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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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17、ひ弱令嬢は孤児院へ行く

今回は少し長くなってしまいました(>□<;)

 大神殿で治癒魔法の勉強を始めて5日が経った。まだ北に帰れないからあと5日ほど王都にいると、お父さまから聞いているの。

「もう少しお勉強が出来そう」と呟きながら、礼拝堂の奥の左側のお部屋に向うと何時ものようにティモテ神殿長が待っていてくれた。


「おはようございます、治癒魔法のお勉強はとても順調に進みましたね。操作も慣れてきましたので、今日は実践してみようと思います」


「おはようございます、実践ですか?」


「初歩の治癒魔法で、小さな傷を治します」


「傷を治す・・・やってみたいです!」


 ちょっとワクワクしてしまった。


「では早速、孤児院へ出かけましょう」


「孤児院・・・?」


 思わずユーゴの方を見てしまった。ユーゴは背中のリュックをチラッと見たけど、頷いている。


「アンジェル様、ご心配はいりません。子供たちは皆きちんと教育を受け、礼儀正しいですから」


「ごめんなさい、孤児院の子を疑ったのではなく・・・予定にない場所だったので行って良いのか迷っただけです」


「前もって伝えておくべきでした・・・失礼いたしました」


「だ、大丈夫です、行きます」


「学院を卒業した子どもたちや入学前の子ども達は、午前中に掃除や買い出しを班に分かれておこない、午後からは読み書き計算の勉強をします。その後女子は縫物や刺繡、男子は剣の訓練をする者もいます。成人すると孤児院を出なくてはいけませんから、仕事に困らないようにといろいろ学ばせておりますが、現状は孤児というだけで就職先が少なく、騎士や事務仕事、お針子、侍女などの見習いや下働きを希望してもなかなか雇ってはもらえません。雇ってもらっても正式に認められるのは容易ではないのです。働かなければ食べてはいけませんから男子は力仕事や畑仕事、女子は飲食店などで働かざるを得ません」


「・・・そうでしたか」


 歩きながらティモテ神殿長が子どもたちの状況を教えてくれたけれど、何と言っていいかわからなかった・・・。


 孤児院に着くと女の人が出迎えてくれた。


「ティモテ神殿長、おはようございます」


「おはようございます。今日は私のお手伝いをしていただける御令嬢をお連れしましたよ」


「まぁ、御令嬢ですか?」


「あの・・・アンジェルと言います。まだ初歩の魔法だけですが、よろしくお願いします」


 女の人はアンの後ろに護衛がついて来ているのを見て驚いていた。


「は、初めまして、孤児院の院長をしていますジョアンナと申します。あの・・・アンジェル様・・・よろしいのですか?」


「はい、是非お願いします」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 院長のジョアンナさんはチラッとリュックを見たけど何も言わず微笑んでくれた。早く癒しの魔法を試してみたいから神殿長の方を見た。


「ティモテ神殿長、アンは何をすれば良いですか?」


「では早速始めましょう・・・院長先生、手を出していただけますか?」


「手ですか?」


 不思議そうに首をかしげておずおずと両手を出してきた。

 その手はカサカサで爪の周りが硬くなり割れていて痛そうだった。


「アンジェル様、どうぞ始めてください」


 ティモテ神殿長がジョアンナさんを院長先生と呼んでいたのでアンもそう呼ぶことにした。

 自分の手に魔力をゆっくりと集める、小さな傷だから少しでいいはず。院長先生の手を包むように魔力をまとわせると一瞬光り、院長先生の手は綺麗になった。嬉しくてにっこり笑ってティモテ神殿長の顔を見てしまった・・・ふと茉白の世界の『ドヤ顔』だと思ったらちょっと恥ずかしくて、思わず下を向いてしまった。


