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水明卿

 私達は夜を船の上で明かしていた。東の空から登った朝日が湖面を橙色に染め上げる。こんな朝日を見るのは一体いつぶりだろうか? 辺りを覆っていた霧の気配は全くない。島からは、まだ白い煙が盛大に上がっている。


 歌月さんと世恋さんは、朝方、夜が白むころになってやっと目を覚ました。二人とも頭が痛いと言っていたのは、マ者のせいではなく二人を起こそうと蹴っ飛ばしていた百夜ちゃんのせいだと思ったけど、それを口には出さなかった。


 白蓮が昨日からの経緯を三人に説明した。その間、私は緑香ちゃんがくれた林檎を手にずっと彼女への思いを巡らせていた。


「水明卿ですな」


 その朝日を横顔に受けながら、岸に向かって櫓をこぎ始めた旋風卿がぽつりと語った。


「水明卿?」


 一体彼は、なんのことを言っているのだろう。


「100年以上前に、兄と一緒に行方不明になった二つ名持ちです」


 100年以上前?


「城砦始まって以来の最年少での二つ名持ちで、未だにその記録は破られていません。それにあの長老の名前にも憶えがあります。私が城砦の禁書庫で、あの地図を写し取った時の地図の余白に、その名前がありました。みんなもうとっくに死んだはずの冒険者達ですな」


 みんな、あの島に捕らえられていたという事なんだろうか?


「見なさいあれを」


 旋風卿が、日の出とともに吹き始めた風に流された煙の背後を指さした。そこには何やら黒い石で積み上げられた、城か館の廃墟のようなものが見える。


「おそらく、黒の帝国時代の遺跡でしょう。あの地図は、きっとあれのありかを示していたものですね」


「マ石はあの遺跡にあったものなのかい?」


 歌月さんが、遺跡を眺めながら旋風卿に聞いた。


「でしょうな。皆、あれを目指してそして命を落とした方々です。お嬢さん、覚えておくといい。冒険者とは、命と言うかけがえのないものを賭けて、くだらないものを探しに行く、実に欲深き者達なのですよ」


 旋風卿が私の顔を見つめて言った。


「それ以上でも、それ以下でもない」


 それが緑香さんが私に言った、『兄を止められなかった』という言葉の理由なのだろうか?


 いや違うと思う。私が緑耶さんに緑香さんの事を聞いた時に彼が『私は、妹とは違う』と言った台詞。彼は緑香さんの力に嫉妬していたのだと思う。それが彼をこの地へと駆り立てたのではないだろうか?


 一方で緑香さんは、兄のためにその力をふるっていた。そして兄の自尊心が傷つくことを恐れたのだ。


 力と言うのはそれを望む人に与えられるものではないのだ。もしそれが逆だったら、きっと彼らはこの島に閉じ込められることは無かったのかもしれない。


 もし私に力があって、それで白蓮を守ろうとするほど彼を苦しめることになったら、自分はいったいどうするのだろうか? 力などない私にはその答えは分からない。


 そんな事を私が考えているうちに、船の正面に湖を囲む森が、その向こうに小高い山が見えてきた。湖畔に何か動くものがある。馬達だ!彼らはゆっくりと湖畔の水を飲んでいた。よかった生きていたんだ。


 船が岸に着くや否や私は飛び降りて馬達にかけよった。良かった良かった。うんうん、ここは水も餌もあって体重も少しもどったみたいだ。


 私が乗っていた牝馬に私は顔をすりつける。彼女は私が持っている林檎が気になって仕方がないらしい。あげますよ。お利口さんにしていたご褒美です。


「おかしいな、ちゃんと結んでいたはずなんだけど」


 私の後ろで白蓮がとぼけた声をあげる。分かっているよ白蓮。君はわざと結び目がほどけるようにしておいたんでしょう。


「やれやれ、とんだ寄り道でしたな」


 私の背後で冒険者達がいつもの仕事にかかる。周囲の警戒、道具の手入れ、朝食の準備。みんな気を使ってくれたのだろう。今日は百夜ちゃんともども私はお役御免らしい。


 白蓮が岩に座ってぼーっと湖面を見つめる私にそっと何かを握らせてくれた。緑の蝶の髪留め。止まっていたはずの涙がまたこぼれそうになる。


「ふーちゃん、こんど『洗濯紐』を持っていくときは一言声をかけてほしいな。死にかけたよ」


 感傷に浸る私に白蓮が余計な一言を掛けた。君はこれが無ければもっともてると思いますよ。


『ん!』


 ちょっと待って白蓮。どうして『洗濯紐』を知っているんだ? そういえばお前、旋風卿達がおかしくなった時、何でもっと前に気が付かなかったんだ?


『そういうことですか……』


「白蓮、私に背を向けてそこにひざまずきなさい」


 白蓮が不思議そうな顔をしたが、逆らってはいけないと思ったのか素直にひざまずいた。


「首を少し前にまげて。そうそう」


「世恋さん、ここにおいてある剣、ちょっとお借りしますね」


 世恋さんが岩に立てかけていた細見の剣をちょっとお借りする。

 

「白蓮、せめてもの情けだ一太刀で殺してやる!」


「ちょっと風華さん何をしているんですか!」


 世恋さんが私を羽交い絞めにして邪魔をする。


「世恋さん、お願いです放してください。こののぞき魔を成敗させてください」


「ふーちゃん、あの、その、安全を確保するためで……それに洗濯ものの影だったから何もみえて……」


「殺す!絶対に殺す!!放せ!!」


「風華さん、そんなに騒いだら『鳥もどき』が来ますよ!」


「お前達、おもかろいぞ!『鳥もどき』は、我がすべて焼き鳥にしてやる。さっさとやれ、赤娘!」


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