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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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35、ひ弱令嬢とランベール伯爵

 明日から冬の1の月に入る。


 お店の従業員になる人たちが、王都とパトリック伯父さまの所からやって来る。

 屋敷の裏側に従業員が住む1階しかなかった建物が2棟あったけど、いつの間にか増築されていて、それぞれ2階建てになっていた。

 そこに研修に来た人たちが宿泊すると聞いている。


 増築した部分は研修をする人たちの住まいなので、住み込み希望者は春の月になったらお店の1階の厨房の奥にある部屋と、お店の裏にある従業員専用建物に住んでもらう事になっている。

 王都に戻る人たちは最終日に、街道のノール本店を見学してから帰るらしい。


 本店と王都の店に住み込みを希望する人は家賃が無料で1人部屋が与えられ、食事は出るけど半額自己負担。見習いは2人部屋で、食事は無料だよ。

 新商品はお店に出す前に味の確認も兼ねて、1回だけ無料で食べられるようにしたの。これは従業員の特権だけど、味を知らないとお客様に勧められないから。

 未婚の人は全員住み込み希望だって・・・外で家を借りて暮らすよりお金がかからないし、かなりの高待遇らしい・・・良かったね。

 見習いはお給料がまだ安いけど、家賃や食費が無料のうちにお金を貯める人もいるって・・・大事なことだよね。


 研修が始まるとカジミールやコンスタンは忙しくなる。

 カジミールに思い付きで作ってもらう時間が当面はないから「作りたいものがあるなら今のうちにカジミールへ伝えておくように」と、お父さまが言っていた。






 最近は朝からずっとお天気が良かったけど、午後から一段と気温が下がったみたい。外は風も吹いていて寒そう。

 サロンでお茶を飲みながら窓の外を眺めて、学院のことを考えていた。

 背負ったままの卵は流石に冬には孵らないよね。だってすごく寒いもの。

 卵は背負ったまま試験を受けていいのかな・・・?でも聞かれたら返答に困るから、入学式や試験の間だけ卵をソフィに預けたほうがいいのかもしれない。

 日中に卵を離しても、問題ないか試してみないと。

 冬の間はお店の事で手伝える事もないし、ミラだけガスパールさまのところに行くようになれば、もっとすることがなくなるものね。

 龍に乗る訓練も龍がいないから出来ないし・・・早く10歳にならないかな。シャル兄さまが春になるのを楽しみにしている気持ちが、凄くわかるよ。


 テーブルの上にはお母さまから借りた刺繡の図案の本があるけど、今はなんとなく見る気になれない・・・。

 今朝、お母さまから預かったとソフィが持ってきたの。

 たぶん・・・お父さまかベル兄さまからアンが刺繡したハンカチの事を聞いたと思うの。図案から見直しなさいと言う事だよね。キリーだって可愛いのにね・・・眉以外は。


 ソフィが厨房から追加のクッキーを持て戻って来てくれた。考えごとをしながらもしゃもしゃとたくさん食べてしまったらしい。

 大きなお皿がテーブルに置かれたけど、クッキーがたくさん並んで・・・いや積み上がっていたよ・・・。

「こんなに食べられないよ」という目をソフィに向けてみたけど、ソフィは気にした様子もなく微笑みながら話始めた。


「厨房に行った時にカジミールから聞いたのですが、屋敷の裏側に馬車が何台も入って来たそうです。研修を受ける人たちが到着したらしく、これからバスチアンさんとカジミールさんが屋敷裏に向かうと言っていました」


 遂に王都とパトリック伯父さまのところから従業員になる人がやってきたみたい。

 馬車での2週間の長旅は慣れた人でもきついと聞いたけどけど・・・ニコラたちは大丈夫だったかな?


