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1、辺境伯のひ弱令嬢

初投稿です。

3話まで毎日投稿予定です。

宜しくお願いします。

 エスポワール王国は長きにわたって精霊と龍と人が共に生きる国であったが、魔力の衰えと共に精霊が見えなくなり、今では王族の一部だけが見えると言われている。




♢  ♢  ♢




 やっとお外に出られる。久しぶりのお出かけが・・・嬉しい。

 今日は2番目の兄、ベル兄さまが部屋まで迎えに来てくれたの。

 手をつないで庭まで行って、それから馬車に乗るみたい。ベル兄さまはつないでいな方の手にバスケットを持っている。中身はサンドウィッチと飲み物だって・・・楽しみ。


 庭に行くと、大きな犬がいた。嬉しそうに尻尾をユッサユッサと揺らして、ベル兄さまの近くまで寄ってきた。大きな犬を横目に取り敢えず言ってみた。


「ベル兄さま・・・暑い」


「これからピクニックに行くのだから、暖かくしていないとまた熱がでるよ」


 アンはコートを着て、首にはストールが巻かれている。そして手袋まで・・・侍女のブリジットがあわててやってきて、ベル兄さまを呼び止めた。


「ベルトラン坊ちゃま、アンジェル様に着せ過ぎでございます。今日はお天気も良く、もうすぐ夏の1月でございますから・・・汗をかいてしまいます」


 コートとストール、手袋は不要だと剥ぎ取り、ブリジットの後ろについて来ていた侍女見習のソフィにはベル兄さまが持っているバスケットを持つようにと言っている。


「ストールは帰りに寒ければ羽織らせてくださいませ」と言ってバスケットの横に押し込んだ。


 ベル兄さまはバスケットを見つめ、中のサンドウィッチが潰れないか少し心配しているみたい・・・気にするところはそこではないと思うの。

 取り敢えずコートもストールもなくなり首元がすっきりしてほっとしていたら、ブリジットに日よけ帽子を被せられた。帽子の下から少し出ているミルクティー色の髪がふわりと揺れる。


「じゃぁスッキリしたところで出かけようか」


 ベル兄さまは白いシャツに薄いクリーム色のズボンだけだから、もともとスッキリしているよね?着ている服の色合いが薄いから、赤い髪だけが目立っている。色のセンスはこれでいいのかな?って、ブリジットも思っているかも・・・。だって一瞬ベル兄さまの服を見たもの。

 ブリジットは何も言わず、少し目を細めて「いってらっしゃいませ」と言って見送ってくれたけどね。

 ベル兄さまはアンを抱えて馬車に乗り込み、続いてソフィが乗り込んだ。


「兄さま、今日はどこに連れて行ってくれるの?」


「今日は庭の東側にある丘の上まで行くよ、龍騎士団の訓練があると聞いているから飛んでいるところが見えると思う・・・ノル兄上も参加しているからね」


「丘にいったら、ノル兄さまが見える?」


「どうかな、見えるといいね」


「うん・・・見えるといいなぁ」


「いつもより少し遠くまで行くよ・・・グレースも一緒に乗せようかと思ったけど、狭くなるから走って来てもらうしかないかな」


 あの犬を乗せようとしていたの?

 ブリジットに声もかけず、ソフィも連れずに出かけようとした事を注意されて、困った顔をしたベル兄さまをちょっと思い出した。そう・・・ちょっとだけ・・・。


 窓から外を見ると犬がついて来ている。


「あの大きい犬はグレースと言うのね」


 ベル兄さまも窓からグレースを見て頷いた。


「グレースは元救助犬だから、力もあるし長距離も走れる、そして穏やかで賢いよ」


 ユッサユッサと揺れている尻尾に、つい目が行ってしまう。目の周り、垂れた耳と頭、背中から尻尾まで黒色で毛先だけちょっと癖毛、鼻の周りと胸からお腹、そして足先と尻尾の先は白色、太い足はこげ茶色のモフモフ犬。


