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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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46、ひ弱令嬢と新たな商会

 今日は朝食にスコーンを用意してもらったの。

 パトリック伯父さま達は午前中に帰ると言っていたから、まだ食べていないものを味わってほしいと思ったの。


「パトリック伯父さま、フレデリクさま、今日はスコーンをご用意しました。本当はお昼に召し上がって頂きたかったのですが、午前中に帰られると伺ったので・・・パンもありますが、スコーンも食べてみて下さい」


「これも新しいものですね、お店でも食べられますか?」


「スコーンはお店でもお出しする予定です。でも・・・お客様がデザートに慣れた頃になるから、秋のメニュに追加する予定です」


「秋ですか・・・確かに最初は全てが新しい食べ物ばかりですから、迷いますね。慣れた頃に新商品としてお出しするのがいいかもしれませんね」


 パトリック伯父さまは一瞬考えるように目線を上げたけど、アンの意見に賛成してくれた。


「スコーンはプレーンと紅茶味、ナッツ入りの3種類です。お好みではちみつやジャムを付けてください。スコーンは横に狼の口と言われる割れ目があります。そこから割るといいです」


「オオカミの口・・・ですか?オオカミとはどんな生き物なのでしょう?」


 フレデリクさまは紅茶味のスコーンを言われた通りに2つに割ってから、アンに聞いてきた。

 動物図鑑で調べたらルーという動物が狼に似ていたけど、スコーンの割れ目があの口だとちょっと怖いかも。


「狼はルーと言う生き物に似ています」


「ルーですか?」


「はい・・・えっと、割れたところがちょっとギザギザになっているからです」


 ルーと説明せず、うっかり狼と言ってしまったけど・・・大丈夫かな?口の形の事だけ気にしてね。


「なるほど、面白い例えですね」


 フレデリクさまは首を傾げていたけど、パトリック伯父さまは笑って流してくれたみたい・・・良かった。

 突っ込まれても答えられないからね。

 二人とも先ほど2つに割った紅茶のスコーンを、何も塗らずに食べ始めた。


「このままでも美味しいです、最初に紅茶の香りが口に広がり後から紅茶の味がします。つけるとしたら・・・ジャムがいいですね」


 ジャムがいいと言ったフレデリクさまは迷いなく姫ポムに手が伸びて、たっぷりと塗っていた。

 甘党・・・確定したよ。


「四角いパンは角食パンと言います。軽く焼いてバターを塗ってありますけど、お好みでジャムやはちみつを塗っても美味しいです」


 角食パンはフレンチトーストの時より薄く切って貰い、軽く焼いてバターを塗って出してほしいと、昨日の夜にカジミールに伝えていた。

 パンにスィトロンのジャムを塗って食べると、バターの味とジャムの酸味と少し控えめな甘さがパンに合っていて美味しかった。

 お昼に食べるなら姫ポムのジャムがいいけどね。



「角食パン・・・確かに(かど)がありますね・・・」


 パトリック伯父さまは既に4つに切られている角食パンをフォークで食べている。

 手で食べるか迷っていたみたいだけど、貴族だからフォークを使っていたよ。


「美味しいですね、バターの香りと小麦の香りが食欲を誘います。表面がサクッとして、中はもっちりとして、これは・・・食べ過ぎてしまいそうです」


 茉白の世界ではトーストって言うけどこちらでは焼くとかあぶるという意味でグリエになるとカジミールが言っていた・・・でも気にしない。

 パンは茉白の世界の言葉を使うと決めたからね。


「角食パンの焼いたものはトーストと言います、これも秋からお店でだす予定です」


「秋の新作も次々と作られているのですね・・・お会いするたびに驚かされます」


 パトリック伯父さまは目を丸くしていたけど、フレデリクさまはこれにも姫ポムのジャムをつけて黙々と食べている。

 ・・・「我が家でも毎朝食べたい」と呟いていた。


 ガスパールさまに伝えたミラの事や車いすの話をしたら、もっと驚くかも・・・近いうちに知ることになると思うけど、今は触れないで置いた方がいいよね。


 パトリック伯父さまは自分の屋敷に保冷室が出来ると、とても喜んでいる。厨房の他に作業場にも保冷室を作りたいと言っていた。

 夏でも暑さを気にしないで、バターやソーセージが作れるからだって。


 お土産に小さい角食パン4本と、姫ポム入りとラム酒入りのバターケーキをそれぞれ2本ずつ渡したら、フレデリクさまがニコニコして自ら受け取っていた。

 美味しいもの好きの食いしん坊さんがまた一人増えた瞬間だったよ。


 それとお父さまから許可をもらったから、口の堅い信用できる料理人であれば専用粉を使ったパンの焼き方とクリームシチューの作り方を教えてもいいと伝えたら、フレデリクさまがひどく感激して「トーストとクリームシチューがまた食べたかったのです」と言っていた。


