20、ひ弱令嬢は北の大領地に帰る
伯爵邸の2泊目の朝食後、ノル兄さまと共に屋敷へ帰るので、豚大根とその種を忘れずに持つようユーゴに伝えた。
ノル兄さまの龍に乗っている間、豚大根について茉白の記憶を思い出していた。
豚大根は春に植えて秋に収穫する。気温差が激しいほど甘さが強くなるらしい。鉢に入れて種から育て、ある程度大きくなったら畑に植え替えて大きくする。北の領地は夜に気温がぐっと下がるから豚大根はもっと甘くなるはず。
屋敷に帰ったら、貰った10個でどのくらいお砂糖が出来るのか確認しないとね。
いつもは龍に乗ると、あちこち見渡してはしゃいでいたけど、今は頭の中が豚大根の事でいっぱいだった。
「・・・ン・・・アン?」
全くおしゃべりをしない事を不審に思ったのかノル兄さまが呼んだ。
「・・・はい?」
「何度も呼んだのに返事がないから、アンの心だけ何処かに行ったのかと心配したよ」
「う・・・ごめんなさい。考え事をしていました」
「アンの集中力は凄いね、周りの声も聞こえなくなるなんて。いくら私が抱えているとはいえ龍に乗っているときは危険だよ・・・それで?そんなに集中して何を考えていたのかな?」
「豚大根の事・・・屋敷に帰ったらすぐにお父さまにお話したいの」
「豚大根?」
「うん、お店で出すデザートには必ず使う材料になるかもしれないの」
「材料に・・・そう、急ぎなんだね。父上に時間を取ってもらうように話をしてみるよ」
「ありがとう」
「お店のことだからね。関わる人も多いけど・・・まさか王族まで関わる事になるとはね・・・」
ノル兄さまは小さく息を吐いた。
それからあまり会話はなく、休憩を挟みながら屋敷に着いたのは夕方だった。
屋敷のエントランスではバスチアンとブリジットとソフィや侍女たちが出迎えてくれていた。
「「「おかえりなさいませ」」」
「ただいま」
「ただいま戻りました」
「長旅でお疲れでしょう?先程から奥様がお二人はまだかと心配されておりました」
「バスチアン、母上にはサロンで話をしたいと伝えてほしい。それと、父上は不在かい?」
「はい、騎士団に行っておりますが、間もなく戻られる予定です」
「父上が戻られたらアンも相談したいことがあると言っているから、アンとの時間も取れるか確認してほしい」
「ノルベール様とアンジェル様・・・それぞれ別にでございますね」
「ああ・・・頼んだよ」
「畏まりました」
「バスチアン、お土産を買ってきたの。ブリジットとソフィにも」
「それは・・・嬉しゅうございます」
「私たちにも・・・?」
ブリジットとソフィが驚いた顔をしていたけど、すぐににこやかな顔になった。
喜んでもらえると嬉しいな。
「うん、あとで渡すね」
「はい、楽しみにしております。ではお部屋に戻って着替えをしてくださいませ」
ブリジットがニコニコしている。
「アンジェル様、お部屋に参りましょう」
ソフィも同じくニコニコしていた。お土産が嬉しいのかな?
