点が取れるのですか?」


「満点を取るのは簡単ではありません。満点基準は制御の精密さと魔力の大きさです。攻撃魔法は1年では学びませんが、出力と言えば分かりますか?魔力量が多ければ出す力も大きいのです。満点を取れるだけの大きな魔力量が必要です。持って生まれた資質もありますが、増やす努力をすれば、魔力量は上がります。ですが1年生に満点はほぼいないと言っていいでしょう。昨年の1年生には満点はもちろんいませんでした・・・ジルベールさんとコレットさんは十分優秀です。二人とも王都の学院に行っても上位者になる力はあります」


「今はアンジェルさんだけが、満点に値する魔力量と制御力ということですか?」


「そういうことです。アンジェルさんの素晴らしいところは、制御が息をするように自然なのです。魔力量は言うまでもなくここ最近見たことがないくらい多いです。ジルベールさんも努力次第では可能ですよ。もちろんコレットさんも」


 デュポワ先生は優しく微笑んでジルベールさんとコレットさんを見た。


「僕とコレットさんは魔力を増やす訓練を始めました。もっと増やせば満点を取れる可能性があるのですね」


「ジルベールさんとコレットさんは、その可能性に近い位置にいます。でも無茶はしないように、必ず大人が付いている場所で訓練をして下さい。二人ともまだまだ伸びる可能性を持っています」


「ありがとうございます。満点目指して頑張ります」


 ジルベールさんの言葉にコレットさんも頷いていた。


「将来を担う子たちを見るのは楽しいですね。引退しないでよかったです」


「先生は引退するつもりだったのですか?」


 コレットさんが驚いたように質問していた。アンも思ったけど聞けないでいたよ・・・さすがコレットさんよく聞いてくれた。


「王都の学院で十数年も生徒を見送り続けました。そろそろ若い先生に任せても問題ないと感じて引退を希望したのですが、受け入れてもらえませんでした。その翌年に北の領地へ行ってほしいと頼まれ、ここでも数年生徒を見送りました。もう後任に任せてもいいだろうと、昨年で引退する予定でいたのですが、もう1年だけと言われてなんとか頑張っています」


「では、来春はいらっしゃらないのですか?」


 コレットさんがどんどん質問していく。


「そうですね。でも頑張って1年延長してよかったです。面白い生徒がいましたからね」


「面白いのはアンジェルさんですね」


 えっ?・・・コレットさんの方が面白いよ。


「コレットさんも十分面白いですよ。それにジルベールさんも」


「3人ともですか・・・?」


「あの風魔法をまとったまま返事をする人たちは私にとって十分面白いです」


「アンジェルさんは兄妹そろってみんな面白いということですね」


 コレットさんの言葉にデュポワ先生は「クッ」笑って横を向いてしまったよ。

 もうコレットさんたら・・・。

 お茶も飲み終わったしそろそろ戻らないと、コレットさんの質問が止まらなくなりそう。


「デュポワ先生、突然押しかけてしまったのに、お話を聞かせていただきありがとうござました」


 丁度ジルベールさんも紅茶を飲み終えて、挨拶をしてくれた。


「いいえ、私も楽しませてもらいました。無理をせず楽しく魔法操作をしてください。使い方さえ間違わなければ魔法は素晴らしいものです」


「ありがとうございます」


 3人は頷き、お礼を言って部屋を出た。


 ここで解散になるはずだったけどジルベールさんとコレットさんが門までついてきていた。


「アンジェルさん、今日はデュポワ先生のところに一緒に来てくれてありがとうございます」


「こちらこそ、勝手についていったけど、楽しくお話しできてよかったね」


「うん・・・コレットさんの遠慮のない質問にドキドキしましたけど、デュポワ先生は笑っていました。優しい先生でよかったです・・・」


 ジルベールさんがちょっと遠い眼になっている。


「本当ね、いい先生でよかったわ」


 えっ?コレットさんも今気が付いたの?てっきり最初から優しい先生だと知っていたと思っていたよ・・・。

 ちょっとびっくり。

 二日後もこんな風におしゃべりするんだよね・・・面白いからいいけど。


「そうそう、二日後にシャルダン・デ・ローズに予約してあるから、お昼までにお店に来てね」


「「忘れていませんから」」


 ジルベールさんとコレットさんにお店の事を伝えたら、声を揃えて返事をしていた。

 思わず笑ってしまった。


 二人と別れ、門に着くとユーゴが待っていた。


「今日は遅くなっちゃった」


「問題はないです。遅いようでしたら門の横の待合所にいます。たまたま窓から3人が見えましたので、待合所から出てきたところでした」


 ネージュやソフィも馬車で待っているから、急いで戻ろう。

 ・・・後で何か贈り物をしたほうがいいかな?

