23、ひ弱令嬢は収穫する
豚大根に時々水をあげていたけど、魔法は毎日かけていたから・・・どんどん成長し花が枯れてさやまで出来ていた。
24日間かかる予定だったのに、13日で出来てしまったよ。さやの付いている茎をソフィに切ってもらい、根の大根はユーゴに抜いてもらった。
種を取る場合は普通に育てる場合より、収穫を2週間遅らせるらしい。魔法をかけて育てる期間を短縮させたから、延長期間は2日にしてみたの。
さやが出来ても根は立派な豚大根だ。お父さまに内緒でカジミールにお砂糖を作ってもらうつもり。だって捨てるのはもったいないもの。
このお砂糖でお菓子を焼いて味を確認しないとね。味見は大事よ。
さやは風魔法で乾燥させたあと、大きな布に包み軽く棒で叩いて、さやと小さな枝を取り除き種だけをチマチマと拾い集めることにした。
「ソフィ、お願いがあるの」
「な、何でございましょう?」
あれ、なぜ構えるの?
「大きな布が欲しいの、それとユーゴに棒が欲しいと伝えてほしい」
「すぐに伝えて参ります」
詳しい内容も聞かず、あっという間に行ってしまった。
ユーゴはやってきたけど、ソフィは戻ってこない・・・どこに行ったのかな?
「アン様お呼びですか?」
「棒が欲しいの」
「棒ですか?・・・何に使う棒でしょう?」
さっきソフィに切ってもらったさや付きの茎を見せた。
「さやを叩く為の棒が欲しいの、さやの中に小さな種が入っているから、布に包んでから棒で軽くたたくと、砕けたさやから種が出てくるの」
「わかりました、持ってきますので少しお待ちいただけますか?少しの間ここから離れますから部屋から出ないでくださいね」
「大丈夫・・・部屋にいるから」
ユーゴは扉の前で立ち止まり、顎に手を当てて何か考え始めた。
「あれ?取りに行かないの?」
「・・・ソフィが戻って来てから取りに行く事にしました。アン様を一人には出来ませんので」
「そうなの・・・?」
信用されてないってこと?・・・何処にも行かないのに。
暫くしてソフィが白い布を持って戻ってきた。
「アン様、布はこのくらいの大きさでよろしいでしょうか」
「アンの背よりもあるね・・・ちょっと大きいけど、切って使えばいいよね?」
思ったより大きな布で驚いた・・・どこから持ってきたのかな?これなら棒がなくてもアンが布の上を転がればいいのではと思ったけど、ソフィが絶対止めるよね。
「では取りに行ってきます」
ユーゴがやっと棒を取りに行ってくれるようだ。
待っている間に布を切ってもらい、切った布を床に広げて乾燥したさやを包んでもらった。
そっと足をのばして踏もうと思ったら、ソフィがにっこり笑ってアンの前に来ていた。
「お茶を入れますのでソファーに座って待ちましょうね」
足でやろうとした事がばれたのかな?
仕方がないので、カジミールが久しぶりに焼いてくれたサクッとクッキーを、もしゃもしゃと食べ始めた。
お茶を2杯も飲んでお腹がいっぱいになった頃、ようやくユーゴが戻ってきた。
棒はアンの背より少し長く、アンが握るには少し太かった。叩くだけだからいいよね。
「えいっ、」
ガスッ!
「それ!」
ガスッ!
棒を持って布を何度か叩いたけど、さやに当たっているのかわからない。
堅いものを叩く音がしているよ・・・?
カサカサと言う音も聞こえているから、茎やさやは細かくなっているはずだよね?
