奔る”ヒカリ”と疼く”ジブン”
●中学校/教室
――ああ、まだ3時間目か。
そんな内心が、脳内の痛みと共に溶け合っていく。
おそらくこれは”邪眼”の暴走が近い、そんな予兆だ。
今、芽島卯月が苛まれていることを言葉にするならば。
頭部に、打楽器のごとく重たいドラム音。
血流は電流と化し、1秒ごとにコメカミを圧迫感が半端ない。
そして眼球の裏側、その神経を1本1本丁寧に鋭利な刃物で削られるような錯覚。
予兆があったのは1時間目の頃から。
次第に激痛の波が大きくなり、収まる気配もない。
「おーい、芽島ぁー。お前、ずっとうずくまってるけど、体調悪いの?」
と、首元からの耳障りな声。素っ頓狂で、気楽なそれ。
卯月の後ろの席に座る、学友の男子生徒。
「おーい!」
と、椅子の背もたれをガタガタと揺らしてくる。
こちらの心配をしているのか、していないのか。よくわからない。
卯月、少し喉を鳴らしつつ、頭の位置を変える。
暗に構ってほしくないのだが、学友の嫌がらせは止む気配がなかった。
――こちとら頭が割れるように痛んだ、ほっといてくれ。
鼓動ともに襲ってくる頭痛が、そんな言葉を飲み込ませる。
とにかく、痛い。頭が痛すぎて、何もかも投げ出したくなる。
あまつさえ、後ろの席のよしみとはいえその阿呆な脳みそを勝ち割りたいくらいに。
「やめなよ。卯月君、嫌がってるよ?」
ありがとう、隣の席のよしみ。
母性に溢れる女子の声に、感謝の想い。
「大丈夫? 保健室でも行く?」
「………ありがと……………でも、大丈夫……」
うずくまりながらも、言葉と手のひらを横に振り態度を示す。
”邪眼”は投薬や安静では回復しない。
むしろ早退して帰路についても、結果は同じ。
痛いものは痛いのだ。焼石に水だろう。
行くのは、自宅でも保健室でもない。
あそこで、”邪眼殺し”(メガネ)を直してもらわない限りは――
始業チャイムが鳴る直前に、数学教師が現れる。
「きりーつ、れいっ!」
卯月、重たい頭部が勢いあまって深い会釈になりつつも。
渋々と、薄目で黒板の板書に励んでいく。
個人的には、ずっと顔をうつ伏せで暴走に耐えていたい。
しかし教師とは難儀なもので授業中にサボっている生徒は見過ごせない職業だ。
「んで、ここの公式をこうしてっと」
安息を求める卯月を、目の前の数学教師が見逃してくれるとは思わない。
町の平和を守っているヒーローに対してひどい待遇ではある。
が、そう愚痴っても始まらないのも事実だろう。
やっぱり早退しておけばよかったか。
この時間だけでも負荷がかからないように乗りきろう――と思った矢先。
「――っ!」
左目からの苦痛に、表情が歪む。
窓を流し見る卯月。
そこから眺める運動場、その中央で立っている体育教師の腕から逆光が届く。
腕時計だろうか。
不意の白い光が、卯月の網膜を焼きつける。
とても不快で、針のむしろのそれ。
――いや、それ以上か。
昨日、戦闘で傷ついた”邪眼殺し”(ダテメガネ)。
特に左側のレンズに、細い蛇のような亀裂が入っている。
その白い蛇が、逆光をさらに歪めて映し、光を槍に変えている。
そして光の針もとい槍が、眼球の奥に無作為に刺さっていくのがわかる。
正直、しんどい。しんどすぎる。
表から、白い蛇が暴れ。
内から、”邪眼”の暴走が破裂しかかっている。
これを、絶不調といわずして、どう表現すべきか。
梅雨明けたばかりの陽光に焼かれ、自らの”邪眼”に飲み込まれる前に。
早く手を打たないと――うん、給食の前に早退しよう。
卯月は左の両まぶたを強く握り閉めた。