「御無事に戻られて安心いたしました。アンジェル様が体調を崩され、アレクサンドル様方とはお帰りが別と伺っていましたから・・・今回はお元気そうで何よりです」
お土産ではなく無事に帰ってきたことを喜んでいたらしい。前に出かけた時は崖から落ちて意識がないまま帰宅だったからね。あの時、ソフィは命がけでアンを守ってくれたんだった。
「ソフィ・・・心配かけちゃったね。王都にいた最後の日は朝からずっとお出かけして、初めて街でお買い物をしたの・・・とても楽しかったけど疲れたみたい」
「そんなにお出かけしていたのですね。疲れが取れたらこちらの街にもお買い物に行けたらいいですね」
「うん、お父さまに聞いてみようかな?」
湯浴みを済ませ着替えをさせてもらいながら、久しぶりにソフィとおしゃべりして、漸く帰って来たと実感をした。
「これを・・・ソフィに一番に渡すね」
荷物の中から青いリボンがかけられた小箱を取り出し渡した。
「あ、ありがとうございます」
ソフィは両手で受け取ってそのまま小箱を見つめている。
「開けてみて」
ソフィは頷いてそっとリボンをほどき箱の中から髪留めを取り出した。
銀細工で小さな花が2段になって並んでいる。上に花が2個で下には3個の花、その花の中心に水色の石が付いている。「ソフィは髪が茶色で、瞳は水色だから似合うと思うよ」ってノル兄さまも納得の髪飾りだよ。
「アンジェル様、とても素敵です。私の瞳の色ですね・・・装飾品のプレゼント頂いたのは、両親が精霊の地に渡られて以来初めです。しかもこんなに素敵なプレゼントを・・・とても嬉しいです。ありがとうございます・・・大切にします」
ソフィが涙ぐんでしまった。しかも装飾品を貰ったことがないなんて。ブリジットの遠い親戚とは聞いていたけど、家族の話ってソフィから聞いた事がなかった。また出かける機会があったら、ソフィにお土産を買おうと思う。
王都で買ったお土産を持ってサロンに行ったら、すでにノル兄さまがお母さまとお茶を飲んでいた。
「お母さま、ただいま戻りました」
「アン、お帰りなさい。身体は辛くない?」
「はい、今のところは大丈夫です」
うん・・・今のところはね。今夜のことはわからないもの。
ソフィがお茶を出してくれた所で、ブリジットにはオランジュ色のリボンのついた小箱を渡した。お母さまが見たいと言ったので、ブリジットはすぐに開けてくれた。
ブリジットにも髪飾り。ソフィと同じ銀細工だけど、周りは数枚の楕円の葉で中心にオランジュ色の花が1個付いていて花の中心に小さな水晶が1粒付いたものをプレゼントした。
ブリジットの髪は濃い茶色に薄い茶色の目だけど、石も茶色だと暗いものね。
「まあ、なんて素敵なのでしょう。アンジェル様ありがとうございます。明日から早速付けさせて頂きます」
「とても素敵ね。ブリジットの髪に銀色もオランジュ色も映えるわね」
お母さまも褒めてくれた。
「気に入ってもらえてよかった」
ブリジットは嬉しそうにしながらも、気遣うようにチラッとソフィを見た。
「ブリジットさん、あの・・・私も髪飾りを頂きました」
ソフィは嬉しそうに髪に手を当て、頬をほんのり赤くしていた。部屋を出る前にすぐつけてとお願いしていて良かったよ。
ブリジットはソフィの後ろに周り、「よく似合うわ。お花の形も可愛いわね、良かったわね」と言ってとても嬉しそうだった。
遠い親戚だけど仲がいいからね。二人の喜ぶ顔を見ていたら何だか幸せな気持ちになったよ。お土産を忘れずに買ってきてよかった・・・。
他の侍女や侍従たちにもハンカチとお菓子を買ったので、渡して欲しいとブリジットに頼んだ。王都で買ったお花の形のお砂糖も沢山あるので、サロンでお茶を飲むときに使うことにしたの。1箱テーブルに置くと、お母さまは『王都で忙しかったので買い物が出来なかったのよね、お茶会用にお花のお砂糖が欲しかったわ』とおっしゃった。
お母様の目が欲しいと言っているような気がする。ソフィにお土産を入れた荷物から急いで1箱持ってきてもらい、お母様に渡した。
「あら?何箱買ったの?」
「10箱買って1箱をパトリック伯父さまにお土産として渡しました」
「10箱・・・」
お母さまは黙ってしまった。お砂糖は高いからね。
「そんなに買ったのなら残り半分の5箱も欲しいわ」
「5箱ですか・・・?」
気を取り直したのか、急に半分欲しいとい言いだした。使う予定は特にないので、半分の5箱渡すことになったけど・・・残り半部の5箱?