 フレデリクさまは春からベル兄さまの代理として、ノール本店の敷地内にあるアミュゼ商会で仕事を手伝って貰うことになった。

 4人目の出資者にもなるので追加の手続きはノル兄さまとベル兄さまがしてくれる。

 仲間が増えて良かったね。

 ブラノワやリュックの販売もしてくれるのかな?

 頑張ってね・・・フレデリクさま。






 パトリック伯父さまが帰られた2日後に、バスチアンを通してエタンと会う事になっている。


「エタン、久しぶり。絵の方は順調?」


「アンジェル様、ご無沙汰しております。こちらに来てから事務の仕事と絵の勉強をさせてもらっています。今は料理人が作ったデザートを描いていて、お店のメニュになると聞いています」


「見せてもらってもいい?」


「はい、どうぞ」


 エタンは孤児院にいる時より少しふっくらして、金色の髪もつやつやしていた。以前より余裕のある生活をしているのと、北の領地に慣れてきたからかもしれない。

 四角い布カバンから取り出して、見せてくれたのは色が付いた絵だった。


「絵の具で描いたの?綺麗ね・・・しかも美味しそう」


 クレープとシフォンケーキ、どれも生クリームとフレーズのピューレがかかったものだ。

 それとバターケーキ・・・凄く美味しそうに見える。


「絵の具は辺境伯様が用意してくださったと聞いています」


「絵の具で描きたいと言っていたから、願いが叶って良かったね」


「はい、絵の勉強もさせてもらっていますから、こちらに来られて本当に良かったです。それに・・・お店に出す商品も時々試食させてもらえるのです。世の中にこんな美味しいものがあるなんて・・・驚きです。ニコラが凄く張り切って、料理の勉強をしていると聞きました。私も負けないように努力しないと・・・」


「凄く頑張っているけど、今は無理なく楽しく仕事が出来ている?」


「とても・・・とても楽しく仕事をしています」


 エタンが嬉しそうに笑った。


「いい仕事ができて良かったね・・・あのね、エタンが看板の絵を描く時に、ローズの周りに精霊さんたちを入れて欲しいの」


「精霊・・・?ですか?・・・あの、申し訳ありません。精霊はどんな姿なのかわかりません」


 そうだよね、みんなは見えないって言っていたものね。

 紙に描いた稚拙な絵を見せた。


「恥ずかしいけど・・・わかるかな?色は・・・ローズの葉と同じ緑色の髪とそれより少し薄い緑色の服なの。背中には半透明な白い羽が生えていて、頭の上にローズの花をつけているの」


「目は何色ですか?頬はピンク色ですか?髪は肩までで少し巻いた感じでいいのですね?」


 エタンはアンの描いた絵を見ながら次々と質問してきた。


「えっと・・目は金色、頬は薄っすらピンク色で髪は少しクルリン?」


 思い出しながら必死で答えてみた。


「フフフ、可愛いですね・・・描いてみます。出来上がったら見て頂けますか?」


「うん、もちろん見せて。楽しみにしているね」


「アンジェル様は精霊が見えるのですね・・・羨ましいです。精霊をこの目で見たかったです」


「魔力が強いと見えると聞いたことがあるけど、魔力の強いお父さまや兄さまたちは気配だけで、見えないみたい・・・アンはどのくらい魔力が強いのかよくわからないけど・・・王都にいる第3王子様は精霊さんたちとお話もしていたの・・・みんなが見えるようになるといいのにね」


