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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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45、ひ弱令嬢と保冷室

「おはようございます」


「「「おはよう」」」


 元気よく朝の挨拶をすると、明るく返事が返って来たのはお父さまとお母さまとノル兄さまの3人。


「今日はベル兄さまとシャル兄さまがいないのですね」


「ベルは自室で食事をすると聞いている、厨房の近くにある地下の部屋を保冷室に改造する準備をするらしい」


「保冷室は今日できるのですか?」


「いや、今日から使うのは無理だろう・・・職人が来て壁と床と扉を変えると聞いている」


「職人が来るのですか?」


 職人まで呼んでいたの?・・・アンは嬉しいけど、お仕事が早過ぎない?


「部屋の大きさや必要な材料は考えていたようだが、さすがにベルでは工事は出来ないからな」


 そうだった・・・何でも出来るから工事もしてしまいそうけど・・・そこまでは無理だよね。


「シャルはもう食事は済ませたそうだ、部屋で勉強すると言っていたぞ」


「シャル兄さまはすっかり勉学に目覚めたのですね」


「そうね・・・漸く目覚めたようだわ」


 お母さまは満足そうに答えていた。


 目覚めて良かったね・・・目覚めないまま卒業していたらシャル兄さまはどうなっていたか・・・。

 怖くてお母さまの顔を見る事ができなくなっていたかもしれないよ。


「今日の昼食は新しいデザートが出ると、シャルが楽しみにしていたからね。沢山食べるために朝食を早めに食べたのかもしれないよ」


「「えっ?」」


 アンとお母さまの声が重なった。

 ノル兄さま・・・それを言ってもいいの?早く部屋に戻って勉強する為ではなかったの?

 お母さまはノル兄さまの話を聞いた途端、手に持っていたマシロパンをぎゅっと握った。

 ・・・手の中のマシロパンが潰れているよ。

 柔らかくて美味しいマシロパンは・・・潰したらフワフワパンじゃなくなるのに。

 あっ・・・潰れたパンをちぎってジャムを付けて食べた。食べ物を無駄にはしないお母さまは立派だけど、でも・・・何かが違うような気がする。

 とりあえず今は考えないようにしよう。


「ア、アン・・・頼まれていた角食パンの型とアイスディッシャーのメモは、昨日のうちに鍛冶職人のリアム宛てに届けさせてある。確認事項は直接アンに尋ねるように追記してあるから、連絡が来たら対応するように」


「ありがとうございます、お父さま」


 お父さまが慌てて話題を変えてくれたよ・・・良かった。

 ノル兄さまもお母さまが握って潰したパンを見てそっと目をそらしたから、自分の失言に気づいたと思う。

 お母さまは普段とっても優しいのに・・・今はそっとしておこう。


 お昼はパトリック伯父さまと従兄弟のフレデリクさんがいらっしゃる。

 その頃には落ち着いているといいな・・・。


「それとガスパール殿だが、6日後に車いすや歩行器、そしてミラや他の犬たちの事で屋敷に来てもらう事になった。アンも同席するように」


「はい、わかりました。ミラに会うのも久しぶりだから・・・楽しみです」


「ミラは大きくなったぞ」


 短かった頭の毛も伸びているかな・・・モフモフになっているといいな。


「もう重くて抱っこ出来ないですね」


「アンにはもう無理だろう・・・ミラはきちんと躾もできているから外泊も問題ない」


「いよいよ、ガスパールさまのお屋敷にお泊りですね」


「そうだな・・・アンはミラを手放してもいいと思う気持ちに変わりはないか?」


「・・・はい、ミラも喜んで誰かの役に立っているなら・・・その方がいいと思います」


 ミラがいなくなると淋しいけど、アンがずっと面倒を見る事はできないもの。

 ミラを大事にしてくれる人がいるなら任せた方がいい・・・。下を向きそうになるのをぐっと我慢してお父さまの目を見た。


「・・・そうか、わかった」


 自分が決めたことだから、もう落ち込んでいる時間はない。すぐにお店の準備もしないと。


「・・・あの、お父さま、エタンに会ってもいいですか?」


「エタン?・・・看板に描く精霊の絵の事だったか・・・日程はバスチアンに確認した方がいいだろう」


「はい、2日後の予定を聞いてみます」


 部屋に戻ったら精霊さんの絵を描かないとね。

 どんな看板になるのか楽しみだな。メニュも描き始めているのかな?