あれ?残りの数が合わない、4箱じゃないの?・・・まあ・・・いっか。
「お砂糖は買い取るから安心してね」
お母さまは呆れながらおっしゃった。お母さま主催のお茶会は必要経費と言うのがあるのでそこから支払ってくれるらしい。
王都で買い物をしている時にノル兄さまは「欲しいものは好きなだけ買っていいよ」と言ってくれたの。
アンは寝てばかりで外出する事がないから、宝石やドレスのためのお金はほとんど使う機会がなく、数年分の予算が丸々残っているらしい。アン用のお金があるなんて今まで知らなかったよ。
ノル兄さまに「飾り砂糖にこれだけお金を使う人はあまりいないと思うよ」と笑われたけど、楽しかったからいいよね。
王都に行ったことで魔法の勉強の実践をさせてもらったり、孤児院の人の大変さなども聞いたりしたし、初めて街でお買い物も出来た。お金を払う時はドキドキしたけど、みんなのお土産を買うのは楽しかったよ。ちょっと買い過ぎちゃったけど。
パトリック伯父さまみたいに自分のお仕事を楽しそうにしている人もいた。外に出ると色々なことが学べるね。
アンも龍騎士になって自由に楽しく空を飛んで出かけたら、もっと色々なことを知る事ができると思うの。そのためにも先ずは仔馬を・・・・あっ、その前にお砂糖だよ。
サロンを出てから急に思い出したので、明日の午後からカジミールに会に行きたいとソフィに慌てて伝えた。
夕食前にバスチアンにお土産の羽ペンを渡したらとても喜んでくれた。
「アンジェル様から頂いた羽ペンは大切に飾らせていただきます」
「・・・遣ってくれた方がうれしいよ」
「アンジェル様から頂いたものですから、勿体ないです」
「じゃぁ、これも・・・飾り用と使う用だよ」
「えっ・・・?」
使ってくれそうもないので同じのをもう1本渡したら驚かれてしまった。
ノル兄さまが言っていたの。「アンが買ったものは大切にされて使用しないかも」って、だから同じのを2本買ったの・・・お土産って難しいね。
夕食後に兄さまたちとサロンではお茶を飲むことになり、その時にシャル兄さまにも羽ペンを渡したの。
「侍女や侍従たちに渡していたお菓子も食べたい」
シャル兄さまは羽ペンより食べ物がいいらしい。でも侍女たちに渡したお菓子の事をなぜ知っているのかな・・・?
仕方がないのでソフィに頼んで部屋からお菓子を1箱持って来てもらって、兄さまたちにも分けてあげた。クッキーに似ているけど薄くて甘い、パリパリとした食感のお菓子で、小鳥やお花の焼き印が押されていて可愛いし、一口で食べられるのもいい。
お店の人が日持ちすると言っていたのでこれも10箱買って、侍女や侍従に既に4箱渡している。明日はカジミールたちにも1箱持っていく予定なの。
大丈夫、まだ余裕はある・・・あ、ユーゴも欲しがるかも。ユーゴはお土産を買う時間はあったのかな?キリーと追いかけっこばかりしていたから買ってないかも。
今日はお父さまには会えなかったけど、バスチアンから明日の夕食後に少しなら時間が取れるので、サロンではなく執務室に来るようにとのことだった。
お父さまの執務室に入るのは初めてだからちょっと大人になった気分。だっていつも執務室に行くのはシャル兄さまとアンを除いた家族だもの。シャル兄さまだって執務室に入った事はないはず。フフフ、アンの方が大人かも。
今日はソフィが作ってくれていた新しいおんぶ紐を使っているの。背中のキルティング部分の刺繡が桃色の可愛い?鳥になっていた。刺繡は必要なのかな?桃色の小鳥ってなんて言う鳥なのかな?ベル兄さまに聞いたらわかるかもしれないね。
何故かわからないけどニコニコしながら出してくれたソフィには「これは何という鳥なの?」とは聞きにくかった。
創造の鳥かもしれない・・・頭には冠がついていて長い羽のような尻尾が2本も生えている・・・。
新しいおんぶ紐で卵を背負って、ソフィとユーゴの3人で厨房にやって来た。ユーゴに豚大根を運んでもらい、カジミールに渡してもらった。
ユーゴ、何か期待しているのかな?目がきらきらしているよ。「今日はお菓子を作らないからね」と伝えたら酷くがっかりした顔をした。
最近ユーゴは気持ちが顔に出るようになったと思う。でも気が付かなかったことにしておくけど。
豚大根の作業に取り掛かる前にカジミールとコンスタンにお土産のハンカチとお菓子を1箱渡したらとても喜んでくれた。
「ハンカチは飾らせていただきます」と、バスチアンと同じこと言ったけど、ハンカチは予備がないので好きにしてもらうことにした。
ユーゴがお菓子の箱を見てから、凄く羨ましそうにしてアンの顔を見たの。「ユーゴの分もあるよ」という意味を込めて頷いたら、力強く頷かれた。本当に伝わっているよね?
