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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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34、ひ弱令嬢と職人たち

 昨日食べたチョコクリーム入りのマシロパンは、おやつの時間に食べてもいいくらい、甘くて美味しかった。

 カジミールは今度何にチョコレートを入れてくれるのか、ちょっと楽しみになったよ。


 今日は午後からポランが来る。

 お土産用の綺麗な木箱を作ってもらって、焼きごてが出来たら木箱に押してもらうように伝えないと。

 でもその前に、姫ポムの鉢植えの移動も確認もしないとね。


「ソフィお願いがあるの」


「な、なんでございましょうか?」


ちょっと驚いているけど、前ほど固まってはいないから少し慣れたのかな?


「今日ノル兄さまに会いたいの。ポランとの約束の時間以外で、時間が取れるか聞いてくれる?」


「確認して参りますね」


「うん」


 待っている間にチョコレートの型の絵を描いておこう。

 板のような物に縦横10個ずつに区切って、真ん中にローズの花だけ彫ってもらう方がいいかな?それと花の横に葉もつけた方がいいかな?

 どこまで出来るか鍛冶職人のリアムに聞いてみないと。

 1枚の板で100個のチョコができる。

 今回のお土産用は一箱にビターチョコレートとミルクチョコレートを各5枚ずつ入れるとしたら2枚の板で20人分のお土産が作れる。


 板と同じ大きさの紙がないから全体図を小さく描いて、実際の大きさはチョコレート1個分で四角とハートを絵に描いておけばいいかな?

 そろそろシフォンケーキの型やホイッパーなどを届けに来るはずだから、その時に話をしよう・・・リアムが来たら知らせてほしいとソフィに忘れず頼んでおかないと。


 ソフィが戻って来て「ノルベール様がすぐにお部屋に来て下さるとおっしゃっておりました」と言っている時に、扉がノックされた。

 ソフィが扉を開けるとノル兄さまがもう来ていた。


「アン、お邪魔するよ」


「はい、どうぞ」


「出かける前に聞いておこうと思ってね」


「お出かけ?」


「これから騎士団へ行く予定だよ。ビスコッティが順調に焼き上がっているようだから、様子を見てこようと思って。雪が降る前に鉱山の避難場所にビスコッティの手配が可能か確認しておかないとね」


「忙しいのにありがとう。急いでお茶の用意をしてもらうね」


「残念だけどあまり時間がないんだ、お茶は今度ご馳走になるよ」


「・・・そっか、わかった。今度時間ができたら美味しいお茶を準備しておくね・・・ノル兄さまに聞きたかったは、アンのお部屋にある姫ポムの植え替えのことなの。西の並木道の奥に、明日植えに行ってもいい?」


「明日?・・・鉢はいくつあるのかな?」


「今は3個だけどもう少し増やしたいの」


「寒くなって来ているけど、植え替えをして枯れたりしないのかな?姫ポムは春まで温室に置いておくのはどうだろう?母上が店のプレオープンが終わるまで、お茶会はしないとおしゃっていたから温室は使わないと思うよ。店のことをいろいろ聞かれて、母上もさすがに面倒になったようだね。みんなお店と新しいデザートに興味津々のようだから、私も騎士団で質問攻めにならないことを願っているよ」


「お母さまもノル兄さまも大変なのね」


「貴族は情報収集も重要だからね・・・珍しいお菓子の噂は広がっているけど、周りの貴族たちが知っているのはクッキーやシフォンケーキだけだから、クレープやパンそしてチョコレートには驚くと思うよ。これもプレオープンが過ぎれば・・・いや店のオープン後には大方解放されはずだよ・・・たぶん」


 ノル兄さまの目がちょっと不安そうに揺れたのは、気のせいだよね?


