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172話 芽生え


 翌日の夕方。


 開店前の居酒屋たんぽぽの調理場にはエプロン姿の横山直美がいる。


「大将、よろしくおねがいします」


【横山さん、こっちこそ、よろしくおねがいします】


「大将と呼ぶの恥ずかしいですね」


【ここは居酒屋だからオーナーより大将の方が良いと思ったんだけど……恥ずかしいならオーナーでいいよ】


「いえ、がんばって大将と呼びます。 そのうち慣れると思います。 料理は何をしたら良いですか? あの……私、無期懲役だったし……生まれてこの年まで一度も料理を作った事が無いんです……」


【料理よりも、しばらく横山さんはヨメと一緒に接客をして欲しいんだ】


 横山直美はイヤな顔をして、


「私が接客?」


【うん】


「……はい」


【調理場の仕事は、後片付けの皿洗いだけでいいからね】



 5分後、生ビールサーバーの前には女将と横山直美、


《はい、こうやってジョッキを45度に傾けてからレバーを引いて注ぐのよ》


 横山直美は奇麗な生ビールを見て、


「すごい」


《やってみなさい》


「はい!」


 しかし……


「あれ? 泡ばっかりだ……」


《もう一回やってみなさい》


「今度も……泡がたくさん」


《横山さん、開店前に旦那を失敗ビールで酔わす気なの?》


「すみません」


《まあ、そのうち上手くなるでしょ。 それから、お客さんから注文を聞いたらテーブル番号と料理をメモして、そのメモを調理場に置くと同時に大きな声で注文された料理を旦那に伝えてね?》


「やってみます」


 開店すると、すぐにオッサン二人組が来店。


ΩΩ≪お? アルバイト? 何歳?


「48です。 直美と申します」


ΩΩ≪同い年か? 若く見えるね~、とりあえず生2つちょうだい、直美ちゃん。バイトがんばって


「はい!」


 1時間後に居酒屋は満席状態に……


ギャルA「ドルフィンセンターに来たサーファーにナンパされて連絡先おしえて貰っちゃった」

ギャルB「あ~昼にドルフィンタッチに来た遊んでそうな大阪の大学生?」

ギャルA「そうそう。 ワタシも出身大阪だからついつい気が合っちゃって、彼また来週も会いに来るらしいから……どうしよ? あ、お姉さんはどう思います?」


横山「え?」


ギャルA「聞いてましたよね? お姉さん、大人だから大人の意見を聞いてみたいんですよ?」


横山「そうですね。 とりあえず会ってみたらどうですかね? 気に入らなければ今後は会わない様にした方が」


横山「あの……普通っすね」



Ω≪もう限界やき、あのヨメとは離婚するき

Ω≪今度はなんや?

Ω≪弁当の中身に文句言ったら弁当箱を投げつけて来たんや! 直美ちゃん!?


横山「はい?」


Ω≪ヨメと別れるき、俺と付き合ってくれ!


横山「真剣になら、真剣に考えたいと思います」


Ω≪いや…… ガチではない……






 3か月経った。


 横山直美は居酒屋のすぐ近くの空き家を借りて生活していた。

 昼の自動車学校を終え、夕方はいつもの様にエプロン姿で居酒屋たんぽぽに入ると、


【横山さん、こっちに来て】


 オーナーに調理場に呼ばれる。


「なんでしょうか?」


【今日から料理を教えようかなと思って】


「え? ありがとうございます】


 オーナーは白いゴムの長靴を置いて、


【これに履き替えて】


「はい」


 パイプ椅子に座った横山はきつそうに長靴を履きながら、


「なぜ大将が、私に接客をさせたのか分かった気がします」


 オーナーは柳葉包丁を研ぎながら、


【分かった?】


「私が無期懲役で長い年月、外の人と接してなかったから社会に適応させる一環としてですね?」

 

 履き終えて立ち上がり、オーナーに頭を下げて、


「本当にありがとうございました」


 オーナーは包丁を研ぎながら横山直美の顔を見つめ、


【半分あたり。 残りの半分は…… 僕にとって一番大切だと思う事を横山さんに知って欲しかったんだ】


「なんでしょうか?」


【これから料理を作る横山さんが、誰のために料理を作るかを】


「は?」


【ここの調理場は料理を出すスペースからお客さんが見える構造だよね?】


「はい」


【調理場に注文を通すメモにはテーブル番号が書かれてる。 昨日は4番テーブルにドルフィンセンターの女子『酒井さん』と『木長さん』の二人が座っていたよね?】


「そうです」


【関西から来た、あの子達には味付けを薄めにしている。 東京の横山さんが初めてウチに来た時は濃い味にした】


「え?」


【ウチは、常連さんの好みであろう、味、固さ、刺身の太さ、全てを想定してるんだ】


「それって大変じゃないですか?」


【大変だよ】


「大将には分かるんですか? お客さんによって味を変えて作ったモノを美味しいと感じていると?」


【僕にも本当の所は分からない】


「そうですか……」


【でもね、料理ってね? 誰が料理を作ったかが大事なんだ。 作って貰った人によっては三ツ星レストランのヴィシソワーズ(スープ)よりも、ダシ入り味噌汁の方が美味しいと思う人もきっといる】


「だから、お客さんのために、そこまで頑張るんですね」


【料理は心、昔の有名な料理人の言葉】


「料理は心」


【タイマンと同じだよ。 横山さんもお客さんに勝てる様に頑張ろう!】


「はい! 弱っちいけどタイマンがんばります! お客さん達と直接関わる機会が減ってしまうのは少し寂しいですけど……」


【横山さん、たとえ客席からどんなに離れていても。 料理人とお客さんは、料理で心と心が通じ合うこともできる】



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