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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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55、辺境伯令嬢の魔力増加計画(2)



 シャル兄様とノール本店の畑に通って今日で3日目。ちょっと疲れてきているから、あまり無理をしない方がいいかもしれない。

 これだけ頑張っているのだから、魔力量は少し増えていると思う。


 シャル兄様は午前中だけ学院に行って、終わり次第お店の畑に向かうと言っていたの。

 シャル兄様が畑に向かう前に、ネージュとユーゴ達で畑の確認をしておこうと思う。

 フレーズもいい感じで育っているね。昨日採り忘れたのか、いくつか赤い実が付いていた。

 ネージュは昨日食べたフレーズを思い出したらしく、毛に埋もれていたはずの手らしきものを伸ばしている。


「ピピイ、ピピイ・・・ピピイ」


 何度も鳴くので、一つだけユーゴに採ってもらいネージュに渡したら、思い切りかぶりついた。

 ・・・えっ?ネージュとアンの間にフレーズの赤い汁が垂れている。先に抱っこ紐を外して置けばよかったよ。


「・・・ネージュ・・・汁が垂れてアンの服まで汚れちゃった」


「ピィ?」


 そう言ってネージュを見れば、ネージュの口の周りも赤い汁だらけだった・・・。厨房の空き室に戻るまで、我慢させればよかったよ。もう汚してしまったものは仕方ないけど。

 急いで空き室に行って抱っこ紐を解いたら、赤くなったネージュとアンの服を見てソフィが「ヒッ!」と小さい悲鳴を上げた。


「ち、血じゃないよ・・・フレーズの汁なの」


 ソフィはネージュとアンを交互に見てほっとした後、一緒についてきたユーゴをちょっと睨んでいた。

 ユーゴはちょっと困った顔をしてソフィを見た後、アンの顔を見て何か言いたそうにしていた。


「アンがうっかりネージュにフレーズを丸ごと渡したから、こんなことになったの」


「丸ごとアン様に渡したのはユーゴさんですよね」


 ソフィの言葉でユーゴは固まったまま何も言わなかった。なんだか落ち込んでさえ見える。

 言い訳は通らなかったよ・・・ユーゴ諦めてね。

 ユーゴはソフィに弱みでも握られているのかな?ソフィには反論しないんだね。アンには不満そうな顔をしたりするのに。

 ・・・なぜだろう?


 ソフィは渇いたハンカチをアンの服の内側に入れて、濡らしたハンカチで表側をトントン叩いた。3度ほど繰り返すと赤い色は目立たなくなり、風魔法でぬれた部分を乾かしてくれた。

 ほっとしていたら「時間が経つとシミが浮き出てきますから、帰ったら石鹼で洗いますね」と言っていた・・・余計な仕事を増やしてしまったよ。

 まだまだ赤ちゃんのネージュはフレーズを抱えたまま、ソフィと一緒に空き部屋で待っていてもらう事にした。

 真っ白いネージュが口の周りと手と胸を赤くしているから、ソフィが水魔法で丸洗いするよ・・・きっと。

 泣かないでね・・・ネージュ。



 ノール本店はひとまず今日で最後にして、明日からは屋敷の西側と東側の敷地を耕す予定なの。

 西側の並木道の右奥の土地を使ってラディを育てるつもり。木が視界を遮ってくれるから、歩いている道からは畑で何が植えられているか見えにくい。何より安心なのは家族と護衛以外は誰も行かない場所と言う事。

 東側は途中まで馬車で行くけど、後は徒歩になる。

 オルタシアンの低木のところまでまっすぐ歩き、そこから北に向かって行くと広い土地がある。

 今の時期はまだオルタシアンが咲かないから、ベル兄様が言っていた雨に濡れた美しいオルタシアンを見る事が出来ないの・・・夏にここへ来られたらいいなと思う。その時は美しいオルタシアンが見られるはず。

