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7、ひ弱令嬢はお母さまになる

 「あっ・・・わりと元気」


 昨日湖に行って帰ってきてから熱が出たけど、今日は身体が辛くない・・・ちょっと丈夫になったかも。

 ベッドの中で卵の確認をしてみる・・・大中小の4つの卵にヒビはまだないね・・・いつ孵るのかな?・・・楽しみ。


 今日は図書室に行ってカナールの育て方を調べたいの。大きい卵はおんぶ紐があるから良いけど、カナールの卵たちはどうしよう・・・。


「アンジェル様、おはようございます。もう起きていらっしゃったのですね」


 悶々と悩んでいたらソフィに声を掛けられた。


「うん、とっても元気なの。だから午後から図書室に行きたいの」


「ステファニー様に確認してまいります、その前に朝食にしましょう」


 ふとソフィの白いエプロンにポケットが付いているのを見て、あっこれ!と思った。


「今日もお部屋で食べる・・・ソフィ、お願いがあるの」


「なんでございましょう」


「ポケットが3つ付いた、エプロンを作って欲しいの」


「エプロンでございますか・・・?」


 頷いてソフィのエプロンを見た。


「このエプロンのようにするのでしょうか?ポケットの大きさはこのくらいで良いですか」


 ソフィはエプロンの端をつまんで持ち上げた後、両手の親指と人差し指同士を広げてくっつけて輪を作って見せてくれた。


「その大きさで!」


 流石ソフィ、どうして大きさがわかるのか不思議だと思いながらにっこり笑って答えたら、ソフィはアンの横の膨らんだ部分を見ていた。


「アンジェル様、アレクサンドル様にご報告をされたのですか?」


「・・・えっと・・・」


 おもわず目が泳いでしまったよ。


「お身体がお元気でしたら、朝食は皆様と一緒に食堂でいかがでしょうか?」


 ソフィはにっこり笑っているけど目は笑っていないような気がする。


「・・・はひ」


 ソフィはきびきびとアンの支度をし、ベッドから大きい卵だけ出しておんぶ紐の背に入れ、アンの背中に当てると、上の紐を背布の下についている輪に前から通してお腹のところでリボン結びにしてくれた。

 そう言えばリボン結びって、茉白さんのお祖母ちゃんは蝶々結びって言っていた。

 茉白さんの記憶を探りながらふとソフィを見たら、残りの卵たちを隠すようにそっとお布団をかけていた・・・いつばれたのかな?