「沢山の人が興味を持ってくれるのは嬉しい。沢山食べて欲しいの・・・じゃぁ姫ポムは温室に移動してもらうね。フレーズの苗も置いていい?」


「全部で4つということかな?」


「今あるのは4つだけど・・・あと6個位増やしたいの、温室に置ける場所はあるかな?」


「もう少し置けるとは思うけど・・・いくつ置けるかジェローに確認してみたらいいよ」


「うん、聞いてみる。ノル兄さまありがとう」


「どういたしまして、今日は午後からポランが来るのだろう。木箱の見積もりは私宛てで構わないよ」


「わかった、ポランに伝えておくね」


 ノル兄さまは頷いて「もう時間だから」と言って慌ててアンの部屋を後にした。


「ソフィ、これから庭に行きたいの、ジェローにいくつ鉢が置けるか確認したいから」


「アンジェル様、温室に鉢がいくつ置けるのか、私が確認してきます。今頃は西の並木道の方に行っているかもしれません。お部屋でお待ちいただけますか?」


「・・・わかった」


 ソフィは手に持っていた数枚の紙をテーブルに置いた。


「先程ノルベール様から預かりました。学院で勉強する計算問題との事です。お待ちいただいている間に目を通されてはいかがでしょうか?」


「えっ?・・・う、うん」


 ノル兄さまはいつの間にソフィに預けたのかな・・・?学院に行く日まであと3か月・・・勉強しなさいということか。うぇ、5枚もあるよ・・・。

 ソフィは満面の笑みでアンを見てから、出かけて行った。


 紙を見たらどれも簡単な足し算と引き算だけだった。

 えっ?これだけでいいの・・・?

 茉白の世界では掛け算と言うものがあったよね・・・それにもっと便利な電卓と言うものもあった。

 その電卓と言うものが欲しいけど・・・さすがにそれは作れない。電卓があればお店の計算が楽になるのに・・・。


 ノル兄さまが用意した計算問題はあっと言う間に終わってしまった。暇だから掛け算の九九と言うのを紙に書いてみたけど、それもすぐに終わってしまったよ。

 今まであまりやっていなかった刺繍の事をふと思い出した。そうだ、ハンカチに刺繍をしてみよう。


 ソフィが戻って来た時には、2枚のハンカチに刺繍を刺し終えていた。

 1枚はエリーとマリーが並んで飛んでいる姿で、もう1枚はキリーがこちらを見ている姿。キリーのハンカチは中々良い出来だと思う・・・きりっとした眉がいい感じに出来たもの。

 ソフィに見せたら微笑んで「が、頑張りましたね・・・では食堂で昼食にしましょう」と言ったけど・・・ちょっとだけ片方の眉が上がったあと、ハンカチを見つめたまま顔を上げなかった・・・ちょっと手も震えている。

 ソフィの好みではないのかもしれない。


「ところで・・・ジェローには会えたのかな?」


 はっとしたようにソフィが顔を上げた。


「し、失礼いたしました。ジェローに確認したところ、温室には鉢が5個、プランターは3個まで置けるとの事です。明日の午前中に取りに来てくれると言っていました」


「うん、ありがとう。あとジェローに今日の夕方でいいから、姫ポム用の鉢が2つとフレーズ用のプランター2つをアンの部屋まで届けて欲しいと伝えてくれる?」


「わかりました」


 全部で10個置きたかったけど8個までか、仕方ないよね・・・そういえばソフィは刺繍を見ているうちに用事を忘れそうになっていたよね・・・?

 そんなに印象的だったの?




