マ石
彼女が歌月さんに差し出した黒い結晶。一体どれだけそれを見つめていたのだろうか? その場の誰もが、全てを取り込むかのような漆黒の闇を宿す石に心を奪われていた。
マ石はマ物から取り出すことで得られる石だ。強いマ者ほど大きなマ石を持つ。マ石は自然に蓄積する以外で唯一マナを得る手段であり、熟練のマナ使いがその力をふるう際の触媒としても働く。
冒険者の多くはこのマ石を得ることを目的に「森」に入る。そして巨大なマ石を得たものには莫大な富と名誉をもたらしてくれるのだ。
全部父の受け売りですけど!
基本的には、私のような庶民には縁がない代物だ。歌月さんが絞り出すような声を上げた。
「マ石、それも相当の代物。ここじゃ見たことがないわ。『城砦』でも、何十年に一度みるかどうか、いやそれ以上かもしれないね」
歌月さんの顔には驚愕の色がある。マ石を指差した手には微かな震えさえあった。
「白蓮。これってめちゃくちゃでかいやつなの?」
私は小声で白蓮に聞いてみた。
「僕が見たことがあるのは、指に乗るか大きくてもつまめるぐらいの大きさだよ。それでも『へぇー』って感じだからね」
我に返ったらしい歌月さんが、白蓮に問いただした。
「白蓮君、これは山櫂さんの……」
「えっ、(違っ……、むむむむ)」
違います。それは百夜(仮称)ちゃんのですと言おうとした私の口を、まだ泥を落としていない白蓮の手がふさいだ。そして歌月さんに向ってゆっくりと頷いて見せる。
「そうよね。これだけの物……山櫂さんが『城砦』にいたときの物? よく結社が持ち出しを認めたね。物が物だけに詳しくは話せないというとこかしら?」
「察していただいて、助かります」
白蓮がしたり顔で、歌月さんに再度頷いて見せた。未だに白蓮に口を塞がれながらもおそるおそる百夜ちゃんの顔を見ると、彼女の顔には全く変化が無かった。というか、一連のやり取りには全く興味がなさそうだった(私が彼女の表情を読めるとすればだけど)。
「他にも師匠の遺品を整理したいと思って持ってきました。何分……」
「白蓮君、いいたいことは分かる。ここもお陰でほぼ何もできていない状態だし」
歌月さんは人差し指を口の前に差し出すと小声で、
「耳が早い人達はとうに消えている。残っているのは、あなたや私の様に動きようがないか、目も耳も持っていない人だけ。でも、これだけのマ石が見れたのは残っていたからこそでしょうけどね。多くの冒険者が夢見て、見れない幻」
と告げた。うわ、白蓮なんかが言ったら(思いつきもしないでしょうけど)なんてくさいと思う台詞でも、美人が言うとまた別物ですね。
「いくらになりますか?」
白蓮が珍しく真顔で歌月さんに切り出した。歌月さんは少し後ろを振り返ると、今までの打ち解けた感じとはうって変わった態度で答えた。
「結社は法。法は結社。白蓮君、あなたがこれを結社に売ることはできない。これは風華さんのもの。売ることができるのは、風華さんだけよ」
「それなら、彼女が……」
歌月さんが、白蓮の言葉を遮る。
「結社の一員としての風華さんだけから、それを結社が引き取ることができる。風華さんは結社の一員ではない。だからそれを引き取ることはできないの」
「どうしてもですか? なら、彼女が結社の一員になればいいと言う事ですよね?」
「ごめんなさい白蓮君。それは無理」
歌月さんは、白蓮に向って首を振って見せた。
「基本的に、結社はその法に従う。来るものは拒まず。ただし法を犯すものは決して許さない。それが結社の基本方針なのは良く知っているでしょう?」
「はい」
「来るものは拒まずと言っても最低限の規則はある。その人が結社の法に誓約しそれに従うことを、誰かが保証することが必要なの」
そう告げると、歌月さんは私達の方を振り返った。そして私達に言い聞かせる様に話を続けた。
「それを結社が行うのであれば結社の審査が、あるいはそれを連帯保証する結社の兄弟姉妹が必要。あなたの時は山櫂さんがあなたの誓約を保証した。もしあなたが誓約をやぶれば兄弟姉妹はすべてその罪をかぶる」
「では、私が彼女の兄弟姉妹として保証します」
「残念ね。結社にどれだけ貢献したかによるから、あなた一人では保証することは出来ない。あなたの貢献度では、あなたが後、最低4人は必要なの」