47、ひ弱令嬢と寒がりな鳥
マクサンスとジュスタンはキリーの近くで警戒をしたままだった。
大丈夫なのにね・・・アンはまた寝るよ?
朝になってもキリーは寒がってばかりで、暖炉の前から離れない。
シーツをもう1枚かけてあげたけど、もう何時間もうずくまったままだよ。
・・・病気なのかな?お水と食パンを小さく切ったものを用意してもらったけど、口にしようとしない。
「キリー・・・体調が悪いの?」
心配で声を掛けたけどキリーは首を横に振った。
「ググググ、ワワワ・・・」
「お水だけでも飲んだ方がいいよ」
「・・・グ、グワァ」
また首を横に振って、そのまま目をつぶってしまった。
お父さまとベル兄さまに伝えたほうがいいかな?
でも、今は明日の出発準備で忙しいよね・・・どうしよう。
あれ・・・?マクサンスとジュスタンがいない。
「フォセット、マクサンスたちは?」
「扉の外で待機しています」
「そう・・・今日はユーゴもいる?」
「本日の夕方から来ると聞いています」
「じゃぁ・・・ノル兄さまに会えるか確認してほしいの」
「畏まりま、ヒッ!」
キリーが目を開けてこちら見ていた。
「フォセット、大丈夫だから、キリーは目つきが悪くて声がだみ声で、ただ大きいだけかだから」
「グワッ?」
キリーが不満そうな声を出した。本当の事を言っただけだよ、悪口じゃないよ。
「ヒッ」
フォセットが慌てて出ていった。
忘れずにノル兄さまのとこに行っているならいいけど・・・早く慣れてくれるといいな。
ソフィに頼んでキリーの隣に座って編み物でもすれば、フォセットも安心してくれるかな?
ノル兄さまがやって来たけど・・・フォセット、なぜノル兄さまの後ろに隠れているの?
「おはよう、アン。キリーの事かな?」
「えっ?キリーがいる事を知っているの?」
「夜中にマクサンスがアンの部屋に魔獣がいると言ってね、慌てて来てみればキリーだったから、笑ってしまったよ。アンはぐっすり眠っていたようだしね。キリーが部屋にいることは問題ないと言ってあるよ」
「ノル兄さまが見に来てくれていたの?知らなかった・・・キリーはお水も飲まないし寒がっているけど・・・本当に病気じゃないの?」
「南に渡っていたと思っていたけど、なぜこんな真冬に戻って来たのか・・・北の寒さに驚いているだけかもしれないよ」
「暖かくしていれば大丈夫?・・・フォセット、試しに暖かいスープを持って来てくれる?」
「畏まりまし、ヒッ」
振り向くとキリーがフォセットを見ていた。
「キリー!フォセットで遊んじゃダメ!」
「グッワァ」
キリーが返事と思われる声を出して目線をそらしていた。
やっぱり怖がるフォセットで遊んでいたんだ。
「今度フォセットに意地悪したら、氷水飲ませるよ」
「グ、グワワァ」
キリーがあわてて返事らしき声を出して首を横に振っていた。
「この調子ならキリーは心配いらないようだね、アンは朝食を済ませたほうがいいよ」
「うん」
深皿に入っている暖かいスープを持て来たフォセットは、キリーの近くの床にそっと置くと、急いでその場を離れていった。キリーは首を伸ばして少しずつスープを飲み始めた。
こんなに寒がりなのになぜ戻って来たの?今までどこにいたのかな?
聞いたところでキリーの言葉はわからないし・・・困った。
春までにまだ1月半もあるし・・・どうしよう。
そうだ、パトリック伯父さまに貰った毛糸で帽子とポンチョを作ってあげようかな?