 昼食後、ポランが来ていると連絡がきたから、商人専用の応接室に向かった。

応接室に行くと、ポランとベル兄さまが話をしていた。


「ベル兄さま、失礼します」


「どうぞ・・・ポランがブラノワを30個だけ、取り急ぎ届けに来たから確認していたところだよ。もう終わるからね」


「ゆっくりで大丈夫」


「お世話になっております、アンジェル様」


「こんにちは、ポラン。ベル兄さまのお話が終わってからでいいよ」


「ありがとうございます・・・ではベルトラン様、来月には残りの90個を全部納めます」


「追加であと120個あるのだけれど、冬の2月にも90個で冬の3の月に30個納めてくれる予定でいいのかな?」


「はい、新しく職人を5人雇入れていますので、月に90個は可能になりました」


「それは助かる、冬の3の月も30個の他に追加で60個作って欲しい。収納箱のデザインは注文書を追って送るよ」


「わかりました」


「アン、私の方は終わったから、話をして構わないよ。わたしがポランを待たせたてしまったから、時間が被ってしまったね」


「ううん、アンが少し早くきたから・・・ポラン、あの・・・忙しいと思うけど・・・木箱を作ってほしくて」


「木箱ですか?」


 チョコレートのことはまだ言えない・・・。


「小さくて薄い食べ物を入れるの。横に5個並ぶようにして、縦は2段で10個入る箱。1センチ位の高さの小さな木箱が60個急ぎで欲しいの」


「60個ですか?」


 ポランは目をまん丸にして驚いていた。


「その他にも高さのある四角い木箱も、大中小の3種類と、横長の長方形の型の木箱も欲しいの。それぞれ・・・最低30個ずつ・・・全部で60個と120個だから・・・150個なの・・・仕切りのある小さい木箱は、更に追加で60個はいると思うの」


 自分で言っていて、申し訳なくなった。

 ブラノワ作りでかなり忙しくしていて人も増やしていると言っていたし。


「・・・」


 ポランは固まったまま目だけパチパチしていた。


「無理なら他に木工職人を探さないと・・・王都で使う分は春以降に王都で作る予定でいるけど・・・そうだ、見本だけ作ってくれる?それを参考に誰かに依頼して焼きごてで店の印をつけるよ」


「・・・」


 ポランは天井を見て何も言わないよ。

 心がどこかに行ったのかな?・・・どうしよう・・・。


 ポランはハッとしてこちらを見た。おっ・・・戻ってきたみたい。


「あの・・・アンジェル様、他の職人が作ったもの見て商品を作るのは見習いだけです。他の職人に頼むのでしたら1から作るように依頼したほうがいいのですよ・・・と言ってもこの仕事を他の商会に任せるのは・・・。木箱も作りたいのですが、今は全員総出でブラノワを作っていますので・・・申し訳ございませんが直ぐには返事ができかねます。親方の方から応援を呼べるか確認してからでもいいでしょうか?春から商会を立ち上げて見習いをもっと雇う予定でいます。辺境伯様からは専属契約して下さる話になっているのに・・・他の木工職人に依頼すると言うのは・・・辺境伯様からの意見でしょうか?」


「ポラン、他の職人に頼むとアンが言ったのは、アンなりにポランを気遣っているつもりなんだ・・・ポランの方で何とか出来れば1番いいのだけれど・・・一先ず検討はして欲しい」


 ベル兄さまやポランに気を遣わせてしまった。アンの余計な一言と無茶な思い付きが迷惑をかけているみたい。


「いえ・・・私もすぐに返事をしなかったのが悪いんです。・・・申し訳ありません」


「ポラン・・・あの・・・」


「アンジェル様、すみません。こんなに注文を頂けると思っていなかったものですから・・・いつかは慣れると思のですが・・・たぶん。き、木箱でしたね・・・念の為に伺いますが、他にまだ増えることはありますか?出来れば早めに言ってもらえると助かります」


「今の所は・・・たぶんそれだけかな?あとから焼きごてが届くので木箱の蓋の中央に焼き印を入れて欲しいの」


「焼き印ですか・・・わかりました。見本は作りますが、数が期限までに間に合うのか・・・人数をどのくらい増やせるか親方に相談してみます。ですから他の職人に相談するのはもう少し待ってもらえませんか?」


「うん、わかった。」


「小さい木箱ですが、仕切りも木ですか?食べ物を入れるのであれば、布や紙を敷かなくて良いのですか?」


 うっかりしていた・・・チョコレートは何かに包んだ方がいいよね。ビターとミルクを分けて袋に入れた方がいいかもしれない。


「ポラン、細かく仕切りのある木箱は止めて、小さな四角い小箱に変更する。真ん中に1枚だけ仕切りを入れたものして欲しい」


 急いで紙に描いてポランに見せた。


「こちらの方が作るのが楽です」


「良かった・・・先ずは木箱の見本と見積もりをノル兄さま宛てにお願い」


「わかりました、5日後にはお届けします。あと王都で使うと言っていましたが、王都まで木箱を運ぶのですか?」


「ポランが気を悪くするかもしれないけれど・・・王都で使う木箱は王都で作る事で運賃の負担がなくなるから、できれば王都で作りたいの・・・でも木箱の形は統一したいから・・・だからポランに見本も作って欲しいと考えていたの」


