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突撃

 もともと身軽な装備の結社の一団は、川床までの坂をあっという間に下っていった。すぐ前の対岸の自然堤防の上には「塊子爵領軍」の前衛と本体が陣取っている。


 川床にたどり着くや、先頭を走っていた結社の風使い達が一陣の突風を巻き起こし、川底の乾いた泥を周囲に巻き上げた。その巻き上がった埃が70名程の集団の周りに灰色の塵の壁を作り出し、対岸の敵と背後の衛士隊からその姿を隠した。


「右だ!」


 長の鋭い声が響く。


 この灰色のめくらましを盾に結社の一団は、右に向かって一斉に走り出した。白蓮も川底に転がる大小の石に足を取られそうになりながらも、遅れぬようにこの塵の中を必死に走った。


 だが身を隠せたのも一時の間に過ぎない。中洲に立つまばらな枯れ木の枝を鳴らして吹く寒風が、このささやかな目くらましをあっという間にはぎ取っていく。


 これで土手の上にいる衛士隊からも、「塊子爵領軍」本陣からも、自分たちの前にいる「塊子爵領軍」左翼からも丸見えだ。そしてこの一団がこの戦を放り出してとび森に向かおうとしていることにもみな感づいたことだろう。


 実際、目の前の「塊子爵領軍」左翼の隊列は動揺が見られた。彼らは自分たちのはるかまだ前方ではあったが、隊長たちが居並ぶ兵たちに何やら指示を出しているのが分る。だがまだ距離は遠く背中に背負った槍籠の重みに白蓮の息はすでに荒い。


「送るぞ!」


 という後ろからの掛け声に続いて、一陣の風が再び泥を巻き上げて集団を埃で包みこむ。同時に強烈な旋風は走る結社の者たちの体を前へと押しやってくれた。彼らのおかげで坂を降りた後も集団の速度は維持できている。


 だが横にいる「塊子爵領軍」本陣からの「放て!」という声とともに矢が飛んできた。後ろにいた誰かが倒れる音らしきものが耳に届き、自分の横に並ぶ枯れ木にも弩が放つ矢が何本も突き刺さるのが見えた。


「姿勢を低くして目を閉じろ!」


 結社の誰かが叫んだ。


 あわてて目を閉じた白蓮の瞼の先が白い光に包まれる。閃光使いが放った光だ。熟練した使い手が放つその光はわずか数砂(秒)の間だが、太陽そのもののような強烈な光をあたりにまき散らす。


 普段はマ者をひるませその動きを止めるのに使う技だ。これで自分たちを狙っていた射手たちは少なくとも四半時(2、3分程度)は碌に狙いがつけられないはず。


 気が付くと結社の集団は、「塊子爵領軍」の前衛が放つ弩の雨を抜けて、川岸の自然堤防の上にいる「塊子爵領軍」左翼、さらにその右端に近いところまで一気に戦場を駆け抜けていた。


「来るぞ、槍を構えろ!」


 「塊子爵領軍」左翼の隊長らしきものの声が響いた。数段に構えられた槍の列がこちらに向けられる。その数はいったいどれだけあるだろうか? パッと見、こちらの十倍まではいかなくてもそれに近い数だ。


 左側からもこちらを包囲すべく、槍の列が自然堤防の坂を駆け下り向かってくる。前にいる槍の列も昇る前にこちらを押し込めるべく、坂の上から逆さ落としにこちらに向かおうとしていた。


 包囲されたらお終いだ。その前に槍の列を抜けて坂を登り、その奥にあるとび森に飛び込まねばならない。でもどうやってこの槍の列を抜ければいいのだ?


「出番ですな先代」


 旋風卿がいつの間にか先頭に来ていた長に告げた。旋風卿は投槍を無造作に手にしており、長はその小柄な肩に投槍器につけた槍を構えている。二人の周りで何やら空気が渦巻いたたかと思った次の瞬間だった、槍が爆風と共にこちらに迫る兵に向けて放たれた。


 二人が放った槍の風圧で白蓮の体は一瞬宙に浮くと、次の瞬間には地面にたたきつけられていた。


 両手をついて土手の上を見上げると、そこには槍の通り道にいた男達の体が土手の上まで吹き飛ばされており、彼らがいたらしき辺りには鮮やかな色をした彼らの臓物と、どす黒い赤い血がまき散らされていた。


 これがマ者すら吹き飛ばすという旋風の二つ名持ちの力!長もなのか? 投槍器を使っているとはいえその小柄な体から放たれた槍は、体中の筋肉を盛り上げて放たれた旋風卿の槍に劣らぬ威力で死をまき散らしている。


 二人は投槍を受け取ると次々とそれを放ち、正面の土手は塊子爵領軍の哀れな兵士たちの体から振り撒かれた血で染まった。そして土手のふもとには上から転がり落ちてきた彼らの死体が次々と積み重なっていく。


 あまりの惨劇にこちらに向かおうとしてた兵達の足も、弩を持つ兵たちの手も石でできた像のように固まっている。


 旋風卿は英雄持ちなど戦では無意味だと言っていたが……この威力!一体何なんだこの人達は……。


 「今だ。坂を一気にのぼれ。昇ったら振り返るなそのまま一気に森まですすめ!」


 長はそう叫ぶと、白蓮が背負っていた籠の中の槍を受け取り、白蓮にも坂を上るように促した。槍の風圧を避けて二人の後ろで固まっていた結社の者達も長の言葉に我に返ると、あわれな兵たちの死骸を飛び越えて一斉に坂を上り始めた。