「大きいけど、怖くない?」


「グレースは雌の中でも大きくて、体高が1mもある超大型犬だけど、訓練されているからいきなり唸ったり嚙みついたりしないよ」


「グレースのような犬は沢山いるの?」


「いるよ、冬の活動が特に多いと聞いているよ」


「どうして冬が多いの?」


「吹雪のせいだよ、北の大領地の山側には複数の鉱山があって、山道を行き来するからね。冬の山は天候が急に変わるから、吹雪で遭難する危険が高くなるんだ。鉱山までの道の途中に複数の避難小屋が設けられているけど、視界が悪くなるとその小屋にさえ辿り着けなくなる・・・とても危険なんだよ」


「吹雪って怖いね」


「その吹雪が収まっても下山してこない鉱員達を探すために、救助犬と共に捜索隊が出るんだ。人の命がかかっているから救助犬はとても重要なんだよ」


「鉱山のお仕事も、救助犬も大切なのね」


「人も犬も協力して助け合わないとね」


「グレースも頑張ったのね」


 ベル兄さまは頷いていた。吹雪のちょっと怖い話を聞いた後、窓の外を見たら道の脇にはローズが咲いていて、奥の平地の方まで続いていた。

 庭にあるローズがここにも沢山咲いている。


「ローズがいっぱい・・・綺麗」


「父上が母上の為に、西の大領地に行って苗を買い集めたと聞いているよ」


「お父さまはお母さまが大好きだから」


「ふふ、アンにもわかるんだね。父上がローズを持ち帰る時に、苗を増やすにはどうしたらいいのか庭師に尋ねたら、ローズを増すなら苗と一緒に自分も連れて行って欲しいと頼まれたらしいよ」


「今屋敷にいる庭師?」


「そうだよ、父上は喜んでその日のうちに庭師と苗を龍に乗せて帰ってきたらしい・・・」


「その日のうちに・・・」


 お互いちょっと遠い目になったと思う・・・。呆れていたら馬車が止まり、ベル兄さまはアンを抱えて降りてくれた。


「ここから先は歩くよ。馬車が通れる道だけど、今の時期だけ咲く花があるんだよ。ほら、あそこ。ずっと奥まで続いている。あの紫とピンクの花はオルタシアンと言って、雨の季節に満開を迎えるのだけど、雨に濡れたオルタシアンがとても綺麗でね・・・その頃にまた見に来られるといいね」


「オル、タシアン?・・・小さい花がたくさん集まっているけど、1つの大きな花のように見える。ベル兄さまは何でも知っているから凄いね」


 あれ?風も吹いていないのに向こうの花が揺れている。花の影に何かいるのかな?・・・気のせいかな?


「植物図鑑や生き物図鑑が好きでよく読んでいるからね」


「アンも、ずかんが見たい・・・」


「じゃあ、次の休みの日は1階の図書室に行ってみようか?」


「うん!」


 笑って次回の約束をしてくれた。時折、時間ができたと言っては遊びに連れ出してくれるベル兄さまが1番大好き。

 そんな事を考えながら歩いていると、アンのすぐ横にグレースが並んで歩いてくれた。ユッサユッサと嬉しそうに尻尾を振っている。ゆっくり歩くアンより少し先をグレースが歩くと、グレースの尻尾がアンの日よけ防止に当たりずれてしまう、その度に後ろから慌てて帽子を直してくれるソフィは忙しそうだ。


「随分歩いたね、あそこのベンチで少し休憩しよう」


「のどが渇いちゃった」


 早速ベンチに腰掛けると「ベリージュースをどうぞ」とソフィがカップを渡してくれた。

 ベル兄さまはバスケットから袋に入っていた平たい容器を取り出し、水魔法で水を注いでグレースに飲ませている。水を飲んで満足しているグレースを見て、首から胸かけて白い毛が少しクルクルしているモフモフに顔を埋めてみたいと思った。

 程よく冷えていたベリージュースを飲み終え、目の前で大人しくお座りしているグレースの垂れた黒い耳にそっと手を伸ばして、恐る恐る撫でてみたり、喉元のモフモフを触ったりしてみた。大丈夫、これはいける・・・思い切って胸のモフモフに顔を突っ込もうとしたら「さあ、出発しよう」とベル兄さまに言われてしまった。