「アンジェル様、とても良くできました。素晴らしいです、下を向いて恥じることは何もありませんよ」


 ティモテ神殿長が褒めてくれた。

 アンが魔力操作で恥じていると思ったみたい・・・『ドヤ顔』は見られてないと言う事だよね・・・よかった。


「初歩の魔法でこんなに綺麗になるなんて・・・あ、ありがとうございます!」


 院長先生がとても驚いた顔のまま手を見つめていた。


「どういたしまして」


 誰かに喜んでもらえるってうれしい。もっと沢山学んで、誰かの役に立ちたいな。そんな事を思っていたら後ろから声がした。


「「院長先生、ただいま戻りました」」


「おかえりなさい、買い出しはすべて終えたのかしら?」


「はい、市場のおじさんが今日は質の良いポムを沢山仕入れたからと言って、ポムを1個オマケしてくれました」


「まぁ、それは良かったわね」


「これからジャムを作って売ってきます、それで冬支度のためのお金の足しにしましょう」


「ありがとうとても助かるわ・・・今神殿長と御令嬢がお見えになっているの、続きは後で聞くわね」


「あっ・・・すみません、つい嬉しくて」


 院長先生は子どもたちに微笑み、綺麗になった手を見せた。


「私の手を癒してして頂いたのよ」


「わぁ、院長先生の手が綺麗になっている」


「あの・・・アンジェル様・・・この子の肘を治すことは可能でしょうか?」


 院長先生は買い物から帰って来た子の中で一番小さい子の肘の包帯を外して見せてくれた。どこかにぶつけて切れたのか、青黒くなって傷口がまだちゃんと閉じていなかった・・・見るからに痛そう。


「ティモテ神殿長、癒してもいいですか?」


「はい、お願いします」


 ティモテ神殿長はにっこり笑って頷いてくれた。アンも頷きゆっくりと魔力を集めて包み込んでいく・・・そして一瞬光った。傷は綺麗に治り青黒かった色もなくなっている。


「動かしてみて、もう痛くないはずだよ」


 小さい子と言っても背はアンと同じくらいだった。その子は肘を恐る恐る伸ばしたり触ったりしていた。


「もう痛くない!」


「「ありがとうございます」」


 その子は驚きながら何度も肘に触りながら、院長先生と同時にお礼を言ってくれた。人の役に立つのは嬉しい。


「どういたしまして・・・あの・・・先程ポムをジャムにすると言っていたのですが、作っているところを見てもいいですか?」


「えっ?ええ・・・構いませんが・・・二コラ、お願いできる?」


「は、はい、すぐ始めてもいいでしょうか?」


「お願いします」


 ちょっと驚きながらも了承してくれた、ニコラと言う黒髪に茶色い目の男の子の後をついて、厨房に向かった。


「今日のポムは良く熟しているから、はちみつは少量で良さそうです・・・ところで荷物を背負ったままで重くないのか?・・いえ・・・えっと、ですか?」


「あ・・・うん、軽いから大丈夫・・・ポムは甘さによって、入れるはちみつの量が変わるの?」


 リュックが気になるよね、でもジャムの話に戻したけど・・・。


「そうです、お店に持って行って買ってもらうジャムはいつも同じ味になるようにしないといけないので」


 そう言うとスィトロンの汁を少量用意してから手早くポムの皮をむき、粗く刻んで混ぜ合わせた。

 ポムの変色を抑えるためスィトロンを入れるけど、入れすぎると酸っぱくなりすぎて美味しくないと教えてくれた。

 混ぜ合わせたポムをスプーンに少しすくって口に入れていた。甘さを確認してはちみつの量を決めるらしい。

 そしてポムを煮て水分を飛ばしてできたジャムを、熱湯に入れて綺麗にした容器に移して4個のポムジャムが出来上がった。


「売りに出す店のジャムを味見させてもらってから作り始めたんです」


「味見だけで覚えられるの?」


「はい、ここで8歳くらいから料理を教えてもらって、自然と舌が覚えたというか・・・」


 それって天才じゃない・・・お店に欲しい。


「すごいね、将来は料理人になれそうね」


「料理人になりたいです・・・見習いでなくても下働きからでもいいから、雇ってもらえないかと思って探しているんですけど、断られてばかりで・・・酒を出す店ならあると言われたけど・・・酒場で働く決心がつかなくて」


「そう・・・ところで二コラは何歳?」


「14歳です。15歳になったらここから出る決まりになっているので、それまでに仕事を見つけないといけなくて」


「あの・・・お父さまと相談してからになるけど、うちで働けるかも・・・これから料理人を募集するの。最初は見習いになるけど」


「料理人?料理ができる所で雇ってもらえるなら是非!是非お願いします!」


 身体を2つに折るようにして頭を下げてきた。


「アンジェル様、どうか私からもお願い致します、ニコラは料理がとても上手なのです。計算も早くて優秀で、そしてとても努力家です。ですから、是非お願いします」


 いつの間にか厨房に来ていた院長先生が必死でニコラを料理人として雇って欲しいと言ってきた。


「明日、お父さまと一緒にここにきます。文字がある程度綺麗で計算の出来る人やお店でお客様ときちんとお話しできる人も探しています。お店と言ってもお菓子を食べるお店ですから安心してください。それと・・・私は北の大領地から来ていますので一緒に北に来られる人がいいです。仕事を覚えたら王都で働く事もできます」


