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お化け

「よこせ、赤娘!」


 百夜ちゃんが私に右手を差し出す。私が干し肉を前に差し出した瞬間に、ひったくってあっという間に口に放り込んだ。本当に食いしん坊ですね。


 周りを見ると、歌月さんと世恋さんは左右の警戒を、白蓮が私達が出てきた背後の熊笹の藪やら木の上などを見ていた。旋風卿が湖のほとりで膝をつき、その水を手に掬ってなにやら匂いを嗅いでいる。彼の水に差し込まれた手の跡が、水紋となり、静かに湖へと広がっていった。


 本当に静かな湖だ。生き物の気配が全くしない。その水紋の先には、深い霧を纏った立ち枯れた木々が、まるで何かの骨のような姿で水に浮かんでいる。霧が深くてよく分からないが、どうやら私達は湖のほとりの、入り江のようなところにいるらしい。左右の霧の先にうっすらと林の影が見える。


「誰か浄化持ちはいませんかね?」


 旋風卿が腰から外した金属製の杯に、湖の水を入れて私達に差し出した。役立たずの達(冒険者達)の中に首を縦に振る者は居ない。


 この人達は本当に、生活技術はからっきしなんですね!


 私は旋風卿の手から杯を奪い取ると、鳩尾の下に意識を集中した。その上にある心臓や肺とは違う、何かうごめくものにさらに意識を集中する。


 次に杯の中にある水に対して、それ以外の物が下に行く心象を描いた。それを維持しつつ、背後にいた白蓮に向けて手を差し出す。さっさと器をよこせ、はくれ~~ん。心象がずれたらまた最初からやり直しになる。


 白蓮が自分の腰帯革につるしていた、薄い銅製の杯を私へと差し出した。私は心象がずれないようにしながら、白蓮が渡した杯に水をそそぐ。全部は注がない。注いでしまうと下に落とした水以外の何かも入ってしまう。


 私は浄化の力を使った水を旋風卿に差し出した。旋風卿は、私から受け取った杯から水を含むと、何やら口の中でその水を転がしている。この人、私の事を全然信用していない。最後はしょうがないという感じでそれを飲み込んだ。


「水ですな」


 何それ!マナ酔い覚悟でやった私にたいする台詞ですか?


 もうちょっと何か別の言葉。『ありがとう』とか『おいしくいただきました』とかはないのですか?


 そうだ、いま分かった。この方、人に対する感謝の言葉が無さすぎ。妹の世恋さんは丁寧すぎなぐらいだけど。どうして兄弟でこんなに違うんですか?


 旋風卿の礼儀がなっていないことについては、とりあえず横に置いておくとして、旋風卿の勘は正しかった。さっきの態度は特別に広い心で許してあげます。これであの子達(馬達)に、たっぷりお水を上げることが出来る。万歳!


「あの子達をここにつれてきてあげないと」


 るんるん気分で私は宣言した。


「無理だな。入り方は分かったが、出方はまだ分からん」


 分からない? 百夜ちゃんが何やら不穏な台詞を私に告げる。


「つまり?」


「出られん」


 一瞬の静寂。微かに風が吹いている。


「どういう事!」


 私の叫びは、白蓮の泥だらけの手によって抑えられた。前にもあったなこれ?


「百夜嬢が分からないというのなら、分からないのでしょうな。日がまったく差さないので正確には分かりませんが、もう日暮れも近いはずです。野営の準備をするなり、ここの湖畔の安全を確かめるなりしないといけませんね」


 そう語った旋風卿の足元で、百夜ちゃんがその肩へ登ろうと、足もとにかじりついて、何やらもぞもぞ動いている。どうも旋風卿の肩が相当気に入ったみたいだ。単に歩きたくないだけのような気もするけど。


 足元の百夜ちゃんが鬱陶しくなったのか、旋風卿は彼女の大外套をつかむと、ひょいと肩に乗せてやった。本来は微笑ましい姿のはずだが、旋風卿と百夜ちゃんの組み合わせだと、何か異質な恐怖を感じさせるものに見えてしまう。


「周囲の探索はどうする? 森に戻るか、霧の中に入ったら、ここに戻ってこれる保証はないみたいだしね」


 歌月さんが冷静に言う。歌月さんまで百夜の言葉を真に受けているんですか?


「この霧もありますから、円陣で野営する以外にはなさそうですね。せめて周囲に警戒線だけでも引ければいいんですけど」


 世恋さんもいつもの態度だ。


「多少の危険は覚悟で、火を焚きますか? マ者から丸見えになりますが……」


 白蓮も右に同じ。


「何が危険かが分からないから、いざという時に角灯の備えだけはしておくべきですね」


 冒険者たち(役立たず達)は少しも慌てることなく、淡々とやるべきことを決めている。この人達やっぱり何かおかしい。


「後ろの藪から馬のところまで戻ってみるとかしなくていいんですかね?」


 一応質問してみる。


「そうですな。私達の顔を二度と見たくないのであればそれを試すのもありですな」


 何度も見た、旋風卿のかわいそうな生き物を見るような表情。耳の後ろが熱くなります。


「我の苦手なやつだ」


 周りの動きに我関せずだった百夜ちゃんが、旋風卿の頭の上から湖の中心を指してつぶやいた。立ち木にまとわりつく霧の間から、朽ちかけた手漕ぎの船がこちらへと近づいてくる。船の上の黒い影が、ゆっくりと櫓をこいでいるのが見えた。


 百夜ちゃんも、お化け嫌いなんですね。


「『()』、『()』、『()』!!」


 私の悲鳴が、再び白蓮の泥だらけの手によって抑えられた。私はその手を振り払って、背後の森へと走ろうとした。


 だが誰かが私の手をとったと思ったら、次の瞬間には地面が私の頭の下に見えている。私の体はきれいに宙を一回転したかと思うと、滑り込んだ白蓮の腹の上へと背中から着地した。


『うえっ!』


という白蓮のうめき声が背中の方から聞こえた。いかん、目を回している場合ではない。逃げねば。立ち上がろうとした私の体は、世恋さんによって押さえつけられた。彼女の豊かな胸で息がつまる。


「お願いです。離してください!」


 私はそのかなり豊かな胸から顔を外して、必死に訴えた。


「みんな分かっているんですか。お化けですよ!やっぱり出たんですよ!」


「風華さん、落ち着いてください。あれは人ですよ。人!」


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