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結社

 私達は眼帯男達の手から逃れた後は特に何の問題もなく結社の入口までたどり着けた。


 入口の前で私は心の中で肩を十回くらいすくめつつ結社の建物を見上げた。表は石作りでかなり重厚で立派に見えるが、裏に回ると煉瓦作りの普通の建物。見かけが大事を地で行く建物だ。


 総石造りの復興領の役所や領主館とは違う。あっちは本物の重厚な建物だ。それでも私のような普通の庶民が入り口を前にすると足がすくむ思いがする。


「さっきの眼帯男達が、戻ってきたりしない?」


「奴ら、いないな」


「まあ、百夜ちゃんがいうのだから、大丈夫でしょう」


 さっきまで絶対絶命だったのに本当ですか?


 確かに建物の周りも人の気配がしない。むしろこの早朝の時間帯は森から戻ってくる組と、これから出かける組がごった返していて、一番混んでいる時間のはず。


「今日は休みということはないよね?」


 私は一番良く分かっているはずの白蓮に聞いた。


「そんなことはないね。街が封鎖されているから、ほとんど誰も近づけていないんじゃないかな? もしかしたら僕だけなら、結社の証で普通にここまでこれたかも」


 もしかして白蓮君、君はさらりと私に恩を着せようとしています?


「腹が減った。餌に交換する」


 百夜(仮称)ちゃんの機嫌が悪化する前に、急ぎ白蓮が重厚な門の横の通用口を開けて中を覗いた。白蓮は振り返ると、私たち二人にちょいちょいと手招きした。どうやらお休みということはないらしい。


 中に入るとまだ暗がりに慣れていない目には、真っ暗な中に明かり取りの窓から入った光の中を、無数のチリが舞っているのだけが目に入った。


 父が結社に行っていた時からここにはほとんど近寄ることはなかったので、よくは知らないが、このチリの多さだけ見る限り決して居心地のよい場所ではないらしい。


 暗がりになれた目に、床においてあるテーブルや椅子、その先にある受付やらが目に入った。恐ろしいことにそれらの椅子には誰も座っていない。


 いや、奥まったところにちらほらと数人が固まるように座っているのが見えた。良かった。無人ではないらしい。だけど、墓地の広場のように静まり返っている。


 一人、中年の黒い制服の前をはだけたおじさんだけが暗がりの中で、長柄付きの雑巾で床を拭いている。その床を拭く、キュっという音だけが辺りに響いていた。


 まるで葬式、いや、葬式の方がもう少し活気がありそうな気がする。参列者がほとんどいなかった父の葬式だって、これよりは大分ましだったはずだ。そういえば父の葬式の時に白蓮が涙を流したのを初めて見た気がする。


「白蓮さん。お連れの方たちは?」


 暗がりの中から、明かり窓が照らす光の中に一人の女性が進み出た。


「あ、歌月(かげつ)さん。こちらは師匠の娘さんの風華さんです。そしてこちらはその友人の百夜(まだ仮称だからね!)さんです」


 白蓮が、女性に向って私達の事を紹介した。美……美人だ。そして見事なくびれ。女の私でも分かります。この方が、男を引き寄せる魅惑の力を持っていることを。


山櫂(さんかい)さんのお嬢さん。お父様の事はご愁傷さまでした。お父様にはすごくお世話になっていたのですが、お葬式には、結社の人は参加不要とおっしゃっていたので、いけなくて申し訳ありませんでした」


 彼女はとても残念そうな顔をすると私に向って頭を下げた。


「お気になさらないで下さい。父はちょっと変わり者でしたし、皆さんにご迷惑をおかけしたく無かったのだと思います」


 最後の「すごくお世話になっていた」は娘としてちょっと気になりますけど……。


 そう言えば父は私が結社に近づくのは避けていたし森の話もほとんどしなかった。私の結社に関する細々とした知識は、むしろ白蓮から聞いたものの方が多いくらいだ。


「本当に見違えました。私が初めて風華さんにあったのはまだ五才か、六才かな? こんな素敵な美人になっていたなんて……」


 こんな美人にお世辞でも美人とか言われると耳の後ろが熱くなります。でもそうだとすると彼女の年齢は少なくとも……。いけません。余計なことを考えたら顔に出てしまいます。


「まあ、だいぶ泥で汚れてますけどね。はははは」


 白蓮の謎の突っ込み。


「確かにちょっと汚れちゃいましたね。はははははは……」


 君は人のちょっとした幸せをぶち壊してくれる天才ですね。普段は○○なくせに。しかも、さっきは死にかけていたくせに。でもおかげで、歌月さんに変なことを考えていたことは悟られずに済んだかも?


「失礼ですが百夜さんは、ご病気か何かですか?」


 歌月さんが百夜ちゃんの方を振り向くと、少しだけ怪訝そうな顔をした。


「うつされた病気ではなくて、生まれた時からのものだそうです」


 歌月さんに向って白蓮が答えた。白蓮君、こんな口から出まかせを言っても大丈夫ですか?


「結社は残念ながらそのような症例の方のお手伝いは……」


 歌月さんが語り終える前に白蓮が口を開いた。


「歌月さん違います。師匠の遺品の売却と、百夜さんの食事をお願いしたいと思って寄らせてもらいました」


 百夜ちゃん(仮称)が歌月さんの前に進んだ。それを見た歌月さんが少しばかり後ずさった様に見えた。


「核を餌に換える」


「核?」


 歌月さんが百夜ちゃん(仮称)に向って首をかしげて見せた。


「これ」


 百夜ちゃん(仮称)が歌月さんに向ってまるで小枝のような腕を差し出すと、手を上に向けて握っていた拳を開いて見せた。彼女の手の中には漆黒の何かがあった。


 まるで、彼女の暗褐色の手の中にぽっかりと穴があいたような、明かり窓から降り注ぐ光の全てをその中に捉えたかのような黒い何かがある。


「マ石だ」


 私の横で白蓮が呟いた。それは私が見たことも聞いた事もない大きさのマ石だった。

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