「あの・・・アンジェル様、私が叩きますので、座ってお待ちくださいませ」
ソフィに棒を取り上げられてしまった。取り敢えず布の中を覗いてみた。
あまり当たってなかったらしい・・・何度も叩いたのに。
トン、ガサッ、トントントン、カサカサカサカサ
ソフィが何度か叩いた後、布をめくって中を確認したらさやは結構砕けていた。布の中に広がったいびつな形の種をチマチマ集めていたら、ソフィも手伝ってくれた。
集め終わったら布に残ったさやの細かい破片を捨て、また布の中にさやを入れて棒で叩いて貰う。
そしてまたチマチマ種を拾う。3度繰り返したら飽きてしまった・・・。これはかなり大変かも。毎日少しずつやるしかないかな。
布から集めた種は瓶に入れてもらいアンの部屋の奥にある棚にしまった。
ソフィの仕事も増やしてしまったけど、さや砕き職人とか種拾い職人とは呼ばないから安心してね。
次の日の朝、豚大根を抜いた大きな鉢をジェローのところに運んでもらい、土を入れ替えるように頼んだ。
魔法ですぐ大きくなるから小さい鉢に入れないで直接大きい鉢に種を植えてもいいよね。
ジェローは種がエピナールだと思っているから、育った豚大根を見せない方がいいと思ったの。
部屋で育てるから土だけあればいいものね。
「もう収穫出来たのですか?」
ジェローは豚大根が抜けた後の穴を見て、目をまん丸にして驚いていた。
「アンのお部屋は日差しが沢山入って暖かいの・・・」
にっこり笑って誤魔化してみた。
「寒い時期は育ちが悪く葉物でも1か月以上はかかるのですよ・・・それにしても土が大きくえぐれていますね?」
鉢を見て首をかしげている。庭師だから・・・わかるのかも。普通はこんなに早く育たないし、エピナールの根は豚大根のように太くないもの。
「・・・で、では土を交換してきます」
「待っている間、庭のお花を見ているね」
ジェローに声をかけて庭の奥の姫ポムのところに行ったら・・・すごく大きくなっていた。もうすぐ収穫だけど・・・何故か通常の姫ポムより2倍大きくなっている。
落ちないよう袋に入れてもらったほうがいいかな?取りあえずちょっとだけ魔法を・・・あれ?・・・真っ赤になってしまった。もう収穫?・・・できちゃう?
まだ秋の2の月だから1か月早いよね・・・まずい?とりあえずジェローに言わなくちゃ。姫ポムが落ちたり痛んだりしたらもったいないものね。急いで戻ろう・・・。
ジェローは大きな鉢の土を入れ替えて戻ってきていた。
「ジェロー・・・庭の奥にある姫ポムが、あ、赤くなっているから・・・もう収穫してもいいかも」
「今年は1本だけ育ちが良く実が大きいと思っていたのですが、昨日見た時はまだ青みが残っていましたから、天気が続けば10日後には収穫できると思います」
「えっ?他にも姫ポムの木があるの?」
「え?ええ、ございます。庭の奥の方に1本とそこからの左側に行った奥の方に数本あります」
「・・・知らなかった」
知っていればそこも成長させて今年は土がいいとかお天気がいいとか誤魔化せたかもしれないのに。
1本だけって誤魔化せるかな?
「赤くなっているのはすぐ奥の木ですね・・・?見て参ります」
一緒に付いて行くと、ジェローは「えっ?」と言ったきり固まっていた。
・・・やっぱり驚くよね。
「ジェロー、もう収穫できる?」
「えっ?・・・はい・・・出、来、ま、す」
ジェローは木の周りを回りながら慎重に返事をした。収穫するところが見たくてジェローをじっと見つめて頷いた。
「・・・挟みと梯子を持ってきます」
首をかしげながら行ってしまった。
明日カジミールがジャムにするかも。今回種を取った豚大根は、午後からカジミールのところに持って行ってお砂糖にしてもらう予定だから、姫ポムもついでに食感があるジャムを作ってもらうことにしよう。
