66、グー様に罪な味を
朝起きてすぐに、ジルベールさんとコレットさんにお手紙を書いたの。
お父様から『シャルダン・デ・ローズ ノール本店』への招待状が届く事、服装は制服で良い事、人数はジルベール様とコレット様とお父様とお母様、そしてアンの5人。
お昼から個室を予約しているから、気軽におしゃべりができる事も書いておいた。
これだけ先に知らせておけば、招待状が届いても少しは安心できるよね。
「ソフィ、お手紙を出して欲しいの。その後でいいから厨房に行って、カジミールにチョコレートはミルク味とビター味を、それぞれお土産用の綺麗な木箱に入れておくように伝えて。それとこの紙も、渡せばわかるから」
グー様に罪の味を届けると約束したからね。それと明日のお弁当のおかずの事も頼んでおくの。
「わかりました、早速行ってまいります。本日はユーゴさんが非番ですから、お庭へ行かれる時は、フォセットさんと護衛はマクサンスとジュスタンをお連れ下さい」
「うん、わかった」
最近は庭の姫ポムに魔法をかける事がなくなったけど、ネージュの飛ぶ練習とアンの運動のために、庭で身体を動かしているの。
体力がもっとつくようにと思って、茉白が小さい時に夏の朝に公園でやっていたラジオ体操というものを始めてみた。
でも・・・これが結構きつい・・・。
ラジオ体操は第一と第二があるみたいなの。でも第一すら最後まで出来ないけど、しないよりはましだと思って頑張っている。
みんなが変な目で見るけど、やってみたらわかるよ・・・凄く疲れるし、体中の筋肉がプルプルするから。
ネージュも体を動かしたらいいのに。おとなしから面倒はかけないけど、最近はとくに動かない。いつも食べているか寝ている。起きている時はアンのそばでじっとしているだけなの・・・これでいいのかと不安になる。
この頃魔力を必要とすることが多くなったけど、ずっと小さいままでちょっと心配しているの。
グー様にも小さいなって言われたしね。
アンも小さいとよく言われていたけど、最近は少し背が伸びたよ。フォセットが「去年来ていたお洋服はもう着られませんよ」と言っていたもの。
ネージュは飛ぶ時間が長くなり、少し高く飛べるようになってきたから、運動がてらもっと広い場所で飛ぶ練習をさせてあげたいと思う
明日精霊樹の所に行ったら、練習させてもいいかグー様に聞いてみようかな?
「ハァー、ハァー・・・きつい・・・」
ラジオ体操をしている間、ネージュはパタパタと庭を飛び回っていた。
今は屋敷の屋根のところまで高く飛べるようになったけど、上がったらすぐ降りてきちゃうの。
一人で・・・いや、一匹で飛ぶのはつまらないのかも。
キリーに頼もう・・・キリーと一緒なら遊びながら飛んでくれるはず。
あれ?キリーがいない。
明日はグー様の所にも行くのに・・・エマキ池にいるのかな?
最近は庭かアンの部屋のテラスにいたけど・・・昨日から見かけてないよ。
「キリー!・・・どこ!」
とりあえず叫んでみた。
「アンジェル様、淑女は大きな声を出したりしませんよ」
口元は口角が上がっていて微笑むように優しく教えてくれたけど、目は笑っていなかったよ。
・・・うーん・・・目が笑っていない微笑と、無言で肩に手を置かれるのと、どちらがいいだろう・・・?
