49、ひ弱令嬢は精霊樹へ向かう
「アンジェル様、アレクサンドル様とステファニー様がお見えになりました」
ソフィの声がする方に振り向けば、既にお父さまとお母さまが扉の所に立っていた。
「お父さま、お母さま」
「漸く目覚めたか」
「起きていても大丈夫なの?」
2人が心配そうにアンのそばに来て、顔を覗き込むように聞いてきた。
「心配を掛けてごめんなさい・・・もう大丈夫です」
「ピッ?」
ネージュが不思議そうに首を傾げている。
「ネージュ、アンのお父さまとお母さまよ」
「ピピッ」
「随分と魔力を必要としたようだが・・・お前はネージュと言う名前を付けてもらったのか?」
「ピッ」
ネージュが返事をした。
言葉は理解できるみたいだし、声も見た目もキリーよりずっと可愛い・・・でもそれを言葉にして言うとキリーが拗ねそうだから今は言わないでおくよ。
「まぁ、見た目も声もなんて可愛らしいの、抱きしめていいかしら」
「ピィ?」
あっ、お母さまが言っちゃった・・・そしてもう抱きしめて頬ずりまでしている。
チラッとキリーの方を見たら、キリーがジッとお母さまを見ている・・・キリーも可愛いよって言ってあげたいけど・・・今キリーに声を掛けるとお母さまがまた何か言いそうだから黙っていたほうがいいかも。
「アン、魔力の暴走について確認をしたい。体調に問題なければ話をしたいのだが・・・」
「はい、大丈夫です」
「3日間も目覚めなかったが、もう魔力は回復しているようだな」
「ご心配お掛けしました、大丈夫です」
「そうか・・・」
お父さまはネージュに頬ずりしているお母さまを見て、「コホン」と咳をした。
お母さまは残念そうにネージュをアンに返してくれたけど・・・かなり気に入ったみたい。
お母さまの動きを目で追っていたお父さまもネージュを見ている・・・頬ずりしたいのかな?ネージュのようなかわいい子が欲しいのなら、2人であの崖下に行って卵を探してみるのはどうだろう?
「コホン・・・アンはなぜ魔力が暴走したと思う?」
「お父さま、あの・・・キリーがペタンコになる前、アンの魔力を取り込んでいました。だから・・・卵も魔力がいるのかもしれないと思って、毎日少しずつあげていました。でも、今回は魔力が勢いよく引き出されて、止まらなくなって・・・」
最後まで言えずに俯いてしまった。
暴走すれば魔力の大きさにもよるけど、自分自身だけではなく周りにあるものも吹き飛んでしまうと知識では知っていた・・・でも自分が暴走するとは全く考えていなかった。
魔力は使い慣れて来ていたけど、植物と違って生き物には意思があった。
キリーは様子を見ながら加減をし、気を遣ってくれていたと今ならなんとなく理解できる。
でも卵に意思があるとは全く考えてなかった・・・アンの認識不足が招いた暴走だ。
「ごめんなさい、アンの考えが足りなかったです」
「わかっているなら、生き物に魔力を与える時は事前に相談すると約束しなさい」
「・・・はい」
「アンの部屋に飛び込んだ時は生きた心地がしなかった。ユーゴの風魔法が破壊されかけていたし、屋敷が飛ぶかと思ったぞ。キリーが風魔法で囲み、アンの魔力を抑えたようだ。アン、キリーに感謝をしなさい・・・キリー、アンを救ってくれた事に改めて礼を言う」
「グワァ」
キリーが首を縦に振っていた・・・ちょっとだけ胸も張っている。
「だが、キリーが脱皮してアンを驚かせ、泣かせたことは許さん・・・2度とアンを泣かせるな。今度脱皮する時はアンのいない場所でするように」
「グ、グッワァ」
キリーが珍しく持ち上げられたと思ったらすぐに落とされた・・・。
キリーがショボンとしているよ。
「それから、アンはフォセットも労うように・・・フォセットが庭に出ていたキリーを呼んでアンの部屋に行くように伝えたと聞いた」
「えっ?フォセットがキリーを呼んだのですか?」