 働く人が欲しいと思っていた。沢山の人がお店で働くので、仲間同士が仲良くやっていけるといいと思う。

 そして精霊さんに好かれる人はもっといい。ニコラの作ったジャムを精霊さんは勝手に味見していたもの。


「美味しいー」「美味しい」


 精霊さんたちの声が聞こえたから、ニコラは大丈夫・・・いい人。

ユーゴにお金を借りて二コラが作ったジャムを1個買い、明日の約束をして孤児院を出た。


「アンジェル嬢、治癒魔法は合格です。これからいつ使っても問題ありませんが、大怪我などの癒しはまだ控えていただきますように、身体に負担がかかります。それから・・・ニコラの事を気に掛けて頂きありがとうございます。未来ある子どもたちが希望の道に進めることをいつも願っていました。どうかよろしくお願いします」


「お父さまと相談してからになります、ニコラにとって良い結果になればいいのですが・・・」


「子供たちが希望する仕事に付けることを、切に願っております。では明日・・・お待ちしております」


 神殿長も子どもたちの仕事の心配をしているのが伝わってきた。帰りの馬車の中でお父さまにどうやって伝えたらニコラはお店で働く事ができるか・・・うんうんと唸っていたらユーゴが「アン様、お腹がすいたのですか?もうすぐ着きますよ」と言ってきたのでちょっと睨んでおいた。


 屋敷に着き、出迎えてくれた侍女に「お金が欲しい」と伝えたら目を丸くして驚かれてしまった。ユーゴも驚いたみたいで、慌てて侍女にジャムの代金を立て替えた事を説明している。ようやく納得したのか「執事からユーゴさんへ直接渡しますね」とにっこり笑って答えてくれた。

 理解してもらえて良かったけど言い方は良くなかったらしい。


 買ったジャムは夕食の時に用意してもらった。パンに乗せて食べてみると、優しい味が口に広がる。クレープに乗せるポムの味とは少し違うけど、甘みが控えめで食べやすい。


「いつもと違うジャムのようだけど・・・ポムが新鮮なのかしら?香りがいいわね」


 お母さまも気に入ったみたい。今なら話しても大丈夫かな?


「お父さま、明日一緒に孤児院に行ってもらえませんか?」


「「孤児院?」」


 お父さまに言ったのに、なぜかお母さままで同時に声を出して目を丸くしていた。


「今日、孤児院に行って癒しの魔法の実践をして来ました」


「実践?・・・身体に負担はなかったのか?」


「はい、大丈夫でした。ティモテ神殿長は大怪我した人はまだ癒してはいけないと言っていましたが、小さな傷は大丈夫だと」


「そうか・・・ちゃんとできるようになったのだな。最近は熱も出さずに頑張って通っているし、良かったではないか」


「孤児院の院長先生の荒れた手を癒せました、喜んでもらえて嬉しかったです」


「アンは人の役に立ったのだな、立派な事だ」


 お父さまは嬉しそう笑って褒めてくれた。


「その時に買い物から戻ってきた孤児たちの中で、もうすぐ成人する人がいました。今食べているポムジャムは、その人が作ったジャムです。味見をしただけで同じ味のジャムを作れるそうです。孤児院の厨房で作ったジャムを売って、そのお金を孤児院へ渡しているそうです。ジャムを作ったニコラと言う人が料理人になりたいと言っていました。お父さま、お店で働く人を孤児院から雇いたいです。だから・・・明日お父さまと一緒に来ますって伝えきたの。一緒に行って二コラに会って欲しいです」


 お父さまは何も言わず最後まで話を聞いてくれた。


「・・・人材は探そうと思っていたが・・・そうか孤児院か・・・」


「よ、読み書き計算も出来るそうです・・・それに精霊さんたちがジャムを食べて美味しいって言っていました。精霊さんたちがいるから・・・ニコラはいい人です」


「精霊・・・そうか・・・成人前後の人材ばかり雇う訳にはいかないが・・・アンがそこまで言うのなら、まずは会ってみるか。明日の午前中なら時間が取れる。ティモテ神殿長には連絡入れておく」


「はい!ありがとうございます」






 翌日お父さまと一緒に大神殿に向かった。


「この度は御多忙中にも関わらず、貴重なお時間を頂きまして心より感謝申し上げます」


 ティモテ神殿長が深くお辞儀をしていた。昨日お父さまは何て連絡を入れたのかな?

