159話 54階 自由の女神の胸の中で
★京極茜目線
アタシはセッタ(セブンスター)を咥えて、いよいよガス切れかけの100円ライターでカチカチカチカチカチカチ、
「つかねえ……」
カチカチカチ、やっと火がついた。
「ス―――プハ――」
階数アナウス「54階です」
「おいおい? さんごで終わりじゃねえのかよ?」
扉が開くと、前方に白いワイシャツと赤いネクタイの白髪の七三分けのオッサンが立っている。
アタシはセッタを吸いながらオッサンにガンを飛ばし、
「オッサン誰だ?」
オッサンはアタシに優しい顔で、
【黄文濤と申します。 京極茜…… 一度、あなたにお会いしたかった】
アタシはセッタを吸い込んだ後に、
「プハー、オッサン? アタシのファンか?」
【はい】
オッサンは歩いて来る。
アタシは消火器を扉に挟まるように置き、オッサンに歩き……
近づく……
鉄警棒の攻撃範囲!! ぶっ殺す気で!!
ブ―ン!!
鉄警棒をオッサンの頭に振り落とした、その一瞬……
カチン!!
オッサンは両手を円の動きにして、鉄警棒を逸らさせた。
― 武術太極拳 円の動 ―
アタシは床にめり込んだ鉄警棒を見て……
「この動きは…… 高知の一葉と同じ……」
直後…… オッサンの蹴りがアタシの腹に……
パ―――ン
「ぶっっ…… <◌><◌>」
垂直に飛ばされる……
パリ―ン
展望レストランの出入り口の窓を突き破り、
ガシャガシャとテーブルとイスがクッションになり止まる。
「人間じゃねえぞ……アイツ…… ≪●≫≪●≫」
割れた窓からオッサンはレストランに入って来て、近づいて来る……
アタシを蹴った部分のズボンは破れてる?
黒いレガース?
アレがバカげた破壊力の要因?
【このレガースが気になりますか? コレは中国の近接兵器です。 ブラックチェリーはコレの警棒を7G鉄警棒と言ってましたから、コレは7Gレガースと言ったところですね?】
オッサンは両手を見せると、両手に黒いブラスナックルがあった。
【コレも7Gです。 丸腰のあなたが、私に勝ち目がありますか?】
その時、オッサンがフッと消えた?
パ――ン
なんて速さ…… 眼で追えなかった…… ぁぁ
うつ伏せに倒れた京極の頭が床にめり込み血が広がってゆく……
【7Gブラスナックルの裏拳で脳天です……死にましたか? うっ】
黄文濤は股間を触ると血が流れだす……
【くっ…… この死にかけの体で力を使い過ぎたのか……】
椅子に座り、京極茜を見つめる。
【ハァハァ…… 反則のドーピングと兵器で京極に勝ったが……なんなんだよ…… この虚しさは…… まるで… オレがあの時の天安門の戦車じゃないか……】
死期の迫りの血の涙を流す……
【死んだフリだろ? お前はオレの憎む《《自由》》の女神なんだろ? 起きろ京極茜……】
黄文濤には、京極の倒れた背の上に天安門のデモが映る……
【神経ドーピングによる幻覚症状? オレの弟が見える…… そうだ……オレがアパートでテレビを……アニメを見ていた弟を連れ出したんだ…… 弟は続きを見たがってたんだ……】
黄文濤は椅子から崩れ落ちて、四つん這いで泣きじゃくる……
【許してくれ…… 許してくれ…… 自由なんて求めなければ】
「おい? テレビくらい自由に見させてやれよ?」
京極茜の声で、黄文濤は顔を上げる。
≪≪●≫≫≪≪●≫≫
黄文濤に向けられた京極茜のガンは……
1858年に死んだ、ブラックチェリーと呼ばれたシャーロット・マホニ―の本気モード……
黄文濤は驚いた顔で、
【それと似た瞳を感じた事がある……ツクシ?】
パン!!!!
京極に腹を蹴られた黄文濤は吹き飛ぶ、テーブルをグシャ―――と5つ巻き込み止まる。
【うははは…… 良かったぁ自由の女神は生きてたぁ甦ってたあ……しかも桁外れに強い…… やっぱり正義は……こうでなくては… オレは……オレは……】
迫って来る京極茜!
「うおおおおおおお!!!≪●≫≪●≫」
京極の右のコブシが黄文濤へ!
― 武術太極拳 円の動 ―
京極のコブシは逸らされた!! 直後!!
【はああ!! くたばれ自由!!】
ー 正中三連撃(7Gブラスナックル) ー
破壊力
★★★★★
★★★★★
★★★★★
★★★★★(黄文濤が万全のコンディションで三連撃が決まればMAX値)
瞬速で急所三箇所を破壊する黄文濤の正中三連撃。
恥骨!!
みぞおち!!
最後にノド…… 直前……
ガシン……
京極の右手に、黄文濤の右手は掴まれた。
【うっ……<〇><◌>】
「効かねえ…… タマシイが全然こもってねえ ≪●≫≪●≫」
黄文濤は、グッと体を寄せられ両手で抱かれた。
遠心力が無ければ7Gブラスナックルもレガースも活かせない。
【はっ離せ……】
「もう無理するな……眠れよ…… オッサン……」
ボキ
【うっ……】
背骨を折られた黄文濤は両膝を床についた。
京極の胸が黄文濤の頭を優しく抱きしめる。
「アタシも…… オッサンの弟と一緒なんだ」
【あぁぁ?】
「テレビを見てるだけで毎日、楽しく過ごせる…… あの世で、弟に好きなだけテレビを見させてやれよ……」
【あたたかくて……やわらかい……これが…… 自由の…めが…み… ‥ ・ 】
「《《アタシは神なんかじゃねえ、好きな事して生きてるだけだ》》……」
オッサンはアタシの胸の中で死んだ。
アタシは手を離し、オッサンの目を瞑らせた。
レストランから出て、エレベータへ歩く。
オッサンから貰った頭のダメージが半端ねえ…… 血もスゲエ出てる……
アタシはエレベーターの前で床にめり込んだ鉄警棒を拾い、エレベーターの中に入り、最後のセッタ1本を取り出し、ガス切れかけの100円ライターでカチカチカチカチカチカチカチカチカチ、
「アタシを公園に捨てた『卍』スカジャンの親父の形見のライターが遂に寿命か……」
カチカチカチ、
≪ワルの頂上にいくんだね。 茜は俺なんかと違って凄いよ≫
とても懐かしい『卍』スカジャンの親父の声が聞こえた気がした時……
カチ
火がついた。
カシカシカシカシ
もう火種もつかなくなった形見の100円ライターを見つめながら、
「最後に火をありがとう」
ライターをポケットに仕舞い、扉が閉まるのを塞いでいた消火器を引っ張り、
「ス――――――――――プハ――――――――――」
扉が閉まった時に、今まで感じた事ない強烈な頭痛が頭中を襲ってくる。
「赤銅、悪い…… 最後は好きな事して死にてえんだ……」
階数アナウス「屋上です」