「うーん・・・」
「アンジェル様?聞いておられますか?」
悩んでいたらフォセットに不審な目で見られてしまった。
「聞こえているよ」
「声が聞こえているかを尋ねてはいませんよ、先ほど私が伝えた内容がおわかりになられたかを尋ねたのです」
「えっと・・・キリーと叫ぶのは良くないと・・・」
「おわかりになっているのでしたよろしいです」
また微笑まれてしまった・・・でも今度は目も笑っているから怒ってないみたい。
でも・・・ソフィより厳しいかも・・・。
「グゥーグワ?」
「ピピー!」
「キリー!・・・あっ・・・」
ネージュにつられて叫んでしまった。チラッとフォセットを見たら、 微笑んだまま固まっていた。
そうだ・・・フォセットはキリーが苦手だったね。
「さっきキリーを呼んだのが聞こえたの?凄いね、耳がいいの?」
「ピ」
「グワ?」
キリーは首を傾げているからやって来たのは偶然らしい。
「明日はグー様の所に行くから、朝は庭に来てね」
「グッワァ」
首を縦に振って返事をしたから明日は大丈夫だよね。ついでにネージュの事も頼んでおこう。
「ネージュが飛ぶ練習しているの。一緒に飛んであげてくれる?あまり長く飛べないから様子を見ながらでいいの」
「グッワァ」
「良かったね、ネージュ。一緒に飛んでくれるって」
「ピッ」
「無理しないでね」
「グワ」
「ピッ」
ネージュがパタパタと翼を動かして、浮いて行く・・・いや、飛ぶ・・・だったよ。一緒にキリーも羽を広げてフワッと浮いた。
するとネージュも更にフワッと浮いた。
・・・まずい・・・なぜか浮くと思ってしまう。声に出してないよね?
あれ?キリーがネージュに風魔法を使ったの?・・・違う、ネージュが使っているんだ。
魔法が遣えるの?しかも風魔法。大きくなったら人を乗せられる?
もしかして乗せてもらえる?・・・期待してもいい?
「グワワァグ?」
「ピピピッ」
キリーとネージュが通じ合っているのか、お互いに声を掛け合ってドンドン高く飛んでいく。
「ワァー、凄いよ・・・」
上空をずっと見上げていたら、固まっていたフォセットがほぐれたらしい。
「アンジェル様?ネージュが楽しそうに飛んでいますね・・・キリーが優しい鳥のように見えます」
「キリーはもともと優しい鳥だよ」
「・・・そのようですね」
フォセットにとってキリーは怖い鳥に見えていたからね。やっと理解してもらえて良かったよ。
「アン様、ただいま戻りました」
「ソフィ、見て!ネージュがキリーと一緒にあんなに高く飛んでいるの」
「まぁ、凄いです。飛ぶ仲間がいると心強いのでしょうね」
「そうかも」
仲間がいるといいよね。その仲間にアンも入りたいな・・・。
そんな事を考えていたら、フォセットと目があってしまった。
「ソフィが戻ってきましたから、私はお部屋に戻りますね」
フォセットが微笑みながら軽く会釈をして、あっという間に行ってしまった・・・まだキリーには慣れないと言う事かな?
「ピピピィ」
キリーと飛んで満足したのか、ネージュはアンのところに戻ってきて、上機嫌で何かを言っている。
「楽しかった?凄く高く飛べるようになったから、精霊樹のところまで飛べるかもしれないね」
「ピッ」
「グワァ」
キリーも戻ってきて、首を縦に振りながら返事をしていた。
キリーのお墨付きがあれば大丈夫かな?