「そうでしたか・・・王都で作るとしても木材は北の領地から運ぶことになると思います・・・北の領地のような質の高い木材は王都では採れないですから。北の領地の木材は目が詰まっていて歪みが少ないのです。こちらで木箱の板を作って組み立て式にしてはどうでしょうか?組み立てた箱のままですと場所を取りますし、数が運べませんから」


「組立は誰でも出来るの?」


「はい、溝にはめ込んでいくだけにしたら良いかと・・・背の高いものだと横から出し入れができて扱いやすと思います」


 確かに・・・シフォンケーキ丸ごとだと上からだと取りにくいよね。


「ポラン・・・凄いです、それで・・・お願い」


 お母さまにチョコレートが5枚入る小さな袋を色違いで作ってもらわないと。


「は、はい。先ずは数が期限までに作れるか、確認します。これから親方の所に行ってきますので、すみません・・・今日はこれ失礼します」


 一礼してすぐに帰ってしまった。


 アンの思い付きがポランを困らせてしまった。相手の都合など全く考えてなかったよ。

 お父さまとポランとの約束もあったのに・・・よそに頼むなんて言って、気分を悪くさせてしまったよね。

 みんな分かっていることをアンが知らないってこう言う事なのかな?何が足りないの?・・・知識?常識?

 うつむいたままソファーから動けなかった。


「アン?ポランとのやり取りのことを気にしているのかな?」


「アンは失敗ばかりしているから・・・」


「アンに悪気があったわけではないけど・・・ただ良かれと思ったことが相手を不快にさせることもあるからね。アンが一方的に決めるのではなく、時には相手に尋ねることも必要かもしれない・・・そこは私もまだまだ勉強中だよ。今回はポランがすぐに返事をしなかったのは、相当動揺していたからだと思う。でも結局は検討してくれるみたいだから、ある意味煽って正解だったかもしれないね」


 ベル兄さまはにっこり笑って言ってくれたけど・・・アンは煽ったつもりはなかったの・・・でも驚いたよ・・・普段のポランと違うから。

 凄く困っていたよね・・・人の心は難しいね。大人になったらもっと上手にお話ができるかな・・・?


