囮
「白蓮君、様子はどうだったね?」
「アルさん、ふーちゃんを囮に使うのは今回限りにしてくださいよ。百夜ちゃんが一緒に行くって言ってくれたから良かったものの……」
白蓮は少し不満げな様子で旋風卿に答えた。アルさんだって、世恋さんは囮には使わないでしょう? 白蓮は部屋の隅で横になる風華を指さして言った。昨日の夜はなかなか寝付けなかったみたいだが、今はすやすやと寝ている。
「一番彼女が安全ですからな。もっとも無害に見える。実際無害だしね」
「お願いですから、ふーちゃんが起きてからは言わないでくださいよ。また切れられたら大変なんですから。特にこちらに対する害意があるようには見えませんでしたね。ただ気になるのが、小屋の数がかなりある割には、それほど大勢の人がいるようには見えないこと」
「小屋の数はどのくらいだね?」
「正確には分かりませんが、昨日船着き場から通った両側は、ほぼびっしりという感じでしょうか? ここだけ、ちょっと他から離れていますけど。
もっと気になるのは、その小屋に夜中でも出入りがあることですね。僕は斥候が専門という訳ではないですし、『夜目』持ちでも『遠耳』持ちでもないので、正確なところは分かりませんけど」
白蓮はそう旋風卿に報告すると、下し窓の隙間から外を覗いた。
「夜が明けたとは思うんですけど、相変わらずの霧なので時間がよく分からないですね」
「君は元気だな。私はどういう訳だか、体が重くて仕方ないよ」
「あんたもかい。なんだろうね、昔に力を使った後でまだマナ酔いしていた頃を思い出すような感じだね」
歌月さんがまだ体を横にしたままで呟いた。僅かな膨らみに、その大外套の下には剣を抜き身で持っているのが分かる。ふーちゃんの寝相なら血だらけだろうな。
「マナ酔いですか? 僕はかかった事がないからよく分からないですけど。でもよくマナ酔いするふーちゃんも、あまり変わりはなさそうでしたが?」
「昨日の水か何かかと思ったのだが、君達や百夜嬢は影響がなさそうだというと、マナ使い向けの毒か何かですかね?」
「アルさん、それって僕らに対する嫌味ですか?」
「ともかく今日は、『神』とやらに会う必要がある。今日も忙しい一日になりそうですな」