「キリーを怖がっていたようだが、アンを助けなくてはと思ったら庭に向かって走っていたと言っていた。キリーに声を掛け屋敷に入るのを確認したが、そのまま庭にしゃがみこんで立てなくなったらしい。護衛がフォセットを見つけ、部屋まで運んだと聞いている」
それって腰が抜けたの?しかも庭の雪の上・・・フォセットはそれだけ必死だったんだ・・・そ、それは感謝しないと。
「教えて頂きありがとうございます、フォセットには必ずお礼を言います」
お父さまは納得したのか頷いてくれたけど・・・すぐにネージュの方を見た。
「ピピッ?」
「ネージュ・・・お前にも言わないとな。アンを気絶させるほどの魔力を引き出すとは・・・遠慮と言うものはないのか」
「ピピッ!」
怒られたのが解ったのか、フワフワの体がすり寄ってきた・・・涙目になっているよ。
生まれて3日目で、叱られるとかちょっとかわいそうかも。
「お父さまはアンが気を失ってから、仕事も手に付かないくらい心配していたのよ。だから、これ以上心配をかけないようにしなくてはね」
「・・・はい」
「グワァ」
「ピッ?」
揃って返事をしたらお母さまは頷き、アンが抱いていたネージュをひょいと持ち上げて「可愛い」と言って抱きしめていた。
お母さまにはあげませんからね・・・1年近くも大切におんぶしてきたのだから。
「魔力が収まりかけた頃にはアンは気を失っていたと聞いたわ、私が駆け付けた時、アンは割れた殻を頭に被ったままの白い子を抱いていたのよ。それを見た時にはとても驚いたわ。もう可愛くて・・・いえ、それよりアンの事をとても心配したのよ・・・でも、アンにはキリーもいてお世話が大変でしょう。私がお世話してもいいのよ」
お母さま・・・ネージュに頬ずりしながら言うのは止めて下さい。
「ピッピィー?」
「ステファニー・・・可愛いと言うのは理解できるが、アンの魔力で生まれてしまったものは、アンにしか育てられない。返しなさい・・・私というものがありなが・・・コホン、か、返しなさい」
お父さまのお耳が赤いのは、やきもち?やきもちなの?・・・ネージュに?
「ブホッ」
扉の所でユーゴの吹き出す声が聞こえた・・・ユーゴには我慢と言うものがないの?
「あら?・・・フフ、そうだったわね・・・」
お母さまはネージュにもう1度頬ずりをしてからアンに返してくれた。
そして子供の前でお父さまと見つめ合うのは止めて下さい。
「ゴホッ・・・アンはもう少し休みなさい。体調を見て問題ないようなら3日後に、北の精霊樹に向かって出発する」
「わかりました・・・あの・・・ネージュも一緒に行っていいですか?」
「・・・いいだろう、寒くないようにしてあげなさい」
「はい」
恨めしそうにネージュを見てから許可してくれたけど・・・お母さま大好きのお父さまだからね。
お母さまがお父さまに「夕食後はゆっくりとサロンでお茶にしましょう、ラム酒入りのバターケーキが食べごろらしいの」と誘っていた。
お父さまはニコニコしながら頷き、お母さまと一緒に漸く部屋から去って行った。
・・・我が家はお母さまが動かしているのかもしれない。
将来はお父さまみたいな人と結婚するのもいいけど・・・アンの思うようにしていいよと言ってくれる人がもっといいなと思う。
3日後に向けてネージュの防寒着をソフィと作る事にした。
キリーとお揃いのピンクのしょうちゃん帽を編み、ソフィは松編みポンチョを作ってくれると言ったので、試しにアンのポンチョを掛けて見たら、背中の突起に布が当たるのは気になるみたいでポンチョを嫌がった。
ポンチョは諦めてマフラーを編むことにした。ソフィが松編みのマフラーを編むと言ってくれたからすぐに出来そう。
ネージュはお父さまの両手より少し小さい位なので、マフラーと帽子はすぐ出来そう。
ネージュの毛の中にある背中の縦長の突起はプルプル動くけど、飛べるような翼には見えない・・・ここから翼が生えるのかな?
