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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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77、辺境伯令嬢は初心に戻る

 目が覚めたら、ベッドの中だった。

 お母さまに抱きしめられて、いっぱい泣いていっぱい文句を言って・・・そして眠ってしまったらしい。


「アン様、おはようございます。お食事はお部屋にお運びいたしましょうか?」


 少しすっきりしたけど、食欲はなかった。


「おはよう、ソフィ。あまり食べたくないの」


「朝も召し上がっていないのですから、せめてスープだけでも召し上がったほうがよろしいです」


「うん?・・・えっと、スープだけでお願い」


 もうお昼だったの?・・・ずいぶんと眠っていたらしい。

 今日は特にすることもないから、のんびり過ごそう。


「ステファニー様へ、アン様がお目覚めになったことを伝えて参ります。今朝も心配されてお部屋にいらしていましたから」


 ソフィが部屋を出ている間、フォセットが着替えを手伝ってくれながら「ネージュがキリーと湖の方に飛んで行きましたよ」と、教えてくれた。

 アンがずっと寝ていたから退屈だったよね。

 ・・・ネージュとキリーの自由さがちょっと羨ましい。

 あれ?フォセットがネージュを庭に連れて行ってくれたの?キリーには慣れたのかな?

 フォセットの様子を見ても、困った様子はないから慣れたのかも・・・。


 ネージュは外で飛んでいることが楽しくなったみたい。キリーも去年まで卵だったなんて信じられないよね。

 カナールたちより少しだけ大きい卵だったのに、1年もしないうちにお父様より大きくなったから驚いたよね。

 しかも聖獣だって・・・卵を湖から拾ってきて良かったよね。


 ぼんやりと去年の事を思い出していたら、ソフィがワゴンを押しながら戻ってきた。


「コンソメスープをお持ちしました。それとカジミールが久しぶりに18センチの型を使ってシフォンケーキを焼いたので、召し上がってくださいとの事です。


「初めて作ってもらったお菓子だよね。初めてだから小さい型を使って焼いてもらって、そのあとは22センチの型の方が多く使うようになって・・・メレンゲを何度も作るから、コンスタンの腕が太くなったと言っていたよね。そういえばユーゴに竹串を作ってもらったら、そのあとシフォンケーキがもっと食べたくて竹串を何十本も作ってカジミールに渡していたの・・・フフフ。これはみんなで協力して作ったお菓子だね」


「あの頃と変わらず、今も楽しく試食会をしていますから、これからもどんどん試食会をするとユーゴさんが喜びます」


「うん、ユーゴが小躍りしそうなくらい美味しいお菓子をつくらないとね」


「ユーゴさんの小躍りですか?・・・プフッ!」


 ソフィが噴出した。

 ユーゴが躍っている姿を想像したのかもしれない。

 アンもカジミールみたいに初心に戻ろうかな?

 茉白のおばあちゃんが言っていたよ。

『初心忘るべからず』って・・・。

 物事を始めたばかりの謙虚な気持ちを忘れないように、だったよね?


 今日も時間はたっぷりある!・・・と思っていたけど、もうお昼を過ぎていたんだった。

 シフォンケーキを食べたら久しぶりに図書室に行って、のんびり本でも読もう。


「食べ終わったら図書室に行きたいの」


「わかりました。それと明日から3日間はユーゴさんがお休みです」


「ご両親が来てノール本店で食事をすると言っていたね」


「あの・・・試食会の予定はあるかと聞かれました」


 アンに確認していたのにソフィにも確認したの?・・・そんなに試食会が好きなのだろうか?


「来月までのんびりするつもりなの」


「そのように伝えておきます」


「でもユーゴは図書室に一緒に行くよね?アンから伝えてもいいよ」


「図書室にはマクサンスが同行します。ユーゴさんはアレクサンドル様に呼ばれて執務室に行っています」


「お父様に?」


「夏に精霊樹へ行くので、その打ち合わせと聞いています」


 そうだった。

 またチョコレートを持って行かないとね。

 ユーゴが呼ばれたということは、アンも一緒に行くのかな?


