101話 トリプルヒロイン 京極茜と赤銅聖羅、そして……
11日後、6月9日の月曜日の午後4時。
入院し続ける京極の病室には、特攻服を着た赤銅が、学校帰りに来ていた。
「京極~ また眠ってんのかよ?」
イスに座る赤銅は、京極の顔を優しくさすっている。
鼻から下を迷彩のバンダナで隠す顔を京極の胸に乗せて、
「最近、いつも眠ってばっかだぞ? 大丈夫か~? ひょっとしてマジでどっか体の調子が悪いんじゃねえか?」
目覚めない京極に、赤銅はセッタ(セブンスター)を一本取り出して、京極の鼻の前に、
「ほれほれ? セッタの匂いどうよ? 吸いてえだろ? 京極、この一週間ずっと眠ってばっかで全然タバコも吸ってねえだろ? 起きてタバコ吸いに行こうぜ? てかココで一緒に吸おうぜ?」
京極の少し細くなった手首を見て、
「痩せてどうすんだよ? ダイエットか? でもよ? 点滴だけじゃ可哀そうと思って今日はよ~、京極の大好きな肉まんを買ってきてやったぜ?」
ポケットから肉まんを取り出し、二つに割り京極の鼻の前に、
「くせえだろ? でも京極、この匂いが好きだもんな?」
京極の目が薄っすらと開いた、
「お? 今日は喰いモンで目が覚めたか?」
「ああ……後で食べるから。 そこに置いといてくれ」
「さっさと退院しようぜ? こんな所にいるから眠ってばっかなんだよ?」
「赤銅、悪いけど、もう少し眠っていたいんだ」
「どうしてだよ? やっぱり伊崎に頭をスタンガン喰らったのが原因か? 伊崎をぶっ殺してやりてえけど、もう退院して消えちまった」
「眠てえ原因は、伊崎のスタンガンじゃねえ」
「じゃあなんで眠ってばっかなんだ? そういや……伊崎とケンカする前から学校でも眠ってばっかだったな?」
「そんな事より赤銅…… アタシが死んだら」
赤銅は話を遮り、
「ふざけんな…… それ以上言ったらぶっ殺す……」
京極にガンを飛ばした。
京極は、そのガンを薄っすらな目で見返しながら、
「オメエの夢に、アタシを乗せてくれないか?」
「夢?」
「室戸の『民宿たんぽぽ』でも言ってただろ?」
「まさか総理大臣の事か?」
「ああ、赤銅の…… 夢へ突っ走る単車の後ろの席に乗りてえんだ……もちろん二人ともノーヘルだ……」
立ち上がった赤銅は京極の手を掴み引っ張り、
「くっだらねえジョークを言えるなら体は大丈夫だな!? さっさとこんな病院を出ようぜ!」
京極は目を積むり、
「スウガク、がんばれ……」
眠った。
「バカかよ? 死ぬとか言うなよ? なんでくだらねえジョークで悲しませんだよ? 将来、料理人になるんだろ? 京極の味噌汁また飲ませろよ? 最狂の京極が死ぬわけねえんだからよ……」
その夜…
京極の寝るベッドの横のイスから、京極にもたれかけて眠る赤銅がいる。
トントン
後ろから肩を人差し指で叩かれた赤銅は目を覚ました。
振り返ると…
三つ編み眼鏡でブルゾンを着た横山直美が立っている。
「先輩? 来てくれたんだ?」
「赤銅さんが、久しぶりにラインくれたから来たんです」
横山は赤銅にコンビニのビニール袋を見せ、
「差し入れ、オニギリ5個とジュースだけど」
「ありがとう先輩」
「赤銅さん、本気なんですか?」
「ああ、京極が退院するまでワタシもずっとココに泊まるのを決めた、聖クリにも行かねえ」
「赤銅さんは本当に京極さんが好きなんですね……」
「命より大切」
「私にできる事があったら何でも言ってください、京極さんが起きて病院から出れるために協力します」
「ありがとう先輩」
赤銅は立ち上がり、
「先輩…… わりいけど、家に帰ってお泊りの準備してくるわ」
横山は優しい笑顔で、
「どうぞ、帰ってくるまでココで待っています」
「わりい、急ぐけど30分以上はかかるかも」
赤銅は病室を出た。
横山は窓の外を見る。
赤銅の運転する単車が病院から出たのを確認すると……
三つ編みを解き、眼鏡を外してポイ捨てして…… ブルゾンも脱ぎ捨てる……
黒のワンピースに、黒の長い髪、ワンピースから夜叉の顔の入れ墨が溢れている。
ブラックチェリー(横山)は笑みで京極の寝顔を見下ろし、
「茜……」
京極の寝ていた枕を取り、
「起きねえなら、ずっと眠ってればいい…」
自然死と思わせるためにか?
枕を京極の顔に当てて、押す……
やがて…… 窒息間際に京極の体にビクビクと小さく痙攣が、
「起きなきゃ、赤銅は貰ってやるぞ……」
バシッ!
京極の右手がブラックチェリーの枕を持つ手を力強く握った。
ヌ~~~
押し上げられたブラックチェリーの右手、
≪●≫≪●≫
京極は寝ながらガンで、前回と違いサングラスを外したブラックチェリーの、にやけた顔を見上げる。
「オメエ? ブラックチェリー?」
「茜…いつまで寝てんだ? 寝てばっかだとよ……つまんねえだろ?」
「なんで眠ってるうちに殺さなかった? 殺ろうと思えば殺れただろ?」
「バレてた? オメエとはタイマンで殺しあった方がおもしれえから」
「むかつく笑いだな? で? どうおもしれえんだ?」
怪力のブラックチェリーは京極に握られた手を離させ、
「オメエと私は姉妹だからだよ」
「なに?」
ブラックチェリーは背を向け、
「姉妹だからかな? 好きな女も同じ…… 茜、余裕かまして寝てたら赤銅の単車の後ろの指定席を奪い取ってやる」
病室を出た。
30分後…
赤銅が病室に戻ると、京極は『卍』のスカジャンを着て、椅子に座りセッタを吸っている。
「おお!? やっと目が覚めたのか京極!?」
京極の足元には食べ終えたオニギリ5個の包装袋が散乱している。
紙パックのオレンジジュースをストローでチュ――っと飲み干した後にグシャっとし、
「赤銅…… ココに誰を呼んだんだ?」
赤銅は落ちている眼鏡にブルゾンを見て、
「なんで先輩の眼鏡と服が? 聖クリの三年の横山先輩だ、知ってんだろ? 一か月半くらい前に渋谷のゲーセンを出た後に、ワタシの単車の後ろに乗ってただろ? 次の日に京極が嫉妬してたじゃねえか?」
京極は、数時間前に赤銅の持って来ていた二つに割られた冷めた肉まんを食べながら、
「アレか……」