 「旋風卿、君は彼らと一緒に上へ。上の確保を頼む。私は君を支援しつつ後ろを行く」


 「月令殿了解です。白蓮君ではいこうか……」  


 旋風卿は月令から彼の見事な装飾が施された細身の槍を受け取ると、まるで散歩にでもいくかのように、周りに散らばる魁子爵領軍の兵が持っていた槍を手に拾いながら坂を上っていく。


 背後では長が槍を放ち、その風圧で犠牲者達の体を周辺に吹き飛ばしている。白蓮は胃からこみあげてくる何かを抑え、草上の血糊に足を滑らせながらも前を行く旋風卿の背中を必死に追った。


 「お二人がいれば、敵の殲滅すら出来そうですが……」


 白蓮は、坂の途中で拾った何本かの槍を抱えて土手の上に立つ旋風卿に声をかけた。


 「馬鹿を言うんじゃないよ白蓮君。私と長で倒した兵はせいぜい30を超えるぐらいか? 向こうが油断していただけの話だ。それと命が惜しくば私に近づかないことです」


 旋風卿は槍をもって白蓮の横を通って前に進んだ。見ると弩兵がこちらに向けて弩を放とうとしている。旋風卿は腕の先に長の細槍を持つと鞭のようにそれを走らせはじめた。


 槍が風を切るというより、嵐が森の木々を切り刻んでいるかのような音が響く。見ると弩から放たれた矢が槍に撃たれて地面へと落ちていった。


 それでもその間を縫っていくつかの矢が背後の地面に突き刺さる。これが数の力というやつか? 坂を上ってきた長が槍を放って、新たに弩を放とうとしてた兵を吹き飛ばし、矢を防いでいた旋風卿を援護した。


 「次だ!」


 だが幾人かの兵士が倒れようとも彼らはもう怯みはしない。とび森に入られたらこれよりもはるかにひどいことになるのをよく分かっているのだ。新たな矢をつがえようとする弩兵。そのよこから槍をもった兵たちがこちらに向ってくる。


 坂の下からも大勢の兵が槍を連ねてこちらに登ってこようとしており、奥からは砂煙を上げて騎兵が結社の者たちの横を突こうと移動していた。敵の左翼すべてがこちらに向かってきている。


 「ここまでですな。白蓮君逃げるぞ!」


 一同は、森に向けて一直線に向かう結社の集団の後ろを追いかけた。


 「これは追いつかれますな」


 走りながら旋風卿がぼそりとつぶやいた。軽装備な点が幸いして、後ろから追いかけてくる兵達とは距離を開けられたが、横からくる騎兵の姿が大きくなってくるのが分かる。


 旋風卿と長の手にももう投擲に使える槍はない。先頭はギリギリ森にたどり着けそうだが、このままでは全員が森に入る前に騎兵に横面を突かれる。


 森へ向かう結社の一団の列は縦に長く伸びてしまっており、この横列を騎兵につかれたら、こちらの大半は森の手前で倒れてしまうことだろう。


 だが先頭の一部が急速に足を速めて森へと向かった。達速のマナの使い手だ。かれらはマナを使うことで他のものよりはるかに速く移動することができる。


 結社の口の悪いやつらが逃げ足の速いやつらと言っているマナの力だが、組の中では探索持ちと組んでマ物を追い込む勢子として動く。


 彼らは本来の入り口よりも手前の藪を、鉈で払って入り口を確保すると、後続の者たちをその中に向かい入れた。だが馬蹄が大地を踏み鳴らす音はもう白蓮の背後に迫ってきている。向こうも必死だ。


 「少しでも数を減らせ!」


 背後の騎兵が馬上刀を抜く音が白蓮の耳に響く。だが森はまだ50杖(50m)ほど先だ。ごめんふーちゃん、あとちょっとだけ足が速かったら間に合ったんだけど……。


 白蓮が思わずそんな事を考えた時だった。背後で馬のいななきとともに、何かがバタバタと倒れこむ音がした。


 「長、こちらです!急いでください」


 森を背後に突入口に陣取った必殺使いの者たちだ。彼らは短弓やら投擲用の小刀やらを手に背後に迫る騎兵達の急所をそのマナの力で的確に射貫く。彼らは組の中で撃ち手と呼ばれ、マ者を仕留める役割を持つ花形達だ。

    

 「まずい、やつら森に入っちまったぞ。撤退、撤退だ!それに父上にご報告を!」


 白蓮は旋風卿や長と一緒に達速のものたちが藪を切り開いて作った入り口に飛び込んだ。白蓮たちを呼び込んだのは玄下の手下、あの薄毛の男だった。


 彼の手から小刀が放たれ、撤退と叫んでいた隊長らしい男の目につき刺さった。男は馬上で棒立ちになり手を顔にあててのけぞる。騎兵たちはその男の体を別の騎兵の後ろに移すと、鞭をうって森から離れ去っていった。

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