無くしたキーホルダーの行方
「あ、あれー?」
私……こと、狭川千波。
実のところ、ちょっとしたトラブルに陥っていた。
「……たく、どうしたんだ?千波」
前を歩いていた、彼の洵が立ち止まって聞いた。
「あ、あのね。カバンに付けていたカエルのキーホルダー……何処かに落としちゃったみたいで」
『カエルのキーホルダー』。
私が友達に貰ったキーホルダー。
ちょっと気に入っていたのに、デート中に落としてしまったみたいだ。
「さっき行った雑貨屋に落ちていないか、見てみようか」
洵の言う通りに、数分前に立ち寄った雑貨屋に戻った。
▪▪▪
再び、店内に入って探す。
「……あの、どうかなさいました?」
店員さんが話しかけてきた。
「彼女が、カエルのキーホルダーを落としたと言っているんです。もしかしたら、ここで落としたかもしれなくて」
洵がそう言う。
「落とし物が無いか、確認してきますね」
そう店員さんが返すと、事務所の部屋へ入っていった。
数分後、店員さんが戻ってきた。
「落とし物の申し出はなかったですね」
「そうですか……」
これ以上は無理だと悟り、雑貨屋を出た。
「どうする?千波」
「べ……別に大丈夫だよ。小さなキーホルダーだったし、遠い昔に貰ったものだから……」
洵は、私の方をまじまじと見る。
「……そうか。なら、デート再開っつー話で」
そう洵が言うと、手を繋いできた。
その手を繋ぎ、歩き始めた。
▪▪▪
夕食を食べ、一人住まいのアパートへ帰ってきた。
「……はあ」
カバンを机に起き、私はベットに横たわった。
(疲れたわね……)
そう思ったとき、枕に違和感を覚える。
(……!?)
私は飛び起きて枕を手に持った。
そこには、落とした筈のキーホルダーがあったのだ。
私は、背中に冷や汗をかいているのを感じた。
探しても無かったし、半ば諦めていたのに………
「さて、どうしたものだろう」
枕元……と言うか、枕の下にあったキーホルダーを見ながら呟く。
ふと、スマホを取って調べてみた。
『キーホルダー 落としたとき 手元に戻る』
『無くしたもの 手元に戻る』
などなど……調べてみたけど、パッとしない。
(でも、戻ってきたからいっか)
そう思い、再びカバンに付け直した。
▪▪▪
翌日。
いつもの通りに、アパートを出て職場に行こうとしたときだ。
(……あれぇ?)
いつもの時間に来たはずなのに、定刻のバスが来ない。
「何かあったのかなぁ」
調べてみると、数キロ手前でバスと車の事故があったみたいだ。
それが、例のいつも乗るバスだ。
「通りで来ない訳ね……仕方がない、タクシー拾って行くしかない」
待っていてもしょうがない。
5分歩いた先の、大通りに出てタクシーを拾った。
職場を運転手に伝えて、車が発進したときにバックに目が行った。
(……!)
またカエルのキーホルダーが無いことに気がついた。
タクシーの足元を見ても無いことから、歩いたときに落としたのだろう。
(探す時間は無いわね……仕方がない)
ただえさえ時間が無い。
ここはキーホルダーの事を置いといて、職場へ行かなきゃ。
▪▪▪
職場に着いた。
いつもの通りに、タイムカードを押すが……妙に社内が慌ただしい。
「どうかしたんです?」
私は近くに居た、後輩の千野宮に声をかける。
「……あ、先輩!遅かったじゃないですか!」
私を待っていたかのように、千野宮が言う。
「え、遅かった?」
『就業時間はまだ間に合う』、そう言いたかった時。
「狭川、ちょっといいか」
上司の、仁山課長が声をかけた。
「は、はい……」
そのまま、会議室へ向かった。
仁山課長が、座るように促す。
私は応じるがまま、向かいの席に座る。
「君が担当していた事業、あったよな」
大手流通会社の子会社と、業務提携を行うものだ。
「はい、それが一体?」
そう聞き返すと、彼は一瞬曇った表情を見せた。
「取引しようとしたその会社、実は今日倒産手続きを行ったらしいのだ」
「……えっ、えぇぇっ!?」
私の表情を見た仁山課長は、ため息をついた。
「そう反応するわな」
「どうしてまた倒産なんて」
「別の子会社がやらかしたみたいで、取引していた会社も巻き添えにあったとのことだ」
そう、仁山課長が言う。
「折角良いところまでいってたのに、白紙ですね」
「社会ってそう言うところもあるからな……とりあえず、取引相手をまた探すところから、頼む」
その言葉に、私は頷いた。
▪▪▪
それからは何事も無く、私はアパートに帰った。
(今日は散々だったわね)
そう思いながら、部屋へ入っていく。
「夕飯は、簡単な物にしよ……」
そう呟いた時、リビングの机に目が行った。
(……!!)
今朝無くした、あのカエルのキーホルダーが置いてあった。
「……なんで、ここに、あるのよ……」
震える手で、キーホルダーを持った。
まじまじ見ると、顔の下が少し欠けている。
(……これ、お祓いした方がいいかも……?)
散々な今日だったのは、キーホルダーのせい……そう思ったのだ。
仕事用のスーツから私服に着替え、キーホルダーとカバンを持ってアパートを出た。
▫▫▫
(……確か、近くに神社あったわよね)
そう考えつつ、歩いていく。
ふと、手に持っていた筈のキーホルダーの感触が無いことに気がつく。
(どこ、どこ?)
辺りを見渡す。
数メートル先に、アレが道路に落ちていたのが見えた。
「拾わなきゃ」
駆け寄った瞬間、車のライトが横から―――
今日も、主を待ち続けている欠けたキーホルダーがあるみたいです。
ちなみに、なぜ『カエル』のキーホルダーなのか。
黄泉へ帰る、黄泉へカエル。
ちょっと難しかったかな。
ほんじゃ。
どろん。