今日はグー様にチョコレートを届けるため、朝早くから準備をしているの。
飛行服は黄色。
丈の短い服には小さいポケットが左右に2つ付いていて、そこにオランジュ色の小鳥が刺繡されていた。
足首までの靴は真っ白だから、汚さないように気をつけないとね。
ネージュとキリーは同じ生地で作った帽子のみ。オランジュ色の小鳥が刺繡されている。
「向かって右側に小鳥が来るように被せます」
ソフィがネージュとキリーに帽子を被せながら説明してくれたけど、帽子にも右と左があったの?初めて知ったよ。
しょうちゃん帽と同じ形だけどポンポンは付いていない、春仕様らしい・・・。
ネージュが翼を出して飛ぶようになったから、ポンチョはもう着せないことにしたの。
陛下にも伝えたから、フードで隠す必要も無くなったのと、翼の邪魔にならないようにするためでもあるの。
キリーは帽子を被ると眉が隠れて、ネージュと同じ金色の瞳が一層綺麗に見えた。もともと見えていたはずなのに、つい眉の方に視線が言っちゃうから瞳に意識がいかなかったせいだと思う。
凄く綺麗なのに・・・。
出かける準備が整った頃、ユーゴが厨房からチョコレートを受け取って戻って来た。
今日も護衛はユーゴとマクサンスとジュスタンの3人、チョコレートの入ったお土産用木箱はユーゴが運ぶのかな?保冷箱を使うとは聞いていたけど・・・。
マクサンスとジュスタンは大きな木箱を抱えている。
精霊樹のところでみんなで食べるお弁当をカジミールとコンスタンに頼んでいたからね・・・それにしても凄く量が多いね。
こんなに作ったの?
騎士達は食いしん坊さんが多いから?
庭に行くとお父様と護衛たちが待っていた。
「お父様、お待たせしました」
「ああ・・・体調に問題はないか?」
「大丈夫です、チョコレートは保冷箱に入れると聞いていますが?・・・あっ、セブランさん?」
「今日は、セブランが荷物を運んでくれることになっている」
「プレオープンの時にお会いしたばかりですが、またお会いできて嬉しいです。今回はアレクサンドル様より仕事を仰せつかりました」
「そうだったのですね」
「今日は罪な味を運ばせていただきます」
フッと嬉しそうにセブランさんが笑った。
罪な味の虜になったのか、それとも普段行くことない精霊樹に行けるのが嬉しいのかどっちだろう?
「セブランさんは・・・どこまで進んだのですか?」
これで通じるかな?
「私も漸く見えるようになりました・・・ですが言葉はまだはっきりと聞き取れません。それでも今回は末席で荷物持ちをする栄誉を確保しました」
「フフフ、そうだったのですね。それでは向こうに行ったらお手伝いをして貰ってもいいですか?魔力も消費しますが」
「新たな栄誉をいただけるのでしょうか?謹んでお受けいたしますよ、アンジェル様」
「よろしくお願いいたします」
冗談なのか真面目なのかよくわからない会話をしている間に、ユーゴとマクサンスとジュスタンが荷物を保冷箱に入れていた。
「騎士団長のルイゾンと10名の龍騎士は騎士団の訓練場の上空で待機しているはずだ。すぐに出発する」
「「「はっ!」」
お父様とお父様の護衛のイヴァンが最初に飛び立ち、後を追うようにキリーに乗ったネージュとアンと、マクサンスとジュスタンが飛び立った。
後ろの方でユーゴとセブランさんが飛び立つ気配がした。
そうか・・・お弁当が入った大きな木箱が2つもあったのは団長さんと龍騎士団の人たちだけでも11人もいるからだね。
量が多いのは、ユーゴたち食いしん坊さんの集まりがいるからだと思っていたよ・・・。
上空まで上がって少し進むと前方にたくさんの龍が見えた。飛びながら待機していたらしい。
合流すると、先頭はルイゾン団長。
その後方にお父様とイヴァンが並び、更にその後ろはキリーに乗ったアンとネージュで、左にマクサンス右にジュスタンがいる。
「後ろにユーゴさんとセブランさんがいますので、速さは変えずアレクサンドル様の後ろについて行ってください」
「はい」
「グワァ」
キリーと一緒に返事をしたらマクサンスが頷いていた。
マクサンスに声は掛けられたけど、前回のようなことがないように周りを固めるらしい。
もうきっちり反省したのに、まだ信用はされていない。
龍騎士団の人たちも、少し離れたところで飛んでいる。しかもアンの上と下に3体ずついる、残りの4体はどこだろう?・・・前にはいないから後ろかな?