部屋の中ではヨタヨタとゆっくり歩くようになったけど、部屋から出る時はアンが抱っこしているの。
歩くと言う事は足があるはず・・・でも見えない・・・。
おんぶ紐の背の部分は背の突起を出す所を作り直さないといけないから、それを先に作った方がいいのかソフィと話をした。
「アンジェル様、宜しければ私がお作りいたしますが・・・」
「フォセットも手伝ってくれるの?ありがとう、凄く助かるよ。それとキリーを呼んで助けてくれてありがとう」
「いえ・・・お、お役に立てたのでしたら、よかったです。キリーに少し慣れたとは思います、たぶん・・・で、では早速ネージュちゃんの寸歩を図りますね」
「うん、お願い・・・ネージュ、良かったね。フォセットが作ってくれるよ。寸法を図ろうね」
まだキリーには慣れてないような気はするけど、フォセットが歩み寄ろうと頑張ってくれているのがわかる。
「ピッ」
ネージュは小さいから2日で帽子と松編みマフラーが完成した。
帽子はキリーと同じポンポンを3つ付け、マフラーも両端を絞って大きいポンポンを付けて貰った。
凄く可愛いからアンもお揃いの帽子を作ると言ったらソフィとフォセットには反対されてしまったよ。
毛糸の帽子はダメらしい・・・可愛いのにね。
しょうがないのでネージュの手袋を編もうと思ったけど、手が見えないから手袋もいらなかったよ。
ほとんどフワフワの毛に覆われているものね。
でも・・・手らしきところに触るとちょっとだけ魔力が吸われるの・・・手が覆われると魔力を取り込めないのかもしれない。
成長する為には魔力が必要なのかな?・・・これはお父さまに要報告案件?
でも・・・既に知っているからネージュの場合はいいよね。
どのくらい大きくなるのかな?・・・ネージュって龍じゃないの?
お父さまは龍の赤ちゃんはアンが抱っこ出来るような大きさではないと言っていた。かなり大きいらしい。
卵の時から小さいから龍じゃないと言われていたからね。
火龍は薄っすら赤味があり、風龍は薄っすらと黄色く、水龍は緑っぽいと聞いている。
キリーは龍じゃないけど金色っぽい黄色・・・黄色なのは風の属性が凄く強いからではないかと言っていた。
そう言えば、アンの魔力が溢れてキリーに助けられた時に、アンの魔力を吸収したキリーは丸1日金色に光っていたとユーゴ達護衛が言っていた。
ピンク色の帽子とポンチョのキリーには、神々しさが全くなく残念だとも言っていたけど、帽子を取っても同じだと思うよ。
でも・・・キリーって何と言う鳥なのかな?・・・不思議だよね。
ネージュは鳥には見えないし、火龍や風龍でもない、地龍は翼がなく足が長い・・・水龍も翼はないけど、足に水かきがあると聞いたけど・・・ネージュには水かきはない?・・・いや、それ以前に足は見えなかった。フワフワの毛に覆われているから、そのうち毛をめくってみてみたいと思う・・・。
大きくなってキリーみたいに何鳥かわからなくても、ずっと可愛いならいいよね。
ついにグーさまの所に行く日になった。
食堂でシャル兄さまは一緒に行きたいと言っていたけど、お父さまに「未成年が本来は行けない場所だ」と言われていた。
アンは呼ばれているから特別らしい。
ノル兄さまも行きたがっていたけど、冬山は危険だからお父さまに何かあった時には、家を継ぐ立場だから一緒の外出はだめらしい・・・留守を頼まれていた。
グーさまに会ってみたかったのかもしれない。
「あと1年早く生まれたかった」と呟いていたベル兄さまも、未成年だから悔しがっていた。
成人したら毎年行けばいいだけなのにね・・・グーさまはいないかもしれないけど。
空は曇が全くなく濃い青色だった。太陽の光が雪に反射してちょっと眩しい。
フォセット製のおんぶ紐でネージュを背負い、キリーに乗った。
ネージュとキリーはお揃いのピンク色のポンポンつきしょうちゃん帽だ・・・可愛い。松編みポンチョと松編みマフラーも暖かいはず。
今日はお父さまとユーゴとマクサンスとジュスタンが一緒。お父さまの護衛の中にイヴァンもいた・・・お父さまが罪な味を教えた人だよね。
先頭でお父さまと話をしている人は誰かな?龍を連れているから龍騎士団の人だと思うけど・・・あっ、こっちに向かってきた。折角キリーに乗ったけど・・・降りて挨拶しないとだめだよね。
「キリー、降りるね。こちらに来る人に挨拶するから」
「グワァ」
ユーゴより立派に見える制服だよね・・・肩や胸、腕にも飾りがついているよ・・・勲章かな?