「精霊樹に行ったら、また何か植えようかな?」


「ペーシュを植えたら、同行する騎士たちも喜ぶと思います」


「騎士もペーシュが好きなの?」


「ユーゴさんとジュスタンはお好きなようです」


 ソフィは意外と周りも見ているらしい・・・2人がペーシュを好きだとは知らなかったよ。


「それと野菜も植えたらグー様は驚くかな?」


「まぁ・・・どんな野菜を植えるのですか?」


「うーん、カロットやポムドゥテール、それにトマートとカボチャ」


「カボチャ?とはどんな野菜でしょう?」


「うーん、大きくて丸いの。緑色の皮は硬いけど、火を通すと中の黄色部分がほこほこして美味しいはず。真ん中は平たい種が沢山入っているから、種を取るのは楽だと思うの。その種も食べられるよ。そうそう、ポティロンと言っていたような気がする」


「ポティロンですか?聞いたことはありますが、食べた記憶がございません・・・カジミールに聞いたらわかるかもしれません」


 そう言えばアンも食べた記憶がないかも。もしかして、カボチャも豚のえさになっているのかな?


「疲れが取れたら、カジミールのところに行って聞いてみましょう」


「明日行きたいの」


「カジミールに伝えておきます」


「うん!」


 普段は口数の少ないソフィだけど、今日は優しく微笑みながらアンとおしゃべりをしてくれる。

 昨日泣いたことを知っているのか、アンを気遣ってくれているみたい。

 そんなソフィの気持ちが嬉しいと思った。


 ソフィとのんびりおしゃべりをしながら、おやつのような昼食を終えて、マクサンスとソフィの3人で図書室に向かった。


 今日はジュスタンがお休みだから、屋敷からは出ないようにとフォセットが言っていた。

 外に出るのは学院の試験か精霊樹に行く時だけだから、心配はいらないよ。

 そんなことを思いながら図書室に着くと、ソフィが「アン様が本を読んでいる間に、カジミールへ明日の件を伝えてきます」と言って厨房に向かった。


 本棚の前に立つと、ベル兄様とここで初めて図鑑を見たのを思い出した。

 本が読めるようになったとベル兄様に自慢したくて、一生懸命に文字を覚えたのに、植物図鑑や龍の図鑑ばかりを見ていた。

 絵が多くて文字が少ないから、読めると自慢できなかったような気がする。


 図鑑が並んでいる棚の隣は歴史書が並んでいる。

 その歴史書の中から「エスポワール王国創成期」と「エスポワール王国再生記」を読んで勉強したよね。

 初心に戻ってまた読んでみようかな?

 マクサンスに「エスポワール王国創成期」と「エスポワール王国再生記」の2冊を棚から取ってもらい、机に置いてもらう。

「エスポワール王国創成期の表紙を開いた。


『600年前に襲撃から逃れ、海を渡ってこの地に流れ着いたのは、幼い王子とその王子を守るように抱いていた乳母と側近、数人の護衛たちとその家族や侍女たちだった。

 たどり着いた土地は花が咲き乱れ、精霊が飛び交う美しい場所だった。』


 誰もが精霊を見ることができた時代だったらしい。


『王子は精霊とおしゃべりをしながら一緒に遊び、時には精霊たちと共にいたずらまでしていた。

 王子が7歳になった時、森の大きな木の前で精霊王と出会った。』


 精霊王と出会ったのが森の大きな木の前・・・大きな木の所に精霊王はいた。

 その大きな木のところに、まだ精霊王はいるのだろうか?

 もし精霊王がいるのならその大きな木のところにいけばいいの?

 森はどこにあるの?大きな木とはシェーヌサクレのこと?


『魔物が来た時は精霊が知らせ、大きな魔物が来た時は精霊王が火龍や風龍、地龍を呼んで魔物を倒してくれた。倒した魔物の肉は村の食料になった。』


 この頃は結界がなかったから魔物がたくさんいた・・・精霊王と龍たちも守ってくれていたけど、人々も魔力を使って戦っていたのかな?