もう寄り道はしないよ、困った事がない限り・・・だけど。
冬の時と違って、下の景色は黄緑や緑色になって、色とりどりのお花も咲いていた。
今日も晴れて良かったと思う。
すごく気持ちがいい。
周りは龍騎士だらけで、戦隊を組んで飛んでいるように見える。
凄く格好良いい・・・やっぱり龍騎士になりたいと思ってしまうよ。
キリーと飛ぶのも楽しいけど、龍にも乗ってみたい・・・もしネージュが龍だったら問題は解決するのにね。
ネージュも早く大きくなるといいな。たとえ龍じゃなくても乗せて飛んでくれたら、それはそれで楽しいはず。
「ピィ?」
ネージュが振り向いて何?って、聞いているのかな?
「ううん、何でもない。早く大きくなるといいね」
「ピッ」
元気よく返事をしてくれたけど・・・期待していいのかな?本当に乗せてくれる?
精霊樹の所に行ったら、ネージュの好きなフレーズを植えてもいいか、グー様に聞いてみよう?
ネージュの好物だと言ったら「いいよ」って言ってくれるかもしれない。
今回は何事もなく飛行を続けていたら、精霊樹が見えてきた。
雪がなくてもあの辺りは何か他とは違うとわかる・・・木や植物が大きいのは魔力で満ちているからだと思う。
グー様はいるかな?聞いてみたい事があるから、話を聞いてくれるといいな。
精霊樹に近づいて行くと精霊さんたちも増えてきた。
「きたー」「アーン」「きたー」
「こんにちわ、グー様に会いに来たよー」
「グーサマ」「罪ー」「待ってる」
罪な味を待っているの?・・・楽しみにしていたのかな?意外と可愛いところがあるのかもしれない。
お父様がアンの方に振り返り、フッと笑った。もう精霊さんたちの声が聞こえるからね。
マクサンスとジュスタンも聞こえたのか笑いをこらえるように口に手を当てていた。
精霊さんたちが言った事で、グー様の気持ちがみんなにばれちゃったから、ちょっと恥ずかしい思いをしているかもしれない。
今は黙っていてあげるね・・・グー様。
あれ?もしかして、精霊さんたちの声が聞こえると言う事は、何でも筒抜けってこと?
・・・アンも気をつけないと。
精霊さんたちと共に精霊樹の近くに降り立った。
冬に精霊樹を訪れた時は、グー様から貰った姫ポムの種を成長させたけど、今もそのまましっかり育っているね。
これから蕾をつける木、花が咲いている木、既に実がなっている木もあった。
地龍たちも沢山食べてくれたかな?冬に崖の近くで食べ物を探さなくても、ここに来れば食べ物がある。もう子龍が崖から落ちる事がなければいいと思う。
龍から降りた騎士たちが、精霊樹から少し離れたところで整列している。
セブランさんは保冷箱から綺麗な木箱を2つ出して、お父様に渡していた。
前回グー様は姫ポムを始めて口にして、満足してくれたみたいだから、今回のチョコレートも喜んで食べてくれるといいな。
マクサンスとジュスタンも保冷箱から荷物を出していた。あれはみんなのお弁当だと思っていたけど、祭壇に上げる物も入っていたらしい。
チョコレートとフレーズや木の実の入った木箱は蓋を開けて祭壇に上げていた。
「ピピイ」
フレーズの香りが漂ってきとたんネージュが反応した。
「後で食べられるからもう少しだけ我慢してね」
「ピッ」
「グワ」
なぜかキリーも返事をしていた。ネージュもおとなしくなったから、納得したのかな?