 ベル兄さまはアンと一緒に応接室を出て部屋まで送ってくれた。


「ベル兄さま、アンのお部屋でお茶でもいかがですか?」


「アンの部屋でお茶を飲むのは初めてだね。折角のお誘いだから、少しお邪魔するよ」


「はい、是非!」


 ベル兄さまと2人でお茶をするのは久しぶり、しかもアンのお部屋。嬉しくて思わず声が大きくなってしまったよ。

 ソフィが直ぐにお茶とお菓子の用をしてくれた。

 お茶は姫ポムティーで焼き菓子の代わりにスコーンが出て来た。しかもチョコレートの塊が所々に見えている・・・驚いてソフィの顔を見てしまった


「カジミールがチョコ入りスコーンを焼いたので、召し上がって下さいとの事です」


「わぁ・・・カジミールが頑張っている」


「これがチョコのスコーン・・・?凄く甘い香りがするね」


 ベル兄さまは紅茶を一口飲んでから、スコーンを持って狼の口と言われている所から割っていた。

 アンも早速割って食べてみた。


「美味しい、これは何もつけなくてもいいね」


「そうだね、このチョコレートはビターに近いかな?」


「うん、甘過ぎないから食べ過ぎちゃうかも」


「そうだね・・・罪な味が入っているからね」


 ベル兄さまはフフって笑っていた。


「ところで・・・アンは学院の勉強は進んでいるのかな?わからないところはない?」


「ノル兄さまが計算問題を持ってきてくれたけど、すぐ終わってしまったから刺繡の練習もしたよ」


 机の上に置いたままになっている計算問題とハンカチをソフィに持ってきて貰った。

 それをベル兄さまに渡すと直ぐに計算問題に目を通し始めた。


「凄いね、全問正解だよ。でも・・・この6枚目は何かな?」


 あっ・・・計算問題の下に置いたままだった・・・。


「それは掛け算の九九と言うもので、同じ数字を沢山たし続ける時は掛け算で計算した方が楽なの。九九は丸暗記していればいいから」


「掛け算?・・・ふーん、面白いね。この紙を貰ってもいいかな?」


「うん、いいけど・・・ベル兄さまには面白いものなの?」


「興味はあるよ。この九九と言う表みたいにブラノワも同じ価格であれば2個でいくら、3個でいくらと言った価格表を作っておくと便利かもしれないね・・・アンのお陰で計算が楽になると思うよ。それと・・・こ、このハンカチは練習用なの?」


「えっ?う、うん、練習用とか考えずに思いつくまま刺繡したの。エリーとマリー、もう一枚がキリーなの」


「・・・」


 ベル兄さまは首をかしげて無言で見ている。


「ベル兄さま?」


「ん?いや・・・キリーの眉はこんな感じだったね」


 優しく微笑みながらハンカチを丁寧に畳んでいた。


「アン、ご馳走様。姫ポムティーとチョコスコーンはとても美味しかったよ。残念だけど・・・まだ仕事が残っているから、じ、自分の部屋に戻るよ。勉強も頑張って・・・シシュウモ・・・ネ」


 ベル兄さまは立ち上がって、アンの頭をなでてから去っていった。

 あれ?さっきまでゆっくりしていたのに、急ぎの仕事でも思い出したのかな?しかもシシュウモネって・・・棒読みに聞こえたけど・・・?



 ベル兄さまが帰ってから暫くすると、扉をノックする音が聞こえた。

 ソフィが出るとユーゴだったらしく何か話をしていた。


「アンジェル様、鉢が届きました。ユーゴがお部屋まで運ぶと言っておりますが」


「うん、お願い」


 ユーゴが鉢とプランターを運んでくれた。


 鉢には姫ポムの種を入れ、プランターにはフレーズの小さな種をそっと土の上に置いた。

 フレーズの種は丁寧に蒔かないと、どこかに飛んで行ってしまいそうなくらい軽くて小さいからね。


 そして今まで部屋で育てていた姫ポムとフレーズの成長に合わせる為、魔法を多めにかけて成長させる。

 みるみる芽が出て葉も出てきた。姫ポムは枝まで伸びた。

 姫ポムの方が魔力を沢山使う・・・木だから仕方ないよね。


「これくらいでいいかな」


 にっこり笑って振り返ったらユーゴが目をまん丸にしていた。


「こんなにすぐ育つなんて・・・何度見ても慣れない」


 ユーゴはボソッと呟きそのまま天井を見上げた。

 天井じゃなく鉢やプランターを見てほしいのに・・・。ソフィは手で口を抑えて固まっている。

 あれ?・・・やり過ぎたのかな?

 まぁ、いいよね。






 昨日は久しぶりに刺繡をしたけど、図案が良くないとか色合いが今一つとかエリーとマリーが可愛いとか・・・そう言ったことはソフィもベル兄さまも言ってくれなかった。

 お母さまにハンカチを見せたほういいかもしれない。

 そんなことを考えながらハンカチを眺めていたら、ジェローが鉢を運びに来たとソフィが知らせてくれた。

 ソフィはアンの手元にあるハンカチを見てそっと目をそらした。

 なぜ・・・?


