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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第1章 北の大領地の辺境伯令嬢

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11、ひ弱令嬢は空に向かって飛びたい

作品を読んで頂きありがとうございます。

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 メテオール祭初日の夜はいつの間にか眠ってしまったらしく、気がついたら自室のベッドで朝を迎えていた。2日目と3日目は頑張って起きていたから自力で部屋に戻って寝たよ。


 2日目の夜にシャル兄さまが街に行った時のお土産だと言って、レグルをくれたの。お花模様が入った15㎝と30㎝の2本。

 これがあると何か作る時に寸法が分かるから便利になるね。とても欲しかったものだったから嬉しかった。


「シャル兄さま、ありがとう。可愛いレグルが欲しかったからすごく嬉しい」


「アンは我慢して屋敷にいたから・・・偉かったな」


 シャル兄さまはちょっと照れていた。少しだけ見直してあげてもいいよ。敷地内だけど、アンがエマキ池まで出かけたことは内緒にしておこう・・・。




 3日間のメテオール祭が終わってしまったけど、シフォンケーキは好評でメレンゲ担当のコンスタンに頑張ってもらい、カジミールに毎日焼いてもらっている。

 クッキーはお母さまが主催しているお茶会のお菓子にしたり、親しくお付き合いされている方への手土産にしたりとすごく宣伝してくれているらしく、北の領地ではクッキーの評判がいいみたい。でも作り方は暫くは公表しないとお父さまとお母さまが言っていたよ。

 シフォンケーキもまだ広めないらしい。お砂糖が高いしね。でもシャル兄さまとユーゴはシフォンケーキとクッキーを食べたがるので少しだけ特別に焼いてもらっているの。

シフォンケーキは作るのが大変だから、そろそろメレンゲ担当を増やすか、違うお菓子を考えた方がいいかもしれない。




 卵をおんぶ紐で背負って、1週間ぶりにエマキ池に来てみたの。


「あれ?いないね・・・南に渡って行くには早いよね?」


 美丈夫のエリー、真っ白でちょっと大きいマリー、そして目立つ太眉のキリーはいなかった。

 エマキ池を見ながら呟いていると後ろに立っていたユーゴが湖の方へ目を細めて見ている。


「ユーゴ、湖の方に何か見えるの?」


「まさか・・・そこまでは見えませんよ。気配だけでも感じないかと思っただけです」


 なんて紛らわしい・・・。


「あっ・・・来ます」


「やっぱり見えているじゃない」


「いえ、見えませんよ・・・気配です」


 少ししたらカナールたちの鳴き声が微かに聞こえてきた。


「クワックワッ」

「クワックワッ」

「グワッグワッ グワッグワッ」


「あ、飛んでいる! エリー!マリー!キリー!」


 大きく両手を振って叫んでいたら、肩にそっと手を置かれた。斜め後ろにいるソフィの顔は見ず、キュッと口を閉じて手を降ろした・・・。

 ちゃんと学習するからね・・・いつかは淑女らしくなれるはず・・・たぶんだけど。


 カナールたちがアンのところに飛んで来た。頭をアンの腕に押し付けたり、嘴をそっと押し付けたりしてくる。


「ウフフ・・・可愛い」


 思わず嬉しくて声が漏れてしまう。


「キリーはまた一段と大きくなっていますね・・・カナールたちはもうすっかり成鳥です・・・エリーとマリーは秋には南に渡ると思いますよ」


 ユーゴはキリーを見て首を傾げた。


「キリーは南の方に飛んで行かないの?」


「わかりません・・・カナールかどうかも怪しいです・・・大き過ぎるのです。暴れないですし、アン様になついてはいるようですから危険はないと思いますが、これからまだ大きくなるかもしれません・・・様子を見るしかないかと・・・」


「グワッグッ、グワッグッ、グッワ・・・グッ」


 キリーはアンの前に来て何かを訴えるように鳴いていた。何を言いたいのかな?片側の翼を広げたり、アンに背中を向けたりしている。すっかり大きくなったキリーは首をのばすとユーゴより大きい。一体何を食べているのだろう。


「キリー・・・まだ大きくなるの?」


「グワァ」


 キリーは返事をしてうなずいたのは偶然?さっき「グワッグッ」って何か言っていたけどもういいの?