お父様とアンとネージュは並んで祭壇の前に立ち、お父様の後ろにルイゾン団長さんが、アンの後ろにはユーゴが並んだ。前回、グー様の話を聞いた人たちだ。
キリーはネージュの横にいることにしたらしい。
一斉に膝をついて、頭を下げた。
「グノーム様、お約束通り、チョコレートをお持ちしました」
「そうか・・・どれだ、罪な味と言うのは?」
いきなり上から降って来た声に驚いて顔を上げたら、祭壇に上がっている木箱をのぞき込んでいるグー様がいた。
お父様たちも驚いたのか、顔を上げて目を丸くしていた。
「ち、小さな木箱に入っております。味はミルク味とビターの2種類ございます。黒い方は甘さが控えめのビター味でございます。お好きな方からお召し上がりください」
「うむ」
お父様の説明でグー様は小さい木箱の方に手を伸ばした。ミルク味から食べるようだ。
「ほう・・・」
今度はビターに手を伸ばして、そして口に入れた。
「うん・・・」
また手を伸ばしてミルク味、ビター味と3回繰り返した。
「これは・・・人には自制心と言うものがあると聞いたことがある・・・我慢できているのか?」
「えっ?・・・は、はいそれはもう、我慢しております」
・・・そんなに我慢していたの?
食べ過ぎると太るとか、ちょっとだけ食べるからこそまた食べたくなるとか、価格が高いからとか・・・お父様が困ったような顔で答えていた。
黙って頷きながら聞いているけど、グー様は理解しているのかな?
「人の作ったものが癖になるとは、何と罪なことか」
グー様が啞然としていた。
「チョコレートは罪な味なのです」
アンが笑って答えると、神妙な顔で頷かれた。
・・・理解できたらしい。
「季節ごとでいい・・・我慢する。残りはあとでゆっくり食べるとするか」
「はい?」
季節ごとって・・・春夏秋冬で年に4回届けろと言う事?凄く気に入ったけど我慢するよと言う事?
「よし、用は済んだ」
アンが疑問の返事をしたら、了承したと思ったらしい・・・しかも年に一度ではなく4度。お父様の仕事が増えたよ。
そして『用は済んだ』ではない、まだ用事はあるよ。
「まだ用事は済んでいないのですが・・・あの、ここにフレーズを植えてもいいですか?ネージュが大好きなのです。地龍も食べるかもしれません」
「構わぬ・・・空いているところに植えると良い」
「ありがとうございます・・・ユーゴ、マクサンスとジュスタンも姫ポムの木から少し離れたところにフレーズを植えるから、土を耕して畝も作ってくれる」
「「「はっ!」」」
「セブランさんも手伝って貰っていいですか?」
「精霊樹の前で仕事とは、もちろん喜んでお手伝いいたします」
ニコニコして返事をしてくれた。
精霊樹の方を見たり、空の方を見たりしているから、精霊さんたちを目で追っているのかな?ここは精霊さんが多いからね。
土魔法で次々と土を掘り起こしていくと、龍騎士団の人たちも一緒に土を耕してくれた。
その間、ネージュはキリーと一緒に飛ぶ練習を始め、グー様が飛び回るネージュを目で追いかけている。
お父様も同じようにネージュをジッと見ていた。
ユーゴたちはもうすっかり慣れたもので、手際がよくあっという間に終わらせてしまった。道路整備で土を掘り起こしたり、固めたりしていたせいもあるよね。
畝の幅や高さが均一で一番きれいに作っていたのはユーゴだった。普段の態度と違って意外と作業が丁寧だから、もしかしたら几帳面なの?