朝食を済ませてから、ソフィと一緒にキリーのいる部屋で編み物を始めた。
キリーは危険じゃないよと、フォセットにわかってもらえたらいいな。
ソフィは「久しぶりね」と声を掛けて、頭をなでていたけど・・・フォセットはまだだめみたい。
近寄る事もなく、暖炉のある部屋に入っても来ない。
扉の所から「御用がありましたら、ベルを鳴らしてくださいね」と言ってもう1つベルを持って来て、ソフィ経由で渡された。
冬の間に慣れてくれる事に期待するしかないよね。
キリーの帽子はしょうちゃん帽の型にして、アンの小指の長さ位の紐が付いている3つの小さいポンポンを、帽子の天辺に付けることにした。
しょうちゃん帽はお祖母ちゃんが子供の頃に見た、漫画の主人公が被っていた帽子だと、茉白に言っていた。でも茉白はニット帽と呼んでいたけどね。
茉白のおばあちゃんが白い毛糸で編んで、それを茉白が被っていたの。頭が動くたびに3つのポンポンが揺れるのは可愛いよね。
漫画の主人公は大きいポンポンが1つだけど、揺れる3つのポンポンはおばあちゃんが考えたらしい・・・。
横に縄編みと言うのも入っていたから、同じように入れてあげようかな。
キリーにも、きっと似合うと思うの。
ポンチョはソフィがかぎ針で編んでくれることになったから「松編みと言う編み方にしてほしい」と頼んで編み方も教えてあげた。
「キリーの帽子とポンチョを作るからね」
キリーは不思議そうに首を傾げた後、頷いていた。
手袋を編むために、ユーゴに頼んで作ってもらった棒針で、しょうちゃん帽を編むことにした。
最初はゲージと言う縦横15センチ位のものを編み、10センチの長さにどれだけの目数と段数が必要なのか確認をする。縄編みも忘れず入れて確認した。
キリーの頭の周囲と深さを図り、これでどれだけの目数と段数が必要なのかが分かる。
キリーの頭の部分を紐で測り、その長さの分だけ目数を作る。
最初は2目ずつの表編みと裏編みにして、ゴム編みと言うものにした。
ちょっと伸縮が出来るから脱げにくくなるはず。折返し部分も考えて編まないとね。
ゴム編みが終わると次は表編みになるけど、左右1箇所ずつに縄編みを入れる。
縄の交差する部分は、最初によけた目を表に出すから裏側に出すかで縄の向きが変わってしまうから、交差させる時は短い棒針で拾った目は必ず表に出すと決めた。
キリーの名前もいれてあげたいな。
紙に碁盤のマスを作り、出来るだけ少ないマスで「キリー」の文字を塗りつぶした。
塗りつぶした部分が糸の色を変える部分になる。
文字は目立つけど赤にしてみよう。うーん・・・派手だけどいいよね。
ピンク色の毛糸が4つあるから、ポンチョと帽子はお揃いの色・・・可愛い色なのに、キリーにはなぜか派手に見えるのはなぜなのかな?
青とか緑の方が良かったとかなって思ったけど、既に作り始めているソフィにやり直したいとはちょっと言いづらい。
我慢してね、キリー。
2人でチマチマと編んでいるとキリーがじっと見ていた。
意外と楽しい・・・鼻歌交じりに編み進めていたら、キリーも合わせて声を出している。
「フンフンフン、フフフンフン」
「グァグァグワァァー、グァグァグゥワァァー」
「フフフン、フフフン」
「グァグワァァー、グァグゥワァァー」
編み物の手を止めて、ソフィがキリーを見た。
「気が散るので、キリーは歌わなくていいですよ」
優しい口調だけどソフィの目が怒っている・・・。
「グワァ?」
ソフィを見てキリーが首を傾げている。
「キリーの声は大きいからね、もっと小さい声で歌ったらいいかも」
「それもありますが・・・声がきたな・・・いえ・・コホン・・・声が大きいだけでいいです・・・」
ソフィは下を向いて編み物を始めた。
声が汚いって言いかけたよね。キリーは口を少し開けて固まっていた。
・・・ちょっと傷ついたのかな?