「そうですね、姿をあらわしてくれたらきっと・・・とても美しい絵が描けるような気がします」


「例え想像でも、エタンの絵を楽しみにしているね」


「ありがとうございます。5日後までには完成させます」


「うん、5日後にまた来るね」


 エタンと別れた後、絵がどのようにできるかと考えたら、なんだか心がうきうきしてきた。






 今日は久しぶりにガスパールさま達に会うの。

 アンの部屋にはミラとグレースの他に、ミラと同じ頃に生まれたメス犬のタイス、救助犬を引退してグレースと同じようにのんびり過ごしているおじいさん犬のレオが来ている。

 エミールさまの希望があったから、今回連れて来たと聞いた。


 タイスはミラと同じ時期に生まれ、もうすぐ1年になる。もうグレースの半分くらいの大きさになっていた。

 全体的に黒っぽくグレースと同じ色合いだけど、足先だけ白いグレースと違い足の半分下が白色になっている。

 長い靴下を履いているみたいでちょっと面白いと思った。

 レオはグレースと同じくらいの大きさだけど、耳と背中は濃い灰色であとは全部白い。ミラよりは色が濃いけどね。

 さすがに4頭もいるとアンの部屋が狭く感じる。


 タイスは女の子なのにちょっとやんちゃで、ミラが圧倒されている。

 ミラはおとなしすぎるのかも。

 グレースとレオは窓際でのんびりと陽射しを浴びている、時々タイスがグレースとレオの揺れる尻尾で遊んでいた。

 猫みたいだね。

 茉白の記憶の中で、おばあちゃんが猫を飼っていた。

 猫じゃらしと言うおもちゃをお祖母ちゃんが揺らすとそれを追いかけていた。それに似ていると思う。猫よりタイスの方が動きは遅いけど・・・。


 やんちゃなタイスも躾は出来ているから、物を壊すほど乱暴な事はしないと聞いている。ただ遊んで攻撃がミラより激しい。

 好奇心が強いのか部屋の中を一通り観察し終わると、今度はアンに甘えて膝に上がろうとしたりミラにちょっかいを出したりと、とても元気な仔犬でアンは力負けしちゃう。

 ガスパールさまの所ではこんなに元気な子は問題ないのかな?

 疲れてきたと思ったころ「ガスパールさまがお見えになりました」とフォセットが知らせてくれた。




 ミラとグレース、そしてタイスとおじさん犬のレオを引き連れ、応接室に入った。

 お父さまとノル兄さまはすでにガスパールさまと挨拶が終わって、お茶を飲んでいた。


 久しぶりに会うガスパールさまに挨拶をしている間、ミラは成長と共に少しモフモフになった尻尾をブンブンと振ってガスパールさまを見ていた。

 ミラはガスパールさまが大好きみたい・・・もうお泊りは問題ないかもしれない。


「今日は4頭も連れてきて下さったのですね」


「ミラと同じ年の女の子のタイスと引退犬のおじいさ・・いえ・・オス犬のレオです」


 おじいさん犬と言いそうになったよ・・・危ない、危ない。


 アンの横にいたタイスはじっとガスパールさまを見ている。

 レオはタイスの横でお座りしてじっとしたまま動かない。

 レオの隣でグレースもお座り状態で動かない。

 ミラはレオ達につられたようにお座りをして、小さく「ワフッ」と挨拶をした。

 するとたいすもつられたように「ワフッ」とガスパールさまに向かって挨拶をしていた。

 ミラにとってガスパールさまが大切な人になったのかな?淋しいけど・・・ミラが信頼できる人のもとにいるのが一番いいよね。


「アンジェル様、こんにちは」


「こんにちは、エミールさま。今日はタイスとレオも連れてきましたから、後で遊んであげてください」


「ええ、喜んでお引き受けいたします」


 エミールさまはニコニコして頷いていた。


「ガスパール殿、先に車いすの話をし、その後ミラたちの話をしたい」


 挨拶が終わると直ぐにお父さまがお話をされた。


「わかりました。では車いすと歩行器については、エミールから話をした方がよろしいと思います」


「そうか」


 お父さまの視線を感じたのかエミールさまは背筋を伸ばした。


「今回、車いすと歩行器は救護院に入院している怪我人に使用致しました。医師達は椅子や歩行を補助する器具に小さな車輪がついていた事に驚き、画期的な製品だと言っていました。患者の筋肉が衰えないよう、今までは2人で支えて足腰を動かしていたのですが、歩行器はある程度身体も動かすことが可能な上、介助が1人で済みます。歩行がまだ困難な患者は車いすで移動できれば支える側もかなり楽になると喜ばれました。歩行器は怪我した足がある程度治った場合や完全に治らなかった場合でも患者側にも負担の軽減になったとの意見でしたが、車いす同様・・・金銭面で個人の購入は厳しいと考える人が多いです」