 お父さまは孤児院で仕事を希望する人の面接をすると伝え、その面接と言うものをお父さまと一緒にする事になった。

 孤児院に向かうと今度は院長先生が深くお辞儀をしていた。


「わざわざご足労頂きたありがとうございます、孤児院の院長をしておりますジョアンナと申します」


「北の大領地の当主で辺境伯のアレクサンドル・テールヴィオレットだ。料理人を希望している者がいると娘のアンジェルから聞いた」


「北の大領地の御当主様自ら!・・・いえ、失礼致しました」


 院長先生がビックリしていた。あれ?言ってなかった・・・ね・・・神殿長も伝えてなかったの?


「構わない・・・神殿長と院長が立会いの下、話を聞こう」


「お、恐れ入ります、辺境伯様。あの・・・機会を与えて頂き心より感謝申し上げます。昨日アンジェル様のお話を伺って、仕事を希望している者が4人になりまして・・・人数が増えてしまい申し訳ないのですが・・・こちらの紙に記載しましたので、読んでいただけますでしょうか?」


 14歳が二コラを含めて3人と、まだ13歳だが直ぐに働きたいという子が1人いるらしい。

 院長先生が紙にそれぞれの名前と歳、孤児院に来た経緯や学院での成績、日常の様子、希望職種を書いたと言って、お父さまに渡していた。

 お父さまはその紙を受け取って目を通し、読み終わると一人ずつ面接をすると言った。


「先ずは二コラをこちらに呼んでもらえるか?」


「畏まりました。仕事を希望している子どもたちは隣の部屋にいますので、直ぐに呼んできます」


 院長先生がニコラとやってきた。ニコラの顔が白くなっていて握った手が震えている。昨日はあんなに楽しそうにジャムを作っていたのに、今日は全く違う人になっていた。

 院長先生がきっと・・・何か言ったよね。お父さまがとても偉い人だとか何とか。


「は、は、・・・初めまして、今日はお時間をと、取っていただき、あ、あ、ありがとうございます。ど、ど、どうぞよろしくお願いします」


 かくんかくんと段階的に頭を下げてお辞儀をするニコラ。

 ギシギシと音がするのではないかと言うくらい硬くなっているように見えるのに、頭が膝に着きそうなくらいら身体が折れ曲がっていた。ニコラの身体は堅いのか柔らかいのか・・・どちらだろう?


「・・・先ずは頭を上げなさい、腰を悪くするぞ」


「はいぃ」


「フッ。そんなに緊張せずとも、まずは椅子に座りなさい」


「あ、あ、ありがとうございます」


「昨日は二コラが作ったと言うポムジャムを食べた。香りも味もよかったが、何処かで料理は習ったのか?」


「いえ・・・な、習ってはいません・・・ち、小さい時の記憶にあるのは何処か料理をするところで野菜を洗ったり根菜類の皮むきをしたりして、残り物を貰って食べていた記憶があります。残り物でもスープや煮込み料理は美味しかったです。飢えていたせいかもしれませんが、その味を今でも覚えています。その後、そこを追いだされて行き場がなくなったところを神殿長に助けてもらいました。その・・・親も知りません。ここではずっと料理担当をしていました。料理が好きなんです・・・あっ、す、すみません、勝手に話をしてしまって」


 ニコラは下を向いてしまった。

 お父さまはニコラが話をしている間は何も言わず黙って聞いていた。


「ニコラは今まで作った料理で何が好きなのだ」


「料理と言えるかどうか分かりませんが・・・果物を使ったソースやジャムです。果物は時期や天候によって味が変わります。その果物の組み合わせや入れる調味料、はちみつなどの加減がうまくいった時はすごく嬉しいです」