「エリー、マリー、キリー・・・アンね、少しの間王都に行くの。その間はエマキ池に来ることが出来なけど、いい子でいてね」


「グワァ、グッワグッ」


 キリーがまた何か言っている。

 屋敷に戻る時間になり「また来るね」とカナールたちに声を掛けたらキリーが「グワ」と返事をしたの、本当に偶然かな・・・?




 ◇   ◇   ◇




「ユーゴさん!すぐ来てください!」


 珍しくソフィが大きな声を出して私を呼んだ。

 慌てて部屋に行ってみると、ソフィは真っ青な顔をして震えていた。


「どうしたのですか?」


「ア、アンジェル様がいないのです。卵もなくて・・・バルコニーの窓が開いたままなのです・・・誘拐でしょうか?」


「誘拐?・・・卵ごと?」


 ソフィがアン様の部屋に行き、声をかけたが返事がない為、熱を出しているのではないかと慌てて寝室に向かったが、アン様はおらず卵までなくなっていたと言う。


「それが・・・アンジェル様の靴はあるのですが、シーツが1枚なくなっているのです。シーツにくるまれて攫われたのでは・・・あと・・・おんぶ紐もなくなっていまして・・・」


 誘拐と言う言葉に背筋が寒くなった。


「すぐ探しに行く!アレクサンドル様に至急の連絡を頼む」


 急いで龍舎に行き、風龍のコメートに乗った。


「コメート、アン様がいなくなった。急いで探すぞ」


 飛び立つ寸前、アレクサンドル様とアレクサンドル様の護衛のイヴァンが走ってやってくるのが見えた。


「コメート、待て」


 コメートから降りアレクサンドル様を待った。


「ユーゴ、屋敷の西側の湖と森に行ってくれ、私とイヴァンは東側の丘と森の広い方に行く。南と北は門の内側に護衛が常に立っているから不審者は通れないはずだ」


 冷静を装ってはいるが、アレクサンドル様の顔色は悪い。


「アン様の室内は荒らされておらず不審者の靴の後もなかったのですが・・・誘拐でしょうか?」


 疑問をアレクサンドル様に投げかけた。


「誘拐にしては不自然だと思う、しかも卵に関しては外部に漏れていないはずだ、兎に角今はアンを探すのを優先してくれ」


「畏まりました」


 コメートに乗って屋敷の西側から並木道へ、アン様がいつも来ている通称エマキ池の上空を見渡したが人影はなかった。


「・・・後は湖か」


 焦りのせいか呟きが漏れる。

 龍の気配で湖にいたカナールたちが一斉に飛び立ち、鳴き声とバサバサとはばたく翼の音で静寂が破られる。


 目を凝らすとその中にひときわ大きく目立つ鳥・・・キリーがいた。

 背中になにか背負っているように見える。


「キリー!」


 思い切り叫びキリーを呼んだ。


「グワ?」


 此方に気づいたのか、キリーは間の抜けた声で鳴いた。龍に乗っているせいかあまり近づいて来ない。仕方がないので湖の近くに龍を着地させて下で待機してみた。

 キリーはゆっくりと水平に降りてきたが、背中の布の隙間から目が見えた瞬間、膝を少しまげ腰を落とし構える。剣は鞘からすぐ抜けるように手をかけると、カチャリと鞘から剣が抜ける音がした。

 シーツを被った小さな塊が警戒した様子もなく降りて来た。


「誰だ!」


「ユーゴ?」


 布を被り目だけ見える小さな塊は、いつも聞きなれた子供特有の細くて高い声だった。


「は?・・・アン様?」




 ◇   ◇   ◇




 ベッドで眠っていたら茉白が話しかけてきた。


「もうすぐ王都に行くんでしょ?」


「うん、龍に乗せてくれるってお父さまが仰っていたの。凄く嬉しい。空に向かって飛んで行くのよ!」


「フフフ・・・空に向かったら雲の上に行っちゃうよ、向かうのは王都でしょ・・・そう言えば、キリーね、アンを乗せたいんだと思う」


「え?茉白はキリーの言葉がわかるの?」


「うーん・・・なんていうか・・・感じるというか、何となくかなぁ・・・あ、でも乗って空から落ちたら死んじゃうから、あくまでもキリーがって話で、アンは乗っちゃだめだよ」


