鏡餅
縁起物などどうでもいいと思うほうだ。正月の飾りつけなんて、今の生活になってからは、したことがなかった。それをたまたま考えついたのは、頂いた『それ』があまりに立派だったので。
「こんな立派なもの、頂いてしまってもいいんですか?」
「いいんだよ」
工場長は油で少し汚れた顔を温かく笑わせると、うなずいた。
「頑張るお父さんから、息子にプレゼントしてやれよ」
「ありがとうございます。きっと息子も喜びます!」
私は笑顔で頭を下げながら、落とさないように、それをしっかりと両手で持った。
ずっしりと感じるほどの大きさの、ビニール袋で包まれた、立派なお餅だ。工場長が家でついたものなのだと言う。2kgぐらいはありそうで、カチンコチンに固くなっている。本当は小さく千切ってほしいなと思ったが、でっかい丸餅を見た時の、悠斗のびっくりする顔が目に浮かび、帰るのが楽しみになった。
「それでは失礼します。よいお年を」
私が頭を下げると、工場長は気さくに手を振ってくれた。
「うん。来年もよろしくな」
□□□□
「パパー! お帰り!」
アパートの部屋に帰ると悠斗が1人でいて、奥から駆けて来た。ヘルパーさんは帰宅連絡を受けると私を待たずに帰ったようだ。
「フフフ悠斗。今日はプレゼントがあるんだぞ」
後ろ手に隠した大きなお餅を持つ手がウズウズする。
「えー? 無理しなくていーよ。お金ないんでしょ」
4歳とは思えない言葉が返ってきた。
顔立ちが妻に似て来た。浪費癖がひどく、育児に不安すら感じた彼女も、今は筋者のお偉いさんの女だ。元気でやっているだろうか。どうでもいいと思った筈なのに思い出してしまう。
「ほらっ」
私がビニール袋に包まれたお餅を前に出して見せると、悠斗の口から凄い声が出た。
「凄い! ツケモノイシだ!」
どこでそんな言葉を覚えて来るのだろう。私が「お餅だぞ」と訂正すると、ここで悠斗が面白いことを言い出したのだ。
「あっ。鏡餅だね?」
それで私もその気になったのだった。これを鏡餅として飾ろうと。二つなければそれらしくないと思ったので、男2人だと使わないドレッサーの鏡をドライバーで外し、テーブルの上に固定し直す。その上にお餅を置くと、鏡に映って二つに増えて重なった。
「鏡餅ー!」
悠斗がキャッキャと笑う。
「ここに福の神様がやって来てくれるんだぞ」
「神様ってパパのことー?」
そう言って笑う悠斗が、鏡のように私を映していた。いい父親をやれている、そう思えた。