「ほう、繊細なのだな」


「はい」


 先程と違い、料理の話になると目がきらきらしていた。


「ニコラ、ジャムは美味かったぞ」


「!」


 ニコラの目にどんどん涙が溜まっていき、慌てて袖口で拭いていた。


「ありがとうございます!」


 ニコラは立ち上がって再び身体を折り曲げていた。


「折角立ち上がったのだから、次の人を呼んできてくれるか?」


 折曲がった身体のニコラに苦笑しながらお父さまは次を促していた。


「は、はい、失礼致します!」


 下がって行ったニコラの顔は先程と違って赤くなっていた。料理人としての仕事先が見つからなくて悩んでいたから、褒められたらうれしいよね。

 次に扉をノックして入ってきたのはニコラと同じ年のナディアと言う人だった。


「ナディアと言います、よろしくお願いします。仕事は侍女を希望していますが、貴族や商会の屋敷では孤児たちができる仕事はないと全て断られました。何処かの店で給仕の仕事をしようかと考えていたところです」


 淡々とした話し方が、すでに諦めているという感じに聞こえた。母親が大きな商会の当主の侍女をしていたらしいが、その母親は病気で亡くなり、頼る親戚もいないので孤児院に来たと言う。

 裁縫、刺繡が得意で、特に刺繡が好きで、リボンやレースのハンカチに刺繡をして神殿で売っていると言っていた。

 ハンカチを見せてもらったら、ローズの刺繡が見事でとても驚いた。


「お母さまのお土産にしたいから、売ってもらえる?」


「面接をして頂いただけでも嬉しかったので、プレゼントさせてほしいです」


「いいの?ありがとう」


 ナディアはにっこり笑って渡してくれたので、遠慮なく貰う事にした。


「ナディアの希望はわかった、では次の者を呼んできてくれるか?」


 お父さまはハンカチをチラッと見てから言っていた。お母さまにあげたいと思う気持ちは一緒らしい。


「畏まりました」


 綺麗な所作だったよ・・・見習わないと。


 3人目が扉をノックして入って来た。


「失礼します。アルマン、14歳です。よろしくお願いします」


 凄く堂々としている。


「僕は両親を早くに亡くし、祖父に育てられました」と話し始め、祖父は貴族の屋敷で庭師をしていたが一緒に住んでいたアルマンに粗相があっては困ると言う理由で、祖父は礼儀作法には厳しかったらしい。

 その祖父が突然事故で亡くなり、当時10歳だったアルマンではろくに仕事ができないだろうと判断され、屋敷から出され孤児院に来たらしい。

「祖父は庭の花以外に薬草や野菜も育てていて、その作業を手伝っていましたので、美味しい野菜の育て方は知っています」と言った。

 お店に自分で育てた新鮮な野菜を届けるのが夢だと言いい、今回仕事を希望したのはお店で使う食材の選別などで役立ちたいが、土地があればお店で使う野菜を育ててみたいと言う理由だった。


「アルマンは農業をしたいと言う事か?」


「はい、薬草を脇に植えて虫よけをしながら、自然の力で育つ野菜を祖父は仕事の傍ら育てていました。それを仕事としてできればと思ったのです、お店の裏方を希望しています」


「そうか・・・わかった。では次の者の話を聞くので呼んできてくれ」


「お時間を頂きありがとうございました。エタンを呼んできます」


 厳しく躾けられたと言っていただけあって礼儀正しかった。でも農業とは・・・お店で働く内容とは違うような気もするけど・・・お父さまはどう判断されるのかな?


 再び扉がノックされ次の人が入ってきたけど、男の子?・・・だよね。


「失礼します。エタンと言います。13歳です、宜しくお願いします」


 そう言って扉のところに立ったままだった。握った手が小刻みに震えているので緊張しているように見える。

 女の子のように可愛らしい顔立ちで、クリっとした水色の目で庶民には珍しい金髪がクリンとカールしていた。


「こちらに来て座りなさい」


「は、はい」


 慌ててやってきたわりには音もたてずに静かに座った。ん?元貴族?お父さまは院長先生が渡してくれた紙をもう一度見ていた。


「君の母親は貴族だったのだな」


「はい、元貴族でした」


「父親が画家で、君も画家志望となっているが」


「はい、絵は幼い頃から父に習い描いていました。母は勉強が好きだったので貴族の子どもの家庭教師をしていたそうです。画家だった父と出会い、母方の実家の反対を押しきって結婚したら縁を切られ家庭教師まで首になったと笑って言っていました。その後は商人の子どもの家庭教師を続けながら、僕に勉強を教えてくれましたので読み書き計算は得意です。両親が亡くなった後、結婚を反対していた母方の実家が絵描きにならないなら引き取ってもいいと言われました・・・でも断りました」


「そうか・・・今も絵を描いているのか」


「はい・・・み、見ていただいてもよろしいですか?絵の具がないので鉛筆や木炭で描いたものですが・・・」


 風景や人物・・・院長先生やニコラたちの絵もある。わぁ、みんなが笑っている暖かい絵だ。

 そして鳥・・・とり?


