百夜
眼帯の男とその仲間たちは、この少女の出現にどうしてよいものか迷っていた。
彼らはこの子の存在に全く気が付いて居なかった。前衛役のマナ使いが辺りの気配を常に探っていたのにも関わらずだ。
常識的に考えてこの子に注意を集めている間にその仲間がこちらを包囲する、あるいは奇襲できる位置に移動するはずだ。
だがそのような気配は全くしない。この子の気配が分からなかったように、相手の全員が隠密か何かのマナ使いだろうか? いずれにせよ、先手を取られているのは確かだ。
「おや、おまたたち。力を使うくせに核がないな?」
少女が首を傾げた。頭巾の影でその表情は全くわからない。
「なんだ、森の外でも核がとろるかとおもっかけど。残念」
薄毛の男と眼帯の男から音もなく短剣が放たれる。それらは通常の力ではない何かの力で弧を描くと、少女の頭と心臓に突き刺さったかのように見えた。
「お前たちつまらないな?」
眼帯の男が短く口笛を吹く。次の瞬間、4人の男たちの姿はどこにも見えなかった。すくなくとも私にはどこに行ったのか全く分からなかった。
「逃げた? おもかろくなかった? 残念。残念」
彼女が丸太の上からまるでウサギが跳ねるかのような軽やかさで、白蓮の前まで下りてきた。きっと私なんかよりずいぶん体重が軽いのね。
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
私が抱きつかんばかりにして彼女の手を取ろうとしたとき、何かがおかしいのに気が付いた。その手はまるで木の枝でも握ったかのような硬く乾いた感触がする。
私の方を少し見上げた彼女を見て思わず悲鳴がもれそうになった。その口を白蓮が泥だらけの手でふさいだ。
それはひび割れた暗褐色の肌に、あまりに大きな左目、開いているのか閉じているのか分からない右目が私を見ている。右目は充血した白目だけがわずかにのぞいているだけだ。
私が握っている彼女の手は、骨に何かのトカゲの皮が張り付いたのではないかという代物だった。何故か口びるだけが妙に赤く血色の良い色をしている。
「助けた?」
少女が少し首を傾げて見せた。私は白蓮の手を振りほどくと彼女に向って全力で頷いてみせた。是非、この感謝の気持ちだけは分かって欲しい。そして出来ればさっきの態度は忘れて頂きたい。
「残念。残念。まあいい、党(おそらく塔)は分かったが入り口が分からない」
「ああ、そうだね。ここから行くと裏手だから回り込む感じになるね」
さっきまで絶体絶命だった男がこの世の人とは思えない何かと普通にしゃべっている。
「私は風華という者で、こちらは白蓮です。どちらも庶民なので名前だけです。あなたは私達の命の恩人です。是非、お名前を教えていただけませんか?」
頭巾をかぶりなおした少女(ですよね?)はしばし考え込むと、
「名前は……ないな。何も覚えていない」
と私達に告げた。えっ!どういう事!?
「なんだ、僕と同じか? じゃ、ふーちゃんに名前つけてもらったら? ないと不便だよ。僕もふーちゃんにつけてもらったしね?」
少女にそう告げると、白蓮は私の方を振り返った。その言葉に謎の少女も私の方をじっと見ている。ちょっと待った。もしかして本気で私に期待しています?
そもそも記憶がないとかすごく大事な事でしょう? それに名前ってそう簡単に付けるものでは無いですよね? 犬や猫じゃないんだから。
すでに「名無し」には会っていますからちょっとだけは慣れてますけど。でも「白蓮」という名前の俗語は決していい意味ではないんですよ。元ネタは蛇ですし……。
我に返ると、二人が相変わらず私をじっと見て待っている。なんか名前を言わないと先に進めそうにない気がする。分かりました。出たとこ勝負です。
「『白夜』でどうでしょう?」
自分の心に何となく思い浮かんだものをとりあえず口にしてみた。
なんか暗がりから突然出てくるのが特技みたいですし、私の昔聞いた怪談噺の○○そのままのような気もするので選ばせて頂きました。
もちろん、こんな謎少女に心の声は決して漏らしはしない。
「よかったねー。ふーちゃんに名前付けてもらって、良い名前だと思うよ」
「よいよい」
よく分からないが、勝手に私の思いつきの名前に二人は納得しているようだ。でも今の私には名前なんかよりも、もっともっと気になることがある。
「ちょっと待ってください。白蓮も二年前に会った時には記憶が無かったし、あなたも無い。もしかしたら二人は知り合いでは? いや絶対にそう!この男は記憶にありませんか?」
「白夜(仮称)」ちゃんは、ちょっと首をかしげると
「知らない」
とあっさりと私に告げた。
「あの~、私の言っていること分かっています?」
「失礼。わかる。今の声はうまくでないだけ」
声? 言っていることがよく分からないんですけど!流石に生き別れの兄、妹という展開までは期待していなかったが、本当に何も思い当たることはないんですか?
「残念だけど、『百夜(仮称)』ちゃんの事も記憶ないな」
白蓮も一緒に首をかしげている。
「だって、しゃべり方だってそっくりだし!!」
「似てるか? 全然違うでしょう。こんなふうにしゃべろと言われても無理無理」
この死にかけ男が!せっかくこの謎男の謎が少しは晴れるかと思ったのに……。この乙女の大きな大きな期待感をどうしてくれるんですか!
「ごめん……」
白蓮君、謝るだけ少しは成長しましたね。自分の事ですよ……。
「さっきの蹴りで吐き気が……」
「お前、おもかろい!」
いや、絶対おもかろくない。