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待ち伏せ

 白蓮と同じなまりでしゃべる謎の少女は気になったが、今はとりあえず結社に入ること、安全第一です。彼女が幽霊や悪霊の類なのかどうかは、そのあとでいくらでも考えればいいことだ。ともかく結社優先です。


 ここまでくれば結社までは目と鼻の先だが、結社の裏手はもともと人気のないところだ。結社の分館をたてる計画があったそうだが、建物の一部の工事中のまま、ずっと資材と一緒に風雨にさらされているところらしい。この分館の件については、父がめずらしく結社のことで「こんな体たらくでは」とぼやいていたのを不意に思い出す。


 結社に少しは遠慮しているのか、もともと人が住んでいる地区ではないせいか、衛士達の姿は見当たらない。もっとも大通りの犠牲者みたいに、狙撃されたらおしまいだ。だけど白蓮はそんなことを気にもとめないのか、珍しく軽口の一つも無しに前を歩いていく。もしかしたらさっきの謎の少女のことを今頃になって考えているのかもしれない。


「おい、おい白蓮のあんちゃん無視かよ。さすがにマナ無しの脳足りんのお前でも、俺たちがここにいるのぐらいは気が付くでしょう?」


「いや(げん)兄、こいつは全く気が付いてなかったと思いますよ」


 どこかで聞き覚えのあるようなないような声がした。一呼吸おいて資材の影から数人の男達が現れた。


「おや、山さんのところのお嬢さんも一緒とは。さすが山さんをだまして転がり込んだ色男は違うね。あやかりたいもんだな」


 白蓮の正面に立ったのは片目に眼帯をした男とその仲間と思しき男達だった。みなそろいの黒い革の鎧を着ている。思い出した!この眼帯男は以前、父のところに組に入ってくれと頼みに来たことがあった。父はにべもなく断ったので聞くに堪えない捨て台詞を吐いて去っていった男だ。


 男からは明らかな悪意の塊を感じる。こんなどうしようもない男達の前なのに、やっと止まっていた体の震えがまた止まらなくなる。


「結社に用があってね。うっ!」


 白蓮が答えた瞬間に、眼帯の男の蹴りが白蓮の腹部にめり込む。そして白蓮の髪を引っ張って彼を半立ちにさせると、上からその顔を覗き込んだ。


 この男達は、いきなりなんてことをするの! だが白蓮は私に何もするなと目配せして見せる。


「大きな声は上げないでくれよ。すぐに殺すことになって、楽しみがなくなるじゃないか?」


 そこで男は白蓮を見ながら小首を傾げて見せた。


「あれ、お前もう顔が半分別人じゃないか? その青あざはなんだ? 俺が殴ったわけではないよな?」


「玄さん、きっと山さんの赤毛のお嬢さんにいやらしいことをしようとして、殴られたんですよ」


 薄毛の赤ら顔の男が眼帯男の背後からからかう様に声を掛けた。その言葉に周りの男達がくぐもった笑いを上げる。この男も見覚えがあった。名前は知らないが、店にたまに来ては白蓮の事を「八百屋」と言ってからかって行く、厭味ったらしい男の一味だ。


「白蓮、お前はお嬢さんの口には合わないってよ!」


 薄毛の男はさらに言葉を続けると、たまらず声をあげて笑おうとしたが、眼帯の男ににらまれて口を閉じた。


「白蓮のあんちゃんよ。結社の仲間として仕事の話をしよう。お前らは金目の物を結社で金に換えようとしてこの裏手にのこのこと来たのは分かっている。まあ、お前んところで金になりそうなのは山さんの遺品ぐらいなもんだろう。すべて出せや。そうしたら楽に殺してやる」


 眼帯の男は立ちすくむ私を眺めると白蓮に告げた。


「山さんのお嬢さんは、俺たちが安全なところに連れていってやる。マナ無しのお前なんかについてくよりよっぽど安全だろう?」


 白蓮は、眼帯の男をにらみつけると、


「結社内で殺し合いなんて……」


 痛みに耐えながら絞り出す様な声で男に向って口を開いた。眼帯の男の蹴りが白蓮の腹に再度めり込んだ。


 お願い、もうやめて!


「白蓮のあんちゃん。あんたは○○だと思っていたが本当に○○だな。ここのなんちゃって結社なんてもうすぐなくなるの。きれいにさっぱりとね。他と違ってゆるくていい結社だったんだけどな。おしいけどしょうがない。結社と一緒に心中なんて御免だろう。やっぱり有り金抱えてみんな逃げるじゃないか?」


 そう言うと男は周りの男達を見回した。男達が眼帯男に頷いて見せる。


「俺たちもその為のお金をちょっと寄付してもらって、少しばかり足りない分を足してから逃げようと言う算段だ。お前と同じだよ。でもお前には負けだ。山さんとこの赤毛のお嬢さんも持って逃げようってんだからな。山さん化けてでるぞ!」


 彼は仲間の顔を見回したが、最後のしゃれは受けなかったらしく、誰も笑って見せるものは居なかった。男が肩をすくめて白蓮を蹴りとばす。


「あのすかした男の遺品だ。体の外から中から隠し持っているものを全部出せ。体を切り刻んで探すのは面倒だが、時間がかかるなら同じことだ。それとも赤毛のお嬢さんから先に探すか?」


「分かった。その代わり、風華の命は保証しろ」


 そう言うと、白蓮は降参だとでも言うように両手を上げた。白蓮は正しい。今ここでこの男達と争っても無意味だ。彼らの隙を狙うしか無い。だけどこの男達に連れて行かれる何んて事になったら?


 死んでも嫌だ。舌を噛んで死んでやる!


「はい。たいへんよくできました」


「おまえら、なはなはおもかろい」


 男たちの顔からにやけた笑いが消えた。すぐに剣や短刀を抜くと、眼帯の男を中心に、4人の男達がすべての方位に向けて円陣を組んで刃を向ける。こんな奴らでも「追憶の森」に入ることができる冒険者達なのだ。


 眼帯の男が指を目にやると、丸太が無造作に高く積まれた先を指さした。薄毛の男が素早く投擲用の短刀をその場所に向って投げた。他の男達は左右背後に注意を配っている。きっと彼らはこの声の主をおとりだと思って他からの襲撃を警戒しているのだ。


「つまらないな。続ければいいのに」


 不意に丸太の影からさっきの頭巾をかぶった少女が現れた。

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