『王子は成人近くになると、側近や護衛たちと共に田畑を耕し、民の手伝いまでするようになった』


 成人近くなった王子が自ら畑を耕した・・・もしかして魔力増加訓練?みんなで畑を耕しているのは食料のためと思っていたけど、魔力を増やすためでもあったのかも。

 当時結界がなかったから、魔物が来たら精霊が知らせてくれていた。そして精霊王の指示で龍たちが守っていた事は、「エスポワール王国再生記」にもかかれていたよね。


『精霊王は森の被害を抑えるため、国の東西南北の端の4箇所を起点に結界を張ったが、既に魔物は入り込んでしまっていた。

 精霊王は龍たちに人間を守るように伝え、結界の中に入り込んだ魔物を退治するため、3つの能力をもつ龍に魔力を与えた。

 大きな力を貰った龍は必死で火を吐き魔物を焼き払い、地に穴を開け竜巻を起こし焼いた魔物を穴へと転がし次々と埋めて行った。』


 3つの能力をもつ龍・・・能力はもともと持っていた。他の龍とは違う龍。


『精霊王は「よく戦った、人間も動物もほとんどが避難し生き延びている。魔力さえあれば草原や森はすぐに元に戻る」とたった1匹で大量の魔物と戦った龍を褒め称えた。


 精霊王は土壌に魔力を注ぎ、草原と森を再び作った。

 人間には食物になる種や木の実や果実がなる幼木を沢山与え、更に小麦の種を風で蒔き一瞬にして実らせ、幼木の一部も成長させて木の実や果実を実らせた。

 人間や動物、龍も餓えることなく1年を無事に過ごす事ができるほどの量だった。』


 人や動物、龍も餓えることなく1年を無事に過ごす事ができるほどの量?これを魔力で成長ささせたとしたら・・・どれだけの魔力を使ったのだろう。



『人間たちは精霊王が与えてくれた小麦や幼木を毎年大切に育て、国王と家臣は民を守り国が以前のように再生する事に必死だった。

 森や畑が再生され国も漸く再建されたころ、誰も精霊王に出会っていなかった事に気がつく。

 更に長い年月が過ぎても精霊王に会う者はなく、国を救った龍もいつの間にか姿を見せなくなっていた。

 国王は龍がいつもいたシェーヌサクレの場所を大きな庭にして、それを囲むように大神殿を建てた。シェーヌサクレは精霊樹として崇め、祭壇を作り果物を捧げ続けた。

 東西南北の端の結界にも龍が訪れた木があり、シェーヌサクレと同じように石で囲まれていた。その木の隣に中神殿をそれぞれ建て、4つの大領地に分けて管理することを決めた。


 南の大領地は王弟が、西は1番目の側室の王子が、東は2番目の側室の王子が、北は護衛騎士団長が領主となり精霊樹を守り続けた。

 北の騎士団長のもとには国王の第一姫が嫁いでいる。

 南の精霊樹はオルム、西の精霊樹はティユール、東の精霊樹はマロニエ、北の精霊樹がプラターヌ、今も花が咲き実をつけ続けている。』


 気がつけば精霊王の姿を誰も見ていないと「エスポワール王国再生記」に書かれている。

 この本を初めて読んだ時にも思った・・・もう精霊王はいないのかなって?

 もし本当に精霊王がいないのなら、結界の魔力はどこで補給しているの?

 グー様が地に魔力を注ぐといったのは結界のため?

 精霊樹になる実は魔力が溜まっているけど、これは何に使われているの?

 精霊巫女様が魔力をささげていたのは地?それとも精霊樹?


 それに神殿の場所・・・北の領地の中神殿は精霊樹のところではなく、辺境伯の大領地とパトリック伯父様の中領地の間にある。

 大神殿はシェーヌサクレを囲うように建てられていたから、本の通りだけど・・・他の領地はどうなっているのかな?

 当時は王族が各領地に行って魔力を注いでいたの?

 もしかしたら王族はみんな光属性を持っていたのかも・・・。

 北の領地にも第一姫が嫁いだから、各領地に光属性を分散させたのかもしれない。

 歴史の本にアンのやるべき事の手掛かりはあるかな?


 あの時グー様は「魔力は地に注げばよい、人の身体は魔力を遣うほど増えるのではないのか?フェリクスとその一族も魔力をまき散らしていたが」と言ったよね。


 精霊巫女様についても「いつの間にか精霊巫女などいうものが現れ、ここにも来るようになった」と言っていた。

 人が何かに気づいて精霊巫女という立場を作ったの・・・?


