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3、ひ弱令嬢は神殿に行く

「ソフィ、午後からベル兄さまと図書室で図鑑を見る約束しているの。午前中に文字の練習と計算問題を終わらせて、ベル兄さまに褒めてもらうのよ」


「それは頑張らないといけませんね」


 ソフィが机に紙と羽ペンを用意しながら微笑んでいた。

 頑張って課題を終わらせないと。


 カリカリ カリカリカリ

 カリカリカリ、カリ・・・カリカリ、カリカリ

 カリカリ カリカリ・・・カリ


「腕がだるくなってきた」


 文字や計算は魔力検査を終えてから始めるらしいけど、ベル兄さまと一緒に本を読みたいから早くから勉強を始めると宣言したからね。

 本当は龍騎士になる方法を本から探せないかと考えたのは内緒。


「フー、何とか終わったよ」




 昼食も済ませてソフィと共に図書室に向かった。


「ベル兄さま、もう来ていたの?」


「今来たばかりだよ、今日はどんな本が希望かな?」


「龍のことが書いてある本がいい、でも今日はアンが読みたい。文字が読めるように頑張ってお勉強したの」


「もう読めるようになったのかい、それは凄いね」


 驚いた顔でアンの頭をなでてくれたけど、ベル兄さまも7歳の時には本は読めていたって聞いているよ。でもそれを言わないでいてくれるベル兄さまは優しいと思う。


「どの本が良いかな・・・」


 ベル兄さまはちょっと考えて本棚の1番上に置かれているあまり厚くない本を取り出した。


「これが見やすいと思うよ」


 見せてくれた本の表紙には龍の絵が描かれていた。


「ベル兄さま、表紙の絵は火龍?」


「良くわかったね、じゃあ・・・机で読もうね」


 長机に向かってベル兄さまと並んで座ると、ソフィは横の壁際に控えていた。


「アンが住んでいる北の大領地には、火龍と風龍がいるのは知っているね」


 兄さまが本の絵を指さしている。


「ベル兄さまと丘で見たもの」


「他に人里にはあまり出てこないのだけど、山奥には地龍も住んでいる。昔、人間が地龍の子供を攫ってしまった事があって、それ以来人には近づかなくなり、逆に人が寄っていけば威嚇されるらしい」


「もともとはおとなしく温厚だったと書いてある・・・攫われた子龍はどうしたの?」


「どこかに売られたのかもしれないね。でも子龍は親龍から魔力を貰うか、龍が心を許した人間から魔力を分けて貰うしか育つ方法がないと聞いている、龍を攫うような人間から魔力を貰う事はないはずだから、長く生きることはできなかったと思うよ。愚かな人間がいたものだ。だから龍が望まない限り、人は龍を所有してはいけないと私は思っているよ」


「お父さまやノル兄さまの龍は望んでくれたの?」


「そう・・・学院に通っている男子は10歳になると、龍舎に出入り出来るようになるんだ。龍舎にいる成長した龍が人を選ぶんだよ。稀に子龍が顔を出す事があって、背を向けて人を乗せるしぐさをすると聞いたよ。たぶん親龍の真似をしているんだろうね、その姿がとてもかわいいと父上が言っていた」


「学院に通う・・・ダンシ・・・」


 龍舎に行くのは男の子だけ?


「学院は8歳からだから、アンはもう少し先だよね」


「う、うん・・・そうだね・・・こ、子龍は可愛いよね・・・きっと」


「子龍はある程度成長するまで親龍が守っているから、子ともの時は人を選んで魔力を受ける事はないけどね。龍は成長がゆっくりで長生きなんだ。父上が乗っている火龍は父上のおじい様が精霊の地に渡られた後、父上が選ばれたと聞いているよ。何代も受け継がれるということを良く聞くけど、魔力が似ているからかもしれないね」


「ベル兄さまは龍舎に行かなかったの?」


「うん・・・私は・・・。あっ、そうそう南の大領地に行くと水龍がいるらしいよ・・・地龍と水龍は図鑑でしか見たことがないけど、どちらも翼はないようだね」


「水龍は陸では生きていけないのかな?」


「どうだろう?陸に上がったと聞いたことはないけど・・・海で浮かんでいるらしいから水中で生息しているのではないと思うよ・・・この図鑑で見ると凄く美しいから実物はどれほど美しいのか・・・」