 お昼前にパトリック伯父さまとフレデリクさまが龍でやって来た。

 フレデリクさまも龍に乗れるなんて・・・羨ましい。

 アンも早く10歳になって龍舎に行ってみたいよ。

 お父さまは男性だけって言ったけど・・・アンはお嫁に行かないって言ったら龍舎に入れてもらえるかな?


「アンジェル様?こんにちは」


 龍を眺めてぼんやり考えていたらお父さま達のご挨拶は終わっていた。


「パ、パトリック伯父さま、こんにちは。お待ちしていました」


「お元気そうですね、今日は沢山お土産を持ってきましたよ」


「ありがとうございます、毛糸の事はお父さまから伺っています。後で見せて下さいね」


「ええ、喜んで。お好きな色を選んでくださって構いませんから」


「楽しみにしています」


「今日は息子も一緒です」


「こんにちは、長男のフレデリクです」


 さっき・・・アンの背中のリュックを見ていた人だ。気になると思うけど、卵が入っているだけだからね。


「こんにちは、フレデリクさま」


「前回はご挨拶ができなかったから、今回ご挨拶が出来てうれしいです。アンジェル様が考案した食事も楽しめると聞いて張り切ってやってきました」


「そう言ってもらえると嬉しいです。今日の昼食は、昨日試作したばかりの新しいデザート系の食事が中心です。フレデリクさまは甘いものは食べられますか?」


「ええ、得意です」


「良かった、たくさん食べてくださいね」


「ありがとうございます」


 フレデリクさまがニッコリ笑って答えていた。


「新しいデザートが食べられるのですね、今日来てよかったです」


 パトリック伯父さまとフレデリクさまのニッコリ笑った顔は同じだった。

 アンもにっこり笑うとお父さまと同じになるのかな?出来ればお母さまと同じがいいな・・・。

 きりっと凛々しい顔はちょっと・・・いやかも。


 お母さまがパトリック伯父さまたちに、昼食まで少し時間があるのでサロンでお茶をしましょうと声を掛けていた。

 お母さまもパトリック伯父さまとゆっくりおしゃべりがしたいのかも。





 昼食の時間になり、パトリック伯父さまとフレデリクさまはお母さまと一緒にやって来た。

 お父さまはノル兄さまとベル兄さまの3人で打ち合わせがあったらしい。

 シャル兄さまはいつものように「1番先に来ていた」と胸を張ってい言った。


 熱々のフレンチトーストにアイスを添えたお皿と、3種類のタルティーヌの乗ったお皿がみんなの前に置かれていく。

 タルティーヌは2種類しか考えてなかったけど、今回はソーセージときのこにチーズを乗せて焼いたものが増えているよ、なんだか美味しそう。

 ソーセージとチーズはパトリック伯父さまが持ってきて下さったものを早速使ってみたらしい。

 カジミールが進化していた・・・素晴らしい。


「今日は新しいデザートがあるため、食堂はいつもより暖かい部屋になっています。少し熱いかもしれませんが、デザートを食べると丁度良くなります。今日はフレンチトーストのアイス添え、それとタルティーヌです。アイスが解けないうちにフレンチトーストに乗せて食べてください・・・あっアイスはたくさん口に入れると頭がキーンとなって痛くなりますので気を付けてくださいね」


