○月△日(妻side 3/3ページ)
きっとこのときの感情が大きすぎたのだろう。
新たな生を受けた私は、前世の記憶をそっくりそのまま受け継いでしまった。
困ったのは、前世で婚約者の綺麗な顔を嫌いになりすぎたため、イケメンに拒否反応がでるようになったこと。
ある一定以上の整った顔を見ると、心がスーッと冷え切って塩対応になってしまうのだ。
幸いだったのは、新しい人生の父と兄弟がフツメンだったことだろうか。
後に私の酷いイケメン嫌いを知った父たちは、私に好かれていることに複雑そうな顔をしていたけれど。
もちろん私はこのことを、アレスにきちんと説明した。
――――アレスとの出会いは、街の中。
普通に歩いていたら、突然呼び止められたのだ。
「君っ! ……あ、突然すみません! 僕は近衛騎士のアレスといいます。あなたに一目惚れしました! 僕と結婚してください!」
初対面で、これである。
大声で一方的に叫ばれて、混乱するなと言われても無理がある。
周囲はびっくり仰天。なんだなんだと視線が集まってくる。
一方、相手の顔を見た私の心は……急速に冷えた。冷えすぎて無表情になったくらい。
だって、このときのアレスは、ものすごいイケメンだったから。
「お断りします」
間髪入れず断った。
「ええ! なんで?」
「なんでもなにも、受けてもらえると思うあなたの方がおかしいですよね?」
突然見ず知らずの人間にプロポーズされて、OKできる人間などいないだろう。
「そ、それはそうだけど……少しは考えるとか……ないの?」
「ありません。私は綺麗な顔の人が、嫌いなので」
私がそう言った途端、アレスは酷く傷ついた顔をした。――――プロポーズして断られたのだから、傷つくのは当然なのかもしれない。
その後、少し考えはじめた。
動きが止まったアレスを見て、今がチャンスと思った私は、彼からススッと離れる。
しかし離れきる前に、気がついたアレスが私の進行方向に回りこんできた。
「それなら心配いりません! 僕、似非イケメンなので!」
「……似非」
思わず絶句した私は悪くない。そんなこと自己申告する人いないだろう。
「さっき言ったでしょう? 僕は近衛騎士なんです。だから勤務中は、顔を作っているんです! 実際の僕はものすごく不細工なんですよ! だから結婚してください!」
……いや、そう言われても。
どう反応していいものかわからずに黙っていれば、アレスはズズイッと近づいてくる。
「不細工なら問題ないですよね!」
「……ありまくりだと思います」
「ええっ! どうして?」
どうして? なんて、私が言いたい。
もう、この人、どうしよう?
――――この後、私とアレスはかなり言い合いをした。
しかし、どんなに私が断っても彼は引き下がらない。
「僕が似非イケメンだと信じられないんですか? ……わかりました。だったら明日この時間にこの場所で、もう一度会いましょう! 明日なら僕は非番なので、似非イケメンぶりを十分に発揮できると思います!」
……だから、どうしてそうなるの?
一方的に約束を取りつけて、その日彼は去っていった。
――――私が、翌日家から一歩も出かけなかったことは、言うまでもない。
誰があんな話の通じない人に、会おうとするだろう。
イケメン、似非イケメン以前に、彼はおかしい。
私と結婚することに必死すぎるし、しかもその理由が一目惚れだなんて、信じられるはずもない。
別に名乗ったわけでもなかったので、これで縁が切れると思ったのに……その日の夕方、彼は我が家を訪ねてきた。
「もうっ、どうして来てくれなかったんですか? ……まあ、いいです。どうです? 僕は、似非イケメンでしょう!」
いったいどうやって我が家を知ったのだろう?
驚き呆れ果てた私だが――――再会した彼は、たしかに似非イケメンだった。
昨日のくっきりとした目はどこにやったのかと思うような細目に、ぼさぼさの髪。肌は荒れていて頬もポテっとたるんでいる。
美しかった昨日の顔とどことなく似ている分、なおさら残念感が倍増していた。
「……たしかに」
私は頷かざるを得ない。
「そうでしょう! そうでしょう! これで結婚できますね!」
彼は、不細工なりに花が咲いたようにパーッと笑った。
「いや、無理だから」
「ええっ! なんでですか?」
今度は、クテっと萎れていく。
私は思わず笑ってしまった。
あまりに無茶苦茶な人だけど、一生懸命さだけは伝わってきたからだ。
そして、これが敗因だったのだろう。
この半年後、どんなに断っても諦めず、押しに押しに押してきたアレスの熱意に負けて、私は彼と結婚してしまったのだ。
「でも、私のイケメン嫌いは変わりませんからね。たとえそれが作られた顔でも、あなたがイケメンに見えるときは、私は冷たくなります。……それに耐えられなくなったなら、どうぞ離婚してください」
「そんなこと絶対しないよ! 君がどんなに僕を嫌っても、僕が離れることはない。……君を一生愛していく」
似非イケメンの顔で真面目に言われたその言葉が、思いの外カッコよくて、スンとなってしまったのは、仕方ないことだと思う。
「ごめん! ごめん! もうカッコいいことなんて言わないから、僕を捨てないで!」
泣きながら縋ってくる姿は、紛う事なき似非イケメンだ。
そんなアレスを可愛いと思う私は、心底イケメンが嫌いなんだと思う。
でも、いったいどうして、彼はこんな私を好きなのだろう?
理由はわからないけれど、冷たくされても一途に私を慕ってくれるアレスを、私も好きになってきている。
だったらいいかと思った。
とりあえず、今日も私は幸せだ。