キリーは其の後、ずっと無言だったよ・・・キリーも気にする事ってあるのかな?
夕方ユーゴがやって来て、キリーが来ていることに驚いていた。
キリーは相変わらず暖炉の前から動かない。震えることはなくなったけど、寒いのは嫌みたい。
ユーゴは窓や扉を締め切った状態の部屋に鳥の毛があるのは身体によくないから、部屋の空気を入れ替えると言って暖炉のある部屋の窓をすべて全開にしてしまった。
冷たい風が一気に入って来ると、キリーがまた震えだす。
「ググググ、ワァワァワァー」
寒いと文句を言っているのかな?
「この部屋にいないでエマキ池の小屋に移動してもいいぞ、あっち方が広いだろう?」
「ググワァー」
ユーゴがにっこりと笑うと、キリーが何か言い返している。
ユーゴとキリーの間で何かあったの?ユーゴが怒っているようにみえる・・・。
キリーは涙目になり、震えながらユーゴを見ていたけど・・・暖炉の前からは動かなかった。
「ユーゴ、キリーは寒がりだからもう窓と扉は閉めてね、アンも寒いよ」
「失礼しました」
ユーゴは慌てて窓を閉めた。
「キリー・・・大丈夫?」
キリーの首に腕を伸ばしてキュッと抱きしめたら・・・ん?
・・・・すっと魔力が引き出されたような気がした。キリーを見たらそっと目をそらされた・・・何だったのかな?
「キリーがなぜ部屋にいるんだ」と、ユーゴが呟いたように聞こえたけど・・・ユーゴは扉の方に向かって歩いていた。
今日はお父さまとベル兄さまが王都に向けて出発した。
最初にパトリック伯父さまのところで保冷室を作るらしい。
お父さまとベル兄さまを見送ってから部屋に戻って、また編み物を始める。
ソフィは半分以上出来たと言って見せてくれた。ピンクの松編みが何とも可愛い。
アンが編んでいる帽子の後ろに、キリーの文字がちゃんと入ように、マス目を見ながら色を変えて棒針に糸を掛けながらチマチマと指を動かして編んで行く。
今のところ編み間違いはないね・・・うん、大丈夫。
漸く名前のところが終わって、後はピンクの毛糸で編んでいくだけ。
縄編みの所だけは気を付けて、4段編んだら短い棒ばりに目を4つ掛けて、次の4つを編んだら短い棒ばりの4つを編む。
そうすると網目が交差して縄編みのように見える。
うん・・・いい感じ。
キリーは動かずにじっと編み物を見ている。こんなに動かないで大丈夫なのかな?
ソフィはもう少しでできると言って、大きさを確認するようにキリーの身体に充てている。
キリーはそれをじっと見ているけど、声が汚いと言われて以来ソフィに向かって鳴かなくなった。
見た目より繊細なのかもしれない。
そう言えば王都で侍女長のエメリーヌが蒸した丸鶏の肉をキリーに差し出したら、驚いて暫く姿が見えなくなった事があったことを思い出した。
やっぱり繊細な部分があるようだ。
・・・可哀想に、キリーに意地悪をしないようにユーゴに伝えないとね。
またキュッとキリーを抱きしめたら魔力が少し引き出された。
「キリー?」
キリーがそっと目をそらす・・・。
「キリー、身体の調子が悪いの?」
キリッとした顔では困った顔なのかわからないけど、目だけ見ると悲しそうに見える。
少し考えるように目線を上げたけど、アンを見て首を横に振った・・・病気ではないみたい。
「魔力がいるの?」
また考えるように上を見て・・・それからアンを見て首を縦にちょっとだけ動かした。
キリーはカナールではない・・・魔獣なのかな?
「キリーは魔獣なの?」
キリーは驚いたように目をまん丸にして、首を横にぶんぶん振った。
「魔獣じゃないなら、ただの鳥でいいのかな?」
首を傾げていた?