「キリーが・・・」


「アン、ダメだから・・・もう・・・みんなに怒られちゃうよ」


「フフフ、怒られちゃうね。でも茉白は心配しなくていいからね・・・そろそろ寝なくちゃ、おやすみなさい」


「しょうがないなぁ・・・おやすみ、良い夢を」




 朝早く目が覚めてしまった。

 カーテンの隙間から見える空はまだ青紫でソフィはまだアンの部屋に来ていない。茉白とお話が出来たのは嬉しかったけど、キリーがアンを乗せたがっていると言う言葉が頭から離れない・・・キリーと一緒に空に向かって飛ぶ事を想像してしまう。

 もっと茉白とお話をすればよかったとは思うけど、キリーに乗れるかもと思う嬉しさで頭の中はいっぱいになっていたような気がする。


・・・空に向かって飛びたいよ。


 龍騎士になりたい・・・だけど・・・その前にカナール騎士もいいよね。キリーは凄く大きくなったから、アンが乗っても大丈夫だと思うの。ソフィやユーゴに止められないようにするにはどうすればいいのかな。お父さまとお母さまにも止められてしまうかな?


 寝間着のまま窓から外を眺めていたら空が明るくなり始めてきた。


「あっ!」


 あれは・・・キリーだよね。キリーが飛んできた。急いでテラスの方の窓を開けるとキリーが、フワッと降り立った。


「グワッグッ!グワッグッ!」


「キリー、シー・・・静にして・・・ソフィが来ちゃう」


「グワ」


「・・・乗ってもいいの?」


「グワ」


「ちょっと待っていてね、何か羽織ってくる・・・あ・・・卵もおんぶ紐で背負ってくる」


 空に向かって飛べる・・・飛べるよ。龍ではなく、キリーだけどそれでも嬉しい。


「お待たせ」


 卵を背負ってその上から厚手のローブを着て、更にシーツを被って、キリーの首の下に紐を掛けて手綱のようにした。

 キリーが膝を曲げてアンが乗りやすいようにしてくれている。手綱を掴んだままキリーの背にまたがった。

 なぜかフワフワの精霊さん達もいてキリーの頭やアンが掴んでいる手綱に乗っていた。靴を履くのを忘れちゃったけどもう戻れないよね、もし見つかったらキリーには乗れないと思うの。

 キリーは翼を広げて静かに飛び立ち、真っ直ぐに湖に向かう。


「わぁぁー、キリー凄いね。速いね、もう湖が見えてきたよ」


「楽しい?」「嬉しい?」「面白い?」


 精霊さんたちの声が聞こえる。


「とっても楽しい、とっても嬉しい」


 精霊さんたちに答えた。

 キリーはゆっくりと湖の上を飛んでくれるので、周りや下の湖面を見る事も出来た。湖面には沢山のカナールたちがいて、番と子供たちなのか、いくつものグループに別れているようにも見える。


「秋にカナールたちは南へ渡るよね。エリーとマリーも・・・キリーも行くの?」


「グワ?」


「行かない」「キリー」「行かない」


 精霊さんたちが行かないって言っている。


「エリーもマリーも行かないの」


「グワ?」


「行かない」「キリー」「行かない」


「キリーは行かないってこと?」


「キリー」「違う」「行かない」


「精霊さんたち・・・キリーは南に行かないの?違うって何が違うの」


「違う」「キリー」「行かない」


 精霊さんたちは伝えてくれる・・・キリーは違う?