「毎日きちんと宿に泊まり3回の食事と湯浴みは出来ているはずだから、孤児院の人たちは普段の生活より快適だったと思うよ。ただ馬車の中ではすることがないから、退屈にしていたかもしれないね」とノル兄さまが以前言っていた事を思い出した。


 馬車で来ているのは王都からとパトリック伯父さまのところからで、併せて22名。

 店の従業員は見習いを含めて全部で48人いるけど、研修が不要な人はこちらに来ていない、それでも顔と名前を覚えるのは大変かも・・・。

 王都店の接客希望者8名のうち4名は貴族の屋敷で侍女経験があった為、研修は免除となった。それなのに北の大領地に行ってみたいと言う希望があったらしい。

 観光ではないので却下したと、お父さまがちょっと呆れたように言っていた。接客担当はとても明るい人たちらしい・・・。


 事務担当2名とパン屋さんやお土産屋さんで働く6名も今回の研修に参加せず、店のオープン前に店舗で研修のみとなっている事を伝えたら酷くがっかりされたらしい。お店で働くよりも北の大領地へ研修に行くことが楽しみだったという人が何人かいて・・・何を期待したのかな?

 お店のデザート?・・・それよりも冬の北の大領地の寒さをなめてもらっては困るよ。吹雪くと前が見えなくなって、凄く、凄く、凄く寒いからね。

 重要だから3度も言ったよ・・・来たいと言った人たちは今ここにいないから伝わっていないけどね。


 研修に来た人たちは自分が使う部屋の確認後、長旅の疲れを取ってもらう。今日と明日の午前中は休みで、午後からはここでの過ごし方や研修の日程などを聞いて、明後日から研修が始まるらしい。

 屋敷の中は従業員が入ってはいけない所も沢山あるから、場所も確認しないとね。敷地内は広いから地図がいるかも、アンもわかってないから地図があれば欲しいと思うもの。


 従業員は自分が特に好きなものやお勧めなどについて、自信をもって伝えられるように、店で出す品は全て試食して貰うことになっている。

 料理人が毎日研修で作ったデザートやケーキ、パンなどは昼食と夕食で研修に来ている人全員で食べて貰うの。

 お店の味を知る事も大事だからね。

 最初は嬉しいかもしれないけど、1ヶ月以上続くと普通の料理が食べたくなるかもしれないから、朝食と研修がお休みの金の日は普通の食事になるらしい。

 ずーっとは飽きるよね。

「甘いのが苦手な人はどうするの」ってノル兄さまに聞いたら「最低一口は食べて味の確認をしてもらう予定でいたけど、今回来る人に苦手な人はいなかったよ。それに甘いのもが苦手な人はデザートの店では働かないと思うよ」と言っていた・・・確かに。お店や厨房は毎日甘い香りが漂うからね。


 試食込みのいろいろな研修があるから、暫くは王都の孤児院で会ったニコラたちには会えないらしい。

「お友達ではないのだからね」とノル兄さまに言われているの。

 暫くは大人しく学院の勉強をしているしかないよね・・・残念だよ。







 今日から従業員の研修が始まっているとソフィが教えてくれた。

 カジミールは総料理長に任命されて研修を任されているから、屋敷の食事はコンスタンが中心になって数名の料理人で作っているらしい。

 これから1か月間は研修で作った食事やデザートの見た目や味の確認も兼ねて、屋敷の食事の時にもいくつかは出てくると言っていた。

 でも朝からデザートクレープは出ないらしい・・・アンはチョコを掛けたクレープが朝から出ても食べられるのに・・・なんだか残念な事が多いような気がする。


 朝食後にノル兄さまは「リアムが窪み板の見積もりを持ってきたから、了承してすぐに作業に取り掛かるように伝えたよ」と言っていた。

 窪み板の見積もりはお父さま宛と伝えていたけど、ノル兄さまが任されたのかもしれない。

 窪み板は1枚小金貨2枚だって・・・「一生大切に使いましょうね」って料理人たちに伝えた方がいいかな?



 午後からガスパールさまの屋敷に行くから、犬舎の人にミラを連れて来て貰った。

 1週間ちょっと会わなかっただけなのに大きくなって凄く重かった。アンはもう抱っこができないよ。

 ソファーに座っていると、ミラがソファーに登って来た。

 力もついてきたのかな?