 お父様が「我々は地に魔力を注ぐだけでよいのでしょうか?」と尋ねた時には「精霊樹には光魔法を使えるものだけが注げば良い。色のついた木の実は摘み取り精霊樹の祭壇に置き、今後は他へ運ぶ必要はない」と・・・。


 実についても「シェーヌサクレには黒い実だけを持っていき浄化できるものがすればよい・・・精霊巫女と名乗る者が来た時に伝えたはずだが、いずれ実はそれぞれの地で蓄えることになると・・・他の精霊樹の実はどうしているのだ?他の眷属たちは何をしているのか・・・今は集う事も叶わぬ・・・」と言っていた。

 いずれ実はそれぞれの地で蓄えることになると・・・そして4大精霊はお互いに会えないと言っていた。昔は行き来して何の話し合いをしていたの?

 今後も精霊巫女は必要かとお父様が尋ねたら、それは人が決めたことだと言った。

 精霊巫女様は不要ということだよね?

 ・・・これはアンの『やるべき事』とは違うということだとね。

 でもグー様は誰に何を言ったの?・・・ここが重要なのに。

 アデライト様・・・ちゃんと聞いてほしかったよ。


「これからは光魔法をより多く必要とする」と言った。

 そして「だが我々が望んでいるのはその先だ」と・・・。


「・・・いずれ知ることになる、他の精霊樹や地も同様に魔力を・・・決して偏ってはならぬ」と、これはキリーも聞いていたのかな?

 溢れたアンの魔力を各聖霊樹に運んでいたと聞いたけど・・・

 キリーはアンのやるべき事を知っているの?

 もし知っているのなら、教えてほしいよ。

 でもどうやって聞き出せばいいのかな?

 言葉が通じないから・・・なんとなくこんな感じです・・・と他の人には言えないよね


 そう言えば、沢山の光魔法がいるって言ったけど、どこで何に使うの?

 ジルベールさんに話そうかな・・・でも先にお父様に話したほうがいいかな?

 月の精霊ベルリュンヌ様のこともあるから、早くお父様の書斎に行きたいよ。

 悩みながらの読書は疲れる。いくら悩んでもこれ以上は答えが出ない。

 のんびりするはずだったのに、疲れてしまった。

 ・・・もう部屋に戻ろう。


 明日からユーゴはお休み。久しぶりの家族団らんだね。

 明後日はユーゴの家族とコレットさんの家族がノール本店に行く日だけど、

 偶然にも同じ日だったよ。

 コレットさんの家族は、お昼より少し早い時間に予約が入っていて、ユーゴとその家族はお昼に予約が入っていると聞いている。

 楽しんでくれるといいな。

 ユーゴはアンの護衛になってから、一度も領地に戻っていないらしいの。

 だからユーゴが今回家族をお店に招待したと聞いた。

 ご両親はお店で食事を終えたあと、お父様に挨拶をするため屋敷に来るから、アンも挨拶をするようにと言われているの。

 ユーゴはどうして領地に顔を出さないのかな?仲が悪いとか聞いていないけど・・・明後日会ったら聞いてみようかな?




 今日は珍しくソフィに起こされた。


「アン様、おはようございます」


「おはよう、まだ眠い・・・いつもより早いね」


「ステファニー様から、すぐにお支度をして朝食を済ませるようにとのことです。

 お昼前にルグラン男爵とその御家族が挨拶に見えるそうです。アン様も同席するようにと仰せです」


「ルグラン男爵?・・・えっと、コレットさんの家族が来るの?」


「そのようです」


 急に挨拶?・・・何かあったのかな?

 今日はユーゴのご両親が夕方に挨拶に来るとは聞いていたけど。

 とにかく急いで起きないと・・・。

 フォセットにネージュが食べるフレーズを用意するように伝えていたら、ネージュも起きてきた。

 眠そうな目をしてボーっとしているモフモフのネージュをぎゅっと抱きしめる・・・癒されるよ・・・このままもう一度眠ってもいいかな?