豚大根のお砂糖を使ってクレープの試食をしてみたいしね。
豚大根って響きがなんだか嫌だな。大根だから可愛らしく「ラディ」って名前にしようかな。
ラディからできた薄茶色のお砂糖はなんて言う名前にしよう。
「ラディ・ドゥー」「ブラン・ドゥー」・・・薄い色だか「エクリュ」・・・うーんなんだかしっくりこない。
北で作ったお砂糖だから「ノールシュクレ」・・・うん、これでいいかな?お店のお客様に出す紅茶にだけ白いお砂糖を使ってもいいし。
一人でよし!と納得しているとジェローが梯子を抱えて戻ってきた。
「ジェロー、収穫するところをそばで見ていてもいい?」
「折角ですから、下の枝についている姫ポムを収穫してみませんか?」
「いいの?・・・したい!」
力強く即答したよ。
姫ポムは育ちすぎて枝がしなって折れそうになっていた。枝が折れなくて良かった。魔法をかけすぎると木の負担になるみたい・・・気を付けなくちゃ。
「姫ポムは普通のポムより枝が細いですから、折れないうちに急いで収穫しないといけませんね・・・今日はこのまま青空が続きそうで良かったです」
ジェローは空を見上げてほっとしていた。
大きく育て過ぎたことで・・・ジェローに迷惑をかけたのかも。
「ジェロー・・・今日は他にも予定があったの?」
ローズの苗を増やす仕事もあるのに・・・余計な仕事を増やしてしまった。
「いえ・・・大丈夫です。収穫は1本だけですから、今日の予定は午後からすればよいのですから問題はないです・・・御心配いただきありがとうございます」
「ジェロー・・・無理しないでね。取れた姫ポムはいくつか持って帰っておやつにして食べて」
「ありがとうございます。では1個頂いてよろしいですか?」
「1個だなんて・・・5個くらい持って帰っていいのに」
「5個も・・・では遠慮なく頂きます。妻も喜びます」
ジェローは嬉しそうに笑って姫ポムを見渡した。
「今年はまんべんなく一斉に熟したようです・・・どこを取っても問題ないですね・・・ソフィさん、この姫ポムが落ちないように両手で下から押さえてもらえますか?アンジェル様は木と実の間のこの細い枝を挟みで切ってください」
パチンと切ると姫ポムはソフィの手に収まった。
「収穫できた!」
嬉しくて思わずジェローの方を見てしまった。
「上手に出来ましたね」
ジェローがにっこり笑って褒めてくれた。
手が届くところにあった姫ポムを10個取って、少し高いところはソフィが同じく10個取っていた。ソフィも楽しそうに収穫していたから、これはこれで良かったと思う事にしたよ。
「ユーゴも収穫する?楽しいよ」
「・・・今は勤務中なので出来ません」
「楽しいのに・・・残念だったね」
なぜかユーゴは困った顔をしていた。収穫したかったの?
「もっと奥の方にもまだ数本あるって言っていたから、ユーゴの休みの日に収穫作業する?」
「・・・いえ・・・お気遣いなく」
ユーゴが珍しく遠慮していた・・・なぜだろう?
アンとソフィが収穫したちょっと大きい姫ポムは、木箱に入れて運んでくれるらしい。20個の姫ポムは厨房に届けてもらうように伝えた。
「明日の午後は久しぶりに試食会だね」
「私は明日も護衛勤務ですから」
ソフィに言ったのに、なぜかユーゴが目をきらきらさせていた。護衛の最中でも、試食担当と言う兼任の仕事だから食べてもいいけどね。
ジェローはまだ姫ポムを収穫していたけれど、お礼を言って部屋へ戻った。
姫ポムを収穫しようとしたら、姫ポムがドンドン大きくなって枝が曲がり、地面についてしまった。
ジェローとユーゴに「この姫ポムは収穫できません」と言われ、はっ!として目が覚めたら天井が見えた。