「ソファーに登れるようになったの?」


 ミラに声をかけながら感心してしまった。アンの膝に乗ってくつろいでいるけど・・・重いよ。 動けない・・・どうしよう。


「そろそろお時間です」


 ソフィが教えてくれたけど、ミラは動いてくれなかった。


「ソフィ・・・ミラを動かして欲しいの・・・重くて・・・」


「畏まりました」


 抱き上げてから床に下ろすときに顔に力が入ったように見えたけど・・・ソフィでも重かったみたい。

 ミラはガスパールさまのお屋敷に行っても大丈夫かな?人見知りしないのはいいけど、ランベール夫人の上に乗ったりしないよね・・・ちょっと不安になったよ。


「ミラ、ガスパールさまのところに行ったら、人の上に乗ったらダメよ」


 ミラに取り敢えず言ってみた。

 お座りしたまま首をかしげ、まだ細い尻尾が床を掃除するように左右に動いていた。

 嬉しそうだね・・・注意されたことはわかってないと言う事でいいかな・・・?仕方ない。


「ミラ、出かけるよ」


 声を掛けると尻尾を振ってついてきたのでそのまま玄関ホールに向かった。


「ノル兄さま、お待たせ。ミラがまた少し大きくなったの」


 既に来ていたノル兄さまにミラは重いよと言う事をさり気なく伝えてみた。


「順調に成長しているようで良かったね。ミラも馬車に乗せていくからね」


「はい」


 ノル兄さまはアンを抱えたまま馬車に乗り、ユーゴがミラを軽々と抱えて、ノル兄さまが座っている隣に置いてくれた。

 ミラは座り心地のいい場所を探しているのか、少しもぞもぞしてからノル兄さまの膝に顔を乗せていた。

 膝の上が好きなのかな・・・?

 ノル兄さまは驚きもせずミラの頭をなでている・・・ちょっと羨ましいかも。アンもミラの頭をなでたいけど・・・重いから膝の上は無理・・・。

 諦めてミラを眺めていたら、あっという間にガスパールさまのお屋敷に着いた。ご近所だしね。


 馬車から降りると、ガスパールさまとガスパールに似ている男の人が並んでいて、その少し後ろに女の人もいた。


「本日はご足労いただきありがとうございます。今日は息子のエミールもさせて同席させていただきますのでよろしくお願いいたします」


「テールヴィオレット辺境伯の長男、ノルベールです。そして妹のアンジェルです」


「初めまして、アンジェルです」


「父がお世話になっております、エミールと申します。エミールと呼んで下さい。こちらが妻のカリーヌです。妻はご挨拶だけさせていただきますので」


 エミールさまの目線がリュックにいっているけど・・・何も言わないのはガスパールさまから、既にアンの事を聞いていからだと思う・・・でも気になるよね。


「カリーヌと申します」


 カリーヌさまは優しく微笑んでくれた。


「初めまして、今日は犬のミラを連れてきました」


「お待ちしておりましたわ、本日はお時間の許す限りごゆっくりしていって下さい」


「ありがとうございます」


 ノル兄さまとともに挨拶を終えると、ユーゴが馬車からミラを連れて来た。

 ミラはまだモフモフはしてないけど、頭の毛は少し伸びたよ・・・今は口に出して言わないけど。


「どうぞ、中にお入りください」


 今日も離れにあるガスパールさまのお屋敷に向かった。ユーゴはミラを抱いたままついてきている。

 今日はノル兄さまの護衛のレーニエも一緒だから、ユーゴの手は塞がってもいいのかな?

 レーニエは以前パトリック伯父さまのところに行った時に、ユーゴがクレープ棒を作らせた龍騎士だけから・・クレープ棒が足りなくなったら手伝ってもらうつもりなの。


 寒くなると花が少なくなるせいか、精霊さんの数も減っているような気がする。北の領地は冬の間雪が積もって花がなくなるけど、精霊さんたちはどうしているのかな?

 そんな事を考えながらホールに入ると、飛んでいる龍が描かれた絵は外され、冬の絵に変わっていた。

 晴れた空と雪山、雪の被った木々の間を走る犬が生き生きと描かれていた。季節ごとに絵を変えているのかな?


「アン?」


「・・・えっと・・・絵を見ていたの、冬の絵に変わっていたから」


「前は龍が飛んでいたね」


「うん・・・」


 ガスパールさまは振り返って絵を見て、少し寂しそうな顔をしていた。


「・・・絵はダニエルが描いたものです。ダニエルの唯一の趣味でした・・・あの街道の屋敷の門の近くにある3つの家の1つはダニエルが絵を習う為、絵の先生にお願いして住んで頂いていました。馬車に乗って外へ通う事は身体に負担がかかりますから。絵を描くのが好きだったので、体調が良い時はそこに行って、楽しんでいました。先生は絵をとても褒めて下さって・・・褒めて育てるタイプの先生だったようです」