アンがおんぶしているネージュをチラッと見てから、アンの目線に会わせて片膝を付いてくれた。
「初めまして、龍騎士団団長のルイゾン・ジハァーウ申します。ルイゾンとお呼びください・・・本日は私と5人の龍騎士が護衛を努めます」
「ご丁寧にありがとうございます、アンジェルと言います。どうぞアンジェルと呼んでください。背中の子はネージュと言って生まれて6日目です」
「真っ白いですね、金色の瞳が美しい。龍?・・・でしょうか?」
「龍かどうか・・・わかりません。成長を見守ります。横にいるのはキリーと言います。今日はキリーに乗って行きます」
「えっ?・・・・いえ、失礼いたしました。鳥に乗るとは聞いていたのですが・・・毛糸の帽子と毛糸のマントでしょうか?」
「しょうちゃん帽と松編みポンチョです」
「・・・そうですか、マツアミ?ポ?・・・コホン、ソロソロ出発しましょうか?」
龍騎士団の団長さんが何か言いかけていたけど、急に目をそらしたよ。
・・・出発する事にしたらしい。
団長さんに頷き、それからキリーに声を掛けた。
「・・・キリー、乗せて。ネージュ、もう少しで出発だからね」
「グワァ」
「ピッ」
キリーがしゃがんで姿勢を低くしてくれた。
「ヨッコラショ!」と言ってキリーの背にある鞍にまたがり、手綱を握った。
騎士団長とその護衛達が目を丸くして見ているけど・・・まだ龍に乗らなくていいのかな?
「出発ですよね」
にっこり笑って声を掛けると、ハッとしてみんな慌てて龍に乗っていた。
先頭が飛び立つと、お父さまが「飛ぶぞ」とアンに声を掛けてくれた。
キリーは翼を広げてパタパタと5、6歩助走をしてからスーッと飛び立ち徐々に上昇していく。
前にユーゴ、右にマクサンス、左にジュスタンがいた。
後ろも誰かいるみたいだけど、振り向いて身体がずれると危険だから、無理はしないでおく。
ふと気が付くとキリーの帽子のポンポンに掴ってひらひらしている雪の精霊さんたち3人いた。
「アーン」「グーサマ」「待ってるー」
「うん、やっとグーさまに会えるよ、精霊さんたちも一緒に行くの?」
「行くー」「会えるー」「やっとー」
「背中の子はネージュって言うの、生まれたばかりなの」
「ピッ」
「生まれたー」「ネージュー」「生まれたー」
「ピピッ」
「良かったー」「ネージュー」「生まれたー」
「精霊さんたちも祝福してくれるの?」
「するー」「祝福―」「生まれたー」
「あれ?ネージュも精霊さんたちが見えるの?」
「ピッ」
「見えるって事は・・・魔力が高いと言う事かな?キリーは見える?」
「グワゥ」
見えると言っているような気がする・・・見えるの?・・・知らなかったよ。
ふと右を見るとマクサンスが不思議そうにアンを見ていた・・・あれ?左も見る・・・ジュスタンが口を開けたままこっちをチラチラ見ている。口を開けたままでよそ見は行けないよ?
あっ・・・アンは独り言ではないからね、精霊さんたちとお話をしているからね。
誓約書の第1、第2があるから聞けないのかな?・・・アンから説明したほうがいいかも・・・。
キリーの帽子に向かって独り言だと思われるのは嫌だからね。
お天気も良く順調に進んでいるみたい。山の上を飛んでいるけど、どこも背の高い木と雪景色で、もうどこを飛んでいるのかわからない。
先頭の人がどんどん真っ直ぐ飛んで行くから場所は知っていると思うけど。
・・・あとどのくらいで着くのかな?
憧れの空の旅は気持ちがいい・・・思わず鼻歌が出ちゃう。
「フンフンフン、フフフンフン」
「グァグァグワァァー、グァグァグゥワァァー」
「ピッピッピィー、ピピピッピィ」
「フフフン、フフフン」
「グァグワァァー、グァグゥワァァー」
「ピピピッ、ピピピッ」
ネージュの帽子を編んでいる時の鼻歌を、キリーやネージュが覚えたみたい。
3つの声が重なって歌うと凄く賑やかだけど・・・微妙に美しくないのはキリーのせいかな?