「本当・・綺麗、薄い緑色がきらきらしている」


「龍の鱗が光で反射しているようだね」


「ベル兄さま・・・10歳になったらアンも龍舎に行っていいの?」


「アンは女の子なのに龍に乗りたいの?龍が選んでくれるかな?・・・その前に父上の許可が必要だね?いや・・・母上の許可の方が大事だ・・・うん、大事だ」


 えっ・・・お母さまの許可?・・・お父さまではなく?アンはベル兄さまの心配はわからないけど・・・龍舎に行く気は満々なんだよ。


「女性の龍騎士はいないよ」


「えっ?・・・なぜいないの?」


「アンはお嫁さんにならないのかな?龍を連れて嫁ぐのは難しいと思うよ」


「アン・・・お嫁さんにならない」


 頬を膨らませてプイッと横を向いた。


 ベル兄さまは笑いながらアンの頬を両手で抑えると、アンの口から「プッ」と言う音がした。


「もうっ!」


 クツクツと笑う兄さまの胸に拳を何度か打ち付けた。


「ごめん、ごめん」


「許さないもん」


「じゃぁ、お詫びに次の休みはグレースを庭に連れて来るよ。父上の了承があればだけどね」


「本当!嬉しい」


 すぐに許してしまったよ・・・悔しいけどベル兄さまに勝てない。

 それから魔力検査が終わった年からアンも、メテオール祭に参加できる事も教えてもらった。

 その後は植物図鑑や薬草図鑑を一緒に見た・・・でも絵ばかりの本だったのでアンが読む機会は全くなかったけど。


 部屋に戻ってから、窓の外をぼんやり眺めながらベル兄さまに聞いたお祭りのことを思い出していた。


「ソフィ、お祭りはいつ?」


「メテオール祭は夏ですよ、雨が降らなければ3日間夜空に流星群が現れて、とても神秘的なのです」


「なつ?」


「1年は12か月あって、1年の始まりは春の1の月からで春は3の月まで、次が夏の1の月から3の月までそして秋の月、冬の月となりそれぞれ3の月まであります。魔力検査は春の1の月でメテオール祭は夏の3の月です」


「そうなんだぁ、7歳になって魔力検査が終わってもまだ先だね。早く来ないかなぁ、メテオール祭」


 魔力検査が終わった年から、夏のメテオール祭はアンもお父さまとお母さまと兄さまたちと一緒だ。

 日中は街に屋台が出て、夜は屋敷の3階にあるテラスで流星群を眺めながらおやつが食べられると聞いた。夜のおやつは凄く魅力的だよね。

 それに魔力検査で火と風の属性があれば龍に乗れるかもしれない・・・楽しみがイッパイだよ。

 もっと元気にならないと・・・立ち上がってふんすと鼻息荒く両手を腰に当ててポーズを決めてみたけど・・・あれ?ベル兄さまは龍が人を選ぶと言っていたよね?それに女性の龍騎士はいないと・・・。


「うーん、どうすればいいかな?」


 そう思っていたら何だかふらふらする。


「ソフィ・・・何だかふらふらするの・・・」


「お熱が出たのかもしれないですよ、すぐにお休みましょう」


 あっという間に着替えさせられ、薬も飲まされてベッドに入れられた。

 実の入った布の袋は首から外され、いつものようにベッドの横に置いてくれた。

 早く春と夏が来ないかなぁと考えていたけど・・・すぐ眠ったらしい。







 春の1の月、ついに待ちに待った魔力検査の為のお出かけ。

 お父さまは神殿の帰りに領地の視察をするので龍で行くらしい・・・とても羨ましい。


「お父さま・・・アンはお父さまと一緒に龍に乗りたいです」


 胸の前で両手を組んで目をキラキラさせて聞いてみた。


「うっ・・・い、今の季節はまだ上空の風が強く冷たいから・・・残念だがアンは乗せられない、暖かくしてノルベールと一緒に馬車で行きなさい」


「アンは私と馬車だよ、今日はアンの護衛兼付き添いだからね」


 にっこりと笑ったノル兄さまはアンの手をしっかり握っている。龍に乗れないのはがっかりだけど久しぶりにノル兄さまと一緒だから今回は諦める事にした。


 今日は薄桃色の膝丈ワンピース。胸の上で切り替えが入っていて、切り替えの下はゆったりと広がっている。締めつけがない服は馬車に乗っていても、身体に負担がないようにとお母さまが用意してくれたの。