「キリー?」


 後姿と顔の正面とで・・・2枚あるよ。


「あー・・・この鳥はどこで見かけて描いたのだ?」


「神殿の横でうろうろしているところを窓から見ていました。カナールにしては大きいし、羽の色も違いました。何より顔が・・・クッ」


 横向いてプルプルしている・・・もう絶対緊張してないよね。


「す、すみません・・・羽はとても美しい色でした・・・・・・眉には驚きましたが」


 まだプルプルしている。


「そ、そうか・・・」


 お父さま、困った顔になっているけどキリーのせいかな?


「仕事先は飲食店とニコラから聞きました。看板やお店で出す食事の絵を描いてお客様に見てもらえたらと・・・もちろん計算も出来ます。絵を描ける機会だと思いました・・・まだ成人していないのですが、住むところと食事があれば・・・お金を貯めて絵の具を買いたいのです。そして絵に色を付けてみたいのです」


「絵を描くのは楽しいのか?」


「はい、とても楽しいです。父も・・・楽しそうに描いていました。売れない画家だと言って笑っていました。時々事務の仕事のようなことをして生活のために働いていましたが、両親はいつも笑っていました。」


 少し遠くを見るような目をしていたけど、決してうつむくことはなかった。


「立派な両親だったのだな」


 アンも同じことを感じていた。笑い合える家族っていいよね。


「はい、尊敬しています」


 お父さまはうなずいていた。


「エタン、先程話をした3人を呼んできてくれ」


「はい」



 4人が揃って扉の近くで立っている。


「皆の希望は聞かせてもらった、採用の合否は5日後に連絡する。採用が決まった者は私の屋敷横の門のところに来てもらう。北の領地の教育環境が整い次第馬車で移動し、それぞれの仕事に関わる教育を受けてもらうことになる。直ぐに移動が出来ないなど事情がある者はいるか?」


「いません」


 ニコラが答え、他の3人も頷いていた。


「問題はないようだな、王都から北の領地まで約2週間かかる。王都より寒いので防寒用の衣服はこちらで用意する。合格者は服のサイズを知らせてほしい。賃金に関しては仕事の内容や教育の進み具合によるため、皆同じではない。能力が高ければ給金は上がる。見習い期間は衣食住を保証するが、貴族の敷地内で問題を起こせば、子どもでも処罰の対象になることを忘れるな。詳細は改めて院長経由で書面にて知らせる。質問はないか?」


 お父さまはゆっくりと言い聞かせるように話していた。


「「「「ありません」」」」


 皆胸を張って答えていた。まだ合否も決まっていないのになぜか元気だよ。もう緊張はしてないのかも。


「採用者は神殿に馬車を向かわせるので、馬車で屋敷に来るように・・・ではもう下がってよろしい」


「「「「失礼します」」」」


 4人が一斉にお辞儀をして部屋から下がって行ったあと、ティモテ神殿長と院長先生は改めてお父さまに頭を下げた。


「お話を聞いていただきありがとうございました。子供たちは孤児と言うだけで偏見の目で見られることがあり、辛い思いをすることがありました。そういう人ばかりではないと知る機会を得ましたから、これからの励みになってほしいと願っています」


 ティモテ神殿長が悲しそうに言っていた。院長先生も同じ顔をしている。


「・・・そうか」


 お父さまは一言返事をしたあと、窓の方を見てそっと息を吐いた。


「・・・ここでもキリーか」


 ボソッと呟いていたのはキリーの事だったよ・・・採用はどうなるのかな?あっ・・・キリーの絵が欲しかったよ。そっくりだったもの。今度貰えないかな・・・いや買えばいいのかな?

今年最後の更新は12月29日「18、ひ弱令嬢のお店計画」の予定です。

年明け1/2、1/3と2夜連続で更新しますので、引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

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