 えっ?・・・胸のモフモフに顔を埋めることは出来ずガックリと肩が落ちた。そんな事に気づいてもくれないベル兄さまはアンの手を取って、ゆっくり歩き出した。

 ユッサユッサと尻尾を振りながらついてくるグレースに触りたい。


「ううっ・・・モフモフ・・・あの・・・ベル兄さま、グレースはいつもどこにいるの?」


「救助犬の犬舎にいるけど、最近は屋敷裏の庭で走り回っていることも多いかな」


「アンも裏のお庭に、行ってもいい?」


「父上か護衛がついていれば大丈夫だと思うけど」


「わぁーい、お父さまに聞いてみる!」


 またグレースに会える・・・嬉しくて両手を上げて飛び跳ねたら、ソフィがアンの肩にそっと手を置いた。両手を上げたのがダメだったのかな?それとも飛んだのがダメだった?どっちだろう?少し悩みながら歩いていたら、丘の上に着いた。

 ソフィが敷物を敷いてくれたので、アンは足を延ばしてチョコンと座ったけど、帽子を脱いでそのまま後ろに倒れて寝転んでみた。


「ちょっと疲れたけど、風が気持ちいい」


 ベル兄さまが苦笑しながら「大丈夫かい」と聞いてきた。


「あっ!」


 ベル兄さまの問いに返事もせず、飛んでいる何かを見つめた。


「あれが龍?」


 思わずがばっと起き上がってしまった。身体の大きな龍と身体は少し小さいけど翼の大きな龍もいる。その龍の背に人が乗っていた。何体も並んで宙を舞っている。


「ノル兄さまはいる?」


 興奮して声が大きくなってしまった。


「たぶん先頭の翼の大きい風龍がノル兄上の龍だと思うけど、ここからだと人の顔までは見えないね。風龍は体の大きい火龍より飛ぶのが早くてね、ノル兄上の風龍は特に早いらしいよ」


 龍の一団は何度も旋回し飛んでいる。時折、日差しが反射して龍がキラキラしている。光に煌めく龍とその龍の背に乗っている騎士の姿に見とれてしまう。

 少し赤みを帯びたキラキラ龍とうっすら黄色が金色に見えるキラキラの龍・・・きれい。すごい!アンも龍と一緒に空を飛びたい・・・アン・・・絶対龍騎士になる!

 ひ弱な身体の事などすっかり忘れて1人決意をし、右手を拳にして突き上げた。ソフィの両手がアンの拳をそっと包んで降ろされてしまった・・・。

 さっきの肩に手をお置かれたのはアンが両手を思いっきり挙げたからだよね。今回は片手だったけど・・・次回は顔の位置で止めればいいのかも。


「ベル兄さま!ベル兄さまは龍には乗らないの?」


「・・・そうだね」


 ちょっと興奮して聞いてみたけど、ベル兄さまは空を見上げたまま穏やかに答えただけで、目を合わせてくれない。それ以上聞いてはいけないような気がして口をつぐんだ。


 お昼はソフィも一緒に食べようと声をかけたけど、あとで良いと言われてしまった。

ベル兄さまが「今回は一緒に食べよう」って言ったら、ソフィは「ありがとうございます」と言ってやっとうなずいてくれたよ。

 小さくカットされたお肉のサンドウィッチや何かの卵とトマートのサンドウィッチを、お腹がいっぱいになるまで食べた。外で食べるお昼は美味しい。




 ベル兄さまに「アン?」と声をかけられ、目を覚ました。あれ?・・・いつの間にか眠ってしまったらしい。横たわったグレースのモフモフに包まれ、アンのお腹にはブリジットがバスケットに詰め込んだあのストールが掛けられていた。

 グレースの胸のモフモフが目の前にある。嬉しくてモフモフに顔を突っ込み抱き着いた。


「ふふ、ふふふ」


 モフモフが気持ちいい、嬉しくて笑い声が漏れる。


「さあ、そろそろ帰えるよ」


「えっ?」


 もう少しモフモフに・・・。ベル兄さまが来て、グレースから剥がされそのまま抱っこされてしまった。もう少しグレースに埋もれていたかったのに。またがっくりと肩を落とした。


 ベル兄さまは歩くのがとても早かった。あっという間に馬車まで戻り、ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていたら家に着いたよ。

 もうちょっとモフモフしたかった・・・満足した1日だったけど、夜に熱が出たのは・・・いつもの事だからしょうがないよね。

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