 木の実が入っている布の袋は見栄えが良くないからと、ソフィが袋部分をワンピースより少し濃い桃色のレースの生地に変え、上から同じレースの生地でリボンを付けてくれた。

 ワンピースの切り替え部分にリボンがくるように長さを調節して、ネックレスのようなかわいい感じになったのが嬉しかった。

 髪は左右を編み込み後ろで留めて、胸のリボンとお揃いの髪飾りを付けて貰った。

 体が冷えないようにワンピースの下に、丸く膨らんだパンツを履かされてしまったの。薄い桃色のレースを沢山付けて可愛くしたと言っているけど、可愛くても、見えなくても・・・パンツはパンツなの・・・悲しい。靴は編み上げで踝より少し上まであって歩きやすいけど・・・パンツはどうにかならないかな?


 レースから薄紫色の木の実が少し透けて見え・・・あれ・・・木の実が濃い紫に見えるけどレースのせいかな?そう思っていたら、ソフィがポンチョを羽織らせて前を閉じてしまった。後でノル兄さまに言わなくちゃ。

 

 馬車でのお出かけは初めてだからとても楽しみ。今回はノル兄さまとアンとソフィの3人が乗り込んだ・・・と言ってもノリ兄さまに抱っこされて乗ったんだけど。

 馬車が動き出すと、ウキウキしながら窓の外を眺めた。木の実の事、不満だったレースのパンツの事などすっかり忘れ去るところだった。これもノル兄さまに伝えないと・・・でもパンツの事はノル兄さまに言いづらい・・・いや、言えない。ソフィに言っても無駄なような気がする・・・うーんどうしよう。


「3時間ほどで宿に着くけど、途中で調子が悪くなったらすぐに言うようにね。余裕を持って出発しているから休憩を取っても問題ないよ」


 ノル兄さまが心配してくれた。今日はお昼から出発して峠を越えた所にある宿で1泊して、翌日の朝に神殿に向かうと教えてもらった。

 アンの身体に無理がかからないように2日間の日程にしてくれたらしい。兄さまたちが検査の時は早朝に出てその日のうちに検査を終えて帰ってきたと言っていたけど、今回は宿でゆっくりできるとノル兄さまは喜んでいた。

 その時は馬車で行ったのかな?まさか龍に乗ったのでは・・・気になったけど聞いたところでアンは龍に乗せてもらえないので聞くのは止めた。

 窓から外を見ると一面に黄色いお花畑が広がって綺麗だったのに、少し進むと山と木ばかりの景色になってしまった。


「峠に入ったよ、ここから緩やかな登りの道が続くけど中腹あたりから下って行き、峠を降りたら大きな宿が見えてくるよ」


 緩やかな坂道を登り遠くの景色が見えるようになった頃、胸のあたりで何かに引っ張られるような感じがした。


「あれ?」


 なんだろう・・・気のせいかな?


「どうした、疲れたのかい?」


「ううん、大丈夫・・・」


 胸を押さえて目を瞑っていた。


「アン?起きて、宿に着いたよ」


 いつの間にか眠っていたらしい・・・。気が付けばノル兄さまが膝枕をしてくれていて、毛布が掛けられていた・・・なんか寝てばかりだよ。

 ソフィがいないから先に宿へ向かったのかもしれない。

 慌てて降りようとしたら、お父さまが馬車の扉の前にいて、抱き上げて降ろしてくれた。お父さまは龍だから後から追いかけて来ると言っていたけど、先に着いていたらしい。やっぱり龍に乗りたいな・・・とっても、とっても、羨ましい。

 宿に入りと部屋は3階だと教えてもらった。


「疲れて熱が出ては困るからな」


 お父さまはそう言うと、アンを抱き上げ階段を登って行く。


 部屋に入るとても広く、それぞれが部屋で休めるようになっていた。お茶室のような部屋の窓から外の景色を見て暫くのんびりしていたら、ノル兄さまが来て「食堂は2階の個室だよ」と言いながらまた抱っこされた。


