○月◇日(夫side)
○月◇日
今朝のシアも最高だった。
もちろん、いつだってシアが最高じゃないことなんてないけどね。
最近シアが朝食のときに笑ってくれるんだ。
まあ、理由は僕がシャワーを浴びるタイミングを朝食後にしたからなんだけど。
イケメンの僕と食事をするとシアが不機嫌になることは、前々からわかっていたけれど、まさか味までしなくなっているだなんて、思わなかった。
僕は、どんなに冷たくされても平気だけど、シアが美味しくたべられないのは絶対ダメだ。
だから僕は、寝起きの不細工顔のまま歯だけみがいて朝食をとることにしたのさ。そしたら、食事のときにシアの笑顔が増えて……僕は、毎朝幸せで悶え死にそうになっている。
ただ困るのは、あんまりシアの笑顔が可愛すぎて、不細工になる魔法が解けてしまいそうになること。
……ああ、もういっそ顔を焼いてしまおうかな?
ふた目と見られない火傷の痕が残ったら、きっともうイケメンなんて誰にも言われなくなるに違いない。
王太子の『私』は葬り去ったから、次は『イケメンな僕』を消す番じゃないかな?
……ただ、そうすると優しいシアは悲しむかもしれない。
シアの心を曇らせるのは嫌だな。
顔を焼くのは、もう少し考えてからにしよう。
その前に、切傷や裂創、刺創なんかで徐々にこの顔を傷つけていくのは、ありかもしれない。
今度ちょっと試してみようかな?
近衛の訓練で傷ついたって言えば、シアもそれほど心配しないかもしれないし、「ホントに情けない人ね」って、呆れてくれたら大成功だ。
――――いろいろ考えながら登城し、王太子の執務室に向かっていれば、廊下の奥から国王と護衛の騎士が歩いてくるのが見えた。
僕は即座に壁際に移動し、頭を下げる。
国王は、チラリと視線を向けてきただけで、表情も変えず足を止めることなく立ち去った。
うん。城の近衛騎士に対する態度としては、ごく普通だ。
油断するとすぐに馬脚をあらわしそうになる王太子には、見習ってほしい態度である。
――――『父』は、『私』が廃籍されたいと言ったときに、比較的早く許してくれた人物だった。もちろん反対はされたのだが、『私』の意志が変わらないと見ると、あっさり「わかった」と頷いてくれたのだ。
『私』の「廃王太子され王籍を抜けられないのであれば、持てる力のすべてを使ってこの国を滅ぼしてやる」という脅しも、すぐに信じてくれた。
まあ、その理由は、思いもよらなかったものなんだけど。
「――――お前が生まれたときに『神託』があったのだ」
父は、遠い目をしてそう話はじめた。
「神託は、いずれ今日のような日がくることを予言すると同時に、その際に我らが選択を間違えないよう警告するものだった」
その神託の内容によれば――――あらたに王家に生まれた赤子、すなわち『私』の未来には、三つの道があるのだそうだった。
ひとつは、賢王への道。
類い希な名君となり、国を富ませ民に幸福をもたらし、繁栄させるだろう未来だ。
――――同時に、この道を歩む『私』には、喜びも悲しみも感じることができないらしい。どれほどの栄華を極めようとも、『私』はそのことに心を動かすことはなく、ただ淡々と生きて死ぬのみだという。
ふたつ目は、魔王への道。
この国のみならずすべての世界を滅ぼし、人々を恐怖と嘆きのどん底に落とすという最悪の道らしい。
――――この道の『私』にあるのは、絶望と悲しみのみ。苦しみ続けた果てに狂気に落ち、世界を道連れにして破滅するという壮絶な末路が待っている。
そして、最後の道は平凡な道だった。
偉業をなすことも歴史に名を残すこともなく、凡百の人間として普通に生きて普通に死ぬ。
――――そして、この道の『私』のみが幸せを知ることができると神託は告げた。日々喜びを感じ、笑顔を絶やさず生きていけるのだ。渇望していた『至宝』を手に入れ、守り慈しみ、充足した生を送るのだという。
「何事もなければ、赤子は賢王の道を進むという。……しかし、赤子が己の『至宝』を見つければ、たちまち賢王の道は消え失せ、魔王への道と平凡な道が残る。どちらを選ぶかは、我らの選択次第だが、ゆめゆめ誤ることなかれ――――と。それが、神託の全容だ」
そこまで語った『父』は、唐突にその場にいた全員に頭を下げた。
「――――陛下っ!?」
驚く周囲に向けて、そのままの姿勢で声をだす。
「アレクサンダーが、廃王太子を望むということは、おそらくひとつ目の道は、既に消えたのだろう。――――私は、王としてアレクサンダーにふたつ目の道を選ばせるわけにはいかぬ。だから、残るは三つ目の道だけだ。……そして、そのことを抜きにしても、子を持つ親として、私は我が子に幸せになってほしいと願う! ……頼む、アレクサンダーにただ人としての道を選ばせてやってくれ。……このとおりだ」
――――どうやら『私』は、思いの外『父』に愛されていたらしい。それがわかった瞬間だった。
今後、ちょっとくらいなら親孝行してあげてもいいかな? と思う。
まあ、だからといって、シア以上に優先するつもりはないけれど。
それにしても、この世界の神はなかなかいい神託をしてくれたよね。前世では、どれほど祈っても、神は愛する人を生かしてくれなかったから、『私』は神など信じていなかったけど……今の僕は幸せだから、少しくらいなら信じてやってもいいかな?
まあ、神も『私』に世界を滅亡させられたくないから予防線を張っただけって可能性も捨てきれないけど。
父にしても神にしても、僕の中での優先順位はものすごく低い。
一位から百位くらいまで、ずっとシアオンリーだから!
シアのためならば、神託なんて関係なく、きっと僕はどんな道だって拓けるに違いない!
心からそう思えるんだ。
ああ、まだ登城したばっかりだけど、もうシアに会いたいや。
でも、きちんと仕事をしてない人は嫌いだってシアが言うから、我慢、我慢。
――――平々凡々で幸せな道。
僕は、今日もその道を満足しながら歩いている。
安定してヤバい人の夫です。