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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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18、ひ弱令嬢のお店計画

 ベル兄さまは王都の図書館に毎日通い、白い卵とキリーについて調べてくれていたけど、記載されている資料を見つける事ができなかったと残念そうに教えてくれた。

 次回、王都に来た時に王城の図書室で調べたいので、許可を貰って欲しいとお父さまに話をしていた。

 そんな話をサロンで聞きながら、4日前に孤児院で面接をした結果が知りたくて、お父さまの方をじっと見ていた。

 お父さまと目が合ったので、ニコラたちの事を聞いてみようと口を開き気かけたら、執事がやって来た。


「アレクサンドル様、王城より手紙が来ております」


 お父さまは渡された封筒に押されている紋章を見て、すぐに開封し読み始めた。


「・・・テオドール王子からだ。王都の街の端の方にある土地と屋敷を、富豪の商会が安く売りに出したと情報が入り、テオドール王子の側近の実家が他者に売却されないように押さえたらしい」


「屋敷?・・・それは探していた店用でしょうか?」


 ベル兄さまが尋ねた。


「そうだろう、商会なら敷地はそれなりに広いはずだ。来客が多いなら個別で対応するが部屋が揃っているかもしれないな・・・しかし明日か」


「明日は領地へ出発する予定ですが・・・」


 ベル兄さまも困った顔をしている。


「出発は2日ほど伸ばすしかないな・・・ベル、ステファニーとノルに日程がずれたことを伝えてくれ。私はテオドール王子に返事を書く、皆に明日の予定の変更も含めて知らせる。パトリック義兄上にも連絡だな・・・」


「あの・・・お父さま?」


「何か聞きたいようだが、後で聞く・・・ベル行くぞ」


 お父さまはため息をつきながら、ベル兄さまとサロンを出て行ってしまった。

 またみんなで執務室に行って話し合いかな?


 結局面接の結果を聞く事ができなかった。

 一人で退屈だし・・・キリーと遊ぼうかな。

 窓から外を見るとキリーとユーゴがすごい勢いで裏庭に向かって走って行き、あっという間に見えなくなった。

 いつからあんなに仲良しになったのだろう?アンも一緒に遊びたいな。

 キリーとユーゴが戻ってくるまで待っていようと窓を眺めていたら、ノル兄さまがやってきた。


「父上が明日の午前中に雇用の件で大神殿に行くとおっしゃっている。アンも一緒に行くのか確認するように頼まれたよ」


「もちろん行きたい。それと・・・お店になるかもしれない屋敷も見てみたの」


「わかったよ。父上に伝えておこう」


「ノル兄さま、みんなを雇って貰えるの?」


「3人は決まっていると聞いているよ、だけど・・・アルマンが農業志望だろう?野菜はパトリック伯父上のところでも作っているからね。そこで働くか・・・うちの領地で農業用の土地を増やしてまで雇うことでもないから決めかねているようだね。今夜中には決めると父上は言っていたよ」


 みんなを雇えたらいいと思っていたけど、アルマンの希望はうちの店とは違うような気がしていた・・・他に方法はないのかな?


「ノル兄さま、教えてくれてありがとう」


「どういたしまして、ところでユーゴはいないのかな?」


「さっきキリーと追いかけっこして、裏庭に向かったままなの」


 ふと窓を見ると、ちょうどキリーがこちらに向かって走って来ていた。

 ユーゴの姿は見えない。


「あっ、キリーだけ帰ってきた」


「そうか、ユーゴを置いて来たようだね」


 ノル兄さまはテラス窓を開けてくれたので、一緒に庭に出るとキリーが勢い良く駆け込んできた。


「グゥ~ワァ~~」


 勝ち誇った鳴き声だった。


「キリー、ユーゴと追いかけっこしていたの?」


「グワ」


「キリーが勝ったのね」


「グワァ」


 キリーが胸を張っている。ふふ、可愛い。


 ノル兄さまは口に握り拳を当てて、肩を揺らしていた。

 庭の向こうからユーゴが「ハァー、ハァー」と言いながら走って戻ってきた。


「ユーゴ、お帰りなさい。キリーと追いかけっこして遊んでいたの?楽しそうでいいよね」


 羨ましくてちょっとイヤミっぽい言い方をしちゃったよ。


「ハァー、ハァー・・・ち、違います、仕事です」


「仕事で走るの?」


「・・・そうですよ」


 ちょっとすねた顔で答えられてしまった。


「ノルベール様、アレクサンドル様は執務室でしょうか?」


「まだ執務室にいるはずだから行ってみるといい、私はまだアンと一緒にいるから」


「ありがとうございます」


 ユーゴはすぐに行ってしまった。あんなに息を切らしていたのに、もう普通に話をしていたよ。ユーゴの仕事はアンの護衛だよね?・・・いろいろな仕事を頼んだから、護衛だけでなくなったのかも。きっと・・・キリーのお守りも頼まれているのかも。