「2階なら歩けるよ」


「疲れて熱が出ると検査できないだろう?」


 疲れさせないためと言っていたけど抱っこしすぎだよね。

 食堂に入って椅子に降ろされ、おとなしく座っていたら料理が運ばれてきた。


「トロトロしたミルク色のスープに入ったお肉が美味しい」


「カナールと言う鳥によく似た、ソバージュカナールと言う魔物の肉だと聞いているよ。空を飛ぶ魔物は仕留めるのが難しくて、滅多に食べられない高級な肉だよ」


 ノル兄さまが嬉しそうに教えてくれた。魔物と聞いて驚いてしまったけど美味しいからいいよね。デザートのフランボワーズのムースもひんやりしてとっても美味しかった。また食べに来たいな・・・出来れば龍に乗って。

 そう思っていたら、お父さまと目があった。お父さまはにっこり笑っているけど目が何かを言っているような気がする。大丈夫、龍に乗りたいって思っているいけどすぐじゃないからね。誤魔化すようにお茶を飲んで目を逸らしてしまった。

 ・・・お父さまはアンの心の声が聞こえるのですか?




 翌日、朝食を済ませて直ぐに神殿に向かうと言っていた。

 お父さまとノル兄さま、アンの3人で馬車に乗り、ソフィは別の馬車に乗るらしい。


 昨日から龍騎士が護衛も兼ねて御者もしていると聞いて驚いたけど、お父さまもノル兄さまもベル兄さまも馬に乗れるし馬車も扱えると言っていた。

 アンは龍に乗る前に馬にも乗れるようにならなくては行けないのだろうか?それ以前にもっと丈夫になりなさいと、兄さまたちに言われそう・・・。

 昨日、お熱は出なかったよ。そんな事を思っていたら、中神殿に着いのか馬車が止まった。今回もお父さまに抱っこされて降ろされた。


 神殿は真っ白い建物で屋根はうす紫だった。入り口の前にある左右の柱も白くて蔦が巻きついているように彫られている。大きな扉が開けられ、お父さまと手をつないで中に入ると広い部屋があった。


「ここは礼拝堂で、人々が精霊王に祈りを捧げる場所だ」


 お父さまが教えてくれた。

 礼拝堂の中には男の人や女の人、アンより少し大きい子が何人もいた。魔力検査を受ける子かな?

 奥から白い長着に襟に濃い紫の刺繡男の人がやってきて、ノル兄さまが「神殿長だよ」と小さな声で教えてくれた。


「領主様。本日はご息女様の魔力検査と伺っております、お部屋へご案内いたします」


 神殿長は私たちの前で右手を胸に当て一礼したので、軽く会釈をしてみた。

 ふと礼拝堂の突き当りに白い像が2つ並んでいるのが見えた。右側はとても綺麗な顔をしていて少し癖がある長い髪・・・女の人?うーん男の人にも見える。

 左の像は細くてとても背が高く、髪はまっすぐで長い。この像は男の人だ・・・とても綺麗な顔しているけど女の人ではないとわかる。

 ぼーっと見とれていたら「アン」とお父さまに呼ばれ、慌ててお父さまの後について行くと扉があった。

 礼拝堂の奥にも部屋がある事にちょっと驚いた。

 部屋の中に入ると白い机のような台があり、大きな丸い透明な石があった。


「この水晶に手を置いてください」


 神殿長に言われて手を置いたらピカッと光って、眩しくて目を瞑ってしまった。


「りょ、領主様・・・」


 神殿長が目を丸くして、お父さまを呼んでいた。


「赤、黄、紫そして白の4属性でございます。特に白が大変強いです、王都にて再度魔力検査をお願いいたします」


「あの・・・お父さま・・・赤、黄、紫、白ってなあに?また検査をするの?」


「アンジェル、色は属性を表しているのだよ。赤は火、黄は風、紫は土、そして白は・・・光だ」


「4つもあるの、凄い」


 沢山あることを喜んだけど、お父さまはあまりうれしくないのかな?


「魔力も非常に多いです、おめでとうございます」


「あ、ありがとうごじゃいましゅ!」


 神殿長さんが褒めてくれたので、にっこり笑って答えたのに・・・噛んじゃったよ。

 でもお父さまもノル兄さまも微笑んだだけで、あまりうれしくないみたい。・・・4つはダメなの?