 もしかしたらオルタシアンの精霊にも会えるかもしれない・・・今から楽しみ。

 敷地内が広いお陰で色々育てられるから凄く助かるよね。


 王都のお店の裏側や屋敷の裏にも畑を耕してフレーズを育てたいな。採れたてのフレーズは凄く美味しいからね。

 フレーズの苗は1株、2株と数えるらしい。どんどん育てていくと、横からツルが出てきてそれが新しい株になって増えていくの。1つの苗から2本から3本のツルが出る。翌年は凄い数の株になってしまうから、古い株はどんどん処分しながら調節しないと畑から溢れてしまう。畑の管理者は必須かな?これはお父様に要相談案件だね


 あとは・・・土地に余裕あれば姫ポムをもっと育てておいた方がいいかもしれない。それと、心配なのは天候が荒れて不作になった時の事。

 以前パトリック伯父様が、不作の時の為に豚大根の種を備蓄してあると言っていたから、フレーズと姫ポムとラディの種は多めに保存しておいた方がいいよね。

 フレーズの種を取るのが1番大変だけど、ソフィに頑張ってもらおう。

 魔法を使ってあっという間に育てては食べているけど、魔力を使わずに畑仕事をしている人は時期と天候を確認しながら種を植えて、芽が出たら生育状態を見守り、熟す頃合いに収穫する。

 春から冬の初めまでずっと管理していると思うと、ちょっと尊敬しちゃうよ。

 農業生産者さんありがとう。食べ物ありがとう。


 今年はお店用の材料がほとんどない状態だったから、急いで収穫する必要があったけど、来年からは時期に合わせて育ったものが採れるようになるはず。

 精霊さんたちが早く出てきて戸惑う事も無くなるよね。

 シャル兄様だけでなくノル兄様やベル兄様も早く畑作業を始められるといいのに、そうしたら早く精霊さんたちに出会えるよ・・・きっと。




「アン、何か食べるものはあるか?学院から真っ直ぐ来たから、お腹が空いているんだ」


 シャル兄様がやってきていきなり空腹だと訴えている。

 たしか学院に行く時に、サンドウィッチを持って行ったと聞いたけど、違ったのかな・・・?

 これから畑仕事・・・じゃなくて魔力増加のための作業があるから、ちゃんと食事は摂らないとだめだよね。


「今日は本店の厨房でパンケーキを焼いてもらったの。予備の粉があるからアムールの分も焼いてもらって、一緒に食べたらいいよ。それとシャル兄様が好きなシナモンじゃなかった・・・カネルがあるからノールシュクレと一緒にパンケーキにかけたらいいよ。カネル入りミルクティーも美味しいよ」


「そうか、パンケーキはいいな。はちみつはあるか?」


「もちろんあるよ。フレーズジャムも作ってあるから、それを掛けて食べてもいいけど、食事風にソーセージとウッフ焼きとサラダを添えても美味しいから、両方食べたらいいよ」


「そうか!美味そうだな。アムールすぐに行こう」


「はっ!・・・ところでパンケーキとは?」


「説明を聞くより食べた方が早い、行くぞ」


 シャル兄様は護衛を引っ張って、あっという間に行ってしまった。戻ってきたら頑張って畑を耕してよ。



 ご機嫌な顔でお腹をさすりながら戻って来たシャル兄様は、パンケーキが好きだから沢山食べてきたらしい。多めに用意をしておいて良かったよ。


「食事風も美味かった」


「私は食事風のパンケーキが好きです。これもお店で食べられるのでしょうか?」


「パンケーキは秋から出す予定なの。だから、今日食べた事はまだ秘密ね」


「ああ、わかった」

「・・・わかりました」


 アムールはちょっと残念そうな顔をしていた・・・また弟に食べさせたいと思っているかもしれない。秋までは待ち遠しいかもしれないけど、その前に春に出るものを全部制覇して欲しいと思う。兄弟で頑張ってお店に通ってね。




 シャル兄様は張り切って畑を耕してくれたけど、夕方にはひどく疲れてきっていた。


「・・・あ、明日は・・・休みたい」


 シャル兄様は目の下が薄っすらと黒くなり、そして涙目だった。

 頑張り過ぎ?うーん・・・楽しくて頑張り過ぎた?・・・でも休みたいと言っているから違うかな?