「グワッ?」
小さく鳴いて、慌てて口をパクンと閉じた・・・横目でチラッとソフィの方を見ていたからまだ気にしているらしい。
「鳴いてもいいよ、そんなに汚い声でもないから。ちょっとだみ声なだけだよ」
「グッゥ」
一声鳴いて下を向いてしまった。だみ声もダメらしい。
ちょっとだけ元気になるように魔法をかけて上げた。
ピクッとなったあと、キリーの嘴がそっとアンの頭に乗せられた。
「グゥーワワ」
小さく鳴いた声が可愛いと思ってしまった。
今日もユーゴはキリーを警戒しているらしい。アンの部屋にやって来て、キリーを見ていた。
窓を全開にされるかとキリーはビクビクしていたけど、窓が開けられることはなく「扉の外にいますから」と言って部屋を出て行った。
どうしたのかな?
キリーは暖炉の前にうずくまって今日も静かにしていた。
今日もちょっとだけ元気になるように、魔法をかけてあげたら「・・・グワ?」と小さく鳴いて首を傾げていた。
もう少しでしょうちゃん帽が完成する。
残りの3段は目を少しずつ減らしていき、最後の段は一目ずつ目の穴に毛糸を通してソフィにぎゅっと絞ってもらった。
アンは力がないから絞っても隙間が開いちゃうからね。
それから小さいポンポンを三つ作った。かぎ針を使って毛糸をくさり編みにして、紐を作りポンポンに絡める。
ポンポンは絞った帽子の天辺に外れないようにぎゅっと結んで、出ている毛糸を絡んでようやく完成した。
「キリー出来たよ」
「グワ?」
「キリーの帽子はしょうちゃん帽っていうの、後ろにキリーって入れたから可愛いでしょう?被せてあげるから頭を下げて」
「グワ」
下げた頭に帽子をかぶせたら、きりっとした眉が隠れて金色の目だけになった。
・・・あれ?すっごく可愛い。
眉なしキリーが凄く可愛い・・・金色の目が少し透き通っていて綺麗だった。
今までは眉しか見てなかったのかも。
「キリー凄く似合うよ、可愛い、とっても可愛い」
「グウワワァ~」
キリーは褒められて嬉しそう。
キリーが来てから、部屋に入って来ることがめっきり減ったフォセットが、少し近寄って来て覗くようにキリーを見ていた。
「側に来て見たら?」と言いたいけど・・・まだ声は掛けない方がいいよね。
松編みポンチョの紐の部分を編んでいたソフィもキリーに見とれているのか「まぁ」と小さい声を出していた。
キリーって眉毛でどれだけ損をしていたのかな?これからはこの立派な眉を隠してあげた方がいいかもしれないね。
午後からエタンの絵を見に行くから、ユーゴとフォセットと共に部屋を出た。
エタンはバスチアンに案内された小さい応接室で待っていた。
「こんにちは、エタン」
「アンジェル様、こんにちは。お約束通り絵を描いてきましたが・・・違う部分があればおっしゃって下さい。描き直します」
エタンはそう言ってイーゼルの上に掛けられている布を外した。
ローズの花の中や葉の上、そして飛んでいる精霊さんたちが笑っていた。
少し透明感のある緑や黄緑の髪と服、金色の瞳も綺麗だ。
「エタン、凄いね!こんな感じ。特に飛んでいる精霊さんはそっくりだよ」
「そうですか・・・良かったです」
緊張していた顔が、ホッとしたのがわかる。見えない絵を描くって難しいよね。
「ありがとう、エタン。これでお店の看板は出来そうだね」
「はい、頑張ってノール本店と王都の看板を描きあげます」
「うん、よろしくね」
「あの・・・質問してもいいでしょうか?」
「質問?いいよ」
「精霊は他にもいるのですか?」