「アン様、お支度をしましょうね」


 眠りかけたら、目が笑っていないソフィが着替えを持って立っていた。


「あっ・・・はい・・・」


「ピー」


 アンと呼んでいる・・・ネージュもしっかりと目が覚めたらしい。


「ネージュ、おはよう。フォセットがフレーズを持ってくるから、食べ終わったら庭に行ってもいいよ。今日もゆっくり出来なくてごめんね」


「ピピピッ」


 大丈夫だよって言ってくれたと思う・・・ネージュがいい子でよかったよ。

 昨日はお寝坊してネージュと触れ合う時間がなかった・・・そして今日も時間が無くなってしまった。


 急いで着替えさせてもらって食堂に行ったけど、起きたばかりだから食欲はない。

 スープとたまごサンドを一切れしか食べられなかった。


 部屋に戻ったら、もうネージュはいなかった・・・庭に行ったらしい。

 自由なネージュが羨ましいよ・・・。

 取り敢えず一休みしようと思ったら、扉をノックする音が聞こえた。


「ルグラン男爵とご家族の方がお見えになったそうです」


 バスチアンが知らせに来てくれたけど、早く着いたのかな?


 すぐに応接室に向かったら、お母様が挨拶をしていた。

 お父様は忙しいと言っていたから、いないね。

 前日までコレットさんのご両親が来るって聞いてなかったけど、今朝急に知らせてきたようだ。

 コレットさんも一緒に来たの?・・・そう思ったら、目が合ったよ。


「アンジェルさん、おはようございます。またお屋敷にお邪魔しています」


「お、おはよう、コレットさん。ようこそ・・・」


 コレットさんから声を掛けられると思わなくて、ちょっと戸惑ってしまった。


「わざわざアンジェルさんまで来ていただいて・・・申し訳ないわ」


 コレットさんがそう答えると、男の人が慌てて一歩前に出て、頭を下げた。


「初めまして、ルグラン男爵の当主ジョルジュ・ルグランと申します。コレットがいつもお世話になっております」


「アンジェル・テールヴィオレットです。コレットさんとは、一緒に王都の学院を目指す学友ですから、今後も仲良くしていきたいです」


「そのように言っていただけて、コレットは幸せ者です。挨拶の順番もわかっていない礼儀知らずで、恥ずかしい限りです」


「・・・いいえ、大丈夫です」


 ようやく気が付いたのか、コレットさんが慌てて頭を下げた。確かにお互い顔見知りでも、年長者から挨拶だよね。


「エヴァ・ルグランと申します。お世話になっております。コレットが大変失礼いたしました。これ以上ご迷惑をおかけしないように、後できっちり言い聞かせます・・・」


「アンジェル・テールヴィオレットです・・・い、いいえ。大丈夫です」


 エヴァ夫人にまで頭を下げられてしまった。


「初めましてルグラン男爵の長男グレゴワール・ルグランと申します。コレットは遠慮がないので、ご迷惑をおかけしていないか心配していました」


 ・・・家族がみんなコレットさんの態度を心配していたよ。


「アンジェル・テールヴィオレットです・・・それほど心配はないかと・・・」


 一人一人に「大丈夫です、心配ないかと」と声をかけたけど、とても不安そうな顔をしている。

 お母様は扇子で口元を隠している・・・絶対笑っているよね。肩が揺れているもの。


 コレットさんは家族に凄く心配されていたけど、大切にされているということでいいのかな?


「急に押しかけるように来てしまい、申し訳ないです」


 コレットさんのお父様が恐縮しながら言っていた。


「アレクサンドルは時間が取れなかったの。会えなくて残念だと申していましたわ」


「いいえ、お忙しい辺境伯様にわざわざお時間を取って頂くなんて、とんでもないことでございます」


 お母様の言葉にエヴァ夫人がまた頭を下げている。


「コレットがアンジェル様のご厚意で、辺境伯様に食事の招待までして頂いていますので、是非ともご挨拶をさせて頂きたいと思っていました。辺境伯様にどうぞくれぐれもよろしくお伝えいただきますようお願いいたします」