カジミールに「豚大根も秘密だからね」と言って説明を始めたら「私は貝のようになればいいのですね」と言って力強く頷いていた。
貝がどうしたのだろう?頷いたから納得したという意味だよね・・・?きっと・・・。
早速作業に取り掛かって貰った。豚大根を刻んで水に入れ少し煮てから布で絞り、絞った後の豚大根を綺麗に取り除いてもらい、煮詰めて水分を飛ばすと薄茶色の塊ができた。
白い結晶の部分もお砂糖だけど、薄茶色の方が栄養豊富で身体にいいらしい。茉白の記憶の中にあった情報だけど。
カジミールにコンスタンそしてソフィにユーゴの5人で、小さなスプーンですくって味見をしてみたら、間違いなく甘いお砂糖だった。
みんなが目を丸くして口まで開いていた。豚大根からお砂糖なんて驚くよね。しかもこれを豚の餌にしていたのだから、そのほうがビックリだよね・・・豚さんは甘党だったよ。
お砂糖は豚大根が10個でシフォンケーキが25個も作れる量だった。
夕食後にお砂糖を少しだけ取りに来るのでカップに入れてほしいと頼み、残りのお砂糖は次回シフォンケーキを作るまでしまっておいてもらうように伝えた。
そして鍛冶職人にシフォンケーキの型の大が60個、小は40個、ホイッパー60本、クッキーの型はハート、星、月の形を各10個ずつ冬までに作るように依頼してほしいとカジミールに頼んだら、大量の注文に凄く驚いていた。
更にパウンドケーキの型を高さ7㎝、長さ15㎝、幅8㎝で40個注文した。
お店2件分と王都の屋敷、パトリック伯父さまのところとうちの屋敷の分も必要だし、予備も欲しいからね。
冬の3の月までにはできるかな?鍛冶職人は大忙しかも・・・頑張れ鍛冶職人。
あと食器はどうしよう・・・これはお母さまに相談しなくちゃ。
厨房を出て次に庭師の所に行くことにした。
庭師はお父さまが東の大領地から連れて来たローズ職人だけど、畑のことがわかるか聞いてみようと思うの。
ソフィとユーゴと一緒に向かったら庭でローズの選定をしいる人を見かけた。
ユーゴが「ジェロー」と呼ぶと振り返り、アンを見て慌てて被っている帽子を手に持ち頭を下げた。
「お嬢様がいらっしゃる事に気が付きませんで・・・失礼いたしました。すぐ片づけます」
ジェローはそう言って荷物を持って帰ろうとした。
「ジェロー?」
慌てて呼び止めってしまった。なぜ帰ろうとするの?