 ユーゴに手伝ってもらって、サロンの大きな窓のところまで鉢やプランターを運んでもらい、次にサロンの大きな窓を開けて、今度は温室まで運んでもらう。

 運び終えてジェローにお礼を言ったら「もう少ししたら季節外れのフレーズが実りますね・・・暖かいお部屋に置いたせいで春と勘違いしたのでしょうか?」と首を傾げている。

 フレーズが勘違いしたのではなく、アンが魔力をかけ過ぎただけだよ・・・ジェローには言えないけど。

 事情を知っているユーゴとソフィは床を見たまま動かなくなった。


 何もなかったように温室へ行くと、姫ポムは日差しを浴びていた。

 フレーズも明るい場所におかれていたけど、直射日光に当たらないようになっている。さすがジェローだよね。

 ジェローは鉢とプランターを眺めて首をかしげている。

 それは昨日届いた鉢とプランターだよ・・・と心の中で呟いたけど・・・いずれ教えたほうがいいかもしれない・・・。

 ジェローの頭の中に不思議マークが溢れてしまうものね。


「フレーズは実が育ったら収穫して厨房に届けておきます」とジェローが言った。

 ジャムを作ってジェローにも少し食べてもらえばいいかな。


 姫ポムとフレーズをもっと増やしたかった・・・。

 今から姫ポムの花を咲かせたらジェローが驚くかな・・・実がなるって楽しいし・・・龍たちに食べさせてもいいよね


「よし、魔法をかけよう」


「ここではいけません」


 手を上げた途端後ろから声が掛かかり、驚いて振り向いたらユーゴが首を振った。


「ユーゴ?」


「今の鉢の状態はジェローが確認済です。いきなり花など咲かせたら不審がられます。既にジェローは不審に思っているのですよ。温室での操作はアレクサンドル様かステファニー様の許可を得てからにして下さい」


「・・・うん」


 ジェローに預けたのだから、アンが勝手に育てたらだめだよね・・・気を付けないと。

 折角温室に来たからジェローに声をかけ、余計なことはせずお花を見て回ろう。


「大輪の赤や白、紫色のダリアは庭では秋の1の月から秋の3の月までが見ごろですが、温室ではこれから見ごろを迎えます。冬の2の月まで次々と咲き続けますので、時間が出来ましたらまた温室にいらっしゃると良いですよ。とても綺麗ですから」


 ジェローがうれしそうに話してくれた。


「折角たくさん咲いているのにお茶会がないと、誰にも見られなくて残念だね」


「アレクサンドル様とステファニー様がご覧になって下さいますから、問題ないです」


 なんですと・・・お父さまとお母さまは2人で温室の花を楽しみながらお茶をしているの?・・・知らなかったよ。


 奥のテーブルやソファーの周りはお母さまが好きなグラデーションのローズが沢山咲いているけど、1か所だけ白と薄紫のグラデーションのローズがあった。

 北の領地の色を作るためジェローが試行錯誤して育てたローズだと言う。


「綺麗・・・ジェローは凄いね」


 ジェローが少し照れたように微笑んだ。


「グラデーションのローズ作りは私の生きがいですから・・・アレクサンドル様が私に生きがいの場所を作ってくださいました。もっと色々な色のローズを作りたいです・・・春に2件の店の庭にローズを植えるのが、今は楽しみです」


 ジェローは薄紫のグラデーションのローズを眺めて目を細めた。


 生きがい・・・アンも生きがいを見つられるといいな。

 みんなでローズを眺めていたら、バスチアンがやって来た。


「アンジェル様、午後から鍛冶職人のリアムが商品を納めに来ると連絡がありました」


「リアムが来たら商人用の応接室に通して欲しいの。リアムに頼みたいことがあるから、品物はカジミールに点検するように伝えてね」


「わかりました」


 バスチアンは一礼して下がって行った。


「ジェロー、姫ポムは春に西の並木道の奥に植え替え予定で、フレーズはお店の裏の畑で育てたいと思っているの」


「わかりました、春にまたお声がけ下さい」


「うん、またお願いするね」




 ジェローと別れたあと部屋で昼食を済ませ、すぐに昨日描いていたチョコレートの型の紙を再度確認していたら、リアムが来たとバスチアンが知らせてくれた。

 すぐにリアムのいる応接室に向かった。


 ケーキの型やホイッパー、型抜きなどはお店2件分と北と王都の屋敷分、それからパトリック伯父さまの屋敷の分も含めて、カジミールたちが振り分けてくれることになっているから、商品を確認後厨房に運んでもらった。