「・・・やはりな」


「リースと言う方法も伝えたところ、治療が終われば不要になる事が多いので、そう言った方法があれば費用の面を含めて助かると・・・当初アンジェル様がおしゃっていた通りの意見です。今の所、構造上の改善点はなかったのですが・・・強いて言えば、車いすの座面が堅いのでクッションは必要だという意見はありました」


「要望は座面のみで良いと言う事か」


「はい、救護院では車いすや歩行器を複数台希望されており、リースも希望されています。そして我が家でも車いすを1台希望しています」


「わかった、車いすの発注はすぐ手配する。だがその前に確認して置きたい事がある」


「商会の事でしょうか?」


 ガスパールさまがわかっていますと言うように聞いてきた。


「その通りだ、車いすと歩行器の商会とリース商会だが、良い返事は聞けるのか?」


「お声掛け頂きありがとうございます、エミール共々引き受けさせて頂きたいと存じます」


「そうか、それは良かった。では以前に話をしていたようにガスパール殿が代表を務める、車いすと歩行器を製作する商会とエミール殿が代表を務めるリース商会、どちらも出資者はガスパール殿、エミール殿、ノルベール、ベルトラン、アンジェルの5名、今後は他の領地でも希望が出ると思う、運搬はエクスプリメ商会と言う龍の宅急便の利用を許可する」


「ありがとうございます、龍で運ぶと言う事は速く着くということでしょうか?」


「その通りだ。エクスプリメ商会はアンが希望していたもので、王都の店に原料や資材を運ぶために作った商会だ。馬車より速く、1度に運ぶ量も多いから運賃は割安になる。そして振動が少ない。後日、代表のセブラン・ガイヤール子爵を紹介しよう」


「お願いします・・・しかし運搬もアンジェル様の希望ですか・・・?」


「まぁ色々と・・・必要に迫られて立ち上げた・・・ガスパール殿には先に馬車職人のファブリスを紹介する。一度に何台納品できるか確認を願いたい。明日から私とベルトランはしばらく不在になる為、ノルベールから連絡が行くようにしてある。不便をかけるがよろしく頼む」


「わかりました・・・ノルベール様からの連絡をお待ちしております」


「明日、馬車職人に連絡をしますから、2、3日中には連絡が行くよう手配します」


「ありがとうございます、ノルベール様」


「ガスパールさま、商会名なのですが・・・」


「商会名ですか?アンジェル様が何か考えて下さったのでしょうか?」


「はい、ベル兄さまと考えたのです。車いすの商会がエクイップ商会、患者さんに必要なものを準備すると言う気持ちを込めて、リース商会はジャンティ商会、低価格で提供するので患者さんたちには、思いやりとか優しいと言う気持ちを込めて・・・どうでしょうか?あの・・・他の名前でも構わないですが・・・」


「いいえ、良い名前です。今までなかったものを考えて準備されたのですから、エクイップ商会・・・良い名前です」


 ガスパールさまはにっこり笑って賛成してくれた。


「・・・良かったです」


「私もジャンティ商会が良いです。思いやりや優しさを持って仕事をする・・・素晴らしいです」


「ありがとうございます、あの・・・エミールさま、今のお仕事に差しさわりはないのですか?」


「私の仕事は薬草を各領地から集めて救護院に販売することですから、並行して出来ます」


「そうだったのですね、それで南の大領地にも行かれてカカオ豆を購入されたのですね」


「ええ、カカオ豆も粉の物を救護院で使うので、ついでに豆の方も買ってみたのです」


「頂いた時はとても嬉しかったです・・・南の大領地にはバナーヌもあると聞いたのですが、食べたことはありますか?」


「一度だけ食べたことがあります。食べやすいので、患者さんに食べさせてあげたいと思いましたが、日持ちがしないことと、値段が高いのです。南の大領地でも夏場は廃棄することもあると聞いています」