・・・夢?・・・さすがに疲れたのかもしれない・・・部屋で軽く昼食を取ったあと眠ってしまったらしい。
重くて収穫できない姫ポム・・・魔法は掛け過ぎないように気を付けよう・・・。
ソフィにカジミールのところへ持っていく豚大根改め『ラディ』のお砂糖作りと、朝収穫したちょっと大きい姫ポムで、食感を残したジャムを作って欲しいと伝えに行ってもらった。
明日は「ノールシュクレ」を使ってクレープとシフォンケーキを作ろう!と、張り切ったけど・・・作るのはカジミールだった。
今日は午後からクレープとシフォンケーキの試食をする為、厨房に来た。
「カジミール、姫ポムのジャムはとてもいい香りがするね。採れたてだからなの?それともあのお砂糖を使ったから?・・・あっ、カジミールの腕が上がったのかも!」
「いえいえ、材料が良いのです。あんなに大きな姫ポムは初めて見ましたけど、香りも甘みも強いです・・・それとあの大根のようなものから取った砂糖ですが、前回ほど量は取れませんでした」
「あの大根はラディと呼ぶ事にしたの。種を取るために土から抜くのを2日・・・じゃなくて・・2週間遅らせたから甘みが少し抜けたのかも」
「砂糖は前回の半分です、砂糖の量だけで言えば3個の大根・・・いえ、3個のラディで4個のシフォンケーキが焼けるぐらいです。味も比較した方がいいと思い、シフォンケーキは2つ焼いてあります」
「前回のお砂糖はお父さまが回収するって言っていたけど?」
「回収したのは1瓶です。残りは使わずに保存しておくように言われました。・・・あの・・・今回使った分は瓶に詰め切れなかった残りのものです。残りでも使用した事には変わりはないのですが・・・」
「誰にも言わないよ。もう、カジミールはマジ優秀!」
「え?マ、ジ・・・?」
「うん・・・カジミールが最高って言う意味、いつもありがとう。じゃぁみんなで試食会を始めるよ、オー!」
肩にそっと手が置かれた・・・ソフィの方は見ずに顔の横まで上げていた拳をそっと下ろした。カジミールは照れながらもなぜか寂しそうに頷いているだけで、拳は上げていなかったよ。
コンスタンとソフィと今は試食担当に早変わりしたユーゴの5人で、甘さ控えめの姫ポムのジャムと生クリームが少し添えられているクレープを食べはじめた。
うん・・・とっても美味しい。
夏になったらアイスクリームも添えて食べてみたい・・・アイスクリームが欲しいよ。
「砂糖に深みを感じ、甘さは優しく美味しいです。ジャムは姫ポムだからなのか・・・香りが口の中で広がり、新鮮さが際立ちます」
カジミールはラディのお砂糖と白砂糖では甘さもコクも違うと気づき、姫ポムの香りも強いと言っていた。
ラディは結晶化した白いお砂糖も出来るけど、結晶化したものは栄養がないらしい。最初に出来る薄茶色のお砂糖は『みねらる』と言う身体にいいものが入っていて『おりごとう』と言うものがお腹の働きをよくすると茉白の記憶にあった。
「確かに・・・くどい甘さではなく口にしつこさが残らないと言うか・・・」
ユーゴが首をかしげているけど、手は止まっていないね・・・。
初めてノールシュクレを味見した時に感じたのは、甘さは輸入のお砂糖より控えめなのに、美味しいと言う事。ユーゴも気が付いたんだね、さすが試食担当。
感心していたら、コンスタンが切り分けたシフォンケーキを持ってきてくれた。
「右側が前回の砂糖、左側は今回の砂糖です。味がわかりやすいようにプレーンのシフォンケーキを焼いてみました」
コンスタンもシフォンケーキが焼けるようになったのかな?出来る料理人は多い方がいいよね。
プレーンは生クリームも添えずそのままを味わってみる。
・・・甘さは2つとも同じかな?