 食堂に行くとお父さまとお母さまだけで兄さまたちはいなかった。


「おはようございます」


「おはよう、熱はもう下がったのか?」


「はい・・・お父さま、少し丈夫になった気がします」


「良い事だ、沢山食べてもっと元気にならないとな」


「今日はアンの好きなウッフよ、半熟卵は好きでしょ。殻に気をつけてね」


「は、い・・・ウッフ」


 カナールの卵ではないよね・・・。

 茉白さんの世界では鶏の卵はあったけど・・・綺麗に剥いて出てきたよね。


 ソフィがウッフカップに入った卵の殻の上部をきれいにカットして取り除いてくれた。

 ドキドキしながら殻付き半熟卵にちぎったパンを付けて食べた・・・美味しい。

 そう言えば、卵を背負ったままでもお父さまとお母さまは何も言わないね。慣れって凄い。


「お父さま、お母さま、お食事の後にお話をしたいです」


「・・・少しなら構わないが」


「・・・私も構わないわよ」


「はい、ありがとうございます」


 お父さまたちの返事がちょっと遅かったような気がするけど、取り敢えず急いで食べないとね。


 漸く食事が終わり、ほぼミルクのお茶をソフィが用意してくれた。お父さま達は既に紅茶を飲んでくつろいでいるから卵のことを話しても大丈夫だよね・・・。


「昨日、湖に散歩に行った時に・・・た、卵がありまして・・・」


「・・・ほぉ」


 お父さま・・・声が低いです。


「護衛のユーゴがカナールの卵ではないかと・・・でも、親鳥がいないからこのままでは死んでしまうと言っていました」


「・・・そぉ」


 お母さまも・・・声が低いです。


「アンが・・・そ、そだ、育てます」


「「・・・」」


「・・・あの」


「アン・・・カナールは水鳥でしかも渡り鳥だ、水場はどうやって整えるのだ。親がいない鳥は渡り鳥になれない可能性が高い、誰が飛び方を教えるのだ」


「えっ・・・?」


 アンは膝の上で手を握り締め俯いた。先のことは考えてなかった。餌だけ上げればいいと思っていた。


「ごめん・・・なさい」


「卵を元の巣に還す事はもうできないだろう・・・時期を考えると卵が孵るのはもう少し先だと思う。他の巣を見つけてその巣に入れるか、入れても受け入れられるかわからないが・・・アンには捨てると言う選択肢はないのか?」


「・・・ない、です」


「生き物をむやみに拾ってはいけない、一時の好奇心が生かした命を苦しめてしまうこともある」


「はい・・・ごめんなさい」


 話は保留になってしまった。



 部屋に戻ってベッドの中の卵を見つめていたら涙が目に貯まる・・・こぼれないように上を向いた。

 生かすことが、苦しめることになるかもしれない・・・。飛べないカナールは南の地に渡れないと聞いた。冬はどうすればいいの?・・・何も考えてなかった。

 ベッドの上に座ったままぼんやりしていたら精霊さんが、周りに集まって来た。


「アーン」「泣いてる」「泣いてる」


「カナールがかわいそうだと思って拾ってきたの、でもどうやって育てるか考えてなかったの」


 そう伝えると、さらに落ち込んで行く。


「「「大丈夫ー」」」


 精霊さんは答えてくれる。


「どうやって育てるの」


「「「大丈夫ー」」」


 同じ言葉が返ってきた。

 本当に大丈夫なのかな?・・・あれ?・・・頭の中に響くのではなく声が聞こえたよね?いつも頭の中に話しかけてくれる精霊さんとは違うのかな?


 朝から卵を背負ったままだった。

 3つの卵もハンカチを敷いた籠に入れて、窓際の日の良く当たる場所に置き、その横の椅子にちょこんと腰掛け窓の外をぼんやりと眺めていた。


 お母さまがクッキーらしきおやつを持って、部屋に来てくれた。

 既にお昼は過ぎている・・・ソフィに「何もいらない」と言ったから、心配かけたみたい。


「今日は辛かったわね」


「・・・アンがちゃんと考えなかったせいです」


 涙が溢れそうになり、あわてて大きく息を吸った。


「身体が弱くて寝てばかりだったから、学ぶ機会がなかっただけよ。アンはまだ7歳だから・・・これからたくさんの事を学べるわ・・・丈夫に産んであげられなくて、ごめんなさいね・・・これからは何かをしようとする時、お父さまやお母さま、そして周りの人に相談して欲しいの。お父さまもちゃんと考えて下さっているのよ、みんな始めは知らない事わからない事ばかりなの・・・もうそんな悲しい顔をしないで・・・」


 優しく微笑んでアンの頭をなでてくれたけれど、お母さまの方が悲しそうに見えた。


 卵の話の後は刺繡の練習をする為の図案を一緒に考えたり、メテオール祭の夜は眠ってしまわないように頑張ると宣言したり、これからどうなるかわからないけどカナールの卵が孵ったらどんな餌をあげるのか、どうやって育てるのか、図書室で調べたりお母さまやお父さまにちゃんと聞いたりすると伝えた。

 お母さまがずっと話を聞いてくれていたお陰で、やっと心が落ち着いた。

 カナールの事は暫く様子を見てどこで育てるか、お父さまが考えてくれるって・・・良かった。


 カナールたちの心配が少し減ったので、メテオール祭の夜のおやつは何が良いかを考えることにした。いつもと違ったお菓子が食べたい。今日お母さまが持って来てくれたクッキーのようなものは硬くて、味も薄かったよ。