種はユーゴが風魔法で飛ばすと言った。フレーズの種は凄く小さいから制御が難しいらしく、マクサンスとジュスタンはまだ無駄なく蒔く事が出来ないらしい。
「多少違うところに飛んでしまってもいいよ。あっちこっちに飛んでも芽が出て実がなれば、地龍たちが食べてくれるから。せっかくだからやってみたら?種もいっぱいあるもの」
「無駄が出ても構わないのであれば、やらせてください・・・ジュスタンも一緒にやってみないか」
「はい、是非やらせてください」
マクサンスのやる気でジュスタンもやる気になったらしい。
マクサンスはユーゴから種を受け取ると、風に乗せて種を飛ばし始めた。ユーゴより風は少し強いけど、なんとか全体に飛ばしている。畝から少しずれたかもしれないけど、ほぼきれいに飛んだと思う。
残り半分の畝はジュスタンが蒔き始めた。
ゆっくりと風魔法で少しずつ種を飛ばす。ユーゴやマクサンスとはちょっと違う。とても慎重でゆっくりと確実に飛ばしていく。マクサンスの作業時間の2倍はかかったと思う。制御に神経を集中させているのか、こめかみのあたりから汗が流れてきている。でも畝にきちんと飛ばしていた。二人はタイプが違うけど、どちらも良くできていた。
「いつ訓練していたの?制御が凄いよ。これだけできれば十分立派な種まき職人だよ」
「えっ?・・・種まき職人ですか?」
マクサンスは不満そうに聞いてきた。
「・・・龍騎士だけでいいような気がします」
ジュスタンがアンからそっと目をそらして小さく呟いた。
もう決まりだから諦めて、もう種まきは任せたからね。
「ユーゴ、薄く土をかぶせて水も撒いてね」
「わかりました」
ユーゴが慣れた様子であっという間に終わらせてくれた。さすが複数の職人の肩書を持つだけあるよ。
「次はアンの番だね。今日食べる分と、明日からの分と夏や秋、冬に食べる分と分けて育てるね」
最初は一斉に芽が出るように全体に魔法をかける。目が出て本葉が出たら、次は全体の4分の3に葉がたくさん出るまで魔法をかける。
葉がたくさん出た畝の3分の2は蕾が出るまで、最後は3分の2のうちの半分に実がなるまで魔法をかけ続けた。
実がなっている畝は、更に赤く熟すまで魔法をかけた。
「ユーゴ、収穫したら水魔法で綺麗に洗ってね。最初の一つはグー様に食べていただくから」
「はっ」
店にある畑のフレーズは、今年から収穫だけ孤児院の子たちの仕事にしていたから、ユーゴたちは久しぶりの収穫作業だ。
どこからか籠を持ってきてドンドン収穫している。慣れているから、凄く早いね。
「お父様、収穫が終わったら少し早いけですが、お昼にした方がいいでしょうか?」
「ああ、その方がいいだろう」
収穫作業が終わると、護衛たちは水魔法で凄く丁寧に手を洗っていた。綺麗好きな護衛たちらしい・・・今度は石けんも持ってきた方がいいかもしれない。
マクサンスとジュスタンは敷物を敷くと、セブランさんが保冷箱から出したお弁当をみんなに配り始めた。ユーゴがセブランさんに恐縮しながら、一緒にお弁当を配っていた。
セブランさんは周りの様子を見ながらお手伝いをしているのか、とても慣れているように見える。副団長の時にお父様の補佐をたくさんしていたからかも。
・・・凄くこき使われていたとは思っていないからね。
お父様とルイゾン騎士団長はグー様にお弁当を食べてみてはどうかと誘うと、お弁当にも興味を示していた。
お父様の斜め後で常に控えている護衛のイヴァンはセブランさんから受け取っていたお弁当の蓋を開けてお父様に渡した。
お弁当と言っても小さい木箱だけど、そのまま食べられるようにレーズンパンやクルミパン、黒コショウと燻製肉入りのエピパンが入っているの。
今日の主役は『塩唐揚げ』だよ。
野菜もちゃんと別に添えてあるからね。
塩唐揚げは鶏のもも肉を濃い塩水に漬け込んでおき、少し時間を置いてからもも肉を塩水から取り出して、綺麗に水分を拭き取る。もも肉は大きめに切って、全体に片栗粉をしっかりとまぶして油でカラッと揚げるだけ。
・・・だけど茉白の世界にあった『片栗粉』と言うものが、こちらにあるかカジミールに聞いてみたけど、思い当たるものはないと言われたの。
マイスの粉はあるけど、仕上がりは小麦粉の方がカリッとしていると言っていた。
カジミールは「小麦粉でも鶏肉は、美味しく食べられると思います。早速試してみます」と言って、作ってくれたの。
塩唐揚げの味や食感は誰も知らないから、小麦粉で揚げても違いがわからないよね。
今回は試食会をしている時間がなかったから、ユーゴは驚くかな?どんな反応をするか、ちょっと楽しみに。
食べるかどうかはわからないけど、グー様の分もしっかり用意してもらったの。
グー様はじっとお弁当を見つめて、クルミパンを手に取ると、ちょっとだけかじっていた。口に合うといいな。
次に食べ始めたのはお父様、エピパンを一口大にちぎって食べてから、塩唐揚げを見てアンを見た。
目があったから「美味しいよ」という意味を込めて頷いてみたけど、通じたかな?