 みんなアイスを少し口に入れていた。

 アイスに興味津々みたい。


「・・・美味いけど・・・すぐ溶けてなくなるな、たくさん口に入れたくなるぞ」


「シャル兄さま、危険だよ」


「そんなに危険なのか」


「ユーゴが口から頭に向かって剣を刺されたような痛みだと言っていたよ」


「ユーゴは口から剣を刺されたことがあるのか?」


「例えだと思うけど・・・あっ・・・シャ、シャル兄さま?」


「うっ・・・」


「えっ?いっぱい口に入れたの?今言ったばかりなのに・・・」


 シャル兄さまは食いしん坊サンだよね・・・困った事。


「ぐっ」


「あぅ」


「あっ・・・パトリック伯父さま?フレデリクさまも?」


 ここにも食いしん坊さんがいたよ。


「これは危険なものではないかしら?」


「お、お母さま・・・まだ食べなれないからだと思います。溶けるけど少しずつフレンチトーストに付けて食べればキーンってならないのです」


 アイスなのに危険とか・・・何故こんなことに・・・。

 ・・・・おかしい。


「お父さまたちは無事ですね?」


「ああ・・・同じ轍は踏まんぞ」


 お父さまは誰のことを言っているの?

 ユーゴが昨日キーンってなった事を知っているのかな?誰にかに聞いたの?・・・マクサンスが告げ口したとか?


「これはやはり飲み物だな?」


「お父さま?」


 ユーゴと同じ事を言ったよ。

 アイスは食べ物のはず・・・だよね?・・・あれ?


「いや、驚きました。アイスとは冷たくて甘くて美味しいのですが、痛いです・・・好奇心には勝てず、つい・・・。アンジェル様がせっかく教えて下さったのに・・・いやぁ・・・凄い痛みが走りました。この経験は2度としなくていいものですね・・・フレンチトーストはこのままでもとても美味しいですが、危険回避のため・・・一緒に食べます」


 パトリック伯父さまがようやく立ち直ったみたい。良かったけど・・・危険回避って・・・。


「始めて食べるものばかりですが、どれも美味しいです。特にこのアイスの刺激的な事」


 えっ、フレデリクさまも?・・・アイスに刺激なんてないよ。

 口に入れ過ぎるからキーンってなっただけだよね。フレデリクさまはキーンが好きなの?・・・ちょっとこわいかも。

 こんなにも大変なことになるなんて・・・お店で出して大丈夫かな?

 ・・・・不安になって来た。


 タルティーヌやフレンチトーストが食べ終わると小さなグラスにフレーズパフェとチョコレートパフェ、そしてレザン入りアイスの3種類が大人たちの前に置かれた。

 アンとシャル兄さまはラム酒で漬けたレザン入りは食べられないので、チョコレートパフェが少し大きめになっている。

 嬉しい・・・。


「これもアイスを使ったパフェと言うものです。レザンはラム酒に漬けているので、大人のアイスです・・・あの・・・キーンとならない程度に口に入れてくださいね。アイスはお店でも春から出す予定です」


「フレーズが入ると綺麗ね」


 カジミールがフレーズの上にミントを飾っていた・・・カジミールはマントと言っていたけど。

 緑もあって綺麗だね・・・アンはマントを食べずにお皿の横にそっと置いたよ。


「フレーズは春だけで・・・果物は季節にごとに変える予定です」


「それも楽しみね」


 お母さまの言葉に笑って頷いた。


「チョコレートパフェも美味しいですが、ラム酒漬けのレザン入りはもっといいですね。苦みと酸味と甘さの取り合わせがいいです」


 パトリック伯父さまの口にもあったみたい。フレデリクさまもキーンってなってないね。

 お父さまはレザン入りがいいのかな?先に食べている。

 お母さまとノル兄さまとベル兄さまはフレーズ、レザン入りを食べ終わっていた。

 ベル兄さまはレザン入りも美味しそうに食べていたけど、大人の仲間入りは来年だよね?ちょっとずるいような、羨ましいような・・・アンも早く大人になってレザン入りを食べてみたいな。

 兄さまたちは最後にチョコレートパフェを食べている。

 先にチョコレートパフェを食べるとフレーズの甘みがわからなくなるからだって・・・さすがだね。

 シャル兄さまは食べ終わって、おかわりをしているよ・・・しかもチョコレートパフェを・・・贅沢な・・・。


「シャル兄さま、この後サロンでポップコーンが出るよ」


「ああ・・・大丈夫だ。ちゃんと食べられるぞ」


 シャル兄さまのお腹は無限らしい。


「ポップコーンとは何でしょうか?」


 パトリック伯父さまが驚いたように聞いてきたよ


「マイスを炒っていろいろな味付けをしたものです。塩味、キャラメル味、チョコ味、チーズ味の4種類です・・・でもお店で出すものではないので、いずれ何処かで販売したいと考えています」