「無理はしないで・・・明日はゆっくり休んでいいよ。明後日から屋敷の西側を耕すの、そこが終われば東側だから、庭で待っているから、一緒に行こうね」


「・・・ま、まだあるのか。そうか・・・わ、わかっ・・・た」


「無理をしないように何度も声を掛けたのですが、もう少しだからと頑張られてしまって・・・」


 アムールの注意も聞かずやり過ぎたらしい。ガックリ肩を落としたシャル兄様をアムールが支えてトボトボと帰って行った。


 仕方ない、休ませてあげるよ・・・パンケーキが美味しかったから、張り切り過ぎたのかもしれないね。





 今日はシャル兄様がお休みだからアンだけだと思っていたら、ベル兄様と護衛のクレマンがお昼にノール本店にやって来た。


「ベル兄様、畑仕事に来たの?」


「用が済んだから、アンの様子を見ようと思ってね・・・今日はガスパール様とエミール様に会って来たよ。王都のプレオープン後、1年ほど南の大領地に行って不在になるからね。その間ブラノワやリュックなど商会の事は、父上に連絡してもらうように伝えてきたよ・・・それと頼まれていたカモミーユの種をエミール様から買ってきたから、ユーゴに預けて置けばいいかな?」


「うん、お願い。今日中にカモミーユの種まきができるね、凄く嬉しい!ありがとう・・・あれ?商会の事はノル兄様ではなくてお父様なの?」


「ノル兄上は王都のプレオープン後は、暫く王都に残るんだ。1年後、私が王都に戻ったら、兄上は北に帰る予定だよ」


「屋敷はベル兄様だけじゃなくて、ノル兄様まで不在なの?」


「そうだね・・・でもノル兄上は時々北に戻ると聞いているけど」


「・・・知らなかった」


 いろいろなものを思い付きで作ってしまったせいで、ノル兄様まで王都に滞在する事になったのかな?知らなかったよ、2人ともいなくなるなんて・・・淋しすぎる。


「アン・・・?1年なんてあっという間だよ。いい子で待っていて・・・?」


 ベル兄様・・・語尾が疑問形になったよ・・・いい子でいると思ってないよね・・・?いろいろとお父様たちを驚かせた前科があるから仕方ないけど・・・。


「できる限りいい子でいるように頑張る・・・」


「フフフ、できる限りと言うところがアンらしいね」


 いい子にしているつもりでも、周りがどう判断するかまではわからないもの。淋しくて暴走しても知らないよ。

 そう云えばノル兄様はランベール夫人やミラ達の事を何か聞いているかな?


「ノル兄様、ガスパール様はお元気だった?ランベール夫人はどう?ミラやタイス、レオは・・・?」


「そんなに慌てて沢山の質問をしなくても、私はもう少しここにいるよ」


「あっ・・・つい・・・ごめんなさい」


「フッ、大丈夫だよ・・・ランベール夫人は随分元気になられているそうだよ。プレオープンには必ず出席したいと張り切っていらっしゃって、久しぶりにランベール夫人ご自身でドレスを新調したらしい。ガスパール様が嬉しそうに話してくれたよ」


「ドレスを?それじゃあ車いすに乗って、外出も出来るようになったの?」


「外出をしているかまでは聞いていないけど、車いすで食堂に行って、家族で食事をするまでになっているって、かなり回復されているようだね・・・ミラとタイスの影響が大きかったと、アンに感謝していたよ。ミラとタイスは以前見た時よりかなり大きくなっていたけど、まだまだやんちゃな仔犬だったよ。ランベール伯爵家でのびのびと育っているのがわかるよ。レオは部屋の扉に張り付いて番犬のようになっていたけど、エミール様がやってくるとそばに行ってくつろいでいたから、すっかり家族の一員になったようだね。もう心配はいらないと思うよ」


「良かった」


「安心したかな?・・・折角ここまで来たから一緒に種まきをしよう」


「アンたちはこれから昼食なの、ベル兄様たちも一緒に食べよう?」


「それは嬉しいな、昼食をとらずにこっちに来てしまったから。クレマンも喜ぶよ」


「今日はノール本店の料理人がいろいろなパンを焼いているから、試食も兼ねて食べることにしたの」


「店用のパンかい?それは楽しみだね。」


「ブーランジェリー・マシロのパンだよ。マシロパンにクルミパン、レーズンパン、そら豆とチーズのパン、それと・・・黒コショウと燻製肉入りのエピパンにハムとチーズのバゲット、アンの好きなクリームチーズと姫ポムのパンとチョココロネ、シャル兄様が好きなシナモンシュガーパンもあるの。ドーナッツのプレーンとノールシュクレかけとジャム入りパンや蒸しパンは次回に作るって言っていた」