「そうだったのですね、前に来た時と違う絵が飾っられていましたから、絵が沢山あると思って・・・。秋の風景の龍も冬の景色の犬も生き生きとしていて見とれていました」


「ありがとうございます」


 ガスパールさまが嬉しそうに答え、再び絵を見ていた。


「では応接室にご案内しますね」


 ガスパールさまはすぐにエミールさまと一緒に歩き始めた。


 応接室でお茶の用意をカリーヌさまが自らご用意され、「どうぞごゆっくり」と言って下がって行った。

 カリーヌさまはランベール夫人の部屋に行くのだと、エミールさまが教えてくれた。

 ミラを連れて行く準備をしてくれているのかな?


「今日はエミールもいるので、今後はランベールではなく名前で呼んでいただけますか?」


「わかりました。ガスパール様と呼ばせていただきますので、私のこともノルベールと呼んでください。エミール様も名前で呼んで下さい」


「恐れ入ります、それではノルベール様と呼ばせていただきます」


 エミールさま頷いていた。


「アンジェル様もエミールと呼んで下さい」


「はい、エミールさまもアンジェルと呼んで下さい」


「アンジェル様、よろしくお願いいたします」


 エミールさまはにっこり笑って答えてくれたけどお父さま位の歳かな?

 ガスパールさまの歳も知らないけど・・・何歳ですかなんて聞けないよね。


「先日は珍しいカカオ豆を頂きありがとうございました。カカオ豆は入っていないのですが、クッキーを持ってきましたので召し上がってください。ランベール夫人が召し上がれるとおっしゃっていたマシロパンと季節外れで恐縮ですが、フレーズのジャムもお持ちしました。多めにありますので、宜しければご家族で召し上がって頂ければと思います」


「これは・・・本当に・・・ありがたいです。マシロパンとジャムを頂けたことに感謝していました。妻が美味しいと微笑んでくれたのです」


 ノル兄さまの言葉にガスパールさまの驚きと嬉しさが伝わってくる。


「それは良かったです。マシロパンもジャムもクッキーも、春に販売になるものです。春の2の月の2週目にプレオープンと言って一部のお客様だけを招待させて頂き、御意見を賜る場となります。その2週間後に開店予定です」


「春の2の月の4週目にマシロパンが購入できるのですね・・・待ち遠しいです」


「そう言っていただけて嬉しい反面、お待たせして申し訳ないと言う気持ちもあります。間もなくお客様には招待状が届きます。ランベール伯爵様宛にも届きますので是非お越しいただけたらと思っています。ご家族4名分の招待状です」


「エステルの分もあるということでしょうか?」


 ガスパールさまが驚いている。


「もちろんです、お元気になってお越し頂きたいと願っています」


 ノル兄さまはランベール夫人が元気になるといいねっていう意味を込めて、ガスパールさまに伝えてくれた。


「ありがとうございます、喜んで伺わせていただきます。エステルも張り合いになるものがあれば・・・元気になれるかもしれませんから」


「店では先日頂いたカカオ豆と同じものを使った品も用意する予定です」


「あの・・・カカオ豆を使って何か作られたのですか?」


 エミールさまが目を丸くして聞いてきたよ。チラチラとリュックに目線が言っているけど・・・気になってしょうがないのかな?好奇心が強のかも。


「豆を砕いて使いました」


「アンジェル様が考案されたのですか」


「はい・・・でも製法は教えられないです。まだ販売されていない商品ですから」


「そうでしたか・・・失礼しました。カカオ豆の製法によって栄養が異なると聞いたものですから」


 カカオの粉を飲み物にして患者さんに飲ませることがあるって言っていたよね。


「カカオは製法によって出来上がりが少しだけ違うみたいです・・・粉はココアと呼ばれるものだと思います。栄養効果が高いのは同じです・・だから・・・体が弱った方に出されているのだと思います。お店ではミルクや甘味料を使いますから栄養がかなり高いので食べ過ぎるといろいろと・・・いろいろと良くないです」


 ノールシュクレとは言えないし・・・砂糖ともちょっと違うから甘味料って言ったけど大丈夫だよね。

 今回作ったチョコレートは・・・罪な味だよって知ったら驚くかな?