「廃棄・・・勿体ないですね」


「保存ができないのが残念です」


「アン、バナーヌはまた今度にしなさい」


「・・・はい、ごめんなさい」


「辺境伯様、ギルドへの届け出は明日、私共で行って参ります」


 ガスパールさま達が行ってくれるらしい。


「そうしてくれると助かる、商会の出資者の書類はこちらで用意してあるので目を通して署名を頼む」


「わかりました」


 ノル兄さまが書類をテーブルに置き、今決まったばかりの商会名を追記して、ガスパールさまとエミールさまに確認してもらっていた。


 扉がノックされ、侍従が開けるとベル兄さまがやって来た。


「父上、遅くなり申し訳ありません」


「終わったのか?」


「はい、パトリック伯父上の所には資材の手配も依頼済みです。それとアンが注文していたものがリアムより届けられましたので、中を確認しました。窪み板はカジミールに、焼きごてはポランに届けるようバスチアンに伝えてあります」


「そうか、ご苦労だった」


 ベル兄さまは忙しかったらしい、それもアンのせいだよね・・・お疲れ様。


「ガスパール様、遅くなり失礼いたしました」


「ベルトラン様、お世話になっております。お忙しいところお時間を取っていただきありがとうございます。非力ながらエミール共々商会の代表を務めさせて頂くことになりました、どうぞよろしくお願い致します。」


「お力添え頂き、心強いです。こちらこそよろしくお願いします」


「ベルトラン様、私もよろしくお願いします」


「エミール様、お世話になります。車いすと歩行器の注意事項や使用方法を記載した説明書は、こちらで用意してよろしいですか?」


「1台ごとに付けて頂けるのでしょうか?」


「はい、その予定でおります」


「それは助かります、1部の予算がどのくらいになるか、後日改めて確認させて頂いてよろしいですか?」


「わかりました、枚数が増えても1枚単価は同じになります。見本をお渡ししますので、内容の確認と追加や修正があれば教えて下さい」


 ベル兄さまが見本をガスパールさまとエミールさまに渡していた。


「自宅に戻りましたら、確認させて頂きます」


 ベル兄さまが頷いていた。


「ベルトラン、出資者の書類に署名をし、アンにも渡して署名をさせてくれ」


 お父さまが書類をベル兄さまに渡して、その後ノル兄さまと何か話をしていた。

 ミラとか聞こえたけど・・・。

 ベル兄さまが書類をアンの前に置いた・・・あっ・・・署名ね。


「アン、ここにアンの名前を書いて・・・12枚あるからね」


「は、はい」


 12枚・・・。


 漸く書き終えたよ。

 お父さまに書類を渡したら、みんなに2枚ずつ配っていた。

 そっか・・・商会が2つで、出資者が5名で・・・みんながその書類を持つから・・・でも2枚余るよね?

 誰の分かな?


「ガスパール殿、この1枚はギルドに提出する分になる。こちらはエミール殿が提出する分になる」


「わかりました」


 ガスパールさまとエミールさまが頷いて書類を受け取っていた。

 そっか・・・ギルドの分だったの。

 これで車いすと歩行器は何とかなるよね。

 ランベール夫人が少しは元気になって車いすで、お出掛けが出来るようになるといいな。


「次に犬の事だが、ミラがガスパール殿にかなり慣れているようなので、数日泊りで様子見をしようと思う」


「それは嬉しいことです、エステルが喜びます」


「それと、今日はミラと同じく今年の春に生まれたメス犬のタイスと救助犬として昨年まで活躍したオス犬のレオを連れて来た。タイスはちょっとやんちゃだが、レオはグレース同様穏やかな犬だ。今年で10歳になる。大型犬は寿命が短い、別れが早くやってくることもある。既に辛い経験をされているので、成犬はあまり進めたいと思わないが・・・もう少し考えてはどうか?」


