125話 京極茜の回想① LiSAの紅蓮華
★京極茜目線
聖クリで慰問女子プロレスが開催される7月2日の朝。
タイマン売り買いの伊崎と黒河内の二人に集まっていた野次馬の中、赤銅がアタシに、
「京極、単車を置いてくんわ」
赤銅は単車を置きに行った。
アタシは、校舎へ歩くレザースーツの黒河内の背中を見つめながら、
「アイツ? もしかして何も変わってねえ?」
黒河内の背中にガンを飛ばしていると、伊崎がアタシの前に来てガンを飛ばしてきた。
「京極、黒河内は自分が殺る。 オマエは手を出すな……」
ガンでアイコンタクトを交わすと伊崎は校舎へ歩く。
アタシは遠くなった黒河内の背中を見ながら、
アイツ…… アタシが死んでいなくなったら、この学校でもネンショ―と同じ事をやるんじゃねえか? それと、この学校には赤銅がいる…… 赤銅のクラクションの時に、赤銅に目をつけてやがった…… もし伊崎が黒河内を殺せなかったら、アタシがアイツを殺しておいた方が良いかもな……
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2年前の横須賀女子少年院……
アタシが13歳の時の、5月下旬の昼休みだった……
することねえから歌手を目指している女の歌を聴きに行った。
いつもの場所の通路の奥の隅で、歌手目指していた女は歌っていた。
アタシは歌っている女の前でアグラで座る、特等席だ。
だけど……
なにがあった?
昨日まで、あんなに良い声してたのに?
ガラガラになってる?
あんだけキラキラしていた目も輝いてねえ……
次の日の昼休みも行って特等席に座る。
昨日と同じ感じで歌っている。
ただ昨日よりも顔色も声も酷くなってる。
次の日の昼休みも通路の隅に奥の隅に行った。
今日は居ねえのか?
昼休みに歌ってねえのは初めてだ。
次の日の昼休みも行った。
歌手目指している女は、歌ってはいなかったけど立っていた。
通路の奥は、アタシと歌手目指している女しかいねえ。
歌手目指している女はアタシを見て、
≪き…て……くれたん……だ?≫
「おい? 会話していいのかよ? バレたら罰則で刑期が伸びるぞ? アタシにはあんまり関係ねえけどな…… それにしても、どうした顔色悪いぞ? もしかしてロクに寝てねえんじゃねえか? 声も最近、調子悪そうだし?」
≪あ…んた…… 二日前の…最後の…ワタシ……の歌を…聴きに来て………くれた。 だから…これを……受け取っ…て……くれ…ない?≫
何かを書かれた紙切れを渡された。
「なんだこれ?」
≪歌詞≫
「なんの歌?」
歌手目指している女は笑って、
≪母が…よくカラ…ゴホゴホ…オケで歌っていた、LiSAの…『紅蓮華』。 ワタシが……ネンショ―に来てから…… 母が歌っている姿を必死に思い出して……書いた歌詞。 でも少し……間違えている所が…あるかもしれない≫
「すまねえけど…… その歌は知らねえし、アタシは字が読めねえんだ」
≪アンタ、いい声……してるね? 歌詞が……読めるように…なったら……その歌が凄く声に…合うと思う。 ココ(少年院)から…外に出たら……誰かに…歌ってみて≫
アタシは貰った紙切れを見つめながら、
「『ぐれんげ』ね? でもあいにくだけど、アタシにはコレはいらねえな……アタシはネンショ―を出る前に脳の病気で死んじまうから…」
ピ――――――――――
うるせえ笛の音がした。
誰かに会話してるのを密告されたんだろう……
刑務官二人が来て、
「京極と財前、罰則だ。 刑期延長二週間」
「懲役15年の京極はどうでもいいが……財前? バカなことをしたな? 出所まで後二週間なのに?」
歌手目指している女は無表情だった。
この財前という女、後二週間なのに? こんな紙切れを渡すために罰則を?
その日の午後三時くらい、運動場で『土木』の職業訓練をしていると、指導員が通信機で何かを聞いた後に、
「お前たちは土嚢を作ってなさい」
指導員が去ると、すぐに救急車の音が聞こえだした。
ネンショ―に入ってきた救急車は食堂の方へ行った。
指導員がいないから周りの院生は小声で、
Ω≪『調理』の職業訓練で何かあったな……
Ω≪ケンカでもあったのかな?
Ω≪晩飯の仕込みを手伝う『調理』の職業訓練は包丁使うし、誰かが誰かを刺したんじゃね?