あっ、食べ始めたから大丈夫だよね。
ユーゴが塩唐揚げを一口食べてから、目を丸くしてアンを見た。
「これは試食をしていませんよね」と言う目かもしれない。
「してないよ」と言う意味こめて横に首を振ると、悲しそうな目で頷かれた。
試食会がなかったことがそんなに残念だったのだろうか?今食べているのだから、今回は我慢してねという意味を込めて笑ってみた。
ユーゴは首を傾げて、塩唐揚げを見ている・・・通じなかったようだ。
あちらこちらから「美味い」「また食べられるのか?」と言う声が聞こえてきた。
これはいつかお食事をするお店がオープンしたら出すようにしようかな?騎士たちならたくさん食べてくれそうだものね。
でも塩唐揚げは誰でも作れそうな気がするから、みんなに作り方を教えてあげた方がいいのかな?
お父様に相談してみよう。
「アンジェル様、この鶏肉は美味しいですね」
「セブランさんのお口に合ってよかったです。塩唐揚げといいます」
「塩加減がいいですね。酒のつまみにもなりそうです」
「近いうちに屋敷に食べに来て下さい。お父様が美味しいお酒を出してくれると思います」
「それは楽しみですね」
お父様が苦笑いをしていたけど、それを気にする様子もなく凄く嬉しそうに答えていた。
セブランさんは絶対にお屋敷来てくれると思う。たくさん作って貰うようにカジミールに頼んでおこう。
塩唐揚げは騎士達に喜ばれ全部完食したようだけど、アンは二つで十分だったよ。
アンがネージュとキリーの口に、次々とフレーズを放り込んでいく。山盛りに置いていたはずなのにもうすぐなくなるね。
グー様はクルミパンを一口と切ったフレーズは食べたけど、塩唐揚げは食べていなかった。
「グー様は塩唐揚げがお口に合いませんか?」
「肉は食べぬ」
「くだものや木の実、そしてチョコレートだけですか?」
「今まで食べ物を口にする習慣はなかったからな。そういえば、アレクサンドルと他の何人かは精霊が見えるようになったのだな?」
あれ?今気がついたの?・・・チョコレートやお弁当に気を取られて、うっかりしていたのかな?気づいてくれ良かった。
「グノーム様の意向や我々の願いを伝えたく魔力を高めました。この4名の他にも精霊の姿が見え、声を聞く事も可能な者がおります」
「本来の形に近づきつつあると言う事か・・・最近はわずかだが地に魔力が増えたようだ、お前たちの魔力か?」
「魔力で地を耕し、道を整備し、峠も整えました」
「そうか・・・やるべき事を進めているのだな」
グー様は呟くように言った。
「グノーム様がおっしゃったやるべき事とは、この事だったのですか?魔力を増やすとは伺っていましたが」
グー様はお父様が質問をすると、それに答えずアンの方を見た。
「・・・アンよ、お前は何をするかわかっているのか?」
「・・・い、いいえ、何をすればよいのか、まだわかっていません」
何もわからないままここに来てしまったから・・・思わず俯いてしまった。
「グノーム様、伺いたい事がございます」
お父様がアンを庇うように前に出てきた。
「聞こう」
「アンジェルは周りの者より魔力量が多いですが、生まれた時から虚弱です。まだ成長期に差し掛かったばかりでございます。その成長期に更に魔力を増やしても身体に負担はないのでしょうか」
「人の身の事はしらぬ、人の身は人が管理すればよい」
「・・・さようございますか」
グー様にもわからないらしい。