精霊さんたちも可愛らしく「フンフン」言っている。
「フフフ・・・楽しいね」
「楽しいー」「楽しいー」「楽しいー」
「グワァグゥ」
「ピピピィ」
鼻歌交じりで飛行を楽しんでいたら、前方に緑が豊かな場所が見えてきた。
えっ?雪がないの?
マクサンスが「あの緑のところに精霊樹があります」と雪のないところを指さして教えてくれた。
でもその前の方の雪の上に黒い何かが見えた。
「ユーゴ?雪の上に黒っぽいものが見えるけど、あれは何?」
前にいたユーゴは速度を落としたのか、キリーの下近くにやって来た。
「動いているように見えますね・・・ん?・・・地龍かもしれないです」
「地龍?」
「珍しいですね、滅多に姿を現さないのですが」
「複数いるよね?」
「真ん中は小さいので子龍だと思います・・・倒れていますね、動けないのかもしれません」
「病気?それとも怪我をしているの?」
「わかりません・・・地龍は人を警戒しますので近づかない方がいいです」
「あれ?子龍を置いて行くの?大人龍が離れていくよ」
「子龍は死にかけているのかもしれません」
「そんな・・・見捨てるなんて・・・」
見捨てるなんてできないと思ったらキリーが下降して行く。
「アン様!戻って下さい・・・キリー戻れ!」
ユーゴが戻れと言っても戻らないよ。
「キリーありがとう、地龍の子が怪我をしているなら治せばいいものね」
「グワァ」
「アン!戻りなさい、勝手に行動しては行けない・・・ユーゴ!マクサンスとジュスタンも一緒に行け・・・全く!・・・キリーはこんなに早く移動できるのか」
上の方からお父さまの「戻りなさい」と言う声が聞こえた。
「キリー、地龍の子の所に行こう」
「グッワァ」
子龍を見捨てて死なせてしまうより、後で叱られる方がずっといい。
「キリー、周りに大人龍はいる?」
「グワ」
そうか・・・まだいるなら・・・完全に子龍を見捨てたわけではないよね。
「少し離れた木の影にいるのかな?」
「ピッ」
「木の影にいるのね、ありがとう」
「グルルルル」「グルルルル」
大人龍たちの声が聞こえる・・・不安なような悲しい声・・・地龍は人を避けるって言っていたけど・・・。
子龍の近くに着地して貰ったのに・・・いつものようにパタパタと5、6歩ほど走って止まるから・・・ちょっとだけ離れちゃったね。
キリーに乗ったまま子龍の近くまで行こうとしたら、ユーゴとマクサンスとジュスタンが上から降ってきた。
龍が着地する前に、飛び降りたらしい・・・ちょっと憧れる。アンも飛び降り着地してみたいけど・・・まだ無理だよね。
いや・・・今はその事ではなく、まず治療しないとね。
「アン様、勝手に行動してはいけません。動く前に報告連絡相談ですよ」
「・・・ホウ・レン・ソウ?」
思わず呟いてしまった。
「えっ?ホウ・レン?ソウ?」
ユーゴの言葉で茉白の世界の言葉を思い出したとは言えないよね。それよりも治療しないと、ユーゴの疑問を無視してキリーから降りてずんずん歩き出し、すぐに子龍の方に目をやった。
後ろから、ユーゴが「はぁー」と息を吐くのが聞こえた。
諦めてくれたかな?3人とも剣を構え、ユーゴはアンの前に出ようとするけど前に出られると魔法がかけにくいよ。
「ユーゴ、横にいてくれる?声は出さないでね」
頷いてくれたけど・・・目が怒っている。今は見ないふりをして、倒れている子龍の前に進み膝をついた。
もう動く気力もないのかな?・・・うす紫色の鱗に覆われた体・・・えっ?足が変な方向に曲がっている・・・折れているんだ。頭や腕、胸からも血が出ている。
かなり酷い怪我で、胸の鱗が2枚ほど剥れかかっていた。
前方は森だけど・・・左の山側は急な坂というよりは崖に近い、滑って転げ落ちたのかもしれない。
地龍の子にとって冬は過酷な環境だと感じた。
崖の下からこの周りは雪が踏みつぶされているから、大人龍が慌てて子龍を追いかけてきたのかな?