 ユーゴは龍騎士兼護衛兼竹串職人兼試食担当とクレープ棒職人に毒見担当、それにキリーのお守り・・・あっ、毒見はお母さまへの言い訳だったよ・・・とりあえず、頑張れユーゴ。


「アン?何を考えているのかな?」


「ノル兄さまも沢山のお仕事を持っているの?」


「急にどうしたんだい?」


「ユーゴの仕事が多いなって思って」


「大丈夫だよ、アンがいい子でいたら護衛の仕事だけに専念できるようになるからね」


 むぅ・・・アンはいつもいい子なのに、ちょっと口を尖らしてしまった。

 ノル兄さまはにっこり笑ってアンの手を取った。キリーから離されサロンに戻されてしまったよ。窓から庭を見たら、キリーはもういなかった・・・どこかに行っちゃったよ。沢山走って満足したのかな?・・・キリーと遊びたかったな。






 今日はお父さまとノル兄さまの3人で大神殿に向かっているの。午後からはお店用の屋敷を見て、残った時間はノル兄さまと王都の街でお買い物をしていいって、すごく楽しみ。

 お父さまは忙しいから、街には行かず屋敷に帰ると言っていた・・・残念だったね。今度一緒に行きましょうね、お父さま。


 大神殿に着くとティモテ神殿長が出迎えてくれた。

 時間が余りないので雇用の件だけ話すとお父さまが言うと、ティモテ神殿長は直ぐに院長先生を呼ぶよう神官さんに伝えている。


 院長先生が急いでやってきたので、孤児院には行かず大神殿で用件を伝えることになった。

 いつも治癒魔法を練習している部屋に案内され、部屋にいた神官さんはお茶を用意してから出ていった。


「早速だが、先日の面接の結果を伝えるので子供たちに知らせてほしい。ニコラは見習い料理人、店の接客見習いにナディア、エタンは事務見習いとする。店に必要な看板や料理の絵などはエタンの描いたものを見てから検討する。店に雇い入れる者は以上3名だ。エタン以外は来年成人し孤児院を出ると聞いているが、すぐに孤児院を出て屋敷に移動してほしい。そこでそれぞれ見習いとして学びながら仕事を覚えてもらう。北の領地の受け入れが整い次第向こうでも引き続き学んでいくことになる。エタンは成人までまだ1年あるが3人と一緒に移動しても良いのか?」


「はい、今回雇って頂けたら一緒に北の領地に行くと言っています」


「そうか・・・未成年は他の2人と働く時間や給金が異なるが?」


「エタンは承知していますので、問題ありません」


「わかった」


 ・・・アルマンは駄目だった。農業希望者は店に必要はないとアンでもわかる・・・でも・・・どうにかしてあげたいと思ってしまう。


「ありがとうございます!皆に伝えます・・・あのアルマンはやはり・・・いえ・・・3人を雇っていただけるだけでも感謝しています」


 院長先生は不安そうに尋ねかけて止めてしまった。仕事先が決まったことは嬉しいけど、アルマンだけが駄目だったから。


「ジョアンナ先生、アルマンは農業だけを希望しているのか?庭師でも良いのであれば、店とは別になるが北の屋敷で見習いとして受け入れは可能だが?」


「辺境伯様!・・・あ、ありがとうございます。今アルマンを呼んできますので、少しだけで構いませんのでお待ちいただけないでしょうか?」


「いいだろう、返事は早い方が良い。こちらの準備もあるからな」


「ありがとうございます!すぐ呼んできます!」


 院長先生は一礼して直ぐに部屋を出て行った。とても礼儀正しい院長先生が扉を閉めた途端、パタパタと走って行く音を響かせていた。孤児院の子たちに少しでも良い仕事に就かせてあげたいと願う院長先生の必死な気持ちが伝わってくる。


