4、ノルベール視点(救出)
馬車の前には大きな岩が転がっていた。もしこの岩が当たっていたら御者をしていた騎士と共に、馬車ごと崖下に転落していただろう。
アンとソフィが崖下に転落している為、馬車の前の大きな岩を崖下に落として道を空けることも出来ない。
崖に沿って龍で降りるとすれば龍の翼が邪魔になるか・・・ロープを使って降りて行った方が良いのか、いっそ龍で下まで降りてから自力で登る方が良いのか。今は父上を待つしかない・・・。
待っている時間がもどかしい、アンは酷い怪我をしているのではないか、熱も出ているのではないか、それ以前に・・・生きているのか・・・不安で胸が締め付けられる。
暫くして、上空に数体の龍が見えてきた、恐らく父上たちだろう。だが中々近づいて来ない・・・漸く、父上を乗せた龍だけが降りてきたが、龍はとても警戒しているようで落ちつきがない。
「手間取った。龍たちが下に近づく事を嫌がって、やっと私の龍だけが降りてくれた・・・こんな事は初めてだ」
上空を見れば、数体の龍がゆっくりと旋回していた。
「父上・・・申し訳ありません。アンを・・・アンを守ることが来ませんでした」
何一つ解決出来ていない。落石が原因で、傾いた馬車からアンとソフィ崖下に転落した経緯を報告した。
そして・・・脳裏に浮かんだ言葉でとっさに動けなかった事も。
「ノルベール、お前の行動は間違っていない、一緒に崖下に落ちていったら誰が救出の指示を出すのだ。このことで頭を下げるな・・・ノルベールがアンと一緒に崖下に落ちてアンだけが助かり、ノルベールが大怪我して、万が一精霊の地に渡るようなことがあれば、悲しみ傷つくのはアンだ。心の負債は私とノルベールが背負えばいい。私も自分の仕事を優先し、ノルベールに任せままで・・・負担をかけた。今は少しでも早くアンとソフィを探さそう」
父上は冷静に見え表情も変わらないように見えたが、強く握られた拳が白くなっているのを見た時、父上も自分自身を責めて悔やんでいるのだと思った。
「はい・・・それとアンの木の実ですが、ひびが入っていたようです」
「ひびだと!」
「アンは胸が変だと言って、ソフィに外させたのですが、屋敷に戻って確認しようと思いアンの首にかけ直したのですが」
「・・・そうか」
父上は手を口に当て目線を下げ、何か考えているようだった。
ふと気配を感じ馬車の進行方向を見ると、その道から龍騎士が息を切らしながら走ってきた。
「ほっ、報告いたします」
「龍はどうしたのだ?」
不審そうに尋ねると、騎士は息を整え上空を見上げた。
「龍がなぜか警戒して降りてきません。私は峠の途中で龍から降りて走ってきました。向こう側も落石があり道が塞がれているところがあります。ノルベール様の龍も上空を旋回しています」
魔物がいるのか・・・いや有り得ない。龍は魔物ごときで怯えたりはしない、ましてや龍は数体の集団だ。
上空に向かって自分の魔力を、風魔法で飛ばし龍を呼んだ。
「トルナード!降りてくるのだ、アンを救わなければならない・・・トルナード!・・・降りて来てくれ・・・頼む!」
自分の龍に向かって思い切り叫んだ。
暫くして風龍は馬車の後方から少し離れたところに降りてきた。ノルベールは走ってトルナードに近寄った。何に警戒していのだろう?落ち着きがない。
「トルナード、よく降りて来てくれた。崖に近づくのが嫌なら私だけ行くから荷物を貰うよ」
トルナードの背にくくられていた袋からロープを下ろし始めると鼻先を近づけてきた。
「フッー」とため息にも似た鼻息を頭にかけられ、仕方がないから乗せて上げるよと言うように鼻先で背を押された。
トルナードの首を数度ポンポンとたたき、漸く乗り込んだ。
トルナード共にゆっくり飛び上がり、父上に先に行くと合図を送り崖下へ向かう。
崖から少し距離を取っているが、ゆっくり周りを見ながら降りていく。崖の下を見ると流れの速い川があり、崖下側にある川岸に目を凝らすと、草むらの隙間からソフィの服と同じ紺色が見えた。
ソフィか?・・・アンは一緒か?アンはどこだ!