 ルグラン男爵夫妻と長男のグレゴワール様も申し訳なさそうに目線を下げていた。


「お気持ちは受け取りましたわ。先ずは座ってお茶にしましょう」


 お母様が席を進めると、お母様の侍女が紅茶とクッキーをテーブルに並べ始めた。

 これは乾燥させたペーシュが入っている紅茶だね。

 シャルダン・デ・ローズでは夏限定のアイスペーシュティーを出すから、ペーシュ入りのお茶は出す予定がないの。

 お土産店で、季節限定のフレーバーティーとして販売はするけどね。


 エヴァ夫人が嬉しそうに香りを楽しんでいた。

 ゆっくりと口に含んで飲み込むと「ほぉー」と、小さく息を吐いて「なんていい香りなの」と言ってまた飲んでいた。

 気に入ってくれたみたい、良かった。

 取り敢えずコレットさんが頑張った事を言わないとね。


「コレットさんが牧草ロールを作ったことは聞いていますか?」


「コレットから、訓練で思いついたと聞いていましたが、実物を見た時には驚きました。これで作業が軽減されますから、とても助かります」


 穏やかそうなルグラン男爵が嬉しそうに答えていた。

 隣に座っているグレゴワール様がクッキーを食べて、目を丸くしているところも見てしまったよ。食べたことがないという顔だよね。

 お父様がお土産で渡したクッキーはもしかして、コレットさんが一人で食べたのかな・・・?


「長居をしてはご迷惑になりますからそろそろ失礼します。急な訪問にもかかわらずご挨拶をさせていただくお時間を賜り、感謝申し上げます」


「これからお店にいらっしゃるのでしょう・・・ゆっくり楽しんでくださいね。そうそう、コレットさんはこのまま寮に帰るのかしら?・・・予約した席は四角いテーブルの4人掛けらしいの。美味しいデザートは何度食べても飽きないでしょう?」


 お母様がそう言うと、ルグラン男爵が目を丸くしていた。

 4人で座れる・・・一緒に食べたら?と言う意味だよね。

 コレットさんが凄く喜んで、一緒にお店へ行く気満々になったようだ。

 婉曲的な言葉を察知するのは早いらしい。

 良かったね、また食べられるよ。

 ついでにクッキーを買って、グレゴワール様に渡してあげて、と心の中で言ってみたよ。


 もの凄く緊張していたルグラン男爵一家は安堵した顔で帰っていった。



 夕方にユーゴとその家族が屋敷にやって来た。

 エントランスでお父様とお母様が挨拶をしている。

 シュバリエ子爵はお父様と面識があるようで「お久しぶりです。ユーゴに誘われてこちらにやってきました」と言っていた。


「テールヴィオレット令嬢、お初にお目にかかります。シュバリエ子爵の当主、ルノーと申します。いつもユーゴがお世話になっております」


「初めまして、アンジェル・テールヴィオレットです。アンジェルと呼んでください」


「ありがとうございます、アンジェル様」


「ヨランド・シュバリエでございます。お目にかかれて嬉しいですわ。ヨランドと呼んでくださいませ」


「ヨランド様、こちらこそお会いできて嬉しいです。どうぞアンジェルと呼んでください」


「初めまして。シュバリエ子爵の長男イレールと申します。イレールとお呼びください」


「イレール様、アンジェルと呼んで下さい」


 一通り挨拶を終えて、家族の後ろに控えていたユーゴを見たら、なんだか照れているような顔をしている。

「家族と久しぶりに会えてよかったね」と言う思いを込めて見たら、そっと目をそらされてしまった・・・恥ずかしいのかな?

 沢山の職人の肩書がついたとか、美味しいものを食べて食いしん坊さんになったとか言わないでおくからね。


 今日は応接室ではなくサロンに案内をしていた。

 お天気も良く、ローズも見頃だからとお母様がおっしゃっていたの。

 おしゃべりも進み、お母様はヨランド夫人と外のローズを見に行ってしまった。


「お店の食事や飲みものすべてが珍しく、そして美味しかったです。ユーゴはここ2年ほど領地に帰ってこなかったので、ヨランドが寂しがっていたのですが、春の初めにジャムが届きまして、その後はケーキやクッキーまで送ってくるようになり、ヨランドが喜んでいたのです」


 領地は遠いのかな?


「ユーゴなら龍で早朝に出れば夜には領地に着くはずだが、帰っていなかったのか」


 お父様が龍ならその日に着くと言っていたけど、同じ北の領地なのに遠いよね。でもなぜ帰らないのかな?


「温泉もあるのだから、もう2・3日休暇を取って、帰ってこないか?」


 なんですと!