 間もなく扉がノックされ、胸に手を当て少し息を切らしている院長先生とアルマンが入って来た。


「お待たせして申し訳ありません、アルマンを連れてきました。こちらに向かいながら庭師の件は話しました」


「辺境伯様、ありがとうございます。庭師見習いとして働かせて下さい。土に触れられるなら喜んで仕事をさせていただきます」


「そうか、では今回4人全員を見習いとして雇い入れる」


「「ありがとうございます!」」


 院長先生とアルマンが頭を下げていた。


「私からもお礼を申し上げます、ありがとうございました。どうか子ども達をよろしくお願い致します」


 ティモテ神殿長まで頭を下げた。


「今回はたまたま多くの人を必要とした為、4人全員を雇うことが可能だった。子どもたちへはこれからきちんと仕事を覚え、見習いで終らせないよう日々努力する事を伝えてほしい。そして1人前になった姿を後輩たちが見れば将来の仕事に希望が持てるだろう。後輩たちがその道に続いて歩けるよう、先輩としての責任を自覚するように。孤児院の評判にもかかわるからな・・・では場所、集合日時や労働時間と給金などはこの書面を見て確認するように」


 お父さまは用紙を渡すと、院長先生は子ども達の名前と担当する仕事などを書いた紙を大事そうに両手で受け取っていた。


「はい、子ども達によく言って聞かせます」


 院長先生とティモテ神殿長は、ほっとした顔をしている。


「孤児院の子ども達はみな学院を3年で卒業しているな。皆優秀だが特にエタンは1年目が学院5位で残りの2年は学年1位となっているが王都の2年制を利用しなかったのか?」


 お父さまが思い出したように院長先生に聞いていた。


「はい、おっしゃる通りエタンはとても優秀です・・・孤児院では学院へは3年までしか通わせる事が出来ません。ですから皆一生懸命勉強します。中途でやめてしまえば仕事に就くことは困難ですから。それにいくら優秀でも王都の2年制に行くにはもっとお金がかかります・・・もし通えたとしても貴族ばかりの中にいては辛いと思います」


 院長先生は目線を下げ、お腹の前にあった手は拳を作っている。


「・・・そうか」


 お父さまもそれ以上は何も言わなかったけど、何か考えているようにみえた。院長先生もきっと子ども達にゆとりをもって学んで欲しいと思っているのかもしれない・・・もし、もっと学べたら希望の仕事に就けるのかな?

 これは大人たちが考えることだけど、何かいい方法があればいいなと思う。


 2日後の午後に馬車が大神殿へ向かうので、4人はそれに乗って屋敷に来る予定だとお父さまに聞いた。アンたちは2日後の朝に出発するからすれ違いだね。ニコラ達に会いたかったな・・・残念。


 大神殿を出て街に向かい、少し早いけどお昼を食べることになった。

 初めて王都のお店に行き、これから作るお店の参考になるものはないかとキョロキョロしていたらノル兄さまはにっこり笑って、そっとアンの頭を押さえた。

 ・・・はい・・・ごめんなさい。

 お店に入ると2階のテラスのあるお部屋に案内された。柔らかい日差しが入ってとても明るい。部屋は奥まっていて扉はなく衝立で区切られている。他の席からアンたちの席は見えないようにしているらしい。


「お父さま、こんな風に衝立がある席を作ってもいいですね」


「そうだな、ただ王都の場合は個室が必須だ」


「個室が必須?」


 あまり出かけたことがないので、王都の店に個室はなぜ必要なのかわからなかった。


「・・・お忍びがあるから」


 ノル兄さまがぽつんと言った。そうだった・・・お忍びで屋敷に来た人がいたよね。そんな話をしていたら、お店の人が「お待たせいたしました」と言ってアンの前にお皿を置いた。

 野菜と鶏肉、茹でウッフの輪切りがパンに挟まれて、小さく切られていた。お父さまとノル兄さまのお皿はバターの香ばしさを漂わせたお魚と野菜、もう一つは燻製肉が挟まっているパンだった。