「リアム、忙しいと思うけど、窪みのある板を作って欲しいの。食べ物を流して固めるための板なの・・・この絵を見てくれる?」


「これは・・・細かいですね」


「うん・・・面倒かも。板は横に10個、縦に10個の正方形で、窪みは縦横同じ長さの四角ともうひとつはハートの形で、中にローズを型取ったものを各6枚欲しいの」


「ハートというのは手間がかかりそうですね・・・期限は?」


「最初に各1枚は出来るだけ早く、次は冬の2月の中頃までに各3枚ずつ・・・残りの各2枚は冬の2の月の4週目までに作って欲しいの。」


「焼きごての他に窪みの板が12枚と言う事ですか」


「うん・・・先ずは見積もりを出してもらって見本を届けて欲しいの」


「焼きごての他にも・・・それだと・・・2番目の息子に手伝わせてもいいですか?鍛冶職人として、去年独立したばかりですが」


「うちの専属ではないよね?」


「はい・・・違います。ですが丁寧な仕事をします。私が保証します」


「型については暫く公表できないよ・・・」


「受けた仕事の内容は依頼主以外に話さないです」


「・・・息子さんが手伝うと早く板が出来るの?」


「各1枚は冬の1の月の3週目に焼きごての1本目と一緒に届けます。次は冬の2の月の2週目終わりまでに各3枚、冬の2の月の4週目の終わりまでに各2枚の合計6枚でどうでしょうか」


「間に合うと思う・・・それでお願い・・・見積もりはお父さまに出してくれる?了承がでたら最初にそれぞれ1枚ずつ作って出来るだけ早く届けて欲しいの。板に食品を流して仕上がりを見て、問題がなければすぐに必要枚数分を作ってくれる?」


「わかりました。アンジェル様・・・いつもこんなへん・・・いえ・・・変わった注文になるのでしょうか?あのホイッパーとかも変わった形でしたから」


「これからは今まで作ってもらったものが壊れたりすれば、同じものを発注する事になると思うけど・・・先のことはまだわからないよ・・・?出来るだけ余裕を持って頼むようには気をつけるけど」


「わかりました・・・宜しくお願いします」


「あの・・・2番目の息子さんが鍛冶職人として独立したってさっき言っていたけど、1番目の息子さんも鍛冶職人なの?」


「はいそうです、長男はうちの商会の跡取りですが、他からの注文が入っていてそっちの仕事をしています。前から馬車の部品を作っていましたから」


「馬車?」


「北の領地は龍に乗る方が多いので他の領地より馬車の数は少ないのですが、それでも馬車がなくなるわけではないので、あまり多くはないですが注文はあるんです」


「龍にも乗るけど・・・馬車も必要な乗り物だもの」


「そうですね・・・では窪みの板の窪みのところの中央にローズの花と葉を入れるのでしたね。板は薄くても問題ないですか?ローズの部分は少し薄くなるかもしれませんが」


「穴が開いてなければ問題ないよ」


「わかりました、見積もりは3日後に届けます。かなり手間がかかりますので値が張りますよ」


「値段は高いと思っていたの。ローズを入れるのが100か所にもなるもの、面倒だよね」


「何とかやってみます」


 リアムは考え事をしているのか、遠い目をして帰って行ったよ・・・何とか頑張れ。

 1番上の息子さんが馬車の部品を作っていると言っていたよね。車いすの部品も作れるかな?