 ユーゴには試食会でたくさん食べてもらえばいいかも。




 今日も私たちは制服でお店に来ているの。

 しかも、前回と同じく個室だよ。

 お父様が個室を予約するようにとおっしゃったからなの。

 ジルベールさんとコレットさんが「個室ですか?」と、驚いていた。

 二人には事情を話すことにしたの。

 マリエルさんが学院を退学になった理由と、マリエルさんのお父様がお店での迷惑行為を、お金でなかったことにしようとしたこと。

 マリエルさんのお父様の商会との取引が中止になったことなど。

 そのことで逆恨みなどがあるかもしれないから、お父様がすごく警戒していて、外出を控えていることも・・・。

 街へ行ってお買い物をしたいと二人には言ったけど、暫くは行かないつもりでいると伝えた。

 二人にも外出時は一応気を付けてほしいと伝え、護衛にも伝えるように頼んだ。


「アンジェルさんが悪いわけではないのに・・・」


 いつも明るいコレットさんでさえ、神妙な面持ちで返事をしていた。ジルベールさんも眉をひそめて頷いている。


「ごめんね、暗い話で。このお話は終わり。今は忘れて食事にしようね」


「そうね、折角来たのだから今は楽しみましょう。でもアンジェルさん、役には立たないかもしれないけど、何かあったらいつでも言ってね。話を聞く耳だけはしっかりと付いているから」