前回はパトリック伯父さまから頂いたもの、今回は種を取ったとはいえ魔法をかけて育てているけど・・・どちらも甘さが優しくて美味しい。
種を取ったラディは屋敷で使うお砂糖にしてもいいと思ったけど、同じ甘さとコクが維持できているなら分けて使う必要はないかも。
「どちらも甘さが優しいと言うか、食べやすく・・・同じ味のような気がするのですが」
ソフィが最後の一切れを見つめて言った。みんなも同じ意見のようで頷いている。
「種をとったラディでも使えるね、良かった。このお砂糖は『ノールシュクレ』と言う名前を付けたの。今後はこのお砂糖が使えるようにお父さまにお願いしてみる。カジミール、明日の朝食にこの姫ポムのジャムを出してくれる?お父さまとお母さまたちに話をしようと思って・・・あっ、アンが無理を言ってノールシュクレを使って貰ったと伝えるから安心してね」
「ありがとうございます、助かります。それからシフォンケーキの型やホイッパーなどは冬の1の月に入りましたら、注文分をまとめて届けられると鍛冶職人から連絡が来ていました。急ぎであれば出来た分だけでも先に届けることも可能との事ですが、どちらがよろしいですか?」
「まとめて届けて貰った方がいいよね。今はまだ使わないし厨房に沢山あると邪魔になるでしょ?」
「わかりました、まとめて届けてもらうように伝えます。道具を置く部屋を広くするとバスチアンさんから聞いておりますから、沢山届いても問題はないです」
「バスチアンから?」
「はい・・・厨房に見習いや数人の料理人が来ると聞いています」
「料理のお勉強に来ることになっているの・・・カジミールは優秀だから料理や新しいデザートの作り方を教えてあげて欲しいの」
「え?教える?私が・・・ですか?・・・てっきり首になるのだと、それで代わりの者が来て引継ぎをすると思い・・・次の仕事を探さなければならないと悩んでおりました」
「なぜ?・・・絶対に違うから!もしそうだとしたらアンの専属料理人になってもらう、アンが困るもの。仕事がなくなることはないよ・・・カジミールはこれからもアンの作りたい物を手伝って欲しいの!」
「ああ・・・そうだったのですね・・・はー、良かった・・・ありがとうございます・・・アンジェル様の考える道具と材料には驚きますが、作る事が楽しくてしかも美味しいです。どうぞこれからも作らせて下さい」
「うん!カジミールがいないと作れないもの」
カジミールはほっとしたような顔で笑ったあと下を向いた。目が少し潤んでいたように見えたけど、気づかない振りをして、ゆっくりお茶を飲んだ。
もうバスチアンはカジミールになんて言ったのかな?お父さまに言わなくちゃ。
でも、これから凄く忙しくなるよ・・・頑張れカジミール。
カジミールたちと試食会をした翌日の朝食で、姫ポムのジャムはテーブルに用意されていた。
早速パンに付けて食べてみると、姫ポムの香りがそのまま残っていた。
「今日のポムジャムは香りがいいわね。甘さも品があって朝からでも美味しく食べられるわ」
「そうか?私も少し食べてみるか」
お父さまが珍しく朝からパンにジャムを塗っていた。
「確かに香りがいい、以前食べたクレープに使ったジャムの食感に似ているな」
お父さまも気に入ってくれたのかな?
「カジミールに頼んで、姫ポムをジャムにしてもらいました」
「姫ポムは毎年食べているけど?こんなに香りが強かったかしら?今までより美味しいと思うわ」
お母さまは去年も姫ポムジャムを食べているの?アンも食べたのかな?記憶にないよ。寝てばかりいたからかな?
「お母さま、今回は庭の姫ポムにあの茶色い砂糖を使ってほしいとカジミールに頼んで作ってもらいました」
「えっ?庭の姫ポム?まだ時期が早いのではないかしら」
あれ?お母さまは姫ポムの収穫時期を知っているの?