「ノル、帰りもアンを頼む。視察はすぐに終わらせる・・・屋敷には夕食前に帰ると伝えてくれ」


「承りました、母上に報告をしておきます」


「ああ、頼む・・・アンも気を付けて帰りなさい」


「はい、お父さま・・・あの・・・」


 お父さまは私の声が聞こえなかったのか、先に出て行ってしまった。


「・・・ノル兄さま」


「心配しなくてもいいよ、魔力が高く4属性は素晴らしい事だよ。私は火、風、土の3属性だけど魔力が多く、特に風の属性が高いと言われたよ」


 フフっと笑って頭をなでてくれた。でも言いたかったのは属性のことではなく再検査の事なの。

 昨日、出発前に木の実が濃い紫色になっていた事や、峠で急に胸が変になった事も思い出した。馬車に乗ったらノル兄さまに話をしてみよう。


 神殿を出てノル兄さまとアンと今度はソフィも一緒に馬車に乗りこんだ。

 ノル兄様は窓の外を眺めたままで、話かけてくれなかった。

 坂道を登り初め、暫くするとまた木だけの景色になると、胸の中から何かが引っ張られるような感覚があった。あ、まただ。


「ノル兄さま・・・胸が・・・へん・・・」


 胸を押さえていたらぱりっと音がした・・・木の実だ。


「アン、どうした?」


「今、パリって・・・木の実が」


 ソフィがリボン型の木の実ネックレスを外してくれ、それをノル兄さまに渡した。


「木の実にひびが入っているように見えるね・・・アン苦しくないかい?」


 心配そうにアンの顔を覗き込み、すぐに木の実の袋をアンの首に掛けてくれた。


「屋敷に戻ってから見た方がい・・・」


 ガン!


 突然大きな音がして馬車が揺れた。どうしたの?


 ガン!


 また大きな音がしたと同時に馬車が揺れて傾き、崖側の扉が開いた。


「キャーッ!」


「アンジェル様!」




 ◇   ◇   ◇




 斜めになった馬車からソフィがアンに向かって飛び出していった。

 空中で必死に両手をのばすソフィはアンの腕を掴んで引き寄せたが、そのまま崖下に転落していった。


 扉が開いてアンが外に放り出された時『ノルベール、次期当主はお前だ』と父の言葉が脳裏をよぎり、出遅れた。

 その間にソフィがアンを追って飛び降りて行った・・・手を伸ばす事も、ソフィのように飛び出すことも出来なかった。


『取捨選択を間違えてはいけない。決して無謀な行動はしてはいけない』と言い聞かされてきた。その意味がこれなのか・・・。


「アン!!・・・くそっ・・・何て事だ」


 急いで馬車を降り崖下に向かって叫んだが、ここからでは横に突き出た木や長く生い茂った草で下が見えない。下は確か川が流れていたはずだ、落ちて流されていなければいいが。

 ・・・痛い・・・締め付けられるように胸が痛い・・・大領地の領主と辺境伯当主の座、それは自分の命やアンの命より重いのか?

 自分がいなくてもベルトランやシャルルがいるではないか?

 父上がベルトランはお前の補佐だ、シャルルは前領主に似ているから龍騎士団を率いてくれるだろうと言っていた。じゃぁアンは?アンはどうなる!


「申し訳ありません!岩が馬車の前にも落ちてきて避けきれませんでした」


 龍騎士の声で我に返った。

 今悩んでいる場合ではなかった。御者をしていた龍騎士が真っ青な顔して頭を下げていた。

 周りを見れば馬車の周りに大きな岩が3つ落ちていた。直径1m程ある岩は馬車の前に、5~60㎝程の2つの岩は馬車の横にあった。


「怪我した者はいないか?この落石があればどうしようもない、不可抗力だ。避けようがない状態だった、其方のせいではない」


 そうは伝えたが自分自身でアンを守れなかったせいで心が乱れイラつく。


「一人は父上の視察先に行って連絡を、峠に来て下さるよう伝えて欲しい、もう一人は龍舎に戻り、私の龍と龍騎士団と救護隊を連れて来てくれ、救助のロープや毛布などを忘れずに持って来るように、至急だ」


 アンとソフィの安否が心配だが、龍騎士を数人連れて来て良かったと思った。


 アンが生まれた時から身につけていた木の実にひびが入ったと言っていたが・・・今まで肌身離さず身につけていたものだ。首にかけ直しておいてよかった・・・。


「・・・生きていてくれ」


 天を仰いで無事を祈るばかりだった。


次回の更新は10月18日の予定です。

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