 どれも美味しそう。それぞれをゆっくり堪能して、その後はお茶を飲んで時間まで過ごした。


「アン、疲れてはいないか?」


 お父さまが気遣うようにアンの顔を見ていた。


「はい、大丈夫です。最近はお熱も出ていないです」


「そうか、疲れたらノルと先に帰るように」


「・・・街でお買い物をしたいです」


「2日後には王都を出発しなければならない、くれぐれも無理をしないようにしなさい」


「・・・はい」


 もうこれ以上は出発を遅らせる事は出来ないらしい。王都にいてもお父さまやお母さまは忙しくしていたけど、パトリック伯父さまとの打ち合わせや領地に戻ってからの仕事も今回の件で増えてしまったから。美味しいものをみんなで作って食べるってことは人やお金の他に時間も沢山必要って知ったよ。


 お腹も膨らんでゆっくりと休憩をしていたら「テオドール王子が到着する前に売りに出ている土地と屋敷に向かう」とお父さまがおっしゃった。王子様を待たせてはいけないらしい。


 馬車で向かったけどすぐに着いたよ。


「結構近かったのだな、予定よりかなり早く着いてしまった」


「敷地内を見て回りながら時間を潰しましょうか?」


ノル兄様の提案にお父様が頷いていた。

街の端と言っていたけど離れた場所ではなくて良かったよね。


 敷地の正面に門があり入り口の横は塀に囲まれていた。

 入り口を進むと大きな噴水があるけど、今は寒そうに見える。夏だったら涼しいそうでいいけどね。そこから左右に分かれて馬車を停めるところがあるらしい。

 正面の屋敷は、横長で2階建てだった。真ん中に両開きのドアがあって建物の左右には大きな窓とテラスがある。

 どちらの部屋も窓の近くに木が植えられ、外からは室内が見えにくくなっていた。花が咲く木なら綺麗かもしれない。

「ここにローズを植えるか・・・」とお父さまが呟いている。お母さま愛をこんな所で溢れ出さなくてもいいのにね・・・。

 夏は大きなテラス窓を開けて外のテラス席と繋げてもいいかも。


 裏に回ってみるとこちらにも馬車を停めるところがあり、そこから屋敷の中に入ることが出来るようになっていた。

 お忍び用の通路かな?ここを通って王族が来ちゃうよ、きっと。

 裏の敷地は広く倉庫や大きな厨房を作ることもできそうだった。周りには遮るものがなく日当たりもいいから、何か植えてもいいよね。ここに菜園を作ってアルマンに管理してもらうとか。

 お店は食事をするところとシフォンケーキやクッキーを買って帰れるようなお店もあるといいかもしれない。

 お土産用のケーキの入れ物はどうしようか?お店の事を考えるのは楽しい。想像がどんどん膨らんで妄想が暴走し、顔がニヤニヤして止まらない。


「一人で笑っていないで、面白いことは私にも教えてほしいな」


 ふと声のする方を見たら、ノル兄さまもニヤニヤしていた。からかわれたのかな?ノル兄さまに手を引かれ、また正面に戻って建物を眺めていたら馬車がやってきた。

 馬車から降りてきたのは、テオドール王子さまだった。前に会った時は精霊さんを沢山付けていたから気が付かなかったけど、後ろで一つにまとめている長い銀髪は、日の光に反射してキラキラしている。ベル兄さまより綺麗な顔かも。紫色の瞳はもっと綺麗でじっと見てしまった。

 そういえば陛下も、キラキラした宝石が付いた髪留めを、後ろで止めていたから同じだね。陛下の銀髪も綺麗だった・・・。

 王妃さまの髪は赤だったけど瞳は紫だったから王子さまと同じ、でも王子さまの方が色は濃いと思う。


「待たせたようだな」


「いえ・・・私たちの方が少し早く着きましたので、屋敷の外を見て回っていました。この度は店の建物の件でお声がけいただきありがとうございます。土地も広く建物の外観に古さを感じさせないのは、手入れが行き届いていたからでしょう」


「そうだな、外観は問題ないように見受けられる。それでは屋敷内を見てみよう・・・ん?アンジェル嬢?そんなにじっくり見られると私の顔に穴が開いてしまうぞ」


「えっ、と・・・キラキラしていたのでつい・・・」


「今日はいつもより精霊が少ないと思うが?」


「そ、そうですね」


 見とれていたとは言えずもごもごしていたら、侍従がドアを開け中に入るよう案内され、ほっとした。

 でも確かに精霊さんの数は少ないし、ここに来て精霊さんのふわふわとした姿を見かけていないね。中に入るとそれほど広くないホールだけど、中央に宿の受付に似たカウンターみたいな物があった。