「こ、今年は早く育ったのでは?」
「そうなのかしら?・・・美味しいから問題はないけれど」
お母さまは首をかしげながらも姫ポムジャムをつけたパンをまた食べ始めた。
「あの砂糖を使ったのか?」
「はい・・・お父さま、お砂糖のことでお話があります。時間を取っていただけますか?」
「急ぎなら、食事が終わったあとサロンで話そう」
「あの出来れば・・・執務室がいいのです」
「・・・わかった」
「ありがとうございます・・・今日は兄さまたちがいないのですね」
「ノルとベルは一緒にパトリック義兄上のところに行ってもらっている。シャルは最近朝早くから学院に行っているようだが、楽しいと言っていたな」
「兄さまたちも忙しいのですね」
「アンも忙しいのではないか?」
「えっ?」
「ミラのところにも行っているのだろう?」
「は、はい・・・でもそれほどでもないです」
ビックリした。
魔法でラディや姫ポムを育てているのがばれたかと思っちゃった。
「アン?食事が終わったのなら、執務室に移動するぞ」
「はい、終わりましたので一緒に行きます」
執務室に移動すると、ソフィが3人分のお茶をワゴンに乗せて運んで来た。ブリジットも一緒に来て、ワゴンに乗っていたサクッとクッキーをテーブルに並べるのを手伝っていた。
食事をしたばかりだけどおやつもお腹に入るから不思議だよね。茉白の世界の「別腹」って言うやつらしい。
ブリジットとソフィが執務室から出て行くのを見てから、お父さまは紅茶を一口飲み、音もたてずにソーサーに戻した。
「アン、話とは?」
「パトリック伯父さまから頂いた豚大根ですが、今後はあの豚大根をお砂糖にしてお店で使いたいです。今日食べた姫ポムジャムもあのお砂糖を使っています」
「その件だが、豚大根の事は公にせず店でのみ使用する方向で考えている。義兄上のとなりの領地で作っていると聞いているが、今後どのようにするか義兄上と相談する。来週にはこちらに来てもらう事になっている」
「パトリック伯父さまがいらっしゃるの?・・・可愛いミラを見てもらいたいです・・・楽しみ」
「先ずは仕事の話だ。北の領地で出す店だが、こちらの領地と義兄上の領地の間にある街道沿いに広い土地と屋敷を見つけた。老夫婦が暮らしていたが手入れも大変らしく、街の近くに移り住むと聞いたので、丸ごと買い取ることにした。貴族や商人が馬車で良く通る街道前だから良い物件だと思う。内装と外観を少し変える予定でいるから、その打ち合わせも兼ねてこちらに来てもらうことになった」
「北のお店も決まったのですね」
「近いうちにアンと一緒に見に行こうと思っている」
「楽しみです・・・あの、豚大根ですが、こちらで畑を耕して植えたらいいと思っています。パトリック伯父さまのところは今まで通り豚の餌にするか、もしくは一部をお砂糖用に回して貰って、豚大根からお砂糖を取って残った絞りカスを草や麦などと混ぜたら豚だけではなく鶏や牛の餌にもなるのではと考えました」
「そこまで考えていたのか?」
「はい・・・パトリック伯父さまとその話をしてほしいです。茶色いお砂糖はお腹の働きを助けるものが入っている、身体に良いものだそうです。ただ・・・人に知られないように育てるので、豚大根ではなく「ラディ」と名前に変えて作ればいいかと、それからできたお砂糖は北で作っているから・・・「ノールシュクレ」と言う名前にしました。厨房にあるノールシュクレを使って、シフォンケーキをカジミールに焼いてもらうので試食をお願いします。パトリック伯父さまが来た時に出します」
「・・・わかった、食べてみよう。それからアンの魔力量だが、最近使うことでまた増えたのではないか?仔犬、ミラだったか、治癒魔法を掛けただろう?いつもと変わらない魔法なのに最後にきらきら光って消えたと聞いた。他にも魔法を使っているのか?姫ポムの収穫時期が早まったと聞いたが・・・?魔法を使うことは問題ない、だがジェローの作業を邪魔するような行動は迷惑をかけるのではないか?コソコソとやらずに相談しながらやりなさい。カジミールも2日前は遅くまで厨房にいたと報告が来ている。時間外で労働させてはいけない、時間外で頼むときはきちんと対価を支払わなければならいから報告をしなさい」
「・・・はい」
全部ばれていた。しかもジェローに迷惑・・・カジミールは時間外労働だって。また、考えが足りなかった。
種のことも言わないといけないよね。お父さまの顔をチラチラ見ながら恐る恐る口を開いた。