「アン様、庭師は家主の前で作業はしないように気をつけているのです。出来るだけ人がいない時間帯に庭の手入れをしているのですから」
ユーゴが教えてくれたけど、アンがジェローの邪魔をしたのかもしれない。
「ジェロー、お仕事の時間に来てお邪魔をしたみたいね。でも教えてほしい事があって来たの。今、聞いてもいい?」
ジェローの負担にならないように気を付けて話しかけた。
「いえ、お邪魔ではありません・・・時間もあります。どんな御用でしょうか?」
「種を育てたいの」
ソフィが紙に包まれた小さなでこぼこした種をジェローに見せた。
「エピナールですか?」
「エピナール?」
「茹でたり炒めたりしてお肉の付け合わせにも使います、昨日の夕食のお肉の横についていましたよ」
アンには何かわからなかったけど、ソフィが教えてくれた。
あの緑の葉っぱ・・・?茉白の世界ではほうれん草と言うものかも。そう言えば、甜菜は大根ではなくほうれん草の仲間だったね。
「これはエピナールではないけど、その仲間なの」
種だけでわかるってジェローは優秀だよね。
「仲間でしたら・・・エピナールの種をまくのは春です。収穫は春から秋の初めまでです。冬は寒さで枯れてしまいます」
なんですと・・・。
「秋の1の月ではだめなの?今、植えたいから・・・植え方だけ教えて欲しいの」
「部屋で育てるなら何とかなるかもしれませんが、芽が出るかどうかはわかりません・・・それでよろしければ」
「種を3つだけ使う事にするね」
「それでしたら・・・小さな鉢を3つ用意いたしますので、少しお待ち下さい」
庭から出て行ったジェローは土を入れた鉢を三つ、木のプランターカバーに入れて持ってきた。ジェローは鉢の真ん中に指で穴をあけて種を入れ、少しだけ土をかぶせて水をかけてくれた。
「春の暖かい時期なら3、4日で芽が出ますが、今の気温なら7日から10日はかかると思います。日中は日の当たる所に置き、土の表面が乾いたら朝に水やりをして下さい。夜の水やりはしないで下さい。やり過ぎると腐ります。芽が出たら冷たい風に当てないようにして下さい。それから・・・」
注意事項が沢山あったよ。
「う、うん、わかった。ありがとう」
何かいろいろ言っていたけど、とりあえずお礼だけ言っておいた。
「こちらこそ、昨日はハンカチとお菓子をありがとうございました。ハンカチは額縁に入れ居間の壁に飾らせてもらいました」
ハンカチを飾るのは普通の事なのだろうか?手や汗を拭くものだと思っていたけど、それだけではなかったとまた学習したよ。
部屋に戻り、朝日が入る窓のところにプランターを置くようにユーゴに頼んだ。そしてユーゴに王都のお菓子を1箱渡したら凄く驚かれて恐縮された。あれ?厨房で力強く頷いたのは違う意味だったのかな?それでも嬉しそうだったからいいよね。
夕食後にソフィに頼んで厨房からカップに入れた薄茶色のお砂糖を持って来てもらって、お父さまの執務室に向かった。
執務室の扉をノックすると中から声がして、扉が開けられた。扉の前にいたのはバスチアンだった。
「お待ちしていました、中にお入りください」
執務室にはお父さまとお母さまとノル兄さまがソファーに座っていた。お父さまとお母さまの正面に座っているノル兄さまの隣に座った。
バスチアンはお茶をテーブルに用意したらすぐに下がって行った。
「アン、疲れは取れたか?」
お父さまが心配そうにアンの顔を見ている。
「ご心配お掛けしました。もう大丈夫です」
「そうか、最近は熱を出す頻度も減っているようだから、少しずつ丈夫になってきているのだな」
「そう思います。王都の街でお買い物が出来て、とても楽しかったです」
「少し無理をしたようだが、楽しかったのなら何よりだ。ただ・・・飾り砂糖の10箱は随分と気に入ったようだな。これからは王都に行く回数も増えるだろう?」
「そうでした、お買い物をしている時は次の事を考えていなかったです。今度は考えて買い物をします」
ちょっとだけ反省したよ。