 ・・・温泉があると・・・それは入ってみたい。

 茉白も小さいときに両親と旅行に行って、温泉に入っていたよ。


「ユーゴが帰る時、アンも一緒に行きたいです。温泉に入ってみたいです」


「・・・アン様」


 ユーゴが呆れた顔をしている・・・温泉に入ってみたいのに。


「アンジェル・・・温泉は鉱員のために作ったものだ。あとは家族のためで、観光のためではない」


「せっかくの温泉なのに、もったいないです。観光地にはしないのですか?」


「アンジェル様、折角のご提案ですが、シュバリエ領は鉱山の地です。それ以外は何もない領地でございます」


「そうですか・・・温泉に浸かるだけの癒しの旅行もいいと思ったのですが。あとは美味しいものを食べるとか。領地で取れる物を特産品にするとか・・・あと温泉卵が食べたいです」


「温泉卵とはどのようなものでしょう?」


「ウッフを温泉の熱でゆっくり茹でたものです」


「温泉の熱でですか?」


「源泉が熱ければウッフは温泉卵にできます・・・鳥を育てて卵を産めば、温泉卵もたくさん作れて・・・あっ、ごめんなさい。つい・・・」


「さすがアンジェル様、お店のメニュを考案しただけありますね・・・ユーゴが返ってこないのがわかったような気がします。子どもの頃から珍しい食べものは誰よりも先に、口にしていましたから」


「ふふ。食いしん坊さんだったのですね。あの先ほど鉱山と言っていましたが、宝石が採れるのですか?」


「現在、鉱山は3つあります。鉄が一番多いのですが、アメジストもよく採れます。最近は大きいものが採れなくなりましたが、レッドダイヤも採れます」


 お母様が持っていたあの大きなレッドダイヤは、ユーゴの領地で採れたものだったよ。

 もしかしてユーゴはお坊ちゃまだったのかな?そっとユーゴを見たらまた目をそらされてしまった。

 そんなに照れなくてもいいのにね。


 シュバリエ子爵は領地の事を話してくれた。

 元々は鉱山が2つだったけれど、ユーゴの御爺様が新たなを鉱山発見したらしい。

 鉱山の近くには断層があり、そこから温泉がわき始めたから、温泉源から街までお温を引き込んだと言っていた。

 領民から鉱員を集め、大きな浴槽付きの家を立てて住まわせ、それから自分の屋敷にも大浴場を作ったと教えてくれた。


「新しい鉱山からレッドダイヤが採れ、大粒のレッドダイヤは陛下と辺境伯様に献上しました。その後大粒のダイヤが採れ、辺境伯様がお買い上げ下さいました」と言っていた。辺境伯には大粒のダイヤが2つあるらしい。

 代々受け継がれたレッドダイヤはお母様が使っていた。

 ・・・新しい鉱山で採れたレッドダイヤと普通のダイヤもお母様が持っているのかな?


 最近はあまり採れなくなってきているらしいけど、レッドダイヤの大きいものは採れなくても、たまに大きなダイヤやアメジストが採れると言っていた。

 今度は誰が買うのかな?


 ルノー様に爵位を譲った御爺様は、温泉に入りながらのんびりと過ごしているらしい。

 現当主のルノー・シュバリエ子爵は御爺様の受け継いだ領地を守り、領民を大切にしていると言う。

 長男のイレール様は子ども時からおませだったらしく、幼馴染と別れたくなくて王都の学院に行かなかったと言っていた。もともと優秀で今も領地の勉強をしながら当主の補佐をしていると言っていた。

 幼馴染とは既に結婚をしていて、子どもが二人いるらしい。3人目がお腹にいるので、夫人はお留守番をしていると聞いた。

 愛する夫人と子どもたちに沢山お土産を買ったよね、きっと。


 次男のヴァレール様は王都の学院に行きこちらに帰ることなく、陛下をお守りする王立騎士団員になったらしい。

「もう帰ってこないと思います」とあっさり言っていた。


 話に飽きてきたのか、イレール様がブラノワでお父様の胸をお借りしたいと願い出ていた。

 ユーゴから送られたブラノワを楽しんでいたけど、向こうの領地では負け知らずだと言う。

 お父様は二つ返事で受けていた。お父様が戦闘態勢に入ったら誰も勝てないと思うよ。

 お父様たちはすぐにサロンの端の方でブラノワの戦いを始めてしまった。


 なぜかアンはシュバリエ子爵とお話をすることになってしまい、ユーゴもなぜか護衛のように後ろに控えていた。


 シュバリエ子爵は「これは内緒ですよ」と言って、ユーゴの事を話し始めた。

 ・・・後ろにユーゴがいるけどいいのかな?