「ごめんなさい・・・考えが足りませんでした。あの・・・ラディですが・・・パトリック伯父さまから頂いた種も・・・ま、魔法をかけて育てて種をふやしました。種を取った後のラディからでも通常の半分ですがお砂糖が取れると確認もしました」
「・・・アン。砂糖は禁止したはずだが?」
「は・・・ひ・・あの、禁止されたので種だけ取るつもりだったの、です。でもちょっと勿体ないと思って・・・ごめんなさい。そして今も3鉢育てています。・・・ま、魔法をかけて」
「・・・」
お父さまが呆れた顔でアンを見てそれから天井を見ていた。今まで一言も発しなかったお母さまはこめかみを押えていた。
はい・・・ごめんなさい。
「取り敢えず、ラディだったか?それは内々でするしかないな。外交問題になるから大ごとにしたくはない。わかるな、北だけの問題ではないのだ。アンが徐々に元気になって来て、やりたい事が沢山出来るのはいい。そしてそれを応援するつもりでいる。だが、とにかく相談をしなさい。アンのすること全てを反対するつもりはないのだぞ。相談だ。兎に角相談だ。分かったな・・・相談だぞ」
黙ってうなずいた。3度も言われたよ、相談って・・・いや・・・4度かな?・・・相談はとても重要らしい。
「はい・・・お父さま。・・・あ、それとカジミールが首になると思っていたみたいで、悲しそうな顔をしていました」
「首?なぜ首になると思ったのだ?」
「バスチアンが厨房に見習いと料理人が数人来るとだけ伝えたら、カジミールはもういらなくなったと思ったみたいです・・・もし首にするならアンの専属料理人になってもらうって伝えました」
「カジミールは優秀な料理人だから高齢になっても、料理の指導に当たってもらう予定でいる、こちらから首にすることはない。後でバスチアンからきちんと伝えるように言っておく」
「そうですか・・・アンの専属にはダメですか?」
「だめだ。専属は自分で育てたらどうだ?アンならできるのではないか?・・・いや・・・待て!育てなくていい。なぜ、専属が欲しいのだ?」
「思いついた時にすぐ作ってもらえるからです」
「・・・専属はまだ持たなくていい・・・カジミールに相談しなさい・・・わかったならもう部屋に戻りなさい。私もそろそろ仕事をする」
お父様がため息をついた。
「・・・はい」
ラディやノールシュクレの事は言えたけど・・・今日も仔馬の事は相談できなかったよ。
◇ ◇ ◇
アンが出て行った扉を見ていた。それからステファニーと二人でゆっくりと冷めた紅茶を飲んで息を吐き、再び天井を見つめてしまった・・・天井を見るのが癖になりそうだ。
視界の端にステファニーが額を手で押さえていたのが見えた。
「はー・・・アンが徐々に元気になっていくのは嬉しいが・・・色々思いついては行動するようになってしまったようだ・・・あれは間違いなく私たちのアンジェルだよな?」
「ええ・・・間違いないと思いますわ」
「もう少し成長したら落ち着くはずだよな・・・」
「そうだと良いのですけど・・・今日も言っては来なかったけれど、仔馬はなぜ欲しいのかしらね?」
「たぶん・・・ノルとベルが乗っているからではないか?」
「だからといってアンが仔馬に乗る必要があるのかしら?」
「あの子の思考は何とも・・・これも夢のせいかもしれないな」
「そうね・・・影響はあると思いますわ。それで仔馬はどうしますの?」
「乗馬がしたいのなら教えてもいいが、アンが言ってくるまで知らない振りをしていたい・・・これ以上余計な仕事を増やしたくはないぞ」
「知らないうちに勝手に乗っていたと言う報告が、来ない事を祈るしかないですわ」
ステファニーの祈るような言葉を聞いたあと、テーブルに置かれている皿の中の紅茶クッキーをつまんで口に入れた。
「・・・それにしてもこのサクッとクッキーは美味いな」
「ええ・・・これがもとで王都に店を・・・だったかしら?」
「あとパトリック義兄上の屋敷と王都の屋敷に来てクレープだったな」
「それに加えてお店が出来たらシフォンケーキも出すのでしょ?・・・ユルリッシュ陛下とリシェンヌ王妃が、また食べたいとお忍びでやってきそうですわね」
「ああー、もう考えたくない・・・その時が来たら悩むことにする」
「ええ・・・そうですわね、それがいいですわ・・・」
次回の更新は1月31日「24、ひ弱令嬢は頑張る」の予定です。