「1階は商会の仕事場と聞いている。土地と屋敷がこれだけ広いのに相場より価格が低い・・・何か訳ありなのかと調べたが商会事態に悪い噂はないようだが・・・」


 王子さまが屋敷を見渡しながら言っていた。土地と屋敷がとても広いのに価格が安い?・・・幽霊でもいるのかな?・・・まさかね。

 カウンターの後ろは正面から奥が見えないように衝立が置かれていて、奥の方にはいくつか部屋があり厨房も広い。ホールの左右には両開きの大きな扉があり、部屋に行けるようになっている。

 2階に上がる階段はカウンターの奥にあり、商会長とその家族が住まいとして使っていたらしい。


「内装や家具を整えれば使えそうです。従業員も希望すれば1階の奥の部屋を使用できるし・・・良い物件と思います」


「そうか、気に入ったようで良かった。ではこのまま押さえておくと言う事で良いか?」


「はい、そのようにお願いします」


 お父さまはここをお店にすると決めたみたい。


 あれ?精霊さん・・・どこから来たの?怒っているの?アンと王子さまに体当たりしている・・・痛くないけど。王子様も目を細めて精霊さんを見ている。


「悪い奴」「来るな」「帰れ」


「何があったのだ?私に教えてくれないか?」


 王子さまが優しい声で話しかけている。


「悪い奴」「酷い」「嫌な奴」


「何があったの?私たちは精霊さんたちの味方だよ」


「臭い」「枯れる」「酷い」


「臭い?何が枯れたのだ?精霊たちよ、どうか教えてくれないか?」


 王子さまとアンでできるだけ優しく話しかけてみた。


「死んじゃう」「噓つかない?」「死んじゃう」


『死んじゃう』と言う精霊の言葉に驚いた。


「誰が死んでしまうのだ?」


 精霊さんは厨房の方に向かって飛んで行く。


「こっち」「外」「こっち」


 厨房の奥にもドアがあり、そのドアを王子さまが開けると屋敷の裏に出た。さっき外から裏を見たところとは違うところ?馬車を停めるところの反対側かな?建物で区切られていたから気がつかなかったよ。建物の影に低い木や草花がまばらに生え、日の当たるところは花壇になっているけど、萎れた花が沢山倒れていた。


「仲間」「ここ」「死んじゃう」


「なぜこのような事が?」


「中」「臭う」「臭い」


「毒になるものでも埋めたのかもしれない、浄化してみる」


 王子さまが手をかざすと徐々に土の表面が光り始め、少しすると消えた。


「土地の浄化は出来たはずだ。アンジェル嬢、癒しの力は木や花の再生もできる。やってみなさい」


「再生?」


「ああ、治癒と同じだ。元に戻したいと思う気持ちを持ってゆっくりと魔力を貯め、枯れかけた花を包むようにすれば良い」


「はい、やってみます」


 手のひらを上に向け魔力を貯めると、枯れかけた草や低木にゆっくりと包み込む・・・光は徐々に吸い込まれて行き、全て吸い込まれたら、低木だけが光り、数本だけ再生された。


「・・・全部は戻らなかった」


「完全に枯れてしまったものは元に戻す事は出来ないのだ。数本だが元に戻ったな・・・何とかなるといいのだが」


「・・・あり、が・・・とう」


 小さな声でお礼を言われた。先ほどのふわふわの精霊さんたちと違う。薄い緑色のドレスを着ていた。人のように手足がある小さな精霊さんが背中の羽を動かして弱々しく飛んでいる。

