特別な眼鏡ができるまで
●商店街/ぎんぶち眼鏡店
「学校生活は楽しいかい?」
「……その……まぁまぁ……ですかね……」
ふとした質問。ただの世間話ではあるがその反応見るにあまり触ってほしくない話題なのだろうか。
眼鏡屋の店主は、追及せず作業に戻る。
資金調達した芽島卯月。
レンズ交換する代金を払い、手持無沙汰に店内を徘徊していた。
色とりどりの眼鏡フレームや一部ショーケース閉まった銀時計などが、点々と飾らている。
あまり仕入れてもいないのだろう。他の店舗と比べると、多い品ぞろえではない。
しかしどの商品や棚には汚れや埃もなく、まるで新品の状態で時計が止まったかのような佇まい。
丁寧で繊細な、店主の心配りが伺えた。
「結構、うるさいんですね……眼鏡づくりって」
そうだね、と店主が騒音の中、答える。
店内奥の工房から、けたたましい機械音が響く。ドリル音のような、歯医者の苦手な音というか。何かを削るそれだ。
「ああ、今は機械で作るからね。右のレンズを削ってるんだよ」
「へぇ」
卯月自身、眼鏡に興味がない。修繕を依頼している”邪眼殺し”(メガネ)も、所詮は道具。
それを通して、度も必要ないしおしゃれをしたいとも思わない。
彼のユニークな魔眼を常時、封じておける性能があればいいのだ。
「――こっちで見てみるかい?」
どうやら無意識に、身体を乗り出していたらしい。
カウンターから工房を覗いていると、奥からひょっこり出てきた店主と目が合う。
はい、と誘われるがままカウンターを横切り、開放されっぱなしの扉を通る。
こじんまりとした2畳ほどの空間に半分くらいを占める、レンズを削るための加工機。
小さなテーブルには、ドライバーやニッパーといった工具の数々が連なっている。
うなる機械とテーブルの間、歯車のような部品がついた道具などもある。
少しアンモニア臭が漂い、鼻孔を刺激してくる。
が、視界を埋める新しい刺激に、大した嫌悪を示さなかった。
「ほら、ちょうど右が終わったよ」
と、皺を刻んだ右手で加工機を指す。
暴れていた機械は静まり、小さなランプだけ点滅している。
「これが右レンズ。あとは面取りして、フレームに入れる」
「……面取りって?」
「今、このフレームに適した大きさにレンズを削ってくれたけど。レンズの端、コバはまだ尖ったままなんだよ。ほら、包丁とか刃物を研いだみたいな感じかな。その部分を手作業で落とすんだ」
レンズから、ゴムで粘着していたレンズ抑えを軽快にとる。そして、レンズをガーゼで拭きながら側面を卯月に掲げてきた。
「どうかな、レンズの表と裏が尖っているでしょ? このままだと、使う人がレンズの汚れ拭いたり、軽く触ったりする時に手が傷ついちゃうんだ」
照明に反射したレンズの輪郭。うっすらだが、長方形の角がたっているようにも見える。
「この部分を、この面取り機で削る。レンズは丸いから、回して、表と裏。両面をしっかり角を落とす」
言葉でいうや否や、面取り機を動かしてレンズを回す。
ここで手作業であることも驚いたが、なによりその所作の手早さに感銘を抱いた。
たった数秒の職人技。両手で持ったレンズを、流れるように一回転させる。耳障りいい擦れた音がしたと思ったら、レンズを裏返し片面も工程を辿る。
「それで、このレンズを正しい方向や角度でフレームにはめていく」
と、砥石カスがついたレンズをガーゼで拭き、卯月のメタルフレームに手が伸ばした。
ネジが外れていた右側に、レンズをあてネジをしめる。たったそれだけの工程も、無駄なく流麗だ。
コト、と片眼だけ輝くフレームをテーブルに置く。
「右はこれで終了。同じように左も加工機、面取り機を使うだけ。どう、簡単でしょ?」
少し、皮肉も込められているのだろうか。機械は使えども、眼鏡づくりとはここまで単純なのかと。
「……そう、ですね……簡単です」
と、オウム返しをしてしまう。単純に言葉を失いかけていたからだ。
――きっと、”邪眼殺し”の能力はレンズにあるんだ。
そう、レンズが特別。
卯月の特別な異能を封じるため、この透明なレンズが特別なのだ。
それを削るための機械はいかにも平凡で、作業も単純。
特別なことなど、一切していない――ようにも見える。
――おそらく、このレンズは異能者が作成したに違いない。それを店主は仕入れているだけなんだ。
予想以上に動揺する卯月。
彼を尻目に、眼鏡屋の店主は左レンズも同じように説明し始めた。
眼鏡ができるまで、たった20分ほどの出来事だった。