「凄いね、全種類を記憶しているのかい?」


「うん、作ったものは・・・忘れないよ・・・マシロパンにはジャムをつけもいいし、バターだけでも美味しいの」


「そうか・・・でも全部は食べきれないかもしれないね」


「好きなものだけ食べてもいいよ・・・飲み物はカフェアロンジェ、フレーズミルク、フレーズティーと紅茶だよ」



 ユーゴとマクサンスとジュスタンと屋敷の護衛、そしてクレマンは全種類制覇した・・・。

 護衛騎士ってこんなに食べるとは思わなかったよ・・・9個だよ、凄いね。サラダもあったけどそれも食べていたよ。

 飲み物も全種類飲んだらしい・・・みんな食いしん坊さんだった・・・。

 ベル兄様も頑張ったけど、5個までだったと言っていた。大食い大会じゃないから無理しなくていいのにね。

 大食い大会って茉白の世界にあったらしく、パンを何十個も食べるらしい。お腹はどんどん膨れても平気な人なのかも。いつかその大会をやってみてもいいかもしれないね。全部食べたら無料とか・・・。

 でも折角ならゆっくり味わってほしいから・・・実現しない方がいいとは思うけど・・・。


「さて、お腹も満たされたから、始めようか?」


「うん!ベル兄様と畑仕事!」


「フフッ・・・魔法増加訓練だよ。なんだかすっかり農業生産者みたいだね」


「育てるのも、食べるのも楽しいからどっちでもいいかな?」


「そう・・・アンは楽しんでいるのだね。とてもいいことだよ」


 今日はクレマンがいるので、ユーゴが畑仕事・・・ではなくて魔力増加訓練をする事になった。


 ベル兄様とユーゴは畑を耕してから畝を作り、風魔法で種を蒔き、水も撒いてくれた。2人がそれぞれ担当した畑はシャル兄様がやっていた広さと変わらないけど、あまり疲れた様子がなかった。2人ともシャル兄様より魔力が高いのかな?


 ベル兄様にシャル兄様が疲労困憊で今日はお休みだって伝えたら、魔力制御をもっと覚えた方がいいと言った。

 シャル兄様は元々魔力が多いから、制御しなくても魔力を使い続ける事が可能だけど、さすがにこの広い畑を耕して均した後に畝まで作ると、制御しながらやらないと魔力が一気に減って、疲労を感じてくるらしい。

 ・・・シャル兄様の疲労は魔力を制御しないからだったよ。


「父上はこの広い畑を2、3日で耕してしまうとは思っていないから、魔力制御の話をされなかったのだと思うよ」


「やり過ぎたってこと?」


「そうだね・・・子どもがやる範囲ではないと思うよ。アンは規格外だから気が付かなかったかもしれないけどね」


「魔力増加が目的で短い時間だから問題はないのですが、長距離を移動する龍騎士は制御を覚えないと危険です。龍に魔力を渡したり、飛んでいる時は風魔法で自分の身体を覆ったりして、常に魔力を使っています。魔力制御は必須です」


 ユーゴが真面目な顔で教えてくれた。


「そっか、アンも覚えておいた方がいいよね」


「そうですね、魔力の多いアン様は違う意味で絶対に覚えた方がいいです」


「違う意味?」


「龍に乗るためではなく、危険から身を守る為に使う魔力は必要です。相手を攻撃することはないと思いますが、やもう得ず攻撃しなければなら場合は、命を脅かす程の攻撃をするか、脅し程度の攻撃をするかは、制御が出来れば選択できます」


「そんな事もあるの?」


「そういう事がないように護衛がいます。例え話ですから、安心してください」


「・・・うん・・・魔力が高ければ良いと言う訳でもないの?」


「高い方が絶対良いです。特に龍騎士希望者は、魔力が低いと龍から選ばれません」


「龍騎士は全員魔力が高いと言う事?」


「そうです、火の属性があれば火龍から選ばれますが、それでも風の属性は必須です」


 ユーゴやマクサンスとジュスタン、兄様たちの護衛もみんな優秀だったのね・・・。偉そうにしたりしないから優秀だって気が付かなかったよ・・・雑に扱ってなかったよね?大丈夫かな?