「僕も聞きます、いくらでも話して下さい」


「二人ともありがとう」


 個室だからこんな話も出来る・・・ちゃんと伝えられて良かった。

 気分のいい話ではなかったのに、最後まで聞いてくれたことが嬉しかった。

 そして、この後はみんな、お腹いっぱい食べたよ。

 二人が大喜びしたのは、プリンアラモードパフェとチョコバナナプリンだった。

 アンもチョコバナナプリンは大好きだ。

 子供のおやつの最高峰かもしれない。

 南の領地の輸入品と龍の宅急便と料理人、そして何より茉白の知識に感謝して味わったよ。

 3人で食べて、おしゃべりする楽しい時間はあっと言う間に過ぎていった。





 お父様が久しぶりに食堂にいらっしゃった。

 夕食を共に取ったのはいつぶりだろう。

 先月末にコレットさんの家族の平身低頭の挨拶を受けて、ユーゴの家族の明るい会話を聞いてすっかり疲れ果てたあの時以来かも・・・


 久しぶりに4人揃っての食事を終えた後、サロンでお茶をすることになった。

 お父様が「あの時は大変だったな」と笑いながらねぎらってくれたけど、お父様もユーゴのお兄様のイレール様とブラノワの勝負を3回もしたらしい。

 お父様が全勝したと聞いたけど、イレール様は「鍛えなおしてきますので、また胸をお貸して下さい」と言って帰っていったらしい。

「互いに忙しい身分だから、いつになるかわからないがな」と笑っていた。

 これは勝者の余裕の笑みと言うものだよね。


 ユーゴの実家のシュバリエ子爵は伯爵に近い子爵で、数代前の領主が鉱山を2つも掘り当てから栄えてきたということだった。

 先代もまた鉱山を掘り当て、さらに温泉まで発見したことで、領地に人を集めたらしい。

 そして領民のための家やお風呂を作ったという話も聞いた。

 富を得た資金で屋敷を大きく建て直し、定期的にシュバリエ一族を温泉に招待しているけど、領地の仕事が忙しい時は一族が手伝っているらしい。

 お父様が、忙しい時に招待しているのだから、手伝わざるを得ないのだろうとおっしゃっていた。


 屋敷から少し離れた敷地には、貴族が宿泊できる屋敷が10棟も建っていて、長期間温泉を利用できるようにしていると聞いた。しかも無料で提供しているとの事。

 ただし宿泊するために必要な人材や食べ物は、宿泊する側が用意するらしい。

 屋敷だけ綺麗にしておけば、やって来た貴族たちは1、2ヶ月間滞在して帰っていくと言う。

 これは貸別荘だよね。

 それに茉白の世界にあった『湯治』というものだと思う。

 でも貴族は無料が苦手らしいの。

 だから領地の特産品を数台の荷馬車に積んでシュバリエ家にお礼と言って置いていくから、先代の時代から肉や小麦、野菜を買ったことがないと聞いた。

 ・・・凄いよね。

 貴族はお金を払った方が気軽なような気もするけど・・・。

 それが何十年も続いているから、止めるに止められない仕組みらしい。


 ・・・北の領地の冬は厳しいから、荷馬車に山ほど特産品を積んででも温泉に行きたい気持ちはわかるよ。

『湯治」は女性やお年寄りにはありがたいと思うけど、子どもだって好きなはず。

 アンも『湯治』と言う理由でいいから、温泉にいきたい・・・今度お母様にお願いしてみようかな?お母様からお願いしてくれたら、お父様は駄目って言わないと思うの。


 観光地にしないとしても、温泉卵は作ったらいいのにね。

 サロンでそんなことを考えていたら、お父様が「明日の午後からなら書斎に来てもいい」とおっしゃった。

 遂にベルリュンヌ様の事が書かれた本が読めるよ。




 遂にお父様の書斎に向かう日になった。

 ベルリュンヌ様の本が図書室に置いていない理由を聞いていなかったけど、読めばわかるよね。


 忙しそうにしているお父様にお茶を持ってきたの。

 夏に入り気温も高くなってきたから、ちょうどいいと思う。

 書斎に行くとお父様はまだ仕事をしているようだった。


「お父様、まだお忙しいのでは?」


「いや、もうすぐ終わる。先に本を渡しておくから、そこのテーブルで読んでいたらいい」


 ソファーに座ると、侍従がソフィに本を渡していた。

 ソフィは本を見てちょっと眉を動かしたけど、何も言わずアンの前においてくれた。

 本の表紙を見て、思わずソフィを見たら、そっと目をそらされてしまったよ。

 図書室に置かない理由がわかってしまった・・・ベルリュンヌ様の衣装の生地が少ないの・・・。

 肩が出ている・・・お袖もないし、スカートもお膝が丸見えで・・・太股も半分出ているの。

 子どもに見せたくはない本?・・・でも精霊だからいいのかな?

 今度はお父様の顔を見てしまった。


「コホン・・・それは久しぶりに奥の本棚から出したものだ」


 言い訳しなくてもいいのにね。

 何も言ってないよ…顔は見たけど・・・とりあえず話題を変えた方がいいかな?


「お父様、飲み物はいかがですか?」


「ん?・・・ああ、今はカフェアロンジェが飲みたい気分だな」


「今日はアイスで飲んでみませんか?ダルゴナカフェと言う飲み物を持ってきました」


 ダルゴナカフェは茉白の先輩が時々飲んでいた甘いけど苦いカフェなの。

  茉白が作り方を聞いて作っていたけど「大人味だなー」と言ってその後飲んでいなかった。

  カジミールにダルゴナカフェの作り方を伝えたら「好みは分かれますが、私は飲めます。アレクサンドル様なら大丈夫でしょう」と言っていた。

  飲めるけどカジミールは好きではないということだろうか?

  お父様には大丈夫といったから、今日持ってきたの。

  ソフィは固く泡立てたカフェとミルクが2層になったグラスをお父様の前に置いた。

 グラスに入れたのはカフェとミルクが上下に分かれているのが見えるようにしたかったからなの。

  泡立てたカフェは甘いけど苦い、ミルクを混ぜて飲んでもいいし分けて飲んでもいいらしい。

  アンはカフェを飲まないから、試食会をしなかったの。

  ユーゴの方を見なようにしているけど、背中に視線が刺さっているような気がする・・・。


「2層?上がカフェか?」


「カフェを風魔法で濃縮して、そこにノールシュクレとお水を混ぜて泡立てたのです。下の冷たいミルクを少しずつ混ぜてお好みの味で飲んでみてください」


 アマンドやノワィエ、軽く干した半生のペーシュやレーズンもおつまみとして出してみたけど、気に入ってくれるかな?


