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○月△日(妻side 2/3ページ)

前世はシリアスです。

 前世の私は、とある国の公爵令嬢だった。

 婚約者は、同じ国の王太子。

 頭脳明晰、才気煥発な彼は、とてつもなく美しい人だった。どんなことも完璧にこなし、不可能などないかのような超人っぷり。


 私は、そんな婚約者がほんの少し苦手だった。

 もちろん彼に非などありはしない。婚約者としていつでも丁重に接してくれたし、折々の贈り物も欠かさず、エスコートも洗練されていた。

 不満と言えば、あまりに完璧すぎて人間味がないかな? と感じるくらい。

 それがとてつもなく贅沢な悩みだってことを、当時の私は重々わかっていた。だから、不満などひとつもこぼさずに、彼に相応しい婚約者となるべく努力していたのだ。


 ……しかし、そんな私の努力にかかわらず、私を妬む人はたくさんいる。

 特に貴族令嬢は、高位低位関係なくほぼほぼ全員から嫉妬を受けた。私を対象にした呪詛や嫌がらせが日常茶飯事というくらいに。

 ここまで負の感情を浴びせられたら、その元凶となっている婚約者を多少疎うくらい許されると思う。


 特に、私と婚約者が揃って学園に入学したあたりから、私への嫌がらせはひどくなっていった。

 そんな中、最悪の事態が起こる。

 なんと、あの完璧な王太子が、私よりずっと身分の低い男爵令嬢と恋におちたのだ。

 おかげで私の立場は、王太子の婚約者から彼の恋路の邪魔者へとあっという間に転落した。


 ……最初はとても信じられなかった。

 王太子が私を愛していたとか思っていたわけじゃない。彼のように利に聡い人間が、自分の不利にしかならない者に心を寄せるなんて、とてもじゃないけど考えられなかったのだ。


 しかし、婚約者と男爵令嬢の恋の噂は毎日のように私の耳に入り、ついにはふたりが人目を忍んで逢瀬をしている現場を、目撃するに至る。

 人気のない学園の裏庭で、私にはついぞ見せたことのない無防備な笑顔を浮かべる婚約者は、やはりとても美しかった。


 チクリと胸に痛みが走り、そこではじめて私は、苦手だと思っていた婚約者に多少なりとも好意を抱いていたのだと自覚する。

 あまりに滑稽すぎる恋心に、思わず苦笑が漏れた。


 逃げるようにその場を立ち去った私だが、この期に及んで婚約者の恋路を邪魔するつもりなど毛頭ない。粛々と婚約解消を受け入れるつもりでいたのだけれど……なぜかその知らせはいつまで経ってもこなかった。

 結果として、婚約者のままでいたのだが、それが周囲の誤解を招いたようだ。

 いつの間にか私は、嫉妬から男爵令嬢を虐げ、婚約者の真実の恋を妨げる悪役令嬢と呼ばれていた。

 もちろんそんなことは、事実無根の言いがかりだ。


 しかし――――。


「――――私はどんな目に遭ってもかまいません! でも、お願いだから、王太子さまを解放してあげてください!」


 ある日突然、私は男爵令嬢本人から声高に責められた。

 放課後の教室に突如響いた大声に、帰り支度をしていた同級生たちが何事かと注目する。

 その場には、公務で早退した王太子を除き、ほとんどの同級生がいた。

 私を非難するように睨みつけてくる男爵令嬢に、私は困惑を隠せない。


「急にそんなことを言われても……婚約を解消する権利は、私にはありませんよ」


 王家と結んだ婚約に、公爵令嬢がもの申すことなどできるはずもない。

 しかし、少し考えればすぐにわかるはずのことが、男爵令嬢にはわからなかった。


「そんなことを言って……どこまで彼を苦しめれば気が済むの!」

「……え? 殿下は苦しんでいらっしゃるのですか?」


 それは、驚いた。そんな風にはまったく見えなかったから。


「ひどい! そんな他人事みたいに言うなんて!」

「そうは言われても……正直、王太子殿下が私などに苦しめられることなど、あるとは思えないのですが?」


 私は本気でそう思っていた。不思議そうに首を傾げたのだが、どうもこの仕草が男爵令嬢の癇にさわったらしい。


「そうやってお高くとまって! ……あなたさえいなければ、彼はとっくに私のモノなのに!」


 気がつけば、私は彼女に力一杯突き飛ばされていた。


 私たちがいたところは窓際で、今日は快晴。

 窓は大きく開いていて、遮る物のない空間に上半身を突き飛ばされた私は……そのまま落ちてしまった。


 私たちの教室は、三階だ。私がどうなったかなんて、子どもでもわかるだろう。



 ――――ものすごく痛かったことは、覚えている。



 しかも、最悪なことに即死できなかった私は、その後一週間生死の境を彷徨(さまよ)った。

 これで命が助かったのならまだ我慢のしようもあったのだが、最終的に死んだ私にとって、この一週間は単に苦しみが長引いただけ。


 文字どおり死にそうな痛みの中で、聞こえてきたのは、未だかつて聞いたこともないような婚約者の悲痛な声だった。


「嫌だっ! 頼む、目を開けてくれ!! ……こんなこと……嘘だ! 嘘だ! 嘘だっ!!」


 いったいなにが嘘だと言うのだろう?

 痛くて苦しくて仕方ないから、大声をださないでほしいのに。


 それでも、婚約者の慟哭(どうこく)は止むことがなかった。


 その声をつなぎ合わせれば、真実が見えてくる。


 ――――男爵令嬢と恋におちたと思われていた婚約者だが、どうやらそれはお芝居だったらしい。

 なんでも男爵令嬢は、禁呪である魅了の魔法を使う犯罪組織の一員で、彼はその組織を一網打尽にするために、彼女に接触していたようだ。

 魅了が中途半端に効いているふりをして焦りや不安を煽り、失態を犯したところで組織ごと捕まえる予定だったという。

 しかし、自分の思い通りにならない事態に混乱した男爵令嬢は、その原因が私にあると思いこみ暴走してしまった。

 それが、今回の事件の原因だ。


「決して君に害を及ぼすつもりじゃなかった! 余計な心配をかけたくなくて、醜い陰謀を企む私を見せたくなくて、君には言わないでいたのに……まさか、こんなことになるなんて!」


 泣き叫ぶ婚約者の声は――――心底うっとうしい。


 なにが「余計な心配をかけたくなかった」だ。きちんと説明してくれていたのなら、私だってもう少し気をつけようがあったのに。

 ……なにより、婚約者の心変わりに傷ついて悲しむことも、いわれない誹謗中傷に心を疲弊させることもなかったのだ!


「愛していたんだ! 君を誰より愛していた! 君には、いつも綺麗な場所で笑っていてほしかったんだ……なのに……君のいない世界なんて耐えられない! 頼む、目を開けてくれ!」


 ……もう、なにもかも遅い。

 今さら愛の言葉をもらったって……少しも嬉しくなかった。


 ――――あなたの独りよがりの行動で、私はこんなに苦しいのだもの。


 徐々に下がる体温に比例して、私の心も冷えていった。


「逝かないでくれ! 頼む、目を開けて、もう一度私を見て!」


 あなたの綺麗な顔なんて、金輪際見たくない。

 あなただけじゃない。誰のものであろうとも、あなたを思い出させるような整った顔も、ごめんだわ。


 …………嫌いよ、嫌い! 大嫌いっ!


 私の前から、消えて!


 ……あなたが消えないのなら、私の方が消えてやる!





 こうして私は、婚約者を憎み呪いながら死んだのだった。


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