「いろいろですか・・・?アンジェル様、その知識は何処から得たものですか?」


 あっ・・・茉白の記憶からなんて言えないよ・・・どうしよう。思わずノル兄さまの顔を見てしまった。


「エミール様、アンジェルのことは探らず、口外もしないのであれば話を進めますが、いかがでしょうか?」


 ノル兄さまが色々聞くともう帰るよって言っているのかな?


「失礼しました、出過ぎたことを・・・。マシロパンやジャムでも感じていたものですから・・・これまでとは見た目も味も違うようですし、考案したのが7歳のアンジェル様だと言う事が・・・理解できなかったものですから」


「気持ちはわかりますが・・・アンジェルはランベール夫人が元気になって欲しいと願う好意で進めています。ですから販売前に関わらず商品を公表し、車いすに関しても他に話をせずにランベール伯爵家に最初に話をしているのです。これ以上の詮索をしないようにお願いしたいのですが?」


「わかりました、気をつけます」


「ノルベール様、私の説明不足でエミールが失礼をしました」


「ご理解頂けたのであれば問題ありません。こちらこそ、きつい言い方をしてしまいました」


 そろそろミラの話をしてもいいかな?


「エミールさま、ミラの事は聞いていると思いますが」


 アンがソファーに座った時にユーゴがミラをソファーの横に下ろしていたから、ミラはずっとおとなしくアンの足元に来て伏せた状態でいた。よく我慢したね。ミラの頭をなでてあげた

 今日はチョコレートよりミラを見てもらう為に来ているからね。


「犬の事は父から聞きました。セラピードッグと言うものが人の心を動かす手伝いをすると」


「はい・・・心が元気になると身体も元気になろうとするはずです・・・先にミラをランベール夫人のところに向かわせてもいいですか?その間にエミールさまに説明します」


「・・・わかりました」


「ガスパールさま、ミラをランベール夫人のところに連れて行ってもらえますか?もしランベール夫人が嫌がるようでしたらすぐにミラを連れて戻って来てもらって構いません・・・もし気に入ってもらえたとしても長い時間はランベール夫人もミラも疲れますから、早めに切り上げるようにお願いします」


「わかりました・・・ミラ、私を覚えているかな?こちらにおいで」


 ガスパールさまはソファーの横でしゃがみ込み、ミラに手を伸ばした。

 ミラはお座りしたままじっとガスパールさまを見ている。


「ミラ、こちらにおいで」


 またガスパールさまが優しく声をかけるとゆっくりとガスパールさまのもとに行き手の匂いを嗅いで、それから手を舐めていた。

 ミラがお座りすると、細い尻尾は相変わらず床を掃くように左右に動いている。


「来てくれました、覚えていてくれたのでしょうか?・・・早速エステルのところに行ってみます」


「はい・・・最初は頭をなでるだけでもいいですから」


「わかりました・・・」


 ガスパールさまがミラを抱き上げて応接室を出たのを見てからエミールさまに話かけた。


「エミールさま、ドッグセラピーのことですが・・・ミラを見て心が動きましたか?」


「ええ、可愛いとか撫でたいとか・・・その・・・抱き心地がよさそうだとか、思いました」


 エミールさまがちょっと照れたようにおっしゃった。

 本音かな?・・・耳の先が少し赤いのは見なかった事にしよう。


「そう言った気持ちがもっと強くなり、もっと仲良くなりたいとか、今度は自分がお世話をしたいと思うようになるのです。その気持ちがあれば動きたくなるはずです」


「やる気を引き出すのですか?」


「人によります、でもランベール夫人はとても優しい方だと思います。だからきっとミラを見て気持ちが動くと思います」


「・・・母が前向きになってくれる力をミラが引き出してくれると?」


 エミールさまが手で口を覆って目線を下げて何か考えている。


「もし・・・ランベール夫人が起き上れるようになり、少し動けるようになったら・・・まだ先の話ですが、少しずつ筋肉と言う部分を動かす運動をした方がいいです」


「筋肉・・?と運動ですか?」


「はい・・・寝たきりでいるとすぐに動けなくなりますが、筋肉を動かす運動をするとある程度までは動けるようになります。全員に当てはまるかは分かりませんが」


「運動ですか、どういったことをすればいいのでしょうか?」


「年齢が上がった方や、しばらくの間寝たきりだった方は筋肉が衰えるので、起き上れるようになったらベッドの横で足踏みをするのも効果的です。足の付け根とお腹の筋肉というものを鍛える事ができます。足踏み以外にも足を開く運動はお尻の筋肉を鍛えるのでバランスを保つ役割をします。足踏みを何度も繰り返すと呼吸によって体が温まり血の巡りが良くなります。冷え性にもいいはずです。慣れて来たら、かかとの低い靴を履いてその場で足踏みをするといいです。食事もきちんと取れるようになったら、筋肉をつけるためにお魚、お肉、乳製品、ウッフなどを3回の食事で必ずとってほしいです」