 茉白さんがお休みの日に、おばあちゃんの為に作っていたお菓子を食べてみたいと思った。


「ソフィ、お願いがあるの」


「な・・・なんでございましょう?」


「おやつは誰が作っているの?その人に会いたいの」


「料理人でございますよ」


「会える?」


「何か希望があれば私から伝えます」


「直接会いたいの」


「確認いたしますが、恐らく明日の朝食後でしたら時間が取れると思います」


「うん、それでお願い」




 翌日の朝食後、ソフィと共に厨房にいた、例のおんぶ紐姿で・・・。


「アンジェル様、料理長のカジミールと言います。お食事に不手際がありましたでしょうか?」


 カジミールと名乗った料理長は困惑と不安が顔に出ていたけど、チラッとおんぶ紐を見る余裕はあるらしい。


「ううん、いつも美味しいご飯とおやつをありがとう、今日はお願いがあってきたの」


「お願いでございますか?」


「うん、材料を確認したいの」


 卵とお砂糖とミルクと油と小麦粉があればいい、あと生クリーム。

 重要なのはオーブン、シフォンケーキを焼いて欲しいの。

 型はなければ四角い物でもいいけど、これからの事を考えると、穴あきの丸い型は作っておきたいよね。

 シフォンケーキはフワフワで茉白さんのおばあちゃんのお気に入りだった。アンもフワフワケーキが食べたい。

 材料はあるけどお砂糖は値段が高く貴重らしい、オーブンは焼き窯があったので問題なかったけど、型はなかった。

 カジミールに、どこで型を作ってもらえばいいのか聞いたら鍛冶屋だと教えてくれた。アンは鍛冶屋に行けないからカジミールに型の試作品を頼んだ。


「2つ欲しいの、大きさはこのくらいと、このくらい」


 それぞれの大きさを両手の親指と人差し指を広げて輪を作って見みせた。

 ついでにホイッパーも、描いた絵を見せた。


「寸法を測りますので、少々お待ちいただけますか?」


「すんぽう?」


「はい、レグルで測ります・・・型は直径17㎝と22㎝でしょうか・・・それとホイッパー・・・?」


 レグル・・・茉白の世界にある定規だね、これがあると便利かも・・・欲しい。


「うん、型の小さい方は試作用で、上手にできたら大きい方で作って欲しいの。ホイッパーはカシャカシャをいっぱいするからあると便利なの」


「カシャカシャ・・・ですか?」


「型が出来たら又説明するね、それとレグル・・・アンも欲しいの」


「文房具店に色々な種類が売っていますよ。アンジェル様が使える可愛いものもあるはずです」


「うん、今度可愛いのを買ってもらう事にする」


 先ずは型を作って貰ってからだよね。シャル兄さまがシフォンケーキを大量に消費しそうな気がするから型は多めに頼まないとね。

 ついでにパウンドケーキの型も頼みたいけど、お砂糖が貴重なら沢山焼くのは無理かもしれない、これは次回かな・・・。

 シフォンケーキの型が出来たら知らせてくれるらしい。

 焼き加減を確認する竹串はユーゴに頼もう、龍騎士兼護衛だけど竹串職人も兼ねて貰おう・・・竹串は消耗品だからそれなりに用意したいよね。


 厨房から出て直ぐに、ユーゴに声を掛けてみた。


「ユーゴ、お願いがあるの」


「何でしょうか?」


「竹串と言う棒を5本作って欲しいの。太さは3㎜から4㎜ぐらいで長さは20㎝くらいだけど出来れば25㎝あればすごくいい」


「たけぐし?・・・凄く細い棒ですね。木で作ればいいのですか?・・・やってみますが少し時間を下さい」


 ユーゴは少し悩んでいるように見えたけど了承してくれた・・・良かった。


「型が出来るまでには作って欲しいの、作った竹串はカジミールに渡しておいてね」


「わかりました」


 準備は着々と進んでいくよ。



 型が出来る日まで、午前中は毎日図書室でカナールの育て方を調べたり、精霊巫女の歴史や仕事について調べたりしていた。

 精霊巫女は毎年大領地にある精霊樹に、巡礼として行く事は書かれていたけど、なぜ各地の精霊樹に祈りと魔力が必要なのか、大神殿の精霊樹だけではダメなのか・・・疑問を解決してくれる資料は探せなかったよ。