「グー様・・・ネージュは魔力を必要としているみたいです。聖獣だからですか?魔力で育つとどれほど大きくなるのですか?」
「・・・ネージュは確かに魔力で育つ。どれほど大きくなるかは魔力しだいだ。だから魔力を増やせと言ったのだが?増やしているのか?ネージュは小さいままではないか」
「ピィピ!」
ネージュが不満そうに鳴くとグー様がネージュをじっと見た。
「・・・そうか」
グー様がネージュと目を合わせた後、何かを言いたそうにしていたグー様は口を閉ざしてしまった。
「グノーム様、恐れ入りますが、アンジェルはまだ子どもです。この先、何かをするとしても、大人が手助けしなければならないことの方が多いのです」
「なぜ精霊はアンを生かしたと思っている?・・・・光の子を失う訳にはいかなかったからだ。まして其方らは二つの命をこの地に置きたいと願ったであろう?その願いは叶えたではないか」
「はっ・・・そ、そのことは心より感謝申し上げております」
グー様が言っている命とはアンとお母様の事?
「人はすぐに成長して精霊の地に渡ってしまう・・・。のんきに構えている猶予はない。やるべき事は精霊巫女に伝えたと言うのに、なぜアンには伝わっていない?」
「申し訳ございません、精霊巫女イザベル様が精霊の地に渡られた後は、精霊巫女になるものは現れていないのです・・・そしてアンジェルは精霊巫女ではございせんから、情報は伝わってきません・・・」
お父様の言葉を聞きながらグー様を見ていたら、目があってしまった。あきらめと悲しみのような目だった。
グー様は目を閉じて、それからハッとしたように空を見上げた。
「ベルリュンヌ?こちらに来ているのか・・・」
グー様は呟くように言ってから、アンたちには見向きもせず消えてしまった。
空を見上げると白い月が半分欠けて出ていた。
まだお日様が出ているのに・・・月?
「グノーム様!」
お父様が慌てて呼びかけたけど、姿を現すことはなかった。
また夏に来たら姿をあらわしてくれるだろうか? それとも近いうちにまた会いに来たほうがいいのだろうか?
精霊巫女に伝えたと言っていたけど、伝えたのはイザベル様に?それとももっと前の精霊巫女?いったいどんな内容だったのだろう?
グー様が望んでいる先とは何だろう?
グー様に以前会った時はいつまでとは言っていなかった。だけど今度は「のんきに構えている猶予はない」と言う。
何を急いでいるの?それにベルリュンヌと聞こえたけど、誰なのだろう?
「お父様、グー様が消えてしまいました。それにベルリュンヌとは、どなたですか?」
「日を改めてまた来た方がいいかもしれないな・・・ベルリュンヌ様は月の精霊だ。日中に月が出ている時は、こちらにいらっしゃるのだと聞いたことがある」
「精霊の地とこちらを行き来する精霊と言う事?」
「事実かどうかは不明だが、グー様がこちらに来ているのかとおっしゃったから、そうなのだろう。ところでネージュは風魔法が使えるようだな」
「はい、昨日キリーと一緒に飛ぶ練習をした時から使い始めたようです」
「ネージュも聖獣なのだろうが・・・また聞きそびれてしまったな」
お父様の小さな溜息が聞こえた・・・また何も解決しないまま、帰る時間になってしまった。
次回の更新は11月14日「67、シャルダン・デ・ローズ ノール本店のグランドオープン」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




