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モノトーンの視界に映える黒

●商店街/ぎんぶち眼鏡店


 かつてはそこも、活気に満ちた鮮やかな商店街だった。

 朝には隣人と顔を合わし、世間話をしながら開店準備をこなす。

 続いて、常連の主婦達に井戸端会議の場を設けて賑わいが増す。

 正午すぎから午後にかけては、商売に精を出す。

 そして、陽が沈む前に群がってくる客を相手に当日の在庫をうっぱらっていく。

 

 生鮮商店は午後が戦争のような反面。

 雑貨商店の仕事はあまりふってこない。客の入店待ちだ。


 とある眼鏡屋の店主もその1人。

 はす向かいの金物屋と、数軒先にある玩具屋の幼馴染達とよく一緒にいたものだ。

 

 ぎんぶち眼鏡店の向かいに建つ喫茶店。そこに入り浸る、店主3人の男達。

 いつもの窓際のテーブルに座り、白いタバコや琥珀色のコーヒー片手に。

 灰色の新聞を読み賭博を持ち込んだり、木目色の将棋をさしてみたり。


 眼鏡店に紺色のサラリーマンが入ると、抜けるは眼鏡屋の店主。

 喫茶店に子供達が黄色い声でせがみに来ると、玩具屋の店主が席を立つ。

 赤鬼の形相で窓越しに睨みつけてくるは、金物屋の奥さん。

 

 今さらながら、仕事をサボるにしても自分達の店でやればいいものを。

 苦笑する眼鏡屋。頬の笑いジワがさらに深くなる。

 

「…………だが、そろそろ潮時か……」

 

 と、何度も漏らしたことのある諦観が頭をよぎる。

 カウンターに備えた腰掛け椅子へゆっくりと背中を預ける。


 あれから30年ほど経ったか。

 時代は移り変わり、繁盛していた商店街の客足は遠のいていった。

 

 今では10店舗以上あった商店の連なりも、2店舗の営業を残すのみ。

 彼の営む眼鏡店と、少し先の居酒屋。


 だが、そんな彼も今年で64歳。

 確かあちらの居酒屋女将も50歳は過ぎていたか。


 どちらの看板も、四辺が欠けて薄汚れている。色彩がない。

 店頭に出した『メガネ・時計メンテナンス承ります』という電光看板。

 その白色のライトが刹那点滅している。

 

 居酒屋など、夜は店内をうっすらとオレンジ色の明かりが灯る。

 しかし、昼間は寂れてたそれで暗く閉ざされている。


 ほとんど白と黒の世界。

 それらは、まるで店主の現状を表現しているかのようだ。


 メガネ屋の店主自身、来客を待ちながら、談笑にふけった仲間達はもういない。

 連れ添った妻は3年前にこの世を旅立った。

 

 それから、どうやって過ごしてきたか、あまり覚えていない。

 生活というものに味気がなかったのだ。


 最近の楽しみといえば、そうだな。

 仕事関係での仕入れ業者との、他愛ない会話と晩酌だろうか。

 女将の居酒屋で、慣れ親しんだ友人と、色あせた記憶をたどることが月1の楽しみ。


 あと加えるなら、客としてくる地元の人間との触れ合いだろうか。

 まぁそれは自治会の老人が自身のメガネを調整メンテナンスしに来る。

 もしくは、その孫が初めてメガネを作りにくるくらいか。


「…………今日は早仕舞いか……」


 彼とは違い働き者の柱時計、その針は午後14時を回るところ。


 一応、店頭で告知している営業時間は午後17時。

 だが、今日は1客も店の扉を開ける者はいなかった。


 正直、こんなくたびれた眼鏡店に1日1客くれば良い方だが。

 この際、何をいっても仕方ない。来ない時は来ないものだ。


「……………………」


 終始足腰が重たいが、店を開けるのも閉めるのも彼1人。

 自分自身が動かなければ、何も始まらない。いや、億劫なことこの上ない。


 よし立ち上がろう、とため息まじりに両足に体重をかけた瞬間――


「すみません」


 と、老人の目には眩しいくらいの真新しい黒。

 カラスの濡れ羽色をした学生服を、妙に着崩した男子生徒が店の入り口に佇んでいたのだった。

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