シン生活
三題噺もどき―にひゃくじゅうに。
ジリリリリリりりり―――!!!
「んん…」
けたたましい音で目が覚める。
目は覚める、が。頭はどうも動かない。
寝起きはまぁ、良い方ではないもので。
「……」
掛け布団の中から手だけを出し、未だに鳴き続けるそれを止めようとあたりを探る。
毎日同じ位置に置いているはずなのに、どうして鳴るたびあたりを探らないといけないんだろう…おかげで手が冷えた。
「……っさい」
ようやくそれが手に当たり、上から勢いよく手を下ろす。
ようやく静かになった部屋に、心地のいい静寂が訪れる。
ぬくぬくと暖かな布団の中で、冷えてしまった手を温めながら、またうとうとと意識が落ち始める。
「……」
しかしそこにまた、けたたましい音が響く。
頭の上でなっていたそれではなく、部屋の外から。
「おきなさーい!!学校でしょうが!!!」
「……」
うるさいな…と、つい漏れたのは見逃していただいて。
まだ覚め切らない頭で、とりあえず時間を確認してやろうと、時計を見やる。
確認も何も、自分で設定している以上分かってはいるが。
「……」
ぼうっとする視界で何となく時間を確認。
んん、そうだなぁ。起きて、寝汗を流して、ご飯を食べて、着替えて…いろいろと面倒だな。
「……」
あれこれ考えても仕方ないとは思いながら。
もぞもぞと布団から這い出る。
いくらこの家の壁が圧に耐えられるように分厚くても。冷えるような気がしていると。身がふるりと震えてしまうのは何とも不思議だなぁと思う、今日このころだ。
「……」
外は真っ暗。
ここは基本暗い。明るい光は大抵人工物のモノ。
―それか、泳ぐ魚のものか。
「……」
ときおり、暗闇の中に見える。
カラフルな、人工的ではない、自然の光。
自ら光を放つなんて、不思議だよなぁと思いつつ。それでも、ここで生き抜かんとした結果なのだから、案外望まぬ者だったりするのかもしれない。
「……」
ガチャリと、部屋の扉を開け、一直線にリビングへと向かう。
既に朝食のいいにおいがしていた。今日は何だろう。
「おはよう」
「…ぁよう」
「起きてる?」
「…ぉきてる」
キッチンに立ちながら、弁当の準備をしている母と、何とも緩い会話をしながら。
席に着く。
「いただきます」
「あ、そういえば」
いざ朝食をというタイミングで。
母が何かを思い出す。
「さっき友達から連絡きてたわよ?」
「んぇ、なんて」
「もう少しで着くって」
「……は?」
つい、口に運んでいたものを落としかけた。
時間…いつも通り…。
あ……
「今日早いの?」
「早いんだった…!!」
用事があるから、早めに行こうと話していたのに。完全に忘れていた…!
「おかーさん外着だしてて!!」
「もー早いならいいなさいよ!」
「忘れてたの!」
とりあえず、急いで朝食を口にかきこみながら、母のお小言を受ける。
もう風呂は諦めだ。最悪学校でどうにかしよう。外にいる間なんて、匂いが気になるのは自分だけだ。
「やばいやばい」
歯磨きをしながら、時間をもう一度確認する。
これはギリギリになりそうだ…一度電話をしておくか。
友人の番号を打ち込みながら、子機を耳に当てる。
『―し―し』
「あ!ごめん!電話きてたって!」
『―ん。お―てな―だろうな―て―も―ww』
「大正解ですよぉ」
『―ww』
「すぐ間に合わすから、少しだけ待っててぇ」
『―っけ。―ぁね』
「はーい」
さすが友達というか、幼馴染だ。
私が起きていないことを見越して電話をよこしてくれていたらしい。
―しかし、この電話の聞きずらさと言ったら…。いい加減どうにかしてほしいものだ。普段でも電波のつながりが悪くて聞きにくいのに。今は友達は外着の中で話していて、尚更こもっているせいか聞きにくい事この上ない。電話越しの声の聞き取りにくさと言ったら…。
もう慣れはしたが。
「はいできたよ!はよ着なさい!もう待ってるよ!」
「わかってる!」
母に急かされ、着替えを済ませて玄関に向かう。
そこに置かれた一人分の外着に腕を通していく。
コイツの重いこと重い事。外に出ればなんてことはないのだが。―昔はこれに似たもので、地球の外にまで行っていたのだから驚きだ。こんなの着るのさえ嫌だ。
「いってきまーす」
二重の玄関を開け。外に出る。
瞬間、周囲を液体に囲まれる。
視界の隅では、桃色の魚がひらりと泳ぐ。
「おはよー」
「おはよーごめんねー」
外に出れば、外着内の通信機器が勝手につながるから、会話は容易だ。
「いそごうか。」
「うん、いこー」
ここは深海に沈んだ小さな町。
陸を失った人々は。
海の底に、町を作って暮らしている。
お題:桃色・深海・電話越しの声