「運動と食事ですか・・・」


 病気が悪化してあまり動けなくなっていた時に、茉白がタブレットと言う板で調べていた内容だった。長く生きられないと知っていても・・・生きたいと心の奥で願っていたような気がする。


「・・・はい・・・運動はまだ先の話ですが・・・最初は気分転換にベッドから出て、次は部屋から出て食堂に行って家族と食事をしたり、庭や温室まで散歩にいったりするのもいいと思います。その移動が1日何度も繰り返し出来るように車いすを使ったらいいと考えました。足が動くようになれば、車いすから歩行器に変えてもいいと思います」


「・・・車いすは今製作中です。もう少し時間がかかります、そしてお金もそれなりにかかりますが、価値はあると思いますよ」


 ノル兄さまが車いすの状況を説明してくれた


「いや・・・驚きました・・・」


 エミール様がさっきから口を手で抑えたまま何かを考えていた・・・今はまったく動かなくなってしまったよ。


「車いすは試作品を作っています。人が乗って問題がないのか、確認が必要です。車いすは医療に携わる方にお任せしようと思っています。エミール様は医療関係の仕事をされていると伺っていますが、車いすの事はどう思われますか?」


「・・・画期的だと思います、病気だけではなく怪我人も使えますから」


「その通りです、でも怪我は治れば車いすが不要になります。小金貨が数枚必要な物を購入しても不要になってしまう事を考えると、購入を躊躇する人がいるかもしれません。誰もが使えるものではないのです。でもアンジェルはみんなが使えるようにリース商会を作って欲しいと言っています」


「リース?・・・リースとはなんでしょう?」


「特定の人に有料で物を貸し出す事です。救護院で車いすや歩行器が必要と診断された人に、リース商会で車いすや歩行器を有料で貸し出すのです。購入するよりも安価です。いつでも貸し出しが出来るように車いすや歩行器は常に在庫を抱えておく必要がありますが」


「そ、そんなことが・・・できるのですか?」


「すぐには難しいかもしれません・・・救護院の紹介状があれば必要な日数分の料金を払ってもらうのですが、その為に救護院との連携が必要になってきます」


「そ、それはもうどこで進めるかは決まっているのですか?」


「いいえ、まだこれからです。試作品が出来上がってきたら乗り心地も確認し、医療関係者から見ても問題ないか検討してもらうつもりです」


「何と言っていいのか・・・これから何が起こっていくのか・・・アンジェル様はいったい・・・いえ・・・すみません。詮索はしない約束でしたね・・・消化しきれなくて・・・混乱しています」



「ノルベール様、アンジェル様、エステルが・・・」


 両腕で大事そうにミラを抱いて頬を少し赤らめたガスパールさまがいきないり扉を開けて戻ってきた。


「ガスパール様、ランベール夫人に何かありましたか?」


 ノル兄さまが立ち上がって聞いていた。


「父上、ノックもせずにどうしたのですか?父上らしくないですよ」


「あっ・・・こ、これは・・・失礼いたしました。」


 ガスパールさまはミラを抱いたまま、頭を下げていた。


「いいえ、構わないです。如何でしたか?」


 ノル兄さまが答えてくれた。


「・・・お恥ずかしい、あまりにも反応が早くて・・・驚いたものですから。エ、エステルはミラを見ると驚いていたのですが・・・すぐに可愛いと、ミラに手をのばして・・・何度も可愛いと言って笑ったのです・・・」