 ガスパールさまはレオを見た。

 エミールさまもレオを見たけど・・・嬉しそうに口角が上がっているように見える。


「承知の上です、レオとタイスの両方を希望します」


 エミールさまの透き通った薄い青色の瞳をキラキラさせて答えていた。

 犬が大好きなのだと伝わってくる。


「レオ、ミラ、タイス、グレースお待たせ」


 声を掛けるとミラとグレースはアンを見たけど、タイスとレオはこっちを見ないね・・・。

 アンの言う事は聞いてくれないらしい。

 ミラはガスパールさまのところに行ってしまった・・・ちょっと淋しい。


「ミラは私の所に来たのだね」


 ガスパールさまは少し毛が増えたミラの頭を嬉しそうに撫でていた。


「レオ・・・動かないです」


 レオに声を掛けたけど、誰?と言うように首を傾げていた。


「レオは初めてだから動かないの?タイスもレオを見て真似しているのかな?」


「レオ・・・タイス」


 お父さまが声を掛けた。

 するとすぐにレオはお父さまの隣に来て、タイスもつられるようにレオの隣に並んだ。

 レオはお父さまの顔を見て、エミールさまの顔見て、またお父さまの顔を見た。


「レオ、問題ない」


 お父さまがレオに声を掛けて、エミールさまの所まで連れて行った。


「レオは賢い。主人の声に従うように躾をされている為、主人が変わったと理解するまで時間がかかると思う」


 エミールさまがそっと手の甲を近づけ匂いを嗅がせていた。

 レオはエミールさまをちょっと見たけど・・・すぐにお父さまの方を見る。

 仔犬と違ってすぐに甘えたりしないみたい。

 アンの部屋にいる時も、グレースと一緒に窓辺で寝転んで日向ぼっこをしていたけど、アンに甘えたりしなかったのは主人じゃないから?おじさん犬は誰にでも甘えないの?・・・。

 タイスはレオの真似をしているみたい。

 タイスはエミールさまが気になるのかチラッと見て、そしてレオの方を見ている。


「・・・レオとタイスは普段は犬舎にいるのでしょうか?」


「そうだが?」


「犬舎に通っても宜しいでしょうか?賢い犬程時間をかけたほうが良いかと思ったのです」


「今日はミラだけ連れて行くと言う事で良いか?」


「そうします、タイスとレオは慣れるまで私が通います」


「そうだな・・・特にレオには時間が必要だと思う」


「信用されるように努力します」


「エミール殿は犬の気持ちが理解出来るようだな・・・レオもすぐ信頼してくれると思うぞ」


「ありがとうございます、信頼される日を楽しみにしています。レオとタイスから信頼を得られたら、我が家で買い取らせて下さい」


「もちろんだ、そのつもりで連れてきている。ああ・・・グレースは売るつもりはないのだが・・・ついて来てしまったようだな」


 お父さまがアンの方を見た・・・ごめんなさい、何も考えずに連れてきてしまいました。

 エミールさまはお父さまを見て頷いた後、レオを優しく見つめていた。

 よかった・・・グレースまで連れて行かれなくて・・・。


「ガスパールさま、夫人の容態はいかがですか?」


「お陰様で食欲は以前より増え、かなり元気になってきています。1週間に2度、ミラと遊ぶことが楽しみになっているようです」


「良かったです」


 セラピードッグ効果だよね!嬉しい。


「昨日から起き上がって・・・ベッドの上で自ら食事を取るようになりました。目に見えて元気になっていくのが分かります。お店の招待状を見せて、店に車いすで行ってもデザートを食べる事が出来ると話をしましたら、新しいドレスを着て出席したいと言い出しまして・・・こんな嬉しい出費は久しぶりです」


 ガスパールさまは夫人に、凄く高価なドレスを送るのかな?キラキラの豪華なドレスを想像してしまったよ。

 エミールさまもうんうんと首を縦に振っているから、カリーヌさまも新しいドレスを作りたいと言い出したのかも。

 お母さまとアンもドレスの採寸をしたから、招待客はみんなドレスを新調しているかも。お針子さんたちも大忙しだね。


「お店で夫人に会えるのを楽しみにしています」


「ありがとうございます、エステルに伝えます・・・先ずは車いすや歩行器を沢山作って貰わないといけませんね」


「そうだな、急ぎで何台できるか・・・」


「少しでも早く作ってもらえると助かります」


 何十台注文するのかな?凄く忙しくなるよね。 

 ・・・頑張れ・・・ファブリス。


 帰る時間になり、エミールさまはレオとタイス見て「また会に来るからね」と声を掛けていた。ガスパールさまはミラに声を掛けてから、そのまま連れていった。


 レオとタイスはお父さまが連れて行くと言って応接室を出て、アンは残ったグレースを連れて部屋に戻った。

 今日はグレースのモフモフを堪能してのんびり過ごそう。

 レオとタイスは犬舎に戻すらしい。

 アンの部屋にいてもいいのにね・・・レオのモフモフも触ってみたかったな。





 夕食後、部屋に戻って窓を見ると雪が深々と降っていた。ガスパールさまがいらしゃっていた時に積もらなくて良かったね。

 もっと積もったら、明日は庭で雪の精霊さんたちと雪遊びをしたいな・・・庭に出たら怒られるかな?

