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○月□日(妻side)

 夫が怪我をしてきた。

 顔の右頬をザックリ抉る裂傷で、訓練用に刃を潰したファルシオンでやられたそうだ。


「僕が悪かったんだ。ちょっとぼんやりしていて」


 へらっと笑いながら言う夫の顔半分は、大きな絆創膏で覆われている。残り半分も傷のせいで腫れ上がっているので、似非イケメン仕様なのにとても不細工だ。


「いいから黙って。どうせろくでもないことを考えていたんでしょう」

「ろくでもないことなんかじゃないよ! 昨晩のシアを思い出していたんだから……恥ずかしがって真っ赤な顔を両手で隠すのが、可愛かったなって――――」



 ……やっぱりろくでもないことだった。

 私は夫をギロリと睨みつける。


「ポーションで治してもらえなかったの?」


 ポーションは、傷を治してくれる魔法薬だ。低級から上級まで効果は別れるが、たしか中級ポーションならこの程度の裂傷を痕も残さず治してくれるはず。


 夫はちょっと目を泳がせた。


「あ……えっと、訓練中のミスだからね。僕がボーッとしていたせいだもの、隊のポーションなんて使えないよ」


 もっと軽い傷ならば、それもそうかと思えるのだけど。

 無意識に頬を掻こうとした夫は、傷に触ったのだろう痛そうに顔をしかめた。


 それを見た私の胸の内からは、言葉にできないような重い感情がこみ上げてくる。

 怒りとも悲しみとも違う……ううん、そのどちらでもあるような感情に……息苦しい。


 結果、私はかなり不機嫌な表情になってしまったようだ。

 夫がオロオロ慌てだす。


「ご、ごめん、シア! よくわからないけれど、ごめんね。僕が悪かった!」


 私が不機嫌になれば夫が謝るのは、我が家の()()だ。

 いつもはそれでもいいけれど……今の夫は酷い怪我をしている。怪我して帰宅して、妻が不機嫌だからって、わけもわからず謝ることなんてないでしょう。


「なんで謝っているのよ! なにが悪かったのかわかるの?」


「あ、いや、わからないけど……ともかく、僕が悪いんだよ! そうに()()()()()()


 やっぱり、夫の思考はおかしい。

 だけどこの人は、自分のどこがおかしいのか、きっと気づけやしないのだろう。



「……そうね。だったら反省して! 反省文十枚書かなきゃ許してあげないから」


 まあ、私もたいがいおかしいのかもしれないけれど。


 夫は、目に見えて狼狽えた。なにが悪かったのかもわからずに反省文十枚は、さすがに無理だと思ったみたい。


「あ、あの……その、なんで怒っているのかだけでも教えてもらってもいいかな? ……まさかこの顔のせいじゃないよね? 今の僕、我ながらそこそこの不細工顔だって思うんだけど?」


 イケメン嫌いの私が夫に冷たくあたるのは、彼が似非イケメンのとき限定だ。だからこそ、傷で不細工顔になった夫は、私が怒っている理由に思い至れない。




 ――――本当に、バカなんだから。

 私は、大きなため息をついた。


「……私、自分を()()にできない人が嫌いなの」


 自分の心を見つめながら、言葉を探す。


「シア――――」

「自分が痛い目に遭ったのに、それを気にもかけない人も嫌いよ」

「そんな! シア、僕は――――」

「それに……自分を()()にする人も、大っ嫌いだわ」


「……え?」


 話していれば……自分でも思ってもいなかった言葉が口をついた。

 なんで? と思うけど、一度心から溢れた言葉は、止まらない。



「自分を()にだとか……バカだとしか思えないもの! そんな危険を冒すから、私までとばっちりを食うんじゃない。自分を大切にできない人は、自分の近くの人も大切にできないのよ。……本当、バカで自己中心的で……自惚れ屋でナルシストで……嫌いよ! 嫌い! 嫌いっ! 大っ嫌い!」



 気づけば私は、大声で叫んでいた。

 夫は……呆然としている。



「シア……『私』は――――」



 なにかを話したそうにしていたけれど、私は自分を落ち着かせるので精一杯。胸に手を当て、深呼吸を繰り返し、荒ぶった気持ちを鎮める。


 ……うん。私は大丈夫。

 今の私はシアで、アレスの妻だもの。



「――――ということで、反省文十枚きちんと書いてもらいますからね。……あと、その傷が治るまでは、キスもそれ以上も禁止だから!」


 落ち着いた私は、無慈悲に夫に言い渡した。


「えぇぇっ!」


 夫は驚愕の声を上げる。


「なんで?」

「なんでもなにもないわよ。その口でキスなんてしたら、痛いに決まっているでしょう?」


 顔全体が腫れ上がっている夫の唇は、当然膨れている。おそらく口の中も同じに違いない。


「痛くない! 痛くないよ!」

「嘘おっしゃい。……傷が全部消えるまでは、一切接触させませんからね。……まあ、そこまで酷い傷がポーションなしに綺麗になるかどうかは知らないけれど」


 ビシッと両手を突き出し、拒絶を伝えれば、夫はその場で膝から崩れ落ちた。


 やがて――――。



「……治してくる。……王城でポーション飲んで治してくる」


 そんなことを言いだす。


「あら? 訓練の自己責任だからポーションは使わせてくれないんじゃなかったの?」


「……そ、それはそうだけど。……なんとかする! 絶対なんとかして治すから!」


 拳を握り締め、宣言した。


 だったら、最初からそうしてもらえばよかったのに。


「ふ~ん、そう。……でも、傷は治っても反省文十枚は書いてもらいますからね」


 そこは譲るつもりはない。


「か、書くよ、反省文。十枚でも百枚でも!」

「へぇ~、百枚?」

「あ、ごめん! 今のなし! 十枚でお願いします!」


 夫はペコペコ頭を下げた。


「わかったわ。十枚にしてあげる。……だからさっさとお城に行って、ポーションを飲んできなさい!」


「はいっ!」


 夫は、すっ飛んで家から出て行った。




 ――――アレスには、まず自分を大切にすることから教えこまなくちゃならないみたいだわ。

 まったく、困った人なんだから。


 手のかかる夫に、ため息が出てしまう。



 なお、提出された反省文十枚中九枚は『ごめんなさい』という文字が、隅から隅までびっちり書きこまれたものだった。


 私が再提出を命じたのは、当然のことだと思っている。


ファルシオンというのは、肉切り包丁みたいな刀剣です。

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