 ユーゴの話からすると、アンは龍騎士としての条件は整っているよね・・・なんだか顔がニヨニヨしちゃう。

 龍舎に通いだしたシャル兄様は今から制御を覚えておけば、龍に選ばれた後の訓練が楽になると言っていた。アンも覚えておけば将来必ず役に立つんはず。シャル兄様が学んでいる所をこっそり見て学べるかも・・・いいことを聞いたよ。



 ベル兄様とユーゴの畑仕事が終わったから、今度はアンが成長魔法をかけた。すぐに食べる分とこれからお店で使う分とで、それぞれ魔力の量を調整した。

 ベル兄様が嬉しそうにフレーズの方を見て言った。


「アン、あそこに精霊がいるよね?」


 ベル兄様の言葉に驚いてしまった。たった1回の畑作業で精霊が見えるなら、もともとシャル兄様よりも魔力が高いという事だよね?


「・・・も、もう見えるようになったの?」


「以前からぼんやりだけど、見え始めていたんだ。はっきりとは見えてはいなかったから誰にも言わないでいたけど、やっとはっきり見えるようになったよ」


「先に訓練していたの?」


「仕事で魔力を使っていたから、自然に訓練になっていたのかもしれないね」


「仕事・・・?」


「アンがコピーという魔法を考えただろう?それを覚えてから、毎日のように車いすの説明書や店のメニュをコピーして、多い日は100枚以上もコピーしていてね。さすがにきつい日もあったけど、おかげでかなり魔力が増えたと思う。今見えている精霊は頭に白いフレーズの花をつけているね」


「見えるようになって良かったね。フレーズの精霊さんで間違いないよ。もうすぐ声も聞こえるようになるよ、きっと」


「楽しみだよ。目に見える成果は明日の活力になるから、毎日頑張るよ」


「うん・・・ユーゴももっと畑を耕して、明日の活力を作ったらいいよ」


「見た目では畑を耕しているように見えますが、魔力増加訓練と言って下さい」


 ちょっと不満そうな顔をして、ユーゴに訂正を求められちゃったよ。


「わかった、畑訓練だよね」


 畑訓練も気に入らなかったらしい・・・ユーゴはこちらをチラッと見ただけで返事をしてくれなかった。




 5日目の今日は朝から屋敷裏の西側にある並木道の右奥へ、馬車2台で移動することになった。1台目はノル兄様とシャル兄様とアンの3人。ネージュは当然一緒でアンの膝の上にいる。ソフィはお昼の荷物と一緒に2台目の馬車に乗っている。アンとノル兄様とシャル兄様の護衛騎士で5人、屋敷の護衛が4人もいるから馬で並走してもらう事になった。

 ノル兄様がシャル兄様に魔力の制御を教えるために、時間を作ったらしいの。一緒に勉強できるね。これができるようになったら、龍騎士に近づくような気がする。また顔がニヨニヨしちゃうよ。


「ベル兄上が精霊の姿が見えるようになったと聞いたが、そんなに魔力を使っていたのか?」


「仕事で毎日たくさんの魔力を使っていたらしいの」


「そうか・・・やはり毎日使わないとだめなのだな・・・」


「ベルは仕事でこられないから、私がシャルに魔力の制御を教えるよ。制御を覚えると強くしたり細くしたりする事で、魔力を長く出し続ける事も可能になるからね。シャルは龍に選ばれた後は、1年間訓練期間に入るだろう。制御を覚えれば、龍の騎乗も早く出来るようになるはずだよ」