羽がないから飛ぶことはできない・・・足が折れたら死を待つしかないのかも。
「今、治してあげるからじっとしていてね」
「ピピピッ」
ネージュも話しかけているらしい。
「ギュウゥゥ・・・ギュゥゥ」
子龍の目から涙がポトリと落ちた・・・小さく声を出して泣いている。
大人龍が去ったから、この子は助からないと死を受け入れたの?
「大丈夫だから、絶対助かるから!」
両掌に魔力を集める・・・いつもより少し多めに、足だけではなく頭や体にもゆっくりと全身にかけないと、先ずは足に。
足が少しずつ方向を変えていく。
「・・・ギュッ!」
痛いのかな?足の向きが徐々に戻っていく。
次に体、そして頭・・・体を包んでいた治癒の魔法は『ボワッ!』と光って消えた。
「もう大丈夫だよ、森の方に大人龍がいるから歩いて行けば会えるよ」
「ギュゥ?・・・ギュ」
ちょっと首を傾げていたけど・・・痛くないと分かったのか恐る恐る立ち上がると剥がれかかっていた胸の鱗がコロンコロンと地面に2枚落ちた。
子龍はその2枚の鱗を拾いアンに差し出した。
「くれるの?」
子龍は受け取れとばかりに更に腕を伸ばした。
「ありがとう」
ポケットからハンカチを出して鱗を乗せ、ジッと見入ってしまった。うす紫の鱗はキラキラとして綺麗だった。
子龍は森に向かって歩きはじめけど・・・少し歩くと1度振り返り、アンとネージュを見た。
「またね」
アンが手を振ると「キュッ」と言って森に向かって歩き出した。木の影から大人龍と思われる顔が2つ見える。様子を伺っているのかな?・・・もう大丈夫だからね。
「よし!・・・さぁキリー出発しようね」
ハンカチに包んだ鱗をポケットに入れた途端、酷く低い声が後ろから聞こえた。
「何が『よし!』かな?・・・アン」
「うぇっ」
驚いて飛び上がったら変な声が出てしまった。ギギギと振り向けば目のつり上がったお父さまがいた。
「父親に向かって『うぇっ』とは中々斬新な返事だな」
「ご、ご、ごめんなしゃい・・・すぐに出発しましゅから」
噛みながらも慌ててキリーに乗った。キリーもなぜか慌てて翼を広げて走り出した。
なぜ走るの?飛んでよ・・・キリー。
漸く上昇したので、森の方に目をやると地龍の姿は見えなかった。
無事大人龍の群れに戻れたのかな?
「きっと大丈夫だよね」
ホッとしたらユーゴも怒っていた事を思い出した・・・でも前を飛んでいるのはユーゴではなかった。
「あれ?ユーゴはどこかな?」
そっと右を見たら目のつり上がったままのお父さまと目が合った。お父さまが張り付いていたよ・・・精霊樹の所に着いたらお説教だよね。
・・・カクンとうなだれた。
予定より少し遅れて精霊樹の所に着いたと言われた。アンのせいだけど。
ここは雪がないね・・・目の前には大きな精霊樹プラターヌが青々とした葉を付け、手前には祭壇のように物を置くところがあった。
精霊樹は白い実や紫の実がなっていて、紫の実は結構大きい・・・この実は知っている。
白い実は以前アンが首から下げていたけど、時間が経つと紫に変わっていた。
見上げて実を見ていたら、顎が下からグッと押された。口を大きく開けていたらしい・・・・ちょっと恥ずかしい。
恐る恐る横を見ると、まだ目を吊り上げたままのお父さま立っていた。無言でアンの口を閉じようとしたらしい。
「アン、口を開け過ぎだ・・・それと突然の飛行変更は危険だと教えたはずだが」
「・・・ごめんなさい」
「何かあった時は必ず声を掛けなさい。今回は地龍が大人しくしていたから問題はなかったが、人を避ける地龍達が暴れる可能性もあったのだぞ。アンの行動はユーゴ達護衛さえも危険にさらしたのだ。自覚が足りず学習も出来ないのなら、もうキリーには乗せられん。今後の移動は馬車のみとした方が良いかもしれぬな」
そんな・・・龍に乗る以前にキリーにさえ乗れなくなるなんて。