 ガスパールさまは抱いていたミラの背中に顔をうずめてしまわれた。

 何も言わなくても嬉しいとわかる・・・泣くのを我慢しているのかな・・・大きく息を吸ったり吐いたり繰り返していた。


「父上」


 エミールさまがガスパールさまを肩に手を添えてソファーにそっと座らせていた。

 少しすると落ち着いたのか赤くなった目をアンの方に向けた。


「すみません、見苦しいところをお見せました。・・・エステルのベッドにミラを置くとミラがエステルの手なめて、顔をなめて・・・尻尾まで振って・・・あまりの可愛いしぐさに私がまたミラを抱き上げようと手を伸ばすと・・・「私のために連れて来てくれたのですよね」と言われてしまった。久しぶりに・・・拗ねた顔を・・・み、見ました」


「父上?・・・のろけているのですか?しかもアンジェル様の前で・・・」


「あ・・・いや・・・その・・・2年も見ていなかった顔だったので・・・つい元気だったころのあの顔を見られたと思うと・・・その・・・失礼しました」


「ランベール夫人がミラを気に入ってくれて嬉しいです。ガスパールさまもミラを好きになってくれて嬉しいです」


「是非近いうちに・・・ミラにまた来てほしいのですが、差し支えなければ私が迎えに行っても良いのでしょうか?」


「来てい頂くのは構いませんが、よろしいのですか?」


 ノル兄さまが驚いて聞いていた・・・ガスパールさままで活動的になったよ。


「はい、そのほうが・・・その・・・ミラを独占する私の時間も増えますから」


 そこだったの?ミラがもう1頭いたらよかったね。今は1頭しかいないから喧嘩しないでね。


「わかりました、ミラはまだ仔犬なので慣れるまでは今日ぐらいの時間でお願いしたいのですがよろしいですか?」


 ランベール夫人の反応もいい感じだったし、ガスパールさまもミラが大好きって伝わって来たけど、時間延長はまだダメだよっていう感じで念を押してみた。


「ええ、問題ないです。週に2度、白の日と青の日で・・・慣れて来たら1日おきでもいいでしょうか?」


「ノル兄さま、それでいいですか?」


「問題ないよ。ランベール夫人の体調とミラの様子を見ながらと言う事でしたら」


「父上、・・・金の日と緑に日にしてはいかがでしょう?」


「なぜ・・・?」


「私が金の日は休みですから・・・その・・私もミラに会いたいので・・・」


 エミールさまが照れながらガスパールさまに伝えていたけど・・・ミラ大好き親子になったみたい・・・3人のミラ争奪戦にならないよう祈っているよ。


「・・・コホン・・・では・・・そ、その・・・金の日と緑に日でお願いできますか?」


 ガスパールさまがエミールさまをちょっとにらんだような気がするけど・・・子どもの意見は聞いてあげるんだね・・・大きい子どもだけど。

 ガスパールさまとエミールさまも何だか性格が可愛いかも。


「わかりました、今日は緑の日なので次回は金の日に屋敷に来ていただくと言う事でよろしいでしょうか」


「はい、問題ないです。楽しみが増えました」


「先程エミール様と車いすの話をしていたのですが、試作品が出来ましたらランベール夫人に使用したいと思われますか?」


「ええ、それはもちろんです」


「試作品が出来上がる予定は今月の2週目の終わりごろの予定です、出来上がりましたら連絡を致します」


「出来れば私も、同席させて頂いて宜しいでしょうか?」


 エミールさまも車いすが見たいらしい。ランベール夫人が使う予定のものだから気になるよね。


「わかりました・・・お二人のご都合の良い日に話をしましょう」


「はい、連絡をお待ちしております」


「それとガスパール様が注文されたブラノワですが、ベルトランから3日後には出来上がる予定なのでお届けに伺いたいと言っています」


「それでしたらミラを預かりに行く時に、受け取っても良いでしょうか?」


「ありがとうございます、ベルトランにはそのように伝えます」


「父上が言っていたボードゲームですね。またゲームをしたいと言っていたので楽しかったのでしょうね。私も興味がありますので購入したいと思っていたのですが、今注文は可能でしょうか?」