「兄二人とは年が離れたユーゴは、小さい頃から可愛い顔をしていました。性格も穏やかで妻が特に可愛がっていました。髪を伸ばし細かい刺繡のされたふんわりとした服や、ドレープやレースのついたシャツに半ズボン姿など結構似合っていましたが、見た目だけでも男らしくしなればいいと思い、学院に上がる年に私が髪をバッサリと切ったのです・・・妻には少し嫌われたようですが・・・ユーゴには妻の影響を受けずのびのびと育って欲しいと思ったのです。学院の2年目が終わるころ、『龍騎士になれなかったら御者にでもなればいい』と伝えました。無理をしないで好きな道を進んでほしいと思ったのです。学院3年目に上がると、すぐに龍に受け入れてもらえたと聞いた時はやはりと思いました。龍はユーゴの優しい心を受け入れたに違いないと・・・。頭は良いがませた長男や要領がよく剣術と馬術にずば抜けていたが気持ちの冷めた次男と違い、穏やかで素直な可愛い子だったのです」


 滑らかに語るシュバリエ子爵・・・ヨランド様とイレール様が、こちらをちらちらと見始めてきたよ・・・。

 ・・・まだ語るのだろうか?

 さっきユーゴが「えっ?」って言ったような?・・・何か気にしていたことがあったのかな?

 それよりも周りに話が聞こえていると思うけど・・・内緒のお話って言ったよね?


「ユーゴは龍騎士団に所属して数年で第二部隊の副隊長になったのです。見回りの仕事で年に2、3回はシュバリエの領地に来ていましたが、昨年から北の大領地の当主であるテールヴィオレット辺境伯様の御令嬢の護衛になったと聞いて驚きました。なぜ急に抜擢されたかは解りませんが、ユーゴが誇りを持って仕事をしてくれれば良いと思っています。王都に行く事もあり忙しくしているようで、まったく顔を見せなくなってしまいました。いつ顔を見せに来るのかと思っていたら、手紙が届いたのです。辺境伯様が運営されているあの有名な店「シャルダン・デ・ローズ ノール本店」に予約をしたから、大領地まで出向いてほしい」という内容です。ユーゴに会える喜びもありますが、あの店は予約がなかなか取れないと聞いていましたから、思わず嬉しさで手紙を握り潰してしまうところでした」


 ユーゴ・・・手紙が握り潰されなくてよかったね。


「山の麓にある田舎の領地でも、噂は聞こえてくるのです。もうこれは親戚や領民に自慢ができます。しかも可愛いユーゴからの招待です。王都にいる次男は、王城に遊びに来いと言ってきたことがないのです。早速、妻に手紙を見せたら目を潤ませて喜んでいました。ユーゴが顔を見せなくなったと、ちょっと落ち込んでいましたから・・・。ユーゴが学院に上がる前に来ていた服を飽きもせず眺めて、溜息を吐いていたヨランドも少しは元気になるだろうと思いました。もし・・・ユーゴに嫁が来たらどうなるのだろうか考えました。早々に孫を生んでもらったほうがいいかもしれないです」


「そ、そうですか・・・」


 ユーゴが帰らなかったのは、試食会を気にしていたからだけではないような気がしてきた。

 それにしても・・・シュバリエ子爵のおしゃべりはまだ続くのかな?孫の話まで進んだよ。


「ユーゴよ・・・できれば女児で頼む」


「父上!・・・何の話ですか?」


 護衛に徹していたユーゴが遂に声を発したよ。

 いきなりユーゴに女児って・・・ちょっと驚いたけど、ユーゴは両親に愛されすぎだよね。コレットさんの両親より愛情が重い気もするけど。

 イレール様の子どもは二人とも男の子だって・・・。3人目に期待はしていないのかな?


 ・・・これは内緒ですよと言って、話してくれた内容は、ここで言わなくてもよかったのではと思うのはアンだけだろうか?


 ・・・ユーゴのお父様はおしゃべりだったよ。

 いろいろあるみたいだけど、ユーゴも初心に戻って龍騎士になった頃のことを思い出すといいよ。そして試食会を気にせず、時々シュバリエの領地に顔を出してあげてね。


 アンも最初のころのように、やりたい事を楽しむことにするよ。

 次回の更新は1月30日「78、実技試験の採点と精霊の本」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


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