「ご、ごめんなさい。これからは必ず声を掛けますから・・・馬車だけの移動は嫌です」
こんなに怒ったお父さまを始めてみた。ここで泣いては行けない・・・何度も息を吸って涙が出ないように必死に堪えた。叱られる事を覚悟して子龍を治すと決めたのはアンだから。
「アレクサンドル様、アンジェル様は充分反省しているようですからそのくらいで・・・本来ならば学院で騎士を希望した者が習う事です」
「ルイゾン団長・・・アンにはきちんと伝え学習させたつもりだったが・・・迷惑をかけたな」
「だ、団長さん・・・ごめんなさい」
慌てて身体を折り曲げ頭を下げた。お父さまの口からお詫びの言葉を言わせてしまった。
集団行動を乱した上、危険にさらした・・・龍騎士であれば失格だ。
アンは龍騎士ではないけど、それでも失格なんだ・・・降下する前に声を掛けなければいけなかった。叱られるのは覚悟していたけど、龍にもキリーにも乗れなくなるは嫌だ。
「突然の飛行変更は反省すべきですが、子龍を救いたいと言う気持からですから・・・」
「規則は守るためにある・・・子龍の件は他にやりようがあったはずだ。とにかくアンには反省が必要だ」
「確かに、反省は必要です・・・ですが、見事な癒しの魔法見る事が出来ました。あれだけの癒しはそうそうお目に掛かれません。今日は護衛としてついて来て良かったと思っています・・・それにアンジェル様はこれからグノーム様にお会いし、お話をされるのですよね」
団長さんの目がキラキラとしている。驚いて瞬きしたら、目に溜まった涙が流れてしまい慌てて袖口で拭った。
「はぁー・・・反省はさせる」
お父さまは額に手を当てため息を吐いた。心の中でもう1度ごめんなさいと謝ってみた。
その後キリーもお父さまに叱られていた。きりっとした眉は帽子で見えないから、涙目が酷く悲しそうに見える。
「ブッ」と言う音がユーゴの口から聞こえた。
軽くユーゴを睨んでおいたからね、キリー。
先に休憩を取ることになり、草の上に龍騎士達が敷物を敷いて行く。
マクサンスとジュスタンを護衛に残し、アンとお父さま、団長さんが座ると護衛たちも次ぐ次と座って行く。
ユーゴがカジミールの作ってくれたお弁当のサンドイッチをみんなに配ってくれた。
お父さまとアン、そして団長さんが食べ始めると、みんなが一斉に食べだした。
団長さんや龍騎士達が「美味い!」と目を丸くいしている。
鳥のハーブ焼きサンドと卵サンド、ポテトサンドに燻製肉のサンド、それに姫ポムのジャムサンドと種類も豊富だからね。飲み物はカフェアロンジェとハーブティーの2種類が大きな保温ポットと言うものに用意されていた。
食べるのが遅いアンがお茶を飲み始めた頃、いつの間にか交代していたマクサンスとジュスタンがサンドウィッチを食べ終えるところだった。
美味しかったのか嬉しそうな顔をしている。鳥のハーブ焼きや卵サンドとポテトサンドに使ったマヨネーズはあまり知られてないからね。
ひと休みしたらみんなで精霊樹プラターヌのもとに行った。
「やっとー」「来たー」「しかられたー」
「えっ?」
声のする方を見るとどこから現れたのか、緑色かかったクリーム色の精霊さんたちが精霊樹の花や葉っぱの所に沢山いた。
頭のてっぺんに同色のプラターヌの花が咲いている。頭より花の方が大きくて、花びらの真ん中辺りはオランジュ色になっていた。重くないのかな?
それにしてもプラターヌの精霊さんたちはアンがお父さまに叱られたことをなんで知っているの?
雪の精霊さん達はいないね・・・雪がないからこっちには来られないのかな?
後ろを向くとお父さま達は精霊樹に向かって片膝を付き、右手を胸に当てて頭を下げている。
「来たか、アンジェル」
声のする方へ振り向くと、とっても背が高い人が立っていた。
次回の更新は7月25日「50、ひ弱令嬢とグーさま」の予定です。
よろしくお願いいたします。




