104話 京極の姉妹二人
1週間後、7月1日の夕方……
入院する後藤朝子の病室の三人部屋に、朝子の母が来た。
母は長い黒髪を結いだメガネの細い顔と体の30代後半。
≪やっと意識が戻ったと聞いて良かったわ…… 朝子? 気分は?≫
「だいじょうぶ」
母ちゃんは弁当箱とペットボトルのお茶をベッドの横の万能収納棚の上に置き、
「オーナーがこれ食べてって、朝子の好きなチキンなんばん弁当」
「またホットモットかよ? いい加減に飽きたわ」
母ちゃんはアタイを睨み、
「子供頃はあんなに嬉しそうに、お弁当のチラシを眺めていたのに…… 大人になると贅沢になるものね?」
チラシ……
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10年前くらいの冬だったか?
カタン
ドアのポストが閉まる音がしたから、電源の入ってないコタツに入って寝転がってピザのチラシを鼻水垂らしながら眺めていたアタイは歩いて、ドアの内側のポストを開けた。
「わっ (●)(●) クリスマスケーキのチラシだ♪ イチゴがたくさんのもあるし、チョコのもある♪」
そう……
アタイは、市営住宅のポストに入れられる広告チラシを集めていた。
美味しそうなピザ、ホットモット弁当、スシをいつでも眺められるからだ。 この時、ケーキも追加された。
アタイはコタツの上でクリスマスケーキのチラシを興味深く鼻水垂らして眺めながら、
「お母ちゃん? なんでお父ちゃんがいないの?(●)(●)」
向かいで座る、眼鏡をかけて、ストローに小さな風船を取り付ける内職する母ちゃんは、
≪初めて聞いたね? お父さんは外国に行ってるのよ、ずっとね≫
「外国? ずっと帰ってこないの?(●)(●)」
母ちゃんはメガネを外し、縁日のクジ引きのハズレの景品のストロー風船をクルクル回しながら…………
≪帰ってこないけど、絶対に連絡してくる≫
「ぜったいにお母ちゃんのケイタイデンワに?(●)(●)」
≪そうよ、子供の朝子がいるんだから、朝子の名前はお父さんが考えたのよ? 絶対に連絡してくるんだから……「俺は日本に帰れないから、コッチに朝子を連れてこい」ってね?≫
アタイは興奮して鼻息を荒くして、
「ハァハァ… コッチって外国? 日本よりキレイな国?(●)(●)」
≪そうよ、それにお父さんはね? 生まれたばかりの朝子を抱いて「俺にそっくりっだ」って言って笑ったのよ≫
母ちゃんは、ワルの頂点に立っていた父にずっと憧れたままで純愛を貫き……
金を稼げる仕事をしなかった。
だからアタイも父に憧れ、すげえワルになった。
アタイの、その生き方を母を全く否定しなかった。
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「母ちゃん……」
≪なに?≫
「国外逃亡してる父から連絡くると本気でまだ思ってる?」
≪くるよ≫
母ちゃんは、アタイの体を優しく触りながら、
≪ワタシの作った朝子の白装束、ちゃんと洗濯して持って来て、ソコに置いている。 16歳になって、本当に朝子はお父さんに顔が似てきた…… お父さんもあんな中国人の女と出会いさえしなければ……≫
「中国人の女?」
「なんでもない…… 朝子の全国制覇をワタシは応援してるから≫
「父と同じように全国制覇して、必ずワルの頂点に立ってやるよ」
≪他の病院に運ばれた朝子の部下も一命をとりとめてるらしいから安心して≫
「良かった……」
≪あなたも早く元気になって≫
1000円札1枚と500円玉を万能収納棚の上に置き、
≪ケイタイも壊れたしヒマでしょ? コレでテレビ見たりジュースを買いなさい≫
≪わりい≫
母ちゃんは病室を出た。
少しして、優しいクラクションの音がしたから、
アタイは傷だらけの体を無理やり起こし窓の下を見る。
母ちゃんの横にプリウスが止まり、母ちゃんと同い年くらいのホットモットの優しいオーナーが車から出て来て、母ちゃんに何かを言っている。 車で家まで送って行くとでも言ってるのか?
母ちゃんは丁寧に断ったようで、一人で歩いて行った。
アタイはベッドに横になり、ホットモット弁当を眺めながら、
「アタイが全国制覇したら……母ちゃんも踏ん切りがついてくれるかもしんねえんだ……」
その日の夜。 地上54階の新宿中央ビルの屋上。
虎武流は、東京連合副総長の鬼頭妹に連れられて来ていた。
屋上で鬼頭妹と虎武流を待っていたのは愚連隊ダンテの総長と幹部の2名。
幹部1人目、
赤いテントウムシを模した半キャップヘルメットを被り、背中に『天上天下唯我独尊』の黒の墨字の書かれた白の特攻服を纏った親衛隊長さんご…
東京に来て、多くの実戦を積んだことにより、以前とは比べ物にならない強さのオーラを醸し出す。 本人が雪子に言っていた「伸びしろが違う」は立証されたと言っていいほど『天上天下唯我独尊』の背中の言葉は似合う。 タバコ(メビウスメンソール)を吸いながら虎武流を無表情に見ている。
幹部2人目、
鋼の様な細い顔に無精ヒゲで坊主頭の特攻隊長 谷口サトル。 白の特攻服の背中の文字は『渦』。
後藤朝子に切られた右上腕から先の感覚も完全に元に戻っている。
隅の柵にもたれて腕を組んで座っている。
愚連隊ダンテ総長、
隅の柵の上に立ち、向こうを向いて東京の夜景を見下ろす……
風に、長い黒髪をなびかせる黒のワンピースのブラックチェリー。
ブラックチェリーの後ろ姿に鬼頭妹は…
鬼頭妹「総長、東京連合との抗争のMVPの虎武流を連れて来たぞ」
虎武流は45度、背中を曲げて奇麗な礼をして、
「初めまして総長、ダンテの勝利おめでとうございます」
ブラックチェリーは向こうを向いたまま、
「虎武流のおかげで頂上から、また東京を見下ろせるようになった」
「はい」
「カネ以外に欲しいモノはねえのか?」
「言っていいんですか?」
「言ってみろ」
「ダンテの幹部入りです」
「ふっふふふ…… たくさん仲間をぶっ殺して敵側の幹部になる?」
ブラックチェリーは虎武流の方を向き、笑みを向ける。
「良い度胸してんな? オメエ、気に入ったぞ」
「ありがとうございます」
「MVPだし、オメエをダンテの幹部にしてやるよ」
鬼頭妹は親指で横の虎武流を指差し、
鬼頭妹「総長、コイツいつ裏切るか分からねえぞ? 殺した方がいいって」
虎武流は鬼頭妹を向いて両手を出し、距離を取りながら、
「鬼頭さん? ジョークですよね?」
ブラックチェリーは鬼頭妹を向いて、
「鬼頭‥‥‥ハッキリ言って、この谷口とさんごも、いつ私を裏切るか分からねえ二人だ。 でもよ、私はつまんねえ後藤朝子とは違うんだよ……」
屋上の柵から両手を広げながら、背中をのけぞらせ…
鬼頭妹「おい!! ヨコタマ!!」
そった時、胸の夜叉が月明かりに照らされる。
ブラックチェリーは背から投身する。
ガシッッン!
怪力のブラックチェリーは45階の窓枠を右手一本で掴み体を止めた。
ぶら下がったコメカミには血管が浮き出ている。
左手で胸の隙間から7G鉄警棒を取り出し、それで窓を軽々と割り、室内に入りアイコスを吸った。
「今度も突き落としてみろ……京極……」