 午後からは初歩の魔力の使い方の本を読み、たまにお母さまと刺繡もした。あっという間に2週間が過ぎていった。



 ついにカジミールからシフォンケーキの型やホイッパーが出来たと、ソフィを通して連絡が来た。明日の午後に厨房に行くとうきうきしながらソフィに伝言を頼んだ。


 翌朝、嬉しくて早く目が覚めてしまい、何時ものように卵を確認すると2つの小さい卵にひびが入っていた。


 コツ・・・コツ・・・パリパリ・・パリッ!


 わぁ・・・ついに卵が2つ孵った。

 2羽とも薄いクリーム色の雛で、1羽だけ目の周りが黒くて目が大きく見える


「「ピーピーピー・・・ピー・・・ピーピー・・・ピーピー」」


 可愛い~~~!

 目の周りが黒いパッチリとした目がエリー、もう1羽はマリーと言う名前にしたの。

 部屋の中で移動する度に、「ピーピーピー」と言ってついてくる。


「フフ、可愛い」


 アンはエリーとマリーのお母さまになったの。


「お、おはようございます・・・?」


 ソフィは驚いて語尾が上がっていたけど、すぐにきびきびとアンの支度をしてくれた。

 エリーとマリーを籠に入れ、お庭の池にユーゴと3人で向かった。餌は水草や小さな貝、木の実なども食べるらしい。

 春の2の月に生まれたカナールは春の3の月には大人の羽が生え、夏の1の月になると殆どが飛べるようになるらしい。飛べるようになって欲しいと願ってしまう。

 雛は動物に襲われ食べられてしまう事もあると聞いたから、餌を食べ終えたら再び籠に入れて部屋に戻るようにした。


 お父さまがカナールたちの為に、西の並木道の横に大きな池を作るよう手配をしてくれていたの。大人の羽が生え始めたらそこに移動するんだって。

 卵があった湖が近いので成長したらそこに戻ってくれるといいな・・・仲間もいるはずだもの。

 黒い線の入った卵も早く孵るといいのに。




 ◇  ◇   ◇



 今日は久しぶりに一人の朝食ね。

 アンを待っていたけど来ないようね・・・。

 そう言えばソフィからアンは厨房に行くと言っていたけど、今度は何をするのかしら・・・?


 アンが湖に行った時に卵を拾った事はベルトラン、シャルル、護衛のユーゴそしてソフィから報告が来ていたから知っているの。

 皆、見ていたのよ・・・アン。

 なぜみんなその場で留めなかったのかしら・・・?シャルルは面白そうだからって言っていたわね。


 アンはすぐ熱を出し、上の兄たちと遊ぶ事もあまり出来ず我慢することが多かった。

 おとなしく穏やかな子だったけど、あの崖下に落ちた事故から少し変わったような気がしてならない。頭でも打ったのかしら・・・?

 何か思いついたように、突然行動するようになったのよね・・・。おんぶ紐にリュックと言ったかしら、ベルトランがアレクサンドル様にリュックにすると手が開くので良いのではと言い、まずは鉱山の者に試作品を作って配ってはどうかと提案していたけど。

 でもリュックとか・・・7歳のアンはどこで得た知識なのかしら。あの白い卵が原因?寝てばかりいたけど、もともとの気質なのかしら?


 アレクサンドル様がユルリッシュ陛下宛てに書いた手紙の返事は届いている。アンを連れて王都に行く時期など、今後のことをアレクサンドル様と考えなければならないわね。


「・・・はぁ」


 思わずため息が漏れた。


「ステファニー様、失礼いたします。カナールの卵が2つ孵り、只今アンジェル様は雛と共にお庭の池に向かうと、ソフィより報告が来ております」


 春の1の月から新たに侍女長になったブリジットからの報告だった。


「・・・はぁーーー」


 肺が空になるほど長いため息が再び漏れた。

次回は10月30日に更新予定です。

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