督戦
「やつら右に動いています。敵の左翼でも強襲するつもりでしょうか?」
良仙の傍に控えていた将校の一人が、川底の泥を巻き上げながら右に進む結社の一団を指さして不思議そうな声を上げた。
「敵中央、前衛動きます」
敵の中央を監視していた別の将校からひっ迫した声があがる。彼が指差した先では、「塊子爵領軍」の前衛が坂を下ろうとしているのが見えた。良仙はそれを見て満足そうに頷くと、左右に控える将校たちに告げた。
「申し訳程度に左翼を叩くつもりか? マナ使いどもは戦をする気が無いと見える。これは督戦する必要があるな」
「督戦ですか?」
将校の一人が思わず良仙に聞き返したが、良仙に一瞥されると、あわてて口をつぐんだ。
「マナ使い達の尻を蹴飛ばしに行くぞ。その前に敵の前衛を排除する。衛士隊前へ。長弓隊はこの堤防の上の線まで移動。輜重に載せた矢の予備も一緒に動かせ。復唱はいらん。急げ!」
良仙の号令に将校たちは蜘蛛の子をちらすように持ち場へと散っていった。
「これで王弟殿下も満足されることだろう」
良仙はそう呟くと、背後に立つ暗紫色の鎧の男を振り返って見た。だが男は良仙の言葉に何も返す事はなく、微動だにせず戦場を舞う砂塵の彼方へとその視線を向け続けていた。