「苦みが強いが甘さもあるのだな。木の実や干した果物なら、つまみながら仕事ができそうだ。これはいいな」


「お口に合って良かったです」


 カジミールの言ったとおり、大丈夫だった。


「もう少しだけ仕事をしたいから、アンはそこで読んでいてくれ。古い本だから丁重に扱うように、不明な点は後で聞く」


「わかりました」


 古い表紙は少し色あせているように見えた。

 そこに描かれていたベルリュンヌ様は、濃紺の波打つ長い髪にオランジュ色に近い金色の瞳で、こちらをしっかりと見つめていて、気丈な雰囲気が伝わってくるような絵だった。

 濃紺の髪と布の少ない服が風になびいて、とても美しい精霊だけれど、勝手に想像していた儚い感じではなかったよ・・・。

 横には金色の蝶ネクタイをしたサラマンドル様がいる。

 青い髪に赤い瞳の火の精霊は王城の秘密のお部屋で見た絵画と同じ。

 でも、秘密のお部屋にはベルリュンヌ様の絵はなかったよね。絵が描かれたころに、ベルリュンヌ様はいなかったのかな?


 薄い本の表紙の題名は『月の精霊ベルリュンヌの物語』。

 表紙をそっとめくると「精霊巫女様より口伝されたものを文字に残す」と書かれていた。

 表紙には物語と書かれていたけど、日記以外で読める、精霊巫女様の本だったの?

 こんな貴重な本をお父様は忘れていた?それとも表紙の通り、物語として読んでいたのかな?

 疑問を抱えながらも読み進めると次は、精霊の階級のようなものが書かれていた。


『 〈 精霊 〉


 ・下級精霊:ふわふわとしたものが飛んでいるだけ。はっきりと形になっていない。


 ・中級精霊:頭に花や帽子が付いている。

 背に羽が生えている精霊が多く、言葉を少し話す。

(木に咲く花、草花、雪)ローズ、オルタシアン、姫ポムなど。


 ・上級精霊:カメリアなど古い樹木の精霊が数体

(ある程度の知識をもち、人との会話も可能)


 ・4大精霊:オンディーヌ様 シルフェ様 サラマンドル様 グノーム様。 』


 カメリア?冬に咲く花だよね。どこの領地で咲いているのかな?植物図鑑に載っていた、突然ポトンと落ちる赤い花だと思う。

 茉白の家の庭にも咲いていた、ツバキと言う名前の花だった。雪がちらついても赤いツバキは咲いていて、そして力尽きたように落ちる花。

 なんだか物悲しい花のように感じてしまう。

 ツバキが北の領地にあれば見ることができるのに。

 上級精霊が数体って、数が少ないということかな?