「少しずつ学んで行けば良い・・・それで、アンの用事とは?」
「パトリック伯父さまから、豚の餌になっている豚大根とその種を分けてもらったのです」
「豚の餌・・・?・・・アンは仔豚を見たと聞いたが、仔豚が欲しいのか?」
「こ、仔豚?」
「犬なら飼ってもいいぞ・・・グレースに孫が生まれたからな。4頭生まれたが1頭は小さくて後ろ足が少し不自由だ。救助犬に出来ないので屋敷で飼う予定でいる。躾が終わったらアンの犬にしてもいい・・・だから子豚は諦めなさい」
「仔犬!仔犬には会えますか?明日見に行ってもいいですか!」
「ああ、構わない。ノルに案内させよう」
「ありがとうございます!」
仔犬!仔犬です!モフモフのグレースの孫もモフモフだといいな。
「良かったわね、アン」
「はい、お母さま。とっても嬉しいです」
「フフッ、仔豚の件は終わりでいいのかな?」
ノル兄さまが笑いながら聞いてきた。
「そ、そうでした、あまりの嬉しさにこのまま帰るところでした」
ソフィの方を向くと、ソフィは頷いてカップを渡してくれた。
「お父さま、これを食べて見てください。少し茶色いけどお砂糖なのです」
お父さまはテーブルに置かれた紅茶のスプーンで、受け取ったカップの中の粉を少しだけ取り、口に入れた瞬間、目を大きく見開らきそしてアンを見た。
お母さまもノル兄さまも同じようにスプーンの先に少しだけ取って口に入れた・・・やっぱり驚いている。
「本当に砂糖なのか!この茶色い砂糖はどこから手に入れたのだ?」
お父さまの口調が少し強かった。
「こ、これは豚大根から取ったものです。お砂糖が高いので作ったらいいと思って、カジミールに手伝ってもらいました。豚大根10個でシフォンケーキが25個出来る量です」
「砂糖は輸入品だ。これを育てて砂糖を作ったら、輸入品の砂糖の価値は低くなり南の大領地の交易や税収にも響く、勝手にやっていいことではない。アンはなぜ豚の餌が砂糖だとわかった?」
「・・・いけない事だったのですか?」
お父さまが怒っていると思い、下を向いてしまった。
「お父さまは責めているのではないのよ。いろいろなものを作り出すので、驚いているの・・・今回は予定外の王都のお店の件もあったから、アンはお砂糖が高いと気にしてくれたのね」
お母さまの言葉にコクンと頷いたが顔を上げることは出来なかった。
「アン、これから父上と話し合うことになるからもう少し待ってくれるかな?」
ノル兄さまはアンの頭を撫でながら優しく言ってくれた。
「・・・はい」
「少しきつい言い方をした、この事を知っているのは何人だ」
「4人です。ソフィとユーゴとカジミールにコンスタンです」
「パトリック伯父上には伝えていないのだな?」
「はい、できるかどうかわからなかったので」
「これも夢の世界の知識なのか?」
「はい・・・茉白の世界では誰もが気軽に買えるものです」
そう言いながらにノル兄さまの方を見てしまった。
「そうか、ああ・・・心配はいらない。ノルにはアンの夢の話はすでに伝えてある・・・だが砂糖の件はすぐに返事は出来ない、作った砂糖はどこにしまってあるのだ?」
「厨房に・・・使わずにしまっておくように言ってあります。それから豚大根の種を3つ植えるのにジェローに手伝ってもらいました。ジェローにはエピナールの仲間と言いました。このまま育ててもいいですか?」
「作った砂糖は明日回収する。種?まぁ3つなら問題ないだろう」
「はい」
「明日は仔犬を見に行くのだろう、もう今日は休みなさい」
「・・・はい、おやすみなさい」
お砂糖は勝手に作ってはダメだったらしい。しかもこの空気で仔馬が欲しいとはとても言えなかった。でも明日、仔犬を見に行ける事は嬉しい。躾が終わったらアンのお部屋に来てくれるかな?楽しみが増えたけど、お砂糖はどうなるのかな?
そう言えばキリーは南に行ったのかな?春に帰ってくるよね。
待っているからね、キリー。
次回の更新は1月10日「21、ひ弱令嬢は忙しい」の予定です。
よろしくお願いいたします。