 シャル兄様はノル兄様の話を真剣に聞いているけど、まだ龍に選ばれてはいないみたい。龍舎に通いだして4日しか経ってないからね。


 馬車が止まると先に降りていく兄様たちの後に続く。

 ここは何もない・・・草原のような敷地を見渡した・・・うん、広いね。ノール本店よりもずっと広かったよ。

 敷地全部ラディ畑にするつもりなの。人目も付きにくいから安心して育てられるね

 ここを全部耕すのはかなり大変かも・・・やれるところまで頑張ってね、ノル兄様とシャル兄様・・・。



 シャル兄様の制御がなかなかうまくいかないまま、6日目を迎えた。

 今日は早く庭に来て、ノル兄様を待っていたら、先にシャル兄様が護衛と共に来た。少し遅れてノル兄様がお母様と一緒にやって来た。


「やっと参加できるわ」


 なんと、お母様が参加されるらしい・・・何だか楽しそうだよ。もしかしたら畑仕事が好きなのかな?


「今日は屋敷の東側にある丘の方に向かうの」


 皆に声を掛けて馬車に乗り込んだ。


「急いで仕立てたのよ」


 馬車の中でお母様が嬉しそうに言った・・・。まさに衣装と呼ぶには相応しい手の込んだ服を着ていた。

 細身のパンツは薄いクリーム色で踝丈、そのパンツの上に透けるような薄くて柔らかな生地がスカートのように付いていた。しかもローズと同じグラデーションの色。腰のところはクリーム色で下に向かって徐々にオランジュ色から赤い色に変わっていく。服もパンツと同じ色で、詰襟のようになった部分には小さな宝石が縫い付けられていた・・・。まさか・・・琥珀なの?胸の部分は銀糸で蔦の葉のような刺繍が施され、袖はパンツの上のスカートと同じグラデーションの生地・・・。畑仕事にこれ程の衣装を用意したのですか・・・お母様?

 靴は畑仕事だというのに白いブーツだよ。


「お母様・・・とても素敵な衣装ですが・・・汚れてもいいのですか?」


「あら、汚れるのはイヤよ」


「は、畑に行くのですよ・・・ね?」


「ええ、そうよ。汚れないように気を付けるわ。実家でも仕事を時々手伝っていたから大丈夫よ」


「ソウデスカ・・・」


 思わず返事が棒読みになってしまったよ。お母様は元伯爵令嬢だから本当の畑仕事を知らないのかもしれない。

 ノル兄様は何も言わないけど・・・心配をしていないのかな?



 馬車が止まるとノル兄様が先に降りて、それからシャル兄様、お母様、最後にアンが降りた。

 ここは以前ベル兄様と龍を見た丘がある所。龍騎士に憧れた日の事を思い出して、おもわず空を見上げた。

 今日も訓練があるといいな・・・また見たいな。


「ここから歩くのか?」


 そうだった、ぼんやりしちゃったよ。視線を道に戻すと、少し先に以前見た低木があった。


「うん、少しだけ歩くよ・・・シャル兄様、あそこの低木はオルタシアンと言うの。雨が降る時期に見るととても美しいらしいの」


「そうなのか?」


「毎年、アレクサンドル様と雨の日に来ているわ、とても綺麗よ」


 お母様は毎年見ていたのですね・・・しかもお父様と一緒に。ちょっと羨ましい・・・。夏の雨の日には忘れずに必ず誰かと一緒にここへ来ると、胸に刻んでおこう。


「今日は畑だから、ここの道を真っ直ぐ行かないで北側の道に向かの。真っ直ぐ行くと丘に行ってしまうから」


 シャル兄様に『頑張って耕してね』という思いを込めて、にっこり笑ってみた。


 少し歩くと向こう側の奥に塀らしきものが見えるけど、とにかく広い土地だった。土地の半分は姫ポムを育て、残り半分は季節に合わせた木を育ててみたいと思っているの。夏はペーシュ、秋はオランジュやスィトロン、いがが痛そうだけどシャテニエも植えたい。早く種を集めないとね。