 ・・・木の精霊は精霊の地に戻された・・・茉白をアンの心に閉じ込めた精霊。

 許されるなら、この本に「木の精霊は悪さをして、精霊の地に戻されました」と書き加えてやりたい・・・。

 凄く怒っているの・・・。

 本をめくる手に力が入り、パサッと音を立ててしまった。

 慌ててお父様の方を見たら、お父様は下を向いて何かを書いている。

 聞こえていなかったみたい。

 ・・・良かった。

 丁寧に扱うように言われていたのについ力が入ってしまったよ。


 精霊について書かれた本は書斎にあって、お父様が過去に読んでいた。

 ・・・でも、内容などもう覚えていないのかもしれない「久しぶりに奥の本棚から出した」と言っていたもの。


 ・・・小さく息を吐いて、また読み進める。

 次は【エスポワール王国再生記】にも書かれていた4大精霊の説明だった。


『東は山から大地へと流れる水の色、緑の水の精霊、オンディーヌ様。

 西は秋の大地にみのる黄金の絨毯と呼ばれる小麦の色、黄金の風の精霊、シルフェ様。

 南はかつて溶岩が流れていた活火山の色、赤い火の精霊、サラマンドル様。

 北は鉱山で取れるアメジストの色、紫の土の精霊、グノーム様。


 月の精霊、ベルリュンヌ様は夜になるとやってきて、大精霊と語り合う。

 春は東の精霊樹マロニエに降り立ち、水の精霊オンディーヌ様と湖上の散歩をする。

 夏は北の精霊樹プラターヌに降り立ち、土の精霊グノーム様と龍たちを集めて楽しそうにおしゃべりをする。

 秋は西の精霊樹ティユールに降り立ち、風の精霊シルフェ様と一緒に風を起こして小麦畑の穂を揺らす。

 冬は南の精霊樹オルムに降り立ち、火の精霊サラマンドル様と海岸を歩き、ときには水龍にも乗って海で遊ぶ。

 月の精霊、ベルリュンヌ様は夜にやって来る。

 とある夜、ベルリュンヌ様は精霊樹シェーヌサクレに降り立った。

 そこには精霊王レスプラオンデュール様が眠っておられた。

 ベルリュンヌ様は精霊王レスプラオンデュール様ともおしゃべりがしたい。

 話しかけても、風を吹かせても精霊王レスプラオンデュール様は眠っている。


 ベルリュンヌ様は南の精霊樹に行き、サラマンドル様に問う。


「なぜ、精霊王レスプラオンデュール様は眠っておられる?」と。


「精霊王は日の精霊でもあるから太陽が沈むと眠ってしまわれる」と、サラマンドル様が答えられたと言う。


「・・・天が明るくなればよいのだな。そうか、助かった」とベルリュンヌ様は礼を言うと、自分の髪に着けていた金色のリボンをほどき、サラマンドル様の首に結び、蝶ネクタイにされた。

 ベルリュンヌ様は「良く似合っている」と言い残して立ち去った。

 それ以降サラマンドル様は蝶ネクタイを外されていないとの事。


 ベルリュンヌ様は再び精霊樹シェーヌサクレに降り立ち、天が明るくなるのを待った。

 日の光が山の向こうから輝きだすと、精霊王レスプラオンデュール様は目覚められた。


「ようやく目覚めた・・・待ちわびた」と声をかければ、精霊王レスプラオンデュール様は「月の精霊がなぜここにいる?何用だ?」と問うたと言う。


「ただ、話をしたいだけ」とベルリュンヌ様が言って微笑まれたとの事。


 陽が東から昇り始めると白い月が西からゆっくりと陽に向かう。

 天の中央に陽と月が並ぶまで、精霊樹シェーヌサクレには精霊王レスプラオンデュール様と月の精霊ベルリュンヌ様がいらっしゃって語り合う。

 過去に何を語り合っていたのかは、誰も知らない

 ベルリュンヌ様は各領地から4大精霊を精霊樹シェーヌサクレに呼び寄せ、皆で語る楽しみを作った。

 だが、それは長くは続かなかったと言う。


 人と精霊の時の流れは違う。

 100年を過ぎた時から止まったままの時間を、進められるのはベルリュンヌ様と光だけ。

 精霊は言う・・・時を進めよ。


 50年ごとの夏の月は魔力が満ち、フレーズのような色の満月になる。

 ベルリュンヌ様の魔力。


 それが「リュン・ドゥ・フレーズ」


 その翌年の夏のメテオール祭の日に4大精霊を呼び寄せることが出来ていたと言う。

 ベルリュンヌ様のお力は移動魔法も操る。


 51年目はメテオール祭に満月が出ると言われている。


 時を進めよとは?


 ベルリュンヌ様に問えるのは光だけ。』


 この後は4大精霊が聖霊樹を守っている事。

 精霊王かわいがっていた龍とベルリュンヌ様が出会ったことなどが書かれていた。

 龍がポツンと聖霊樹の前にいると、ベルリュンヌ様が姫ポムを持ってきたとか、龍の背に乗って、隣の領地に移動していたとかが書かれていた。


 そして最後に『精霊巫女と精霊の語らいより』と締めくくられていた。


 100年を過ぎた時から止まったままの時間を、進められるのはベルリュンヌ様と光だけ? 

 50年目の夏に魔力が満ちるフレーズ色の満月・・・リュン・ドゥ・フレーズ?

 時を進める?

 龍がポツンといた・・・黒龍とは書かれていないね。ここからまた精霊王は出てこない・・・?


 貴重な本のような気もするけど、疑問が増えた?

 でも・・・ベルリュンヌ様に会えば何かがわかるかも?

 ベルリュンヌ様に問えるのは光だけ・・・つまり光属性を持つものだけと言う事?