 これでお土産用の準備は窪み板と木箱と焼きごての出来上がり次第だよね。

 あっ・・小さい袋も用意してもらわないと。


 職人たちは大変だけど出来上がったら、凄く素敵なチョコレートと木箱ができるはず・・・出来上がるのが・・・楽しみ。

 そうだ、お父さまに報告しなくちゃ。

 商人用の応接室を出て、そのままお父さまの執務室に向かった。



「お父さま、先程鍛冶職人のリアムにチョコレート用の窪み板を頼んだので見積書が届いたら、直ぐに作業に取り掛かれるように早めに手続きを進めて欲しいです」


「わかった、見積書が届いたらすぐ目を通すようにしよう」


「はい、よろしくお願いします。窪み板はビター用の四角が6枚、ミルク用のハートが6枚で、王都店とノール本店で各3枚ずつ使うようにするつもりです。1枚の板で100枚のチョコレートが出来ます。手間がかかり値も張ると言われましたが、1度作っておけばすっと使えるはずなので是非作りたいです。お土産は各5枚の計10枚入りです。チョコレートを入れる木箱は木工職人のポランに頼みました。期限までに作れるか悩んでいましたが・・・見積もりはノル兄さま宛で届くようにしています。それと・・・お母さまにチョコレートが5枚入る小さな袋を色違いでそれぞれ60枚欲しいと伝えてもらえますか?プレオープンのお土産用に使うものです」


 一気に伝えたら、お父さまの目が点になっていた・・・。あれ?どうしたのかな?


「はっ?・・・いや、そうか・・・ぜ、全部で120枚の袋がいると言う事か?・・・ああ・・・ス、ステファニーに伝えて・・・おく」


お父さまが天井を見ている。何かあるのかと思い、一緒に天井を見たけどシャンデリアしかなかった・・・。


「お父さま?」


「・・・いや、大丈夫だ・・・ああ・・・それと先程ランベール伯爵から連絡があった。ミラを連れて屋敷に来てほしいそうだ。子息のエミール氏も車いすやセラピードッグに付いて興味があるので、同席したいと言っている。ノルベールと一緒にミラを連れて行ってくれるか?」


「はい、もちろん行きます」


「では3日後に行くように連絡をしておく」


「わかりました。あの・・・お土産にクッキーを持って行ってもいいですか、それとマシロパンとジャムも」


「カカオ豆を沢山頂いているからな。ランベール伯爵夫人の食欲が増えて、早く元気になるといいのだが」


「はい、たくさん食べてミラと仲良くなってもらって、元気にお店にデザートを食べに来てくれたら嬉しいです」


「そうだな・・・うまく行くといいが・・・アンは毎日忙しそうだが身体に負担はないか?」


「今のところは大丈夫です、最近は熱も出ていないです」


「もうすぐ学院が始まるから無理をしないようにな。勉強の方で分からないことがあれば、ノルやベルに聞きなさい」


 ノル兄さまやベル兄さまも心配してくれていたけど、お父さままで心配してくれている。家庭教師は付いていないけど大丈夫だよ、ちゃんと勉強しているからね。


「はい、わかりました・・・明日はいよいよ王都から孤児院の人も来るのですよね」


「そうだな、王都ではおもにマナーを学ばせたが、こちらでの2ヶ月間は店の仕事を学んでもらう予定だ。店での仕事はみな初めてだからお互い助けあってくれればいいが」


「みんなで助け合って、仕事が出来るといいですね」


 お父さまは頷いていた。


「店では身分にかかわらず、仕事が出来る者は責任のある位置に付けるようにするつもりだ・・・そういえば・・・アンは刺繡の練習もしているらしいな。図案はステファニーに聞いてみたらどうだ?キリーだと印象が強くないか?花の図案や文字も練習したらいいかもしれないな」


 なんでキリーの刺繡の事を知っているのかな?


「は、はい・・・わかりました。ありがとうございます・・・では部屋に戻りますね」


 歩きながらハンカチにエリー、マリーとキリーの刺繡した事を思い出していた。

 キリーの刺繡はベル兄さまには不評だったのかな・・・?ソフィに正直な感想を聞いてみよう。

 ソフィを見たけど、目を合わせてくれないのはなぜなの・・・?

次回の更新は4月18日「35、ひ弱令嬢とランベール伯爵」の予定です。よろしくお願いいたします。

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