 そう言えばユーゴがキリーはカナールじゃないかもって・・・。


「もしカナールでなかったとしてもキリーはキリーだよね」


「グワァ」


「キリーはちゃんとお返事ができるのね。もっと遠くに行ける?」


「グワグッワ」


 そんなおしゃべりをしていたら、湖のカナールたちが鳴きながらバサバサと音を立てて一斉に飛び立った。


「キリー!」


 後ろの方から叫ぶ声が聞こえた・・・この声はユーゴだ。

 キリーは「グワ?」とユーゴに返事をしたよ。振り返ってみるとユーゴが龍に乗って飛んでいる・・・ユーゴは龍騎士だったね・・・忘れていたよ。

 龍に乗っているユーゴはかっこいい、ちょっと見惚れそうになった・・・でも見つかっちゃったから怒られるよね。

 龍が湖の横に着地すると、ユーゴが降りてこちらを見ている。


「キリー・・・もう帰らないとダメみたい、ユーゴのところに行こう」


「グワ」


 ユーゴが怖い顔をして剣に手をかけていた。


「誰だ!」


「ユーゴ?」


「は?・・・ア、ン様?」


「・・・うん」


「なぜキリーに乗っていたのですか?・・・それよりもキリーに良く乗れましたね」


「乗せてくれたの」


「はー・・・事情はあとでアレクサンドル様に伝えてください。裸足じゃないですか・・・一緒に帰りますよ」


「龍に乗るの?」


「そうです、キリーには乗せられませんから」


「はい!」


 龍に乗れる嬉しさで張り切って返事をしてしまった。


「アン様、アレクサンドル様の前でそんな嬉しそうな顔したら反省してないと怒られますよ。もう少し落ち込んだ顔して下さい」


「は・・・い」


 ユーゴは襟元の紐を引き、服の中から笛を出して吹くと、高い音が2度響いた。


「屋敷に戻りましょう」


「その笛はなあに?」


「戻るという合図です」


 アンをシーツに包んで龍の背に乗せ、ユーゴはアンの後ろに乗り込み飛び立った。シーツの隙間から横を見ると少し離れて、キリーもついて来ていた。



 ユーゴは龍舎に戻らず直接屋敷の庭に降り立った。

 アンは10歳になっていないので龍舎に入れない、そして7歳とは言え裸足のままで、他の人の前には出られないとユーゴに言われた。そう言えば前にそんなことを学んだ・・・ちゃんと思い出したよ。


「さあ、お父上に叱られて下さい」


 屋敷の庭できっちりシーツに包み直され、髪が少し乱れ息を切らして戻って来たお父さまにシーツにくるまれたまま渡された。


「アン!無事か!・・・どんなに心配したか」


「ア・・・アン?アンなの!?」


 お母さまが庭に駆け出してきた。アンの頬に触れたお母さまの手は小刻みに震え目は真っ赤だった・・・どれだけ迷惑をかけたかやっと気がついた。


「お父さま、お母さま・・・ごめんなさい」


「まずは部屋に戻ろう、身体も冷えただろう」


 お父さまはすぐに叱らなかった。


「ユーゴ、ご苦労だった、よく見つけてくれた」


「はっ!湖の上空でキリーを発見、その背にアン様が・・・その・・・シーツを被っておりましたのでアン様とすぐに気づかず・・・」


「キリーが?・・・アンを?なぜ?・・・アン、あとでゆっくり話をしないといけないようだ」


 お父さまの声が急に低くなった。


「は・・・ひ」


 お母さまも目を丸くしていた。

 部屋に戻って湯浴みを済ませて、軽く食事を取った。


「お食事がお済になりましたら、お茶室へ来るようにと・・・アレクサンドル様とステファニー様がお待ちなられています」


 そう告げるソフィの顔は目の下に薄っすらと隈が見えた。


「ソフィ・・・心配かけてごめんね」


「そのお言葉はアンジェル様のお父様とお母様に・・・そしてついででかまいませんのでユーゴさんにも・・・」


「ユーゴはついで・・・でいいの?」


「はい、構いません」


 今度はにっこり笑って答えてくれた。


「ありがとう、ソフィ」


「どういたしまして」


 ソフィは答えるとすぐ背を向けてお茶の準備を始めてしまった。珍しく背中がちょっと丸まっていて・・・とても淋しそうに見えた。

アンとキリーの事を書くのはちょっと楽しかったです・・・(〃艸〃)ムフッ。

次回の更新は11月22日「12、ひ弱令嬢、王都に向かって出発」の予定です。

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