  ノル兄様は魔力の制御で苦労しているシャル兄様に、掌で操作するのではなく、指先で操作するように言っていた。

 最初は指先から魔力を出す事が出来なかったみたいだけど、徐々に指先全部から魔力が出るようになったらしい。


「指3本まで絞れるようになったぞ」


  嬉しそうにシャル兄様が言った。


「初日でこれだけ出来るのはとても優秀だよ」


 ノル兄様が褒めていた。褒めて伸ばす指導らしい。

 アンが指先1本で魔力が出せる事は、シャル兄様には言わないでおこう・・・。コピーをする時に散々練習したからね。


  半分くらい畑が耕されてくると、お母様は畑から離れた場所で風魔法を使って種を飛ばしていた。

  あんなに飛ばせるものなの?しかも操作に狂いがなく1粒1粒を等間隔に蒔いていっているらしい。アンだけじゃなく兄様たちやユーゴ達も驚いていた。

 そして種まきが終わると、右手の風魔法で土を巻き上げて、種が飛ばないようにそっと土をかける。すぐに左手で水魔法を操作して土の上に水を撒いていく。

 余りの手際の良さに、みんなで見入ってしまい作業が止まってしまった。


「手を止めないで、畑を耕して頂戴。私の方は終わったわよ」


  微笑みながら指示を出すお母様の衣装は、全く汚れていなかった。当然白いブーツにシミなどついていない。

  シャル兄様は無言で指を振り、ノル兄様もお母様に負けたくないのか両手で魔力を使い、アンも畑に近寄らず遠くから種を成長させてみた。

 遠いと種から芽が出たのかがわからない・・・。もっと成長させるしかないよね。両手の指先から魔力を出して右に左にと成長させると、若木のようになっていきやっと見えるようになった。今植えた姫ポムは夏に収穫出来ればいいかな?もう少し大きくしておこう。

 どんどん成長させて木は伸びていく、葉が出て蕾が出て来た。


「今日はこのくらいでいいかな」


 一仕事終えたよという気分で、お母様を見たら目が丸くなってちょっと口が開いていた。


「お母様?どうされたのですか?」


「アンの事は話に聞いていたけれど、実際にみると・・・凄く驚くわね」


「えっ?お母様の魔力操作の方が驚きましたけど?」


「私の操作は兄たち家族もほとんど出来るのよ、牧草が沢山必要になったり、鶏の餌にする野菜を育てたりしているもの。魔力制御の練習も兼ねてお手伝いしていたのよ。ここでも役に立つとは思わなかったわ」


「そ、そうでしたか・・・」


「でも、これくらいでは少ししか魔力が増えないわね・・・」


 毎日やり続けないと沢山は増えないと言う事だよね・・・。もっと続けるには土地が必要だけど、山や谷を掘り起こすわけにはいかない。そう云えば、道路整備をするって言っていたけど、いつするのかな?


「龍騎士団や護衛はどうされるのでしょうか?」


「道路整備をそろそろ始めると父上がおっしゃっていたから、私はそちらにも参加するつもりでいるよ。シャルと母上は屋敷内で道を広げたり、(なら)したりするらしいね」


 お母様ではなく、ノル兄様が答えてくれた


「アンもしたほうがいい?」


「もっと魔力を増やさないといけないと言われているらしいけど、魔力を増やし過ぎると身体の負担が大きいから、アンの場合は体調を見ながら慎重に進めないとね」


「グー様はいつまでとは言っていなかったから、ゆっくりでいいのかな?」


「今度、グノーム様に伺ってみたらどうだろうか?」


「・・・うん」


 ノル兄様の言う通り、いつまでなのか聞いてみよう・・・もしすぐにと云われても無理だけどね。


「・・・無理をしてほしくはないわ」


 お母様が心配そうに声をかけてくれたけど、頷いて微笑むしかなかった。


 ようやくシャル兄様が指先の操作になれ、2本で操作が可能になった頃、予定の場所は全て耕されていた。


「今回の畑作業はお終いなの。お疲れ様」


 みんなで頑張ったよね。


「終わったのか・・・凄く頑張ったぞ」


「うん、耕すのは終わったけど、今度は苗に水をかけてほしいの。毎日違う畑に水魔法で水を撒いてね。1度に沢山撒くと種が流れたり、苗が傷んだりするから少しずつ撒いてね」


  シャル兄様は「えっー!」と叫んで、畑に膝をついていた。


  ・・・頑張れシャル兄様。



 次回の更新は8月29日「56、辺境伯令嬢は学院に行く」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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