 頭には花の蕾が付いている・・・たぶんローズの蕾だよね。咲かないのかな?ふわふわの精霊さんたちがその精霊さんに寄って行った


「元気?」「治った?」「大丈夫?」


「うん、大丈夫」


「良かった」「元気」「大丈夫」


「見えるの?」


 ローズの蕾を付けた精霊さんが聞いてきた。


「もちろんだ、その精霊たちが危機を知らせてくれたのだ」


「この子たち弱い、だから姿ない。人、何かした。萎れて、力なくなった」


「私が土を、アンジェル嬢は一部だが花を再生させたのだ」


「あいつらと違う?」


「あいつら?・・・私たちは精霊と共にある、精霊が苦しむ事は決してしない。誰が何を撒いたのかわかるか?」


「知らない・・・ここ・・・臭い、苦しい」


「そうか・・・すまなかった。ここの住人は入れ替わる、今後はこのようにはならないからどうか安心してほしい」


 王子さまは悲しそうにローズの精霊さんに話しかけていた。


「石」「落とさない」「頭に」「木の実」「落とさない」


 ふわふわ精霊さんは商会の人や来客の頭に小石や木の実を落としたり、テーブルに置かれたお茶にも落としたりしてささやかな?抗議をしていたらしい。

「精霊の姿が見えない人々にとって、幽霊がいると怖がられれば屋敷では仕事にならず、引っ越しをするしか方法がなかったのだろう」と王子様が言った。

 訳あり屋敷になってしまったから相場より安くなったってことは、お得なお買い物だから良かった・・・の、かな?

 そんな事を考えていたらローズの精霊さんの頭の上にある蕾が開いてきた。ピンク色の花びらがとっても可愛いローズだった。

 王子さまが精霊さんたちのことをお父さまとノル兄さまに説明をしたら、ちょっと驚いた顔をしていた。

 精霊に驚いたのか、花が枯れてしまうような事をした人に驚いたのかはわからないけど、悪い人は捕まってほしいよね。


「本日はありがとうございました。私どもは一旦北の領地に戻りますが、近いうちにまた王都に参りますので、進捗状況はテオドール王子へ連絡するようにいたします」


「ああ、そうしてもらえると助かる。母上がうるさ・・・いや・・・何かと気にかけているようだから」


「そ、そうでしたか・・・もしよろしければこのまま屋敷で一休みされてから戻られては如何ですか?」


「嬉しい誘いだが、すぐ城に戻らねばならない。屋敷へはいずれ改めて伺おう」


「畏まりました」


 王子さまはあっという間に帰っていた。忙しいみたいだね。これで王都の街に行って気兼ねなく買い物ができるよ。

 王子さまが邪魔だと思ったわけではないからね。



 王都の街に着くとノル兄さまと一緒に馬車を降りたけど、お父さまはそのまま屋敷に戻って行った。後でこの場所に迎えの馬車が来るらしい。


 最初にノル兄さまと雑貨屋さんに行って、シャル兄さまとバスチアンには羽ペンとインクを、ブリジットとソフィには髪飾りを、花模様の便せんと封筒も自分用に買い、手芸屋さんでリボンや刺繡糸も買ってしまった。

 厨房のカジミールたちにはハンカチや王都のお菓子、パトリック伯父さまの家にも、お花の形になっている綺麗なお砂糖を買ってみた。

 荷物が沢山になったけどノル兄さまと兄様の侍従がほとんど持ってくれた。ユーゴに持ってもらおうと荷物を渡しかけたら「ユーゴは護衛だから手をふさいではいけないよ」とノル兄さまに言われてしまった。

 荷物を持つのは付き添いの侍従とノル兄さまだけらしい。知らなかったよ。クレープ棒は持っていても手はふさがらないからいいと言う事だよね。


 朝から出かけ屋敷に戻ったら夕方だった。楽しい時間はあっという間に終わった。さすがに疲れたけど、精霊さんの姿を見る事ができたし、初めてのお買い物も楽しかった。

 精霊さんのいたずらで屋敷は訳あり物件となって安く買える事になったけど、屋敷の外観はそのままとは行かないらしく、お庭の花や屋根の色や外壁の一部も変えると言っていた。内装や家具もかわいらしくするので、お母さまにも相談するらしい。

 テラス窓の外にあった低い木はお母さまの好きなグラデーションのローズに変わるような気がする。いや・・・お父さまだもの絶対に変えると思う。ローズの苗を王都に運ぶのかな?

 北の屋敷の庭師さん・・・頑張れ。

次回の更新は1月2日「19、ひ弱令嬢は再び伯爵邸へ」の予定です。

いつも「ひ弱を」読んでいただきたいありがとうございます。来年も引き続き宜しくお願いいたします。

1/3も更新しますので~(≧◇≦)ノシ

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