努力
すっかり暗くなった後では、見知らぬ場所だと足元もおぼつかない。ともかくあの大木の近くに何かがあるはずだ。ここまでくる間に、里の人らしき人々を何人か見かけたが、誰もこちらに気がついた様子はない。百夜ちゃんが言う通り、こちらは見えていないのだろうか?
まあ、あまりそれに期待をし過ぎるのもやめておいた方がいい。やはり見えてましたとなったら話がややこしくなる。
それに確かにここはおかしい。里の者同士が話したり集まったりしているのを全く見ない。いくら何でもお互いに挨拶ぐらいするはずだ。それに家か小屋かよく分からないが、灯がほとんど灯らない。明かりらしきものは、幾人か出入りする里人が持つ、マ石の角灯のあかりだけだ。
唯一の例外は、昨日、案内された中央の建物だけ。そこの中では何やら明かりがついていて人の動きがある。そこを探るべきだろうか? いや、あまりにあからさますぎる。
まずはこれらの小屋がどうして必要なのかを調べてみて、何を探すべきなのかを明らかにする努力をすべきだろう。回り道の様だがこちらの方が早いはずだ。
白蓮は今後の方針をまとめると、肩にかけた帯革を外し、さらにそれの留め金を外して長さを伸ばした。それを柱に回して腰の帯革の金具に固定すると、先ほど里人が昇って行った小屋を目指して柱を登り始めた。
* * *
「はーい」
とりあえず、何事もなかったように元気に返事をすることにする。時間稼ぎと言えばこれしかない。私は入り口のとこまで行くと、下を覗き込んだ。そこでは緑耶さんと名乗った何かが、私ににこやかな笑顔を向けていた。
「すいません。お化粧に少し時間がかかっておりまして、もう少しお待ちいただけませんでしょうか?」
女が三人(もう一人居た気もするけど……)もいるのだ。時間がかかるのは当たり前でしょう? あれ、何かが私を持ち上げて入り口からどかす。背後を見ると、私は旋風卿からまるで入り口にある邪魔な荷物のように持ち上げられていた。
「旋風卿? 何してくれるんですか!」
「お嬢さん、あぶないですよ」
こっちはあんた達の為に、必死に時間稼ぎをしているというのに。私をひょいと入り口そばからどかすと、旋風卿はゆっくりと梯子を下り始めた。
「ちょっと待って。まだ準備が出来ていないって言っているでしょうが!」
私はその大外套についている頭巾をひっぱりあげるが、旋風卿はお構いなしに梯子を下りていく。百夜ちゃんのいう通り、これは誰かに操られているとしか思えない。
「風華さん、落ちちゃいますよ」
頭巾にかけていた手が、世恋さんによって振りほどかれた。やっぱり貴方も操られている口ですか?
「どきな風華、邪魔だよ」
歌月さんも、私を無視して梯子を降りて行こうとする。私は助けを求めて、小屋の中にいる百夜ちゃんを振り返った。百夜ちゃんが私に向かって首を横に振って見せる。
「赤娘、むだだ。我らには止められん」
いっそ、気絶させてしまえばいいのではないだろうか? 私は戸口に立てかけてあった閂用の棒を手にした。ごめんなさい世恋さん、後で土下座して謝ります。私はそれを世恋さんの背後に向けて振り下ろした。
「風華さん、修行は後にしましょうね」
それはあっさりと空ぶった。世恋さんは空振りした棒を手にして、それをひょいとひねって見せる。私は棒ごと一回転しそうになり、慌ててそれを手放した。やはり完全に操られているわけではないみたいだけど、夢でも見ている感じなんだろうか?
「無駄だ、赤娘。今はとりあえずこいつらについて行くしかない」
3人はもう下に降りてしまっている。私は部屋にあったマ石による角灯を持って慌てて後を追った。百夜ちゃんも私に続いて梯子を下りてくる。
「では、参りましょう」
緑耶さんと名乗った何かが、角灯の向こうでにっこりとほほ笑んだ。今はこの涼やかな作り笑顔がものすごく憎らしく思える。
「あれ~~。忘れ物をしたみたいですので、ちょっと待っていてもらえませんか?」
とりあえず、なるべくかわいい子を取り繕って言ってみる。
「参りましょう」
思いっきり無視ですか。いたいけな乙女がちょっと待ってと言っているでしょうが!
「お願いです。ちょっとだけ待ってください」
私はみんなの前で、大きく手を広げて行く手をふさいだ。顔には一応、最大限のお願いします旦那様的な表情を浮かべてみる。
「えっ!」
皆さんは私の広げた手の横をすり抜けていく。うううう、ここまで無視されるとは……。
でもここでくじけてはいけない風華!この努力にみんなの命が掛かっているんだ!