「ありがとうございます。注文は承れます・・・ですが予約がかなり入っているので、時間がかかりますがよろしいでしょうか?」


「ええ、構わないです」


「では書類がありますので用意します」


 ノル兄さまはカバンから注文書と書いた紙を出していた。

 いつも持ち歩いているの?・・・ノル兄さま?凄い商魂だね、驚いたよ・・・。

『商魂』って茉白がバイトと言うものしていた時に店長と言う人が「商売第一・・・商魂、商魂」と言って、沢山物を売っていたらしい。

 ノル兄さまは店長と言う人みたいになれるよね・・・きっと。


「こちらの紙にお名前と何か希望があれば希望欄にも記入をお願いします。収納箱の蓋に好きな彫り物を入れる事もできます。料金は彫り物や石によって異なりますが」


「収納箱の蓋には龍を彫ってもらえますか?兄は龍が好きでいつも窓から飛んでいる龍を眺めていました。翼の大きい龍が好きだといって・・・石は目の所に入れるのですか?」


「そうです、目の部分に宝石を入れる方が多いです・・・龍ですが、翼が大きい龍でしたら風龍ですね」


「そうです、風龍でお願いします」


「わかりました、目のところの石は何色を希望されますか?」


 エミールさまが胸ポケットから袋を出してその中に入っていた石を見せてくれた。


「この石を入れて欲しいのですが・・・1つしかないので同じ石をもう1つ買って龍の目にしたいのです」

 ノル兄さまがエミールさまの手の平にある石を見た。


「アメジストですね」


「はい、・・・兄の瞳の色と同じです。この石は兄のブレスレッドについていた石です。子どものころ屋敷に宝石商が来た時に、お揃いのブレスレッドを買ってもらったのです。私のブレスレッドは今もつけています」


 エミールさまが腕を少し伸ばしブレスレッドを見せてくれた。石は透き通った薄い青色だった。

 透明感のある優しい色はエミールさまの穏やかな話し方に合っていると思った。


「アメジストは後ほど数種類持ってきますのでより近い色を選んでいただけますか?」


「わかりました、ミラを預かりに行く時でもよろしいですか?次の金の日が休みなので時間はありますが・・・ノルベール様の都合はいかがでしょう?」


「私はおりますが、ブラノワは弟のベルトランが担当していますので、ベルトランに金の日に対応するよう伝えます。石もそれまでに準備できますから」


「ありがとうございます」


「ではこの注文書は石の価格が入っていないものです。1つ分の石は別途お支払い頂く言事になります」


「わかりました。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします・・・ではそろそろ失礼します」


「ノルベール様、アンジェル様、本日も楽しいひと時でした」


「ガスパールさま、またお会いましょうね」


「はい、アンジェル様。また会えるのを楽しみにしています」


 今日はミラがすんなり受け入れてもらえて良かった。ミラがどんどん大きくなって行くから1度グレースを見せた方がいいかもしれない。すごく大きいから、驚くかもね。


「ガスパールさま、金の日にいらっしゃった時にミラのおばあちゃんにも会いますか?大人になるとどのくらい大きくなるか、わかると思います・・・ミラはとても大きくなります」


 応接室を出て馬車のところに向かいながらガスパールさまに聞いてみた。


 そう言えば・・・茉白の世界でも大きな犬はいたよね。

 バーニーズ・マウンテンと言うの・・・結構似ているけど・・・グレースはもっと大きいかも。

 こちらの世界は果物も野菜も、茉白の世界より大きいから犬もきっと大きいと思う。


「アンの言う通り超大型犬ですから、かなり大きくなりますが成犬になるのに2年かかります。屋敷にいるのはミラの祖母に当たる犬で、複数いるメス犬の中でも1番大きい犬です」


「そうでしたか、私たちは犬が好きですしランスも大型犬でした・・・ご迷惑でなければ会わせていただけますか?」


「はい、おばあちゃん犬はグレースと言います。ガスパールさまがいらっしゃる時に連れてきてもらいます」


 ガスパールさまがにっこり笑って頷いてくれた。


「では、またお会いしましょう」


 ノル兄さまが挨拶して、ミラはユーゴがまた抱いていた。ユーゴはミラが好きなのかな・・・?

 レーニエはミラを抱っこしたいと思わないの?レーニエをじっと見たら、微笑んでいたけど首をちょっとかしげていた・・・もしかして無口なのかな?


 ガスパールさまとエミールさまにご挨拶して、ノル兄さまに抱えて貰って馬車に乗った。

 いつか一人で馬車に乗れるようになりたいな・・・。

次回の更新は4月25日「36、ひ弱令嬢と商会」の予定です。よろしくお願いいたします。

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