その日の夜の消灯後、赤い常夜灯の下でトランプのババ抜きしてるアタシの同部屋の女4人(全員年上)のうちの1人の、ババを持っている黒人ハーフの後ろに、アタシはアグラで座って、
「たしかオメエ『調理』の職業訓練だったよな? 救急車が来てたろ? 何があったか教えてくれねえか?」
≪自殺≫
「自殺?」
≪京極も知ってんだろ? いつも通路の奥で歌っていた女だよ≫
「マジ? 財前が?」
≪晩飯のカレーのジャガイモ剥いてた包丁で喉を掻っ切った。 救急車と警察が来たどさくさに紛れて自殺したソイツの隣部屋の院生に聞いたらよ。 隣からの声で……自殺したソイツ毎晩、寮部屋の中でルーメイト達にイジメられてたの間違いないだってよ≫
「イジメ? 今までイジめられてなかっただろ?」
黒人ハーフは揃ったカードを捨てて、
≪同部屋のヤツラが急に出所間際の歌手目指していたソイツにハードなイジメを始めたらしい。 夜は交代でいたぶって寝かさなかったって……≫
黒人ハーフはババを引かれた、
≪歌っていたアノ声もイジメで潰されたんだろうな? 同じ部屋のヤツラは優等生らしいけど分からんもんだねえ~≫
「そこまでされてんなら、なんで刑務官に助けを求めねえんだ?」
ハーフの向かいのルーマニアとかいう国の血の入った女が、
≪京極あんたさあ……イジメられた事ねえから分かんねえだろうな? 悪質なイジメをするヤツは人の追い込み方を熟知してやがるし、血も涙もねえぞ。 このババ抜きのババの様なヤツだよ……くそ……負けた。 京極のせいだ≫
ルーマニアとかいう国の血の入った女は、シッペを三人から喰らった。
アタシは横になる。
歌手目指していた財前を自殺させたヤツラに胸が……
いや…… 頭ん中がワナワナと熱くなりやがる……
翌朝……
眠れなかった…… まだ熱い…… いやもっと熱くなってる……
朝食の時間に食堂に行く。
あえて最後に入り……
出入口の扉を閉めて内側からカギをかける。
限界まで回してさらにグニャ~とさせてカギをぶっ壊してやった。
刑務官が、
≪こら! 京極なにをしてる!!≫
走ってきた刑務官に腹パン。
≪ぐえ…‥zzz≫
アタシは調理場の中へ走る。
調理人三名「ひい! 6人殺してる京極が!」
調理人達を素通りして、調理場から外へのドアにカギを限界まで回してグニャ~と回して壊した後に、近くのまな板の上にあった包丁を手に取った後に、調理人達にガンを飛ばし、
「三人とも、そこのデカい冷蔵庫の中に入れ」
調理人三名「分かった。 だから…… その牛刀で殺さないでくれ」
三人が入ったデカい冷蔵庫を前に、
ガシャーン!
倒す。
「これで出れねえな?」
包丁を持ったアタシは食堂に行く。
包丁を持ったアタシを見た院生達はパニックになってやがる。
ΩΩΩ≪狂った京極が包丁持ってやがるぞ!!
ΩΩΩ≪窓に鉄格子が張られてるから窓から逃げられねえ!!
ΩΩΩ≪出入口の扉の鍵が壊れてて開かねえ!!
アタシが食堂↔調理場と出入りした所と、違う所から調理場に入った複数の院生の声が、
≪調理場もカギが壊れてて出れねえぞ!!! クソが!! なんで京極がキレてんだよ!!≫
食堂の院生達が、
ΩΩΩ≪完全に閉じ込められた!?
ΩΩΩ≪調理場に入ったヤツ! 包丁をコッチに持ってこい!!
ΩΩΩ≪みんなで京極を殺さねえと殺されるぞ!!
「だれも動くな!! 動いたヤツはぶっ殺す!! 殺すのは歌手目指していた財前を自殺させたヤツラだけだ!!」
ΩΩΩ≪それなら無関係か……
食堂の院生達の動きは止まったけど…‥
アタシに、同部屋の4人だけは近づいてきた。
黒人ハーフ「落ち着けよ京極…… 包丁を捨てろよ……」
ルーマニア人「京極なにやってんだよ? オマエの罪状で院内で一人でも殺したらヤバいって……」
「調理で一緒だったオマエは知らねえんだよな?」
黒人ハーフ「なにを?」
「この食堂の中にいるはずの、財前と同部屋だったヤツラの顔を」
黒人ハーフ「ワタシは知らねえけど、隣の部屋のヤツを呼んでくる」