「アンが会ったことがあるのは花の精霊さんと雪の精霊さんだけだよ」
「雪の精霊はどんな形をしているのですか?」
「庭に来ている精霊さんたちは、透き通るような白いドレスで、背中に羽が生えているの・・・それと水色の六角形の帽子。帽子は雪の結晶の形なの・・・結晶は見たことがある?」
「はい、こちらに来てから初めて見ました。とても美しい形でした。王都の雪は粒々で結晶になっていなかったような気がします。こちらは凄く寒いので、長い時間外にいる事ができなくて・・・雪の結晶は1枚しか絵に描く事ができませんでした」
「まだ冬が続くから、また描けるといいね」
「はい、今度はもっと暖かい格好をして描くようにします、雪の精霊達も描いてみたいです。その時はまた見て頂いてもよろしいですか?」
「もちろん、楽しみにしているけど・・・風邪を引かないように気を付けてね」
「ありがとうございます」
エタンの絵を見た翌日、松編みポンチョが出来上がっていた。
ソフィがキリーの背中に掛けて、首の下でリボン結びにしている。
・・・可愛い。
頭と背中がピンク色の眉なしキリーがとても可愛い。
暖炉でうずくまっていたけど、暖かくなったのか少し動きだすようになり、時折窓の方を見て「グワ・・・グッゥ・・・」と小さく鳴いていた。
前と違って元気がないような・・・ちょっとそわそわしているような感じもする。やっぱり体調が悪いのかもしれない・・・。
ノル兄さまが、馬車職人のファブリスとガスパールさまの打ち合わせが無事に終わり、車いすと歩行器の発注をしたと教えてくれた。
今月中に5台ずつ納品されるらしい。
今月もあと2週間しかないのにそんなに早く作れるのかと驚いていたら、部品はある程度用意されていたらしく、組み立てて安全点検すればいいだけになっていたらしい。
中々用意周到だけど・・・発注されなかったらどうするつもりだったのかな?
今回はそのまま発注されたから、いいけどね。
車いすと歩行器はもう大人たちに丸投げしたから、後は患者さんの役に立ってくれればいいよね。
龍の宅急便も荷物と一緒に氷も運んだと聞いた。
いつの間にか保冷箱も作っていたらしい。
龍の宅急便が宿泊するパトリック伯父さまの保冷室で氷を作り次の子爵邸にある保冷室置いて行き、翌朝にはすっかり冷えた保冷室で新しい氷を作って次の宿泊先の子爵邸の保冷室に置き、また翌朝に新しい氷を作って次の宿泊先に置く、を繰り返して常に新しい氷が運ばれようにしたらしい。
最終は王都のお店と屋敷だから、龍の宅急便は1週間で行って帰ってくることになる。
お父さま達より後に出発したのに、お父さま達より早く帰って来るってすごいよね。
保冷室は1度作れば定期的に氷を作っておくだけでいいから、今後は王都から広がっていくだろうと言っていた。
南の大領地に保冷室があったらよろこぶ人が沢山いるような気がする。
相変わらずキリーはおとなしく暖炉の前にいた。
帽子を被って松編みポンチョを着て眠っていたキリーが、目を開けてアンを見た。
「キリー・・・起こしちゃった?ごめんね」
キリーの首に触るとすっと魔力が吸われた。
「キリー・・・」
「グワァ」
すっと目をそらされる。
「勝手に魔力を吸っちゃダメだよ」
「グッゥ」
小さく鳴いてから、うなだれてそのまま目をつぶってしまった。
魔力が足りないのかな?・・・魔法をかけてあげると少し目を開けてアンを見た。
「グゥーワワ」
何を言っているかわからないけど・・・早く元気になってほしいな。
寒くてつらいのかな?
