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機械仕掛けの告発人  作者: 輪目洒落
第一部 〈機械仕掛けの告発人〉
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第6話 「天才スリ師」

 碧海がぼそりとつぶやくと、神楽はとぼけ顔で振り返った。


「何がです?」

「拾ってなんかないだろ。僕ら、ずっと一緒にいたんだから」

「おや、そうでしたね」


 神楽はにっこりと笑って碧海に向き直った。


「渡利くんが殴ろうとして、続いて管理人さんも拳を振り上げた瞬間がありましたよね」


 確かにあった。

 その時、神楽は体全体でぶつかるようにして加藤を制止していたが……。


「まさか」

「そのときに拝借しました」


 要は、スったということである。


「このスリ師」

「手品師と言ってもらいたいものです」


 神楽はあくどい詐欺師のように両手をすり合わせた。


 彼は恐ろしく手先が器用である。自他ともに認めるほど体力がなく、運動神経がいいとも言えないが、手首から先を使うことに関してかなう者はいない。

 寮暮らしを始めてまだ間もないころ、ぎこちない雰囲気が抜けきらない碧海たちを集めて手品を披露してくれたこともある。


 冷静沈着な常識人のふりをして、実は目的のためならルールを破ることに頓着がない神楽なら、ポケットからスマホを盗み取ることくらい造作もないのかもしれない。


「……パスワードは?」


 額を押さえながら尋ねると、神楽は控えめに肩をすくめた。


「もともと知っていました。肩越しに見たことがあったので」

「なんで肩越しに見たんだよ」

「たまたま見えてしまっただけです。ほ、本当ですよ、これは」


 三人分の胡乱げな視線を受け、さすがの神楽もたじろいで手を振った。


「その時に女子の皆さんの写真も見えたんです。だから、いつか証拠を見つけて告発しようと思っていたんですが……今日、ちょうどいい機会に恵まれたものですから」


 それを実際に実行してしまうところが恐ろしいというか、なんというか。加藤のスマホを盗み見ることができたのも、彼の卓越した観察眼と視界の広さのおかげだろう。


「まあ、おかげですっきりさせてもらったよ。こいつをあの変態野郎に使うことになるとは思わなかったけどな」


 鎌田が護身用に持ってきていた短い竹刀を振った。剣道で二刀流をするときに使うものらしい。まさか長い竹刀を背負うわけにもいかず、懐に隠していたのだ。


「じゃあ、部屋に戻ろうか」


 碧海が言うと、同意の声がぱらぱらと上がった。


 その中で、微動だにしない男が一人。


「渡利?」

「…………」


 渡利は食堂の出入り口の方を凝視していた。その視線の先にいるのは、飛騨に連れられて食堂を出ようとしている加藤だ。絶望から一転、怒りが再燃したようで、横からでも分かるほど強く歯を食いしばっている。


「どうしたの?」

「あいつ!」


 碧海が尋ねた瞬間、渡利はうなり声を上げて加藤に飛びかかろうとした。


「この馬鹿っ!」


 すんでのところで鎌田が襟首をつかんだおかげで、振り上げた渡利の拳は空を切るにとどまった。


「ど、どうしたんだ、渡利?」

「どうもこうもあらへん!」


 渡利はまだ憤然とした様子で加藤を睨みつけている。当の本人はあわや殴られるところだったことにすら気付かず、受付の方へ戻っていった。


 碧海は渡利に視線を戻した。


「加藤さんが何かした……」

「あのアホ、去り際になんて言うたと思う!?」


 鎌田の手を振りほどいた渡利は、顔を真っ赤にして碧海たちを順ににらんだ。


「なんてって、そもそも何か言ってたのか? 俺は全然聞こえなかったが」

「俺は耳がええんや」


 誇張でも何でもなく、渡利の聴覚は犬並みだ。その域は人間の限界を大きく超えている。いいか悪いかは別として、真上の部屋の会話を聞き取ることができるほどだ。


「それで、なんと言ってたんです?」


 神楽が首をひねると、渡利は忌々しげに吐き捨てた。


「『お前が死ねばよかったのに』って言いよってん!」


 思ったより強い言葉に、鎌田はおっとのけぞった。神楽も顔をしかめている。

 ただ一人、碧海は目を細めた。


「本当にそう言ったのか?」

「疑うっちゅうんか?」

「『お前が死ねばよかったのに』。そう一字一句違わず言ったのかって訊いたの!」

「そらあもちろん……あっ」


 激昂していたせいで気が付かなかったのだろう。渡利は目を見開いた。


「『が』ってなんや、『が』って」

「それだよ」


 頭の中でピースがつながっていく。


 不審な避難訓練、いざこざが起こる直前まで怯えた様子だったという加藤、『《《お前が》》死ねばよかったのに』という捨て台詞。


――誰かが……。


 殺されたのだ。


「しかも、身元が分からないほどに」

「な、なんや、それ」


 碧海は表情を引き締めた。


 頭が冴えていく。

 一瞬鈍痛が走ったが、深い集中を前になすすべもなく消え去った。


「『お前が死ねば』と言ったからには、別の誰かが死んだことは確かだよ。たぶん、それが確認されたのはたった数時間前のことだと思う」

「身元が分からないと言ったのは……」

「こんな真夜中に、僕らを集めて点呼を行ったから。どういう状況だったのかは分からないけど、殺された人は杜葉生ということしか分からない状態だったんだと思う。だから、まずは寮生を集めて、いなくなっている人がいないか確認した。騒ぎになってないということは、少なくとも寮生ではなかったんじゃないかな」


 立て板に水がごとく話す碧海を、三人は唖然として見つめていた。


「ホントに覚醒したな、お前」

「そりゃどうも」

「だが……」


 鎌田は腕を組んだ。


「お前が言った通り、誰かが死んだってのは本当なんだろうが、どうして()()()()と断言できるんだよ。交通事故とかで死んだのかもしれねえじゃねえか」

「それも否定できないけど、ここにいい証拠がある」


 碧海は食堂に行く前に着た上着のファスナーを下げ、白い絆創膏をあらわにした。

 鎌田があっと声を上げる。


「お前を殺そうとしたあいつか……」

「理由は分かりませんが、何者かが杜葉生を狙っているということですね」

「ちょお待てや。け、結局、どういうこっちゃ」

「簡単な話さ」


 鎌田は渡利を一瞥し、黒雲が垂れこめる窓の外を見つめた。


「殺されたやつと碧海の共通点が分からねえ以上、杜葉生全員が標的も同然ってことだ」

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