 グレースと護衛が一緒なら大丈夫かもしれない。

 明日聞いてみよう・・・。


 今日は早めに湯浴みを済ませてベッドに入った。




 カサカサ、カサカサ、カサカサ。

 ・・・カサッ。


 ん・・・?グレースかな?

 窓のところでカーテンを前足で動かそうとしているのかな?

 布のこすれる音がする。


「グレース?」


 厚手の上着を羽織って窓まで行くと、外から音が聞こえる。

 窓に何か軽く触れているのか・・・カタカタ、カタカタとはっきり聞こえてきた。


 グレースが吠えないから、魔獣とか悪い人とかではないよね。

 カーテンをちょっとだけ横に引いて覗くと、懐かしいキリーの眉が見えた。


「えっ?キリーの眉?」


 なぜここにあるの?真冬で真夜中の深々と積もる雪の中だよ?

 よく見るとキリーの顔もあったよ。

 嘴を下げて目が窓に張り付くくらい近づいてガタガタ震えていた。

 キリッとした顔だけど目が潤んで泣きそうになっている。


「キリー!」


 慌てて窓を開けたけど・・・ここ2階だった。

 落ちたら心配かけちゃうね・・・窓から急いで離れたら、キリーは気にした様子もなく雪まみれのまま無理やり部屋に入ってきた。

 急いで窓を閉めたけど部屋は雪だらけになったよ。

 どうしよう・・・。


「ヒッ!」


 振り向くとフォセットが怯えて固まっていた。物音で起こしてしまったのかな?


 「あー・・・」


 キリーを見るのは初めてだよね・・・驚くよね。

 キリーがチラッと声のする方を見たので、フォセットがまた驚いたみたい。


「ヒィッー!」


 フォセットは慌てて部屋から出て行ってしまった。

 するとマクサンスとジュスタンが剣を構えて部屋に飛び込んで来た。


「魔獣はどこですか!」


「魔獣?」


「いた!鳥の魔獣か!」


「ソバージュカナールではないな、アンジェル様!危険です、すぐに離れてください!」


「魔獣じゃないの!キリーは暴れたりしないから」


 慌ててキリーの前で両手を広げた。


「マクサンス、ジュスタン、大丈夫だよ。キリーはアンが卵から育てたの」


「はっ?」


 アンの背中を見ているけどいつもの卵はベッドの中だよ。


「違う卵だから・・・取り敢えずキリーが寒がっているから布を持ってきて・・・キリー、暖炉の前で温まろうね」


「グ、グ、グ、ワ、ワ、ワ」


 ガタガタ震えながら返事をして頷いたキリーを暖炉の前に連れて行くとうずくまるようにしゃがみ込んでしまった。

 キリーはしゃがむと足が見えなくなるけど・・・体の下はどうなっているのかな?

 グレースは驚く様子もなく隣で座っている・・・気にならないらしい。

 マクサンスとジュスタンは目を丸くして、ちょっと口が開いていた。


「本当に暴れたりしないのですか?」


 マクサンスはまだ信じられないと言う顔をしている


「お、お待た・・・ヒッ・・・」


 声がするたびにキリーがこちらを向くのでフォセットが怯えている・・・キリー、フォセットをからかってないよね?


「フォセット、ありがとう」


 タオルを受け取って、濡れた羽を拭いた。


「キリー、こんな寒い時にどうして戻って来たの?」


「グ、グ、ググァ、ワァワ、ワ」


 まだ寒くて話せないみたい・・・普通に「グワァ」と言われてもわからないけど。

 先ずは温まってもらうしかないよね。

 羽を拭いた後、シーツを掛けてあげたけど、鳥って風邪を引いたりしないのかな?

次回の更新は7月4日「47、ひ弱令嬢と寒がりな鳥」の予定です。

よろしくお願いいたします。


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