・・・問題ないとは言われたけど・・・いつものキリーじゃないよね。
ベル兄さまなら何かわかるかな?お父さま達・・・早く帰って来て。
しょうちゃん帽が出来上がってから、毛糸の手袋を編んだり、車いすのクッションカバーに刺繍をしたりと、おとなしく過ごしている。
キリーは元気がなくて動かないから、暖炉の近くのソファーで、ソフィと一緒にチマチマと作っていった。
今日はやっとお父さま達が帰ってくる。
王城でも保冷室が欲しいと言われれば、帰りが2日遅れると聞いていたけど・・・予想通りだったらしい。近いうちに王城でもアイスクリームが食べられるかもしれない・・・王妃さまが喜びそう。
待遠しいな・・・帰ってきたらベル兄さまに、キリーを見てもらわないとね。
昼食を終えると、お父さま達が戻られたとフォセットが教えてくれた。
急いでホールに向かったらお父さまとベル兄さまがコートを脱いでいるところだった。
「お父さま、ベル兄さま、おかえりなさい」
「今戻った。アンは変わりないか?」
「はい、お父さま。アンは変わりないです・・・でもキリーが」
「「キリー?」」
お父さまとベル兄さまの声が被った。
「なぜキリーがいる?」
「あの・・・雪まみれで戻って来て・・・今、アンの部屋にいます」
「部屋に入っているのか?」
お父さまの問いに頷いた。
「キリーが変なの・・・暖炉の前でうずくまって動かないの。ノル兄さまは寒いせいかもしれないって」
「寒いだけなのか?なぜ南に行かなかったのか・・・・」
お父さまは首を傾げて呟くように言った。
「着替えたらアンの部屋に行くから、アンは先に部屋へ戻っていて」
「ベル兄さまが見てくれるの?」
「獣医じゃないからなんとも言えないけど、様子は見に行くよ」
「私も行こう」
お父さまも来てくれる・・・良かった。
急いで部屋に戻りキリーの様子を見た。何かもぞもぞしている。
「お父さまとベル兄さまがキリーの様子を見てくれるって、病気じゃないといいね」
首に触れたらまた魔力を吸われた。
「キリー?もうまた勝手に・・・魔力がそんなに必要なの?」
キリーはゆっくり首を縦に振った。
「そうなの沢山必要なの?」
またコクンと頷く。
「キリー・・・」
キリーに魔法をかけた・・・いつもより多めに。
「グゥーワワ」
じっとアンの目を見てまた頷いていた。満足したのかな?・・・話せないって不便だね。
キリーの隣に座ってくっついていたけど今度は魔力を吸われなかった。もう満足したのかな?
今までこんなことはなかったのに、キリーって何者・・・じゃなくて・・・何鳥?
お父さまとベル兄さまが来たとフォセットが知らせてくれた。
キリーがしょうちゃん帽を被ってから、フォセットは怯えなくなったような気がする。まだ近くまでは来ないけどね。
部屋の真ん中までこられるようになったから、少しはましになったと思う。
しょうちゃん帽に感謝だね。
眉が隠れるものなら何でも良かったのかもしれないけど・・・今はこれしかないしね。
お父さまとベル兄さまが暖炉のところまでやって来て、キリーを見て・・・目を丸くした。
あれ?どうしたのかな?
「眉がないとキリーっぽくないな」
お父さまが横を向いた・・・肩が揺れているから、笑っているよね、なぜ?
「はい・・・確かに。金色の目が丸くてちょっと可愛いですね」
ベル兄さまも笑っている。
「寒いから帽子とポンチョのようなものを身につけていると言う事か?いや確かに可愛いと言うか何というか・・・ピンクがな・・・フッ」
お父様はまた横を向いて肩を揺らしていた。
そんなに笑わなくていいのに・・・キリーの心配をしてほしいのに。
「グワ?」
ほら、キリーも何がおかしいのって言っているよ・・・たぶん・・・。
「よくわからないけど、病気ではないと思うよ」
「わかるの?」
「ノル兄上が言っていた通りだと思うよ、病気なら羽がこんなにつやつやしているはずないからね」
「うん・・・確かにつやつや」
艶があるのはアンの魔力を吸ったせい?
「眠いだけでは?・・・鳥は冬眠しないけど、キリーだからね」
ベル兄さまが冬眠といったよ。
茉白の世界では確か、熊は冬眠すると言っていたけど・・・キリーは熊じゃない、飛べるもの。
「春まで様子を見て、池に連れて行ったらいかもしれないね」
「うん、エマキ池に一緒に行ってみる」
しばらく様子を見る事になり、お父さま達は仕事があると言って執務室に行ってしまった。
夕食後にお父さまとベル兄さまは、保冷室を設置した屋敷や王城の人たちがとても喜ばれていたから、今後どんどん広がるだろうと言っていた。
ただ、龍の宅急便が使う保冷箱はそれなりに重さがあるから、普通の荷物と分けて運ぶことになったらしい。
夏に運ぶ氷やバナナやチョコレートぐらいかもしれないけど・・・バナナは欲しいな。
食事を終えて部屋に戻ったら、キリーが鳴いていた。
「グワァグワグ」
「キリー?」
暖炉から離れて窓のところで鳴いている
「グワァグワグ」
「どうしたの?」
窓の端を嘴で軽くつついていた。
「窓を開けるの?」
キリーが頷いた。
寒いのに大丈夫かな?
ベランダのある窓を開けたら、キリーは外に出てベランダにしゃがみこんでしまった。
「キリー?」
「アン様、寒いのでお部屋にお戻りください」
窓開ける音が聞こえたのか、ユーゴが慌てて部屋に入って来た。
「でもキリーが・・・」
キリーがチラッとこちらを見た。
大丈夫だよと言うように頷いて・・・そして帽子と松編みポンチョを身につけたまま飛んで行った。
「あっ・・・キリー!」
「アン様、キリーは大丈夫ですよ。風魔法が使えるので風を纏えば寒さは感じないのです」
「あっ、そうだった・・・すっかり忘れていたよ。でもキリーはなぜ何日も風魔法を使わなかったのかな?」
ユーゴは窓を閉めながら空を見ていた・・・キリーの姿はもう見えないのに。
「キリーは普通の鳥ではありません。ですから・・・事情もわからないのです。それに振り回されてアン様が風邪をひかれては困ります。暖炉で温まってからお休みください」
フォセットが厚手のガウンをアンに着せてから、椅子に座るよう言って、暖かいミルクを持って来てくれた。
ミルクを飲んでからベッドに入り、キリーはどうしているのかと気にしていたはずなのに、気が付いたら朝だった。
・・・ぐっすり寝てしまったらしい。
フォセットに着替えさせられてもらってから、急いでベランダのある窓に行ったら、帽子と松編みポンチョを着たペタンコのキリーがベランダの床に転がっていた。
「キリー!・・・ユーゴ!ユーゴはいる?キリーが!」
どうしよう・・・キリーがペタンコでちょっと雪が被っていた。
「アン様?」
ユーゴが慌てて部屋に入って来た。
「キリーがベランダでペタンコになっているの」
「えっ?・・・アン様、離れていてください。窓を開けます」
扉の所まで下がったら、ユーゴは剣を構えて、窓を開けた。
ベランダから周りを見て何もないことを確認し、剣の先でキリーをつついているように見える。
「ユーゴ、キリーに乱暴しないで」
「アン様?中身がないです」
「えっ?」
急いでベランダに行くとキリーの形をしたままの羽?・・・茉白の世界の着ぐるみの中身がないものみたいだった。
「キ、キリーが・・・ワァーン・・・キリーが溶けちゃった・・・いやぁーキリー!」
ポロポロと涙が出てくる。キリーがなくなってしまった。
羽の着ぐるみのようなものにしょうちゃん帽と松編みポンチョになったキリーが・・・。
ペンダントもそのまま首の部分にかかっていた。
あっ・・眉が2つ落ちている。右と左の眉だ・・・。
右手と左手に眉をそれぞれもってペタンコキリーを抱えて泣き続けた。
次回の更新は7月11日「48、ひ弱令嬢と孵らない卵」の予定です。
よろしくお願いいたします。