「そ、そうでしたか・・・僅かな時間にまた新しいものがどんどん増えて驚きました」


 パトリック伯父さまは眼をぱちぱちさせ、そして遠い目をしていた。

 フレデリクさまはパフェのスプーンを持ったまま固まっている。

 あっ、アイスが溶けて垂れちゃうよ、早く口に入れて・・・。


「エールにも合うから、夜に飲みながらつまむのもいいぞ」


 夜になったらお父さまには、塩味とチーズ味を届けるようにカジミールに伝えておこう。


「よ、夜も楽しみですね」


 パトリック伯父さまは笑顔で答えていたけど、目が笑っていないような気がするのはなぜかな?


「あの・・・お父さま。質問しても良いですか?」


「何かな?」


「南の大領地ではバナーヌと言うものを輸入していると聞きました。保冷室みたいな箱を作って龍の宅急便で北の大領地まで運べないですか?」


「バナーヌか・・・食事も終わったようだし・・・サロンに移動してから話をしよう」




 全員でサロンに移動すると、お茶とポップコーンがそれぞれの前に置かれた。

 パトリック伯父さまとフレデリクさまは紅茶を一口飲んだあと、1つずつつまんで食べていた。


「塩味とチーズ味はお酒が欲しくなりますね、これは確かにエールですね」


 パトリック伯父さまはチーズ味を続けて口に入れていた。


「最近はポップコーンの影響か・・・エールも飲むようになったな」


 お父さまは時々ポップコーンを食べていると言う事?

 気に入ってくれたならいいけど・・・やっぱりどこかで売りたいよね。


「さて、バナーヌだったな。あれは王都でも滅多に入ってこないものだ・・・すぐ腐るから、他の領地に出せないと聞いている」


「暖かいと腐るのなら冷やして持ってきたらいいと思ったのですが・・・龍の宅急便に保冷箱を設置してバナーヌを入れて運べないでしょうか?」


「拠点がまだ出来ていないから、龍の宅急便は王都までしか行けない・・・拠点と同時に保冷室と保冷箱を増やさないと運ぶことは難しいな」


「いずれ出来たら運べる可能性はあるのですね」


「そうだな、バナーヌは何に使いたのだ?」


「チョコバナナパフェにするのです」


 チョコバナーヌパフェとは呼ばない・・・茉白の世界の言葉をそのまま使いたいから。

 茉白が分かりやすいように・・・。


「チョコバナナパフェ?・・・バナーヌパフェではないのだな?・・・確かに南の大領地でしか食べられない果物が、店で気軽に食べられるのはいいかもしれないな、バナーヌは栄養価も高いし食べやすいと聞いたことがある」


「柔らかいから小さい子どもやお年寄りも・・・あと病気の人も食べられます」


 たぶんだけど・・・。

 茉白の世界では誰でも気軽に食べていた。

 学校と言うところに行っている子供たちが、遠足と言うピクニックに持って行くのに、おやつになるのかお弁当になるのか・・・迷っていたような?

 うーん・・・チョコをかけたらおやつだよね。

 サンドウィッチやサラダに入れたら食事だし・・・なんだか・・・アイスが飲み物と言ったユーゴを思い出した。

 ユーゴならバナナはおやつと言うよね。


「柔らかいと知っているのだな・・・気持ちはわかるが、誰でもが気軽に食べられるものではないぞ」


「・・・高いのですね」


「そうだな・・・値が張る。すぐには無理だが春になったら、南の当主のフールージュ公爵に尋ねてみるか・・・」


「はい、お願いします」


「あの・・・保冷室とはどのようなものですか?アイスを作るのに関係があるのでしょうか?」


 パトリック伯父さまがお父さまに聞いていた。


「この件はパトリック義兄上に話をしようと思っていたのだ。保冷室は氷を置いておける部屋になる、夏でも冬のように寒い部屋になる。アイスを作りたいとアンが希望したのだ。氷があれば作れると言って・・・店で出すなら夏でも氷が必要になる。王都にもその保冷室を作る為、氷を運ぶ予定でいる」


「氷は運んでいる間に溶けてしまわないのですか?それよりも氷は何処から持って来るのでしょうか?」


 パトリック伯父さまは不思議そうに首を傾げていた。


「義兄上、フレデリク殿・・・今はまだ他言無用にしてほしい」


「!・・・」


 フレデリクさまは目を丸くしながらも黙って頷いていた。

 伯父さまも同様に頷いていた。


「氷は魔法で出来るようになった」


「出来るようになった?」


 パトリック伯父さまはお父さまの言葉を繰り返して固まっているよ。


「アンが氷を作れないかとベルに聞いたらしい」


「それであっさりと作ってしまったということですか?」


「あっさりとまではいかないが・・・今はアンもアンの護衛も作れる・・・料理人も2名が練習して小さい氷なら作れるようになったらしい」


「ソウ、デスカ・・・ツクッタ、ノ、デスカ?」


 パトリック伯父さま、言葉が堅いですよ。


「その氷を保存するための部屋を今作っている。今夜はみんなで保冷室の状況を確認しようと思っていた」


「わ、私もご一緒させていただいもて良いですか?」


「もちろんだ、今後は保冷室を増やしていく予定だ。設置予定場所はノール本店と王都店、そして今まで移動時に宿泊していた屋敷と宿だ。先ずはパトリック義兄上の屋敷とカサンドラ義姉上の実家のルーホン子爵邸と龍の宅急便の代表を務める、セブランの実家のガイヤール子爵邸、そして王都の私の屋敷だが・・・氷の噂を聞けば恐らく王城も希望してくるだろう・・・いずれ各大領地にも広がると思う」


「アンジェル様がアイスクリームを作りたいと願った結果が・・・このように・・・?」


「・・・まあ・・・そうなるな・・・」


 お父さま、パトリック伯父さまの問いに遠い目をしているのはなぜですか・・・?

 保冷室を作るのは大変だけど、これから絶対に必要なの・・・アイスとかバナナとか、アイスとか・・・アイスとか・・・それから・・・えっと、きっともっとあるはず、たぶん・・・。


「大ごとに感じますが・・・今後の事を考えればきっと重宝されますよ。我が家にも設置していただけるのでしたら、作った乳製品やソーセージなどの保存期間が延びます。破棄する無駄が減る分、価格を下げる事ができますし、必要なものは自前の魔法で作る氷のみで・・・経費は部屋を作る工事代だけですから。素晴らしいと思います」


「義兄上の所では使い道がありそうだな。試しに庭で氷を作ってみるのもいいかもしれない。フレデリク殿も一緒にどうだ?いずれ氷は自分たちで補給しなくてはならないからな」


「はい、是非試してみたいです」


 フレデリックさまはすぐに立ち上がり、窓から庭を見ている。

 そのまま外に出たら寒いよ。

 パトリック伯父さまの侍従が慌てて動き出し、サロンを出て行った。

 ベル兄さまとシャル兄さまはいつの間にか上着を着ていて、すぐに庭へ向かってしまったけど、お父さまとお母さまとノル兄さまは行かないらしい。


 侍従がコートを持って戻って来た。

 パトリック伯父さまは声をかけられて上着を着せられていた。

 フレデリクさまにも上着を着せ終わると、ホッとした顔をした侍従と目が合った。

 お互いにニッコリ笑い合い「突っ走る主人を持つと大変だね」という意味を込めて頷いた。

 その後、フォセットとユーゴを見たら・・・2人とも侍従とうなずき合っていた。

 アンと同じ気持ちなのかな?


 窓の方を見ると、ベル兄さまがパトリック伯父さま達の横で教えている。

 アンも行かないと・・・。


「フォセット、コートを取りに行くまで待っているね」


 アンはちゃんと待てる子だよと何気に主張してみたけど「今日は一段と冷えますので、庭へは出られませんよ」と言われてしまった。

 えー、一緒にやりたかったのに。


 パトリック伯父さまとフレデリクさまは頬と手が赤くなっていた。

 寒い庭で氷作りだからね・・・でもなんか楽しそう。

 窓から見ていたら雪の精霊さんたちがフレデリックさまの頭に雪を乗せていた。

 パトリック伯父さまが頭の上にある雪を見て笑っている・・・伯父さまは精霊さんたちのいたずらがわかるのかな?

 フレデリクさまも笑っていて、雪を乗せたままにしていた。


 カランカラン


「あっ出来ました、氷が出来ましたよ」


「フレデリクに先に越されたな」


 伯父さまは笑いながらバケツを見ていた。


 ガランゴトン


 大きな音がしたけど・・・氷だよね?

 シャル兄さまが氷を作ってバケツに落としていた。

 シャル兄さま・・・その大きな塊では扱い難いけど龍で運ぶ時はと溶けにくいからいいかもしれないね。

 ベル兄さまがシャル兄さまの前に、バケツを4個も置いて笑っているけど・・・もっと作れと言う事かな?

 ベル兄さまは何気に人使いが荒いような気がする。

 シャル兄さまは並ぶバケツの前でガランゴトン、ガランゴトンと音を立てながら氷を作っていた。


 伯父さまもやっと氷が作れるようになったらしく、「この歳になっても新しい魔法の勉強ができたことが嬉しいです」と楽しそうな声が聞こえてきた。


 ジュスタンが更にバケツを4個も持って来た。

 そこにドンドン入れてもらったから、今日と明日の氷は要らないかも・・・良かったね・・・カジミール。

 結局追加で持ってきたバケツも含めて、8個のバケツは氷が山盛りになっている。

 力を合わせると何でもできちゃうね。みんなは頬と鼻と手を赤くしていたけど笑顔だったよ。


 お父さまは外に出ないでみんなを見ていたのかと思っていたら、・・・遠くの山を見ている。何か考え事をしているのかも。

 もしかしたら「グーさま」の事?・・・いずれ行かないといけないよね。

 どんな用事なのかな?・・・精霊巫女の話ならどうしよう。巫女になんてなりたくないよ。

 アンは龍に乗って自由に空を飛びたいもの。


「アン?」


「お、お母さま?」


 急に声を掛けられちょっとドキッとした。


「アンは・・・いえ、紅茶の準備が出来ているわ・・・アンも一緒に飲みましょうね」


「はい」


 お母さまは何か言いかけたけど・・・アンが今、何を思っていたかわかるのかな?


 みんな寒いはずなのに、ニコニコ顔でサロンに戻って来た。

 大人たちはジャンジャンブルティーを、フレデリクさまは17歳で既に成人しているけど、未成年組のベル兄さまとシャル兄さま、アンと同じナッツミルクティーをフォセットが出していた。

 フレデリク様は「ナッツミルクティーを飲んでみたかったのです」と言っていた。

 冬は身体が温まるものが1番だよね。


 フォセットも我が家のお茶の種類をあっという間に覚えたみたい、とても準備が早かったよ・・・凄いね。

 