崖下の川岸に向かいたいが、トルナードが拒む。
周りを見渡し崖下側とは反対の川岸に龍が降りられる草地を見つけ、一旦そこに向かい着地した。
トルナードから降りて川岸まで向かったが川の向うの崖下側は草が高く生い茂って奥は見えない。
一人では思うように動けないな・・・一旦戻るか。
「トルナードが崖下側の川岸への着地を拒む為,川から十数メートル程の上からの確認になりましたが、川岸にソフィの服と思われる色が見えました。動く様子はなく、周りにアンの姿はまだ発見できていません」
父のもとに戻って状況を報告した。
「出来れば三手に分かれて捜索したい。ノルベールと私は崖下側の川岸に、動ける龍がいれば、ここから崖下に降りて川の上流、下流に分かれて捜索をしてくれ。龍が拒む場合は無理に近づかず待機だ。アンを発見したら、火魔法を遣えるものが狼煙を上げてくれ。アンは身体が弱い、見つかり次第屋敷に戻す。先ぶれはすでに出している」
「はっ、現在火龍2体、風龍2体移動可能、左右二手に分かれて崖下に向かいます」
漸く、龍と共に降りてきた騎士が答えた。
「よし!出発だ!」
父上の掛け声で、それぞれが動き出した。私もトルナードと共に父上の乗っているマァルスの横に並ぶように飛んだ。
「マァルス、ゆっくりと降りるように飛んでくれるか」
父上は自分の火龍に声をかけた。龍をなだめながらゆっくり崖を確認しながら降りてゆく。
張り出した木の枝や草が視界を遮る。
龍騎士が龍をなだめながら、川下の向こう岸へ飛んで行くのが視界の端に見えた。崖側の川岸に近寄ろうとしない・・・そこに何かいるのか。
「マァルス、崖下の川に向かう」
マァルスは下に降りて行くが、他の龍と同じように川の向こう岸に飛んで行こうとする。
「崖側の岸に行きたいのだ・・・アンがいるかもしれない、マァルス行ってくれ」
父上もマァルスの操作に苦慮しているようだ。トルナードもマァルスの動きに反応するように動く。トルナードの方が少し若いせいか・・・?
マァルスはゆっくりと崖側の岸まで行き、暫くは警戒しながら飛んでいた。漸く岸に降り立ったようだが・・・目を細めじっと茂みの中を見つめ動かない。
トルナードも諦めたようにマァルスの隣に降り立った。何かいるのか・・・父上が腰の剣を抜いて前に出ようとするとマァルスは鼻先を近づけ、後ろに下がれと肩を前から押している。
私もトルナードから降り、剣を構えて草むらへ1歩踏み出した瞬間、前に進むなと鼻先で肩を後ろへ押された。
「この先に何かいると言う事か?・・・だがアンを探さなければいけない」
トルナードもマァルスと同じように目を細めて茂みの奥に視線を向けて動かない。
「ノルベールはここで待機だ、私が行く。龍たちが警戒している、私に何かあればすぐに龍騎士団に知らせを」
「父上!私が・・・私に行かせてください。決して無理はしないと約束します」
父上の言葉を断ってしまったが、どうしても自分が行きたかった。
「ノル・・・」
父上の声が一段低くなり、ダメだと言っているように聞こえる。でもここで引く事は出来ない。
「私に行かせて下さい!」
父上は目を細め、息を吐きながら私を見た。
「・・・今回だけだ、必ず戻れよ」
「はい!・・・必ず」
再び剣を構え、紺色の服が見えた場所に向った。
茂みの中に入り周りの草を刈りながら進み続けると、一部分だけ草が倒れて穴が開いたようになっている。
そこへ行くと、紺色の服を着た人が倒れていた。
・・・ソフィか?
近づいて見るとやはりソフィだった。意識はなく顔も血の気を引いたように白いが、顔や腕などに複数の擦り傷と小さい痣だけのようで、見える範囲での骨折はないようだ。
あの高さから落ちてこの程度で済むのは奇跡に近い、アンも無事な可能性が高いと信じたい。周りの草を刈って見渡したがアンはいない。他に草が倒れている場所もないようだ。
どこだ!・・・アン。
一先ずソフィを抱えて戻った。意識のないソフィを父上に預け、アンの捜査を続けると伝えた。
「ソフィに大きな怪我はないようだな・・・先ずは体が冷えないように毛布で包んでおくか・・・向こう岸の龍がこちらに来たらソフィを上に連れて行くように指示を出しておく。更に奥へ行くのだろう?暗くなる前に必ず戻れ、よいな」
ソフィの怪我の少なさに驚いている様子だったが、アンを探しに行く事を止めなかった父上にほっとし、無言で頷き、再び草むらに向かった。
だが・・・どこに行けばアンがいるのだろうか?