 問えるのは精霊巫女様だけとは言わないよね。


「アン、待たせた。本は読み終えたのか?」


「はい、今読み終わったところです。早速ですが質問してもいいですか」


「・・・聞こう」


 ちょっと間があった、なぜか構えたように感じた・・・。


「この本は物語と書かれていますが、精霊巫女様が4大精霊から聞いたお話のようですね」


「私はアンぐらいの歳に読んだきりだから、もうほとんど覚えていなかった。それにただの物語だと解釈をしていた」


「もしかしてまた読まれたのですか?」


「仕事の合間に読み直した・・・辺境伯の書斎に代々置かれていた本だから、同じものが王城にもあるのか確認する必要があるようだ。ただの物語ではないのだと思う。恐らくアンのやるべき事に関係している・・・アンもそう思ったか?」


「はい・・・それに・・・」


「それに?」


「不敬になったらごめんなさい・・・精霊王は眠っているのか、もしくは・・・もういないのだと思いました」


「アン・・・そのことは誰にも言わないようにしなさい」


「ごめんなさい」


「いや、誤る事ではない・・・私もこの本を読んだあと、気になってエスポワール王国の創成期と再生記を読んだ。アンも読んだのだろう」


「・・・はい」


「アンが思っている事と、たぶん同じだ・・・創成期に王子が田畑で魔力を使っている事が書かれていた。これは魔力訓練と同じだろう」


「そう思いました」


「アンには言っていなかったが、イザベル様が精霊巫女と言う立場を廃止することを望んでおられ、セリーヌ様の手紙にもいなくてもいい方法を探してほしいと書かれていた」


「アデライト様の件があったからですか?」


「国や神殿にも責任はある。子どもを親から離すのだから・・・しかも金が動く。親が金を選べば、子は嫌でも神殿に行くしかない。アデライト様は我が強いせいもあって、問題ばかり起こしていたが、ある意味犠牲者だったのかもしれない」


「・・・お気の毒だとは思います」


「廃止の件が、もし駄目だった場合の事を考えると、アンに伝えられなかった・・・伝えて期待だけさせる事は出来ないからな・・・陛下からは、もしアンが何かに気付き行動をするなら学院を卒業してからだとおっしゃられた。ジルベール君も一緒に動くというのなら、なおさらだ。彼はもっと魔力を増やさなければならない。緊急時には呼び出しがあるかもしれないが、今はやるべきことが出きるよう準備だけをしてほしい。陛下と王妃も同じ意見だ。私とステファニーもアンの幸せだけを願っている。やるべき事に一人で苦しまなくていい」


「お父様・・・ありがとうございます」


「恐らく光属性は必ず必要になってくるだろう。しかもかなりの魔力量を必要とすると思う」


「本には100年を過ぎた時から止まったままの時間を、進められるのはベルリュンヌ様と光だけ。精霊は言う・・・時を進めよ・・・この意味はアンがベルリュンヌ様とあって時を進めろと言う意味ですね」


「・・・そうかもしれない」


「進める時というのが満月の夜、それもリュン・ドゥ・フレーズの翌年のメテオール祭と・・・」


「・・・リュン・ドゥ・フレーズの件も含めて、王城に行ってくる」


「すぐに行かれるのですか?」


「すぐではない・・・その前にグノーム様に罪な味を届けなければならないからな・・・持ち詫びていると思うぞ」


「そ、そうですね」


「まだ、時間はある。アン、絶対に一人でやろうとするな。私たちがいる、そして頼もしい友人も出来ただろう?」


「・・・はい。確かに頼もしそうです」


 お父様が突然アンのソファーまで来て、耳元で話し始めた。


「グノーム様のところに行ったら、チョコレートはすぐに祭壇に置かず、先に質問をしようと思う」


「えっ・・・」


 思わずお父様の顔を見てしまった。


「精霊に聞こえないように話をしている。あの窓のところにいるだろう」


 窓を見ると、こちらを見ている精霊さんがいた。精霊さんはおしゃべりだからね。


「いますね。気を付けないと筒抜けです」


 アンもお父様の耳元でささやいてしまった。

 お父様は真顔で頷いている。


「・・・背に腹は代えられない・・・これが交渉というものだ。そしてこの件は王国にも貴重な情報になるはずだ。この情報をもとに陛下たちにも更に恩を売っておくというのはどうだ?先日封印したばかりの「恩を売る」だが・・・封印は解こう。それに今すぐは無理だがアンが王都に行ったら、精霊巫女様の日記を見る事ができる特権をもらうとか、他にも要望を通りやすくする交渉をしてくる・・・それには新しい菓子も何か考えてくれると、もっといいかもしれぬな」


 お父様ニヤッと笑った。


「フフッ・・・お父様、悪い顔になっています」


「そう言うアンも嬉しそうではないか」

 次回の更新は2月6日「79、ベル兄様からの贈り物」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。



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