 氷のお話も漸く落ちついた所で、パトリック伯父さまが侍従に毛糸を持って来るように伝えていた。

 侍従は壁際に寄せていた木箱を伯父さまが座っているソファーの横に置き、木箱から毛糸を取り出しテーブルに並べていく。

 染色された毛糸が、赤やピンク色、オランジュに緑、青や黒などたくさんある。


「アンジェル様、お好きな色をお取りください」


「アンが最初に選んでもいいのですか?」


「もちろんです」


「嬉しい、首に巻く物や手袋を作ってみたいです」


「ストールなら4つくらい使うと聞いています。手袋なら大人でも1つあれば十分ですよ」


「・・・ピンクが4つと赤と緑が1つずつ、水色も1つ頂いてもいいですか?」


「もっと選んでもいいのですよ」


「今はこれで充分です」


「わかりました・・・ステファニー、この木箱は預けておくよ」


「ええ、お兄様ありがとうございます。大切に遣いますわ」


 伯父さまはにっこり頷いていた。


「お母さま、編針はあるのですか?」


「あるわよ、かぎ針と言って先の部分に糸を掛けて編むのよ」


「お母さまは編み物が出来るのですね」


「ストールぐらいはできるけど、服は作ったことがないわ」


「棒針はありますか?」


「棒針?どんなものかしら?私が知っているのはレース編みと同じようなかぎ針だけよ」


「棒針はかぎの部分がないものです。編み方が違うので、かぎ針より少し薄く仕上がります」


 茉白は自分で図案を考えて、マフラーと手袋編んでいたの。

 図案は紙に縦横の線を引いて碁盤のマスを作る。マス目に文字や模様となる部分に色を塗っていた。

 色を塗った部分は毛糸の色を変えて編むとちゃんと文字や模様になる。

 正式には色の塗ったところは記号を入れるみたい・・・茉白は見やすいように独自の図案を作って編んでいた。

 アンも紙に線を引いて茉白式の図案を作りたいな。

 刺繍だって図案を作って好きな色に変えたりするもの・・・毛糸だってきっと出来るはず。


 ユーゴに棒針を作って貰わないと。

 これでユーゴは龍騎士兼護衛兼竹串職人兼試食担当とクレープ棒職人と毒見担当(お母さまの言い訳)とキリーのお守りと爪楊枝職人とコピー職人に棒針職人と言う肩書が増えたね。

 メレンゲ担当は外したし・・・氷職人は沢山増えたからこれも外しておくね。


 部屋に戻ったら、ユーゴに頼まなくちゃ。

 ストール用には少し太くて長いのが4本、手袋用には細くて短いのは10本くらいあればいいかな・・・足りなければまた作って貰えばいいし、マクサンスやジュスタンにも頼めるはず、誓約書の第3条件も可能と聞いているしね。







「本日の夕食はポテトサラダ添えの野菜サラダとクリームシチューでございます。パンはマシロパンとクルミパンとチョココロネです。ジャムは姫ポムとフレーズとスィトロンの3種がございます。後ほど、ソバージュカナールのハーブ焼きをご用意いたします」


 運ばれてきた料理が並べ終わると、侍女たちは会釈をして下がって行った。

 特に新しい料理はないのでバスチアンがパトリック伯父さま達に説明していた。

 チョココロネはカジミールに頼んで作ってもらったもので、チョコクリームがたっぷりと入った高級パンだよ。

 茉白の世界ではなぜかチョココロネはお手軽な価格だったけどね。


 シャル兄さまが早速食べ出した。

 それ・・・高級パンだからね・・・いっぱい食べたらだめだよ。


「今の時期にソバージュカナールは珍しいですね」


 パトリック伯父さまが驚いていた。


「今期の冬はこれで2度目になる・・・奥の湖で見かけて仕留めたと聞いているが」


「何かに追われていたのでしょうか?」


「念の為、他の魔物がいないか調べたが特に変わった様子はなかった」


「そうでしたか・・・なにごともなく美味しい肉が食べられるのですから、有難いことですね・・・こちらがポテトサラダでしたか・・・美味しいですね」


「マヨネーズ味とアンが言っていたな」


「マヨネーズ・・・?アンジェル様が考案されたソースですか?」


「ああ、肉もハーブを使って焼いているので臭みもなく食べやすくなっている」


「そうですか・・・まだ新しい食べ物が出てくるのですね」


 パトリック伯父さまは話をする度に何度も目を丸くしていた。


「ポテトサラダもシチューも美味しいです。お店でも食べられるのですか?」


「フレデリクさま、お店はデザートが中心なので、ポテトサラダやシチューを出す予定はないです」


「えっ?・・・ではこちらの屋敷でしか食べられないのですか?」


 ガックリと肩を落としている・・・そんなに落ち込まなくてもいいのにね。

 シチューの作り方をパトリック伯父さまの屋敷限定で教えてもいいかもしれないね。

 検討しておくよ。


 ソバージュカナールのハーブ焼きが運ばれてきた。

 パトリック伯父様とフレデリク様はすぐにナイフとフォークで一口大に切って、食べ始めた。


「臭みが全くなく食べやすいです、お肉も柔らかいですね」


「これは食べやすいです」


 伯父さまたちは「新しい調理法だからですか?」と聞いていたけど、「ハーブを使って焼いただけです」と答えたけど・・・なんだか納得していなかったような気がする。

 何か問題があっただろうか?


 食事が終わり、夜はパトリック伯父さま達と保冷室の設置について話をするとお父さまが言っていたけど、アンは眠いので部屋に戻った。






 今日もぐっすり寝たせいか、朝から元気だった。

 朝食の時にベル兄さまが保冷室は夕方にほぼ完成すると言っていたから、夕食後にみんなで見に行くと聞いた。

 今夜から使えるのかな?・・・楽しみ。




 厨房の横に設置された保冷室に入ると、2部屋続きになっていて、最初の部屋でさえ寒いくらいだった。

 ここには作業台が設置されていて、アイス作りの作業もするらしい。棚も沢山作られ野菜やお肉も置けるようになっていた。


 奥の部屋が保冷室で、午後から護衛たちで作った氷が棚の上段にビッシリと置かれている。冷たい空気は下に流れるらしく、氷から白っぽい煙みたいなものが降りて来ていた。とにかく寒い部屋だよ。

 扉は外側が木でできていたけど、内側は金属みたい。部屋の内側も壁は金属になっていた。

 木と金属の間には隙間を作った2重の壁と扉にしたと聞いた。

 ベル兄さまに保冷室の話をした時に、壁を2重にして壁と壁の間に隙間を作ると室内の寒さが室外に逃げにくいと伝えていたの。


 茉白の世界では窓ガラスが2重とか3重になっていてガラスとガラスの間の空気層が室内の暖かさを外に逃しにくいと言っていた。その応用が使えないかと思ったの。

「ガラスは使えないから金属で作ってみるけど、換気の関係もあり天井や床など全て2重にして囲ってしまうと危険だよ」とベル兄さまは言っていた。


 保冷室に入る時は必ず誰かに声を掛け、長時間ここで作業をしないようにと言っていた。

 冷気が強いので、この部屋で転んで気を失い長時間いると、命にかかわることもあるらしい。

 扉は外側、内側両方から開けられる使用にはなっている。扉の横に窓のような小さな引き戸がついていて開けるともう1枚窓がある。木の窓と保冷室側に金属の枠の窓。換気を兼ねているのと、扉を開けずに窓から保冷室を覗く事ができる。

 パトリック伯父さまが感心していた。


「作業場はもっと大きくする事ができますか?」


「部屋の確保と金属の板が充分あれば問題ないと思いますが、氷の保存期間がどのくらいかはまだ判断できないので、こまめに補充が必要かと思います。もっと長く保存出来ないかなど、今後も仕組みについて検討をしていくつもりです」


 ベル兄さまはもっと良いものを作りたいらしい。

 保冷室と保冷箱はベル兄さまのアミュゼ商会が中心になって行うと聞いた。来春から1年間はベル兄さまが不在になる為、ノル兄さまが代理になるらしいけど・・・。


 パトリック伯父さまの屋敷に設置する保冷室の工事日が決まったから、準備のため明日帰ると言っていた。

 お父さまは4日後にガスパールさまと会う約束がある為、ベル兄さまと共に6日後に向かい、その後順次子爵邸を周り王都に行くと言っていた。


 宿泊先の保冷室の設置は今から進めないと、王都の保冷室が間に合わなくなるから、先に設置した子爵邸らの保冷室の確認は帰りに立ち寄ってするらしい。

 早ければ10日で戻ると言っていたけど、王族から声がかかれば戻るのが2日ほど遅れるかもしれないと言っていた。

 「その時は宅急便なみの速さで飛んで帰る」とお父さまはボソッと呟いていた。



 ノル兄さまが「王都へは私がご一緒します」と言っていたけど、今回はベル兄さまを連れて行くとお父さまがおっしゃった。

 ベル兄さまは1年間南の大領地に行くので、今のうち一緒に行動して学ばせたいらしい。

 ノル兄さまは最近王都に行く機会が中々ないから残念がっていた。

 また王都に行きたいの?お買い物かな?


 暫くはお父さまとベル兄さまがいない。

 ベル兄さまは春になったら南の大領地に行ってしまうのに。

 ・・・淋しいな。

次回の更新は6月27日「46、ひ弱令嬢と新たな商会」の予定です。

よろしくお願いいたします。

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