龍たちは相変わらず警戒しながら奥を見つめていた・・・それなら龍が見つめる先に向かってみるか。
何かがいるのか、アンは捕まっているのか、ソフィのように軽傷で気だけ失っているのか・・・もしくは・・・不安は募るばかりだった。
剣で草を刈りながら龍の見つめた先を進む。背丈のある草は堅く剣で刈りながら進むのは時間を要した。
日が傾き始め、山に隠れようとしている・・・時間がない。はやる気持ちを必死に抑えながら草を刈り続け、ついに崖肌が見える所まで来た。
目の前の堅い草を刈ると壁に縦横1、5m程の穴があり、奥の方がぼんやりと光っているように見える。背をかがめて穴の中を進むと・・・いた!アンだ!間違いない。
・・・アンの足が、背が・・・見えた。
「アン!!」
呼んでも返事はない。
穴の入り口は狭いが中は奥行が6m程で、横幅も2m位はありそうだ。どうやってここに入り込んだのだろうか?
ぼんやり光ってこちらに背を向けているアンを抱えようと手を伸ばした。
「はぁ・・・?」
思わず声が漏れた。
アンは丸まっており両腕に大人の頭位の大きさの卵を抱えていた。
「はぁ・・・?」
再び声が漏れた。
アンの周りには干乾びてはいるがあの木の実が無数に落ちていた。
アンの首に下がっているレースの生地を見ると、干乾びた実が砕けてしまったのか隙間からポロポロと落ちてくる。
なぜ?・・・いや、考えるのは後だ。先ずは穴から出なければ・・・干乾びた木の実の殻を数個拾い、ポケットに押し込んだ。
卵を外そうとアンの手首を掴んだとたんビリッと指にしびれが走った。
「ツッ!」
どうなっている・・・。
アンの顔や頭に触れてもしびれはこない、顔は白く血の気が引いたように見えるが、驚いたことに骨折どころか擦り傷さえなかった。
卵を外そうとしなければ問題はないのか・・・?
やもう得ず中腰のまま卵ごとアンを抱え外に出てみると、黄昏時を迎えていた。急がなければ。
走るように川岸に向かえば龍たちの唸り声が聞こえる。今にも飛び上がりそうになっているマァルスとトルナードが見えた。
アンを抱えて姿を表した私を見て龍たちは唸り声を止めた。首を傾げて瞬きを数度繰り返し、アンと卵を見て・・・ん?ちょっと口が開いたか?マァルスとトルナードは私を見て、アンと卵を見てまた瞬きをした。龍の瞬きと2度見と呆れ顔を初めて見たと思う。龍たち、警戒はもういいのか?もしかしたらこの卵を警戒していただけなのか?
「はぁ・・・?」
今度は父上だった・・・父上も声が漏れたのですか?私も先程声が洩れました、2度も・・・報告はしませんが・・・。
「詳しくは後ほどお話します。先ずはアンを毛布に包んで・・・いえアンと卵を包んで・・・いやそこはいいとして・・・アンは薄っすら光って・・・あれ?消えましたね・・・アンから卵を外そうとすると指に刺すようなしびれが走りましたので、離さずこのままにしています。私はアンと先に上がって行きます」
「あ?ああ・・・お、恐らくアンの姿は他の者たちに今は見せない方が良さそうだな。このまま屋敷へ・・・アンは身体が弱いと宣言しておいて良かった。屋敷に戻ってもステファニーとモロー女医以外はアンのこの状態を見せないようにしなさい」
「わかりました」
龍たちの警戒心が消えたせいなのか、向こう側の岸からも龍たちがやって来た。
毛布に包まれたソフィも龍騎士に任せ、父上はマァルスに乗った。
上に戻ると龍騎士の部隊と救護隊が来ていた。救護隊にソフィを頼み、アンは卵のことを隠す事も含め、主治医に直接見せると伝えた。
「ノル、護衛を増やした方がいい。レーニエの他に第2部隊のシュバリエ副隊長も連れて行きなさい。彼の乗っている風龍も早いし物怖じしないからな」
父上の斜め後ろに控えていたシュバリエ副隊長が半歩前に出て軽く会釈をした。
「ユーゴ・シュバリエと申します。これより屋敷迄護衛に就かせて頂きます」
「よろしく頼む」
アンを抱え自分の護衛レーニエと訓練で時々見かけていたシュバリエ副隊長と共に屋敷に向かうことになった。
アンとソフィの無事を確認できた為、龍騎士団が峠の岩を撤去し馬車が通れるように協力することになった。夜を徹して龍たちは岩をよけ騎士たちは土魔法で道路を均し、崖肌を固めたと戻って来た父上から聞いた。
だが・・・アンはまだ目覚めない・・・。
10月末までは3日ごとに更新予定で頑張りたいです。