出発
「周囲の警戒は大事だという事はよく分かっていると思ってましたがね」
旋風卿のお説教が続いています。偵察から戻ってきた旋風卿は隠す時間のなかった野犬の屍骸を見ると、やれやれという表情をして、穴をほってそれをぽいといれるとたちまち埋めてしまいました。こういうところの仕事は早いようです。
私達三人、百夜ちゃんは我関せずなので、正しくは二人に対して周囲警戒の大事さをくどくどと説き始めて今に至るです。正直もうまじめには聞いていないのですが、聞いているふりをするのにもだいぶ疲れてきました。
「お兄様、十分にお話は承りました。これ以上何か付け加えるというのであれば私にも考えがあります」
よかったです。うんざりしていたのは私だけではなかったようです。それに世恋さんってお兄様の言いなりという訳ではないんですね。私に同盟者が現れました。
「それに、風華さんへの指導は続けさせていただきます。後回しにはできません」
世恋さんの迫力に、あの旋風卿が思わずのけぞりそうになっている。いい気味です。あれ、もしかして修行は続くんですかね? 私としては、薪をもった方がお役に立てそうな気がするんですけど……。
「戻りました」
二人がやり取りしている丁度その時に、白蓮と歌月さんの二人が戻ってきた。旋風卿と世恋さんの様子をみて何かありそうとは思ったようだが、二人とも何も言わない方が良いと悟ったらしい。お願い何も言わないで。あの説教もう一回繰り返されたら死んでしまいます。
「街道筋はどうでした?」
旋風卿が戻ってきた二人に尋ねた。
「だめだね。表も裏もひどいありさまだ。街道から近い村辺りもだいぶやられているようだし、街道筋を使って内地を回る経路はあきらめた方がいい。命がいくつあっても足りないよ。それに目立ちすぎる」
旋風卿の問いかけに歌月さんが答えた。私は二人の会話の邪魔にならない様にしながら、戻った二人に兎の肉入りの汁物を配った。
「追手の動きはどうだい?」
歌月さんが旋風卿に問いかけた。
「何組かの捜索隊が出ては戻りました。私達を探しているのかどうかは分かりません。それに今は人質の監視と警護で手が一杯でしょうから、基本的に外部の捜索には人は割けないはずです」
「もう少し落ち着いてからというのは無しでしょうか?」
いつの間にか、白蓮もその会話に交じっている。
「早ければあと二日、遅くてもあと三日もすれば、戦場から人が戻ります。あの墓地のあたりは祭りさながらでしょうな。それに衛士達の人手も増える。近くの村への食料の調達等にも出るかもしれない。そろそろここにいるのも限界ですね」
「表も裏もだめということになると……」
白蓮が旋風卿の顔色を伺う。
「旧街道を使うほかないですな」
『え”』
あの旧街道ですか……。黒の帝国時代からある、城砦へと至るというあの真っ黒な森の中を抜ける道ですか!
「旧街道も、民家や村がある辺りは正面切って通るのはやはりどうかと思いますが……」
白蓮の声。うんうん、旧街道はやめようよ。
「人気のある辺りは、森の傍を抜けた方がいいですね。あの辺りは、古い開拓地で森の境界線はほとんど動いていないから、森沿いに監視用の探索路があるはずです」
お前はさっき、やめようと言わなかったか?
「でも最後は森で囲まれた旧街道だけですよね。途中の食料と水の調達はどうします?」
そうそう、何にもないですよ。
「私たちは冒険者だよ。森で調達すればいい」
ああいえば、こういう男!結社での歌月さんの気持ちが少しは分かってきました。
「そうですね。まだ水葛から水も少しは取れますし……」
白蓮、お前は少し黙っていろ。
「確かに距離的にも一番短い。ただ追手がいれば彼らも一直線に私達を追ってくる。追っ手を撒くのは無理じゃない?」
そうですよ。無理無理。さすが歌月さん、素晴らしい指摘です。
「その時は、森に身を隠してやり過ごすしかないですな」
旋風卿、あんたも大概にしなさい。
「『追憶の森』の結社は基本的に南の復興領の各街の間やその周辺部で活動していたから、あの辺り西の森には誰も入らないし知らない」
そうです、知らなくていいんですよ、歌月さん!
「そもそも最初の入植の時にせっかく旧街道がある西側をあきらめたのには何か理由があるはずだけどね」
ありますよ。もちろんあります理由が……。
「旧街道は止めましょう!」
興味が全くない百夜ちゃん以外の全員が私に注目した。
「だって、お化けがでるんですよ!!」
* * *
八百屋の一人娘こと私、風華はすごく、すごく、すごく怒っています。
私の切なる願いは誰にも(覚えていろよ白蓮!)一顧だにされなかった挙句、今は旧街道沿いを森に沿って移動すべく馬上におります。
しかもまだ真夜中です。世恋さんは、『大丈夫です。お化けがでても私がついています』と言ってくれましたが、多分世恋さんの超絶美少女力も、お化けにはぜったい通用しないと思います。
だって生きていないんですよ。性欲なんてあるわけないじゃないですか!?
満月を過ぎて、夜中に上った縦に長い月の明かりと、馬の前にぶら下げた覆いをつけた角灯の足元を照らす灯だけが頼りです。そして前を行く歌月さんが後ろに点けた、先導用の覆いを外した角灯の明かりを必死に追います。
もしこの明かりを見失ったらそれでおしまいです。他の人に振りかかる危険を考えれば大声を上げて誰かを呼ぶ訳にもいきません。
この辺りの地理に詳しく、なぜかとても夜目が効く百夜ちゃん(私は名前に関してすごくいい勘してません?)を前に座らせた歌月さんを先頭に、世恋さん、私、白蓮、そして殿を旋風卿が務めています。
というか旋風卿は後ろにいてもらわないと大きすぎて前の歌月さんの明かりが見えません。
それに、みんな旧街道のおばけをなめすぎです。小さい頃の私に父が語った旧街道のおばけの話を聞いたら、みんな夜中にお手洗いにいけなくなりますよ。その頃の私は全くいけなくなりました。
いけるようになったのは一の街が旧街道ではないと納得出来る様になってからです。
心の中で百でも千でも山ほど悪態をつきたいところですが、今は歌月さんの灯を見失わないように必死で馬を進めるしかありません。しかもお化けが待っている旧街